第65話 鏡の中の天王
タケノオ一家の意向に驚く面々。だが、そこにも各々の思惑が……
ヤマトはどうなってしまうのか?先読みの巫女たちが立ち上がる。
巫女たちが映し出した未来は――。
数日後――
台与は金玄基から相談を受けて、思わず呟いた。
「タケノオさんのご一家が……?」
ナカツヒコと久米も感嘆の声を漏らした。
「へえ……あのタケノオ親子がねぇ……」
「……それはすごい」
水惟とルナは黙したまま、金玄基を見つめていた。
彼らは、伊都国大殿の脇に立つ別棟で、卓を囲んでいた。
金玄基も従者としてその輪に加わり、義祖父・カイの希望を相談してみたのだった。
ナカツヒコは台与の方に顔を向けた。
「それなら、カイさんにヤマトを見てもらうと良いよ。あの爺さんは目利きなんだ。
……そうだ!森ノ宮の長老にも一筆書くから渡してくれ……ますか?」
台与はナカツヒコをちらりと見ると、一瞬の間を置いてから頷いた。
その顔には薄っすらと笑みがあった。
ナカツヒコは膝を打ちながら立ち上がった。
「ナギサヒコ王には我から伝えておこう。これから会いに行くつもりだし」
そう言うと、笑みを浮かべながら、足早にその場を後にした。
金玄基は頭を下げたまま言った。
「よろしくお願いします!」
ナカツヒコへの言葉だったが、その場にいる全員に向けてのものでもあった。
金玄基が顔を上げると、その場にいた全員が笑みを浮かべた。
※
ナギサヒコはナカツヒコからこの話を聞くと、目を丸くした。
だが、しばらくすると表情を元に戻した。
「ほう、あのカイとタケノオが……」
ナカツヒコは続きを待っていたが、ナギサヒコはそれ以上何も言わなかった。
「分かった。もう下がってよい」
「はっ」
ナギサヒコの傍らには、一人の青年が控えていた。彼は無言、無表情のまま二人の話を聞いていた。
ナカツヒコが一礼して部屋から去ると、ナギサヒコは膝を叩いて笑った。
「タケノオ一家がいなくなれば、あの邑は我らのものじゃ。のう、夏羽」
「はい」
その青年は、その時はじめて表情を変えた。
※
ナカツヒコが台与たちのいる棟に戻ってくると、開口一番言った。
「ナギサヒコ王の許可も出たぞ。一筆書いてもくれるってさ」
金玄基はそう言うナカツヒコを見上げて笑みをこぼした。
ナカツヒコは笑みを浮かべながら、元の席にどっかと座ると、続けて言った。
「呉での商談の件は黙っててくれるそうだ、米相場の件も!」
「………………」
台与は呆れているようだ。口角を上げながら、じとっとした目でナカツヒコを見ている。
ナカツヒコは構わず腕組みをして鼻息を荒くした。
「高句麗の件もだ」
「……全部じゃないですか。何しに行ったんですか?」
水惟はそう尋ねたが、ナカツヒコは目を閉じたまま答えなかった。
台与はますます、目を細めた。
「ねぇ、ナカツヒコ……なんで呉の皇太子さまがお亡くなりになると、お金が儲かるのですか?」
「うーん……」
ナカツヒコは姿勢を変えず、唸っていた。
「呉に行ったのは、商談のためだけじゃない。来ぬ国とどう繋がってるのか?探るためだったんだ。直接のつながりは見い出せなかったが……どこかで繋がっている」
台与は黙ったまま聞いている。ナカツヒコは続けた。
「だから、種を蒔いてきたんだ。もうすぐ分かりますよ」
台与は口を尖らせたが、なにも言わなかった。
その時、水惟が口を開いた。
「高句麗も王が行方不明になっただけで、まだ滅んだと決まってはいません。
ことさらに騒ぐことでもないのでしょう……」
ナカツヒコは薄く目を開けると、水惟を横目で見ながら言った。
「汝は若いなぁ……人の噂は拡がる度に間違って伝わるもんだ。いつの間にか『高句麗滅亡!』、『馬韓・辰韓も陥落間近!』と変わる……なんてことになれば、困るのは誰だ?」
水惟は視線を上に向けて、しばらく黙っていた。
ナカツヒコが続けた。
「ナギサヒコ王が一番困る。伊都は大陸との交易で一目置かれてる。
船荷も末盧を通らなければ我の国には入れない決まりになってるが、その荷が無いとなれば、伊都は存在感を失ってしまう」
「なるほど……」水惟は頷いた。
※
台与は崩れるように卓に額をつけた。
「そんな話ばっかり……誰もヤマトのことを考えないのですか?」
ルナもうつむきながら言った。
「ヤマトはこれからどうなってしまうのでしょう……?」
その場の全員が二人を交互に見つめたが、皆しばらく黙っていた。
金玄基は、わざと明るい声で言った。
「占ってみてはどうですか?!」
その声に、その場の全員が金玄基へと視線を向けた。
※
「むぅ……」
台与は瞑想しながら唸っていた。
ときどき手にした榊の枝で左右の肩をぽんぽんと二度ずつ叩き、それが終わると膝に手を置いた。
卓の上には銅鏡が一枚おかれている。術が成功すると、なにかが映るという。
金玄基は固唾を飲んで、その鏡を見つめた。
その時、鏡が薄っすらと光り始めた。
◇◇◇
いつ果てるともない戦乱が続いていた。
荒廃した大地に横たわる兵は千を数える。
生きている兵たちも皆疲れ果てていた。万を数える者が、その地べたにしゃがみ込み、あるいはうつ伏せに、あるいは仰向けに倒れていた。
その中を、台与はひとり、静かに歩を進める。
やがて、ある者が叫んだ。
「――奮い立て!まだ戦は終わっていないぞ!」
台与は振り返った。
「いいえ!戦は終わりました」
その声は大地に響いた。
兵たちが一斉に顔を上げる。やがて彼らは立ち上がり、ふらふらと歩み寄ってきた。
そして、台与の前まで来ると、崩れるように膝を折り、大地に手をついた。
「台与様!」
「大巫女様!」
兵たちが口々に叫ぶ。その叫びはやがてうねりとなった。
その時、一人の女が台与の後ろからしずしずと歩み寄ってきた。
「台与様、我らの王となってください」
そして、七色の衣を台与の肩にかけた。
羽衣は、風に吹かれてひらひらと舞う。
台与は振り返り、その女ににっこりと微笑んだ。
そして、高楼に登ると、大きく両手を広げた。
眼下の群衆はその姿に見入っていた。両手を上げて跪く者、手を合わせ祈る者もいる。
台与の背から陽の光が差し込み、頭上の冠が鋭く輝く。その光は大地と群衆とを照らした。
台与は彼らを見下ろしながら、小さく微笑んだ。
「我は王として、この地の平和を約束しよう。我の国と、皆に幸あれ……」
◇◇◇
その場にいた全員が目を丸くしていた。
「台与様……」
「そんなことありますか、普通……?」
「自意識過剰すぎでしょう……」
「見損ないました……」
台与は目を瞑ったまま平静を装っていたが、耳の先まで真っ赤にしている。
ルナはさっと立ち上がり台与を庇うように抱きかかえた。
「そんな風に言わないで下さい。台与様は自分大好きさんなだけなのです!」
「あ、あの……お姉様……」
ルナは続けて言った。
「この術なら、私だって出来ますよ」
※
ルナの瞑想が始まると、その場の全員が黙ったまま鏡を覗き込んだ。
再び鏡が光を発した。
◇◇◇
来ぬ国の王・クニトラがゆっくりと歩を進める。
そして、上座の前まで来ると、背にした戦袍をバッと拡げ、こちらを振り返った。
そこには、各国の王たちが跪いていた。
その中には見知った顔が多くあった。木の国の彦尊、尾張の彦尊……今では行方知れずとなっている砂の国の彦尊の姿もあった。
クニトラは、眼前に居並ぶ諸国の王を無言で眺めた。
木の彦尊は満面の笑みを浮かべながら大声を張り上げた。
「先例に倣い、クニトラ王を我らが『天王』としてお迎え奉る!」
砂の彦尊はさっと両手を広げ、叫んだ。
「万歳!」
各地の王たちも一斉に両手を広げ、叫んだ。
「万歳、万歳、万歳!」
クニトラは黙したまま何度も頷いた。
喚声が轟く中、静かに右手を上げると、口角を上げた。
すると、その場は一斉に静まり返った。
クニトラがおもむろに口を開いた。
「ヤマト連合は、我が武の前に滅んだ。これよりは、我がこの国を守る!」
――ウオオオオオオオオ!
再び、群衆の歓声が響く。その声はいつまでも止まなかった。
そこに、一人の男が進み出た。
その頭上に黄金に輝く輪を乗せ、髪は両耳の前で結わえている。純白の着衣に履いた帯は黒く光る。足には鹿革の靴を履き、その足元には雲が立ち込めていた。
男は徐々に近づいて来る。その顔は、銅鏡の縁から縁まで一杯に拡がった。
◇◇◇
金玄基は、鏡に向かって尋ねた。
「あ……あなたは、どなた様ですか?」
◇◇◇
すると、鏡の中の男は応えた。
「我は有江辺命じゃ。我の現れた卜は現実にはならぬ……」
◇◇◇
ルナは、がっくりと肩を落とし頭を垂れた。
「失敗です……」
水惟がニッコリと微笑みながら、ルナを励ます。
「いつも通りでしたね」
ルナは台与にすがりついた。
「台与様、有江辺命を神籍から抹消して下さい……」
「ええっ?!」
台与は苦笑いを浮かべながら、ルナの肩に手を置いた。
「……はい。その立場になれたら試みてみます……」
だが、その場にいた全員が胸を撫で下ろしていた。
金玄基だけは、ただ呆然と、皆の様子を見つめていた。
お読みくださりありがとうございました。
台与様の予言より、ルナ様の予言のほうが現実になりそう気がしませんか?いかがでしょうか?
次回「第66話 鏡の外の大巫女」
ポンコツ巫女・決定戦の始まり始まりです。
(月曜20時ごろ更新予定です)




