閑話 異端なもの / 僕の天使
生まれて気がついたときには、自分は異端なのだとわかった。
周りの人があたり前だと思っていることがあたり前じゃない。愛されてないわけじゃないし、むしろアインホルン侯爵家の娘として、家族からは愛されてるとはわかってる。
だけど、それとこれとは別。
決定的に違うのだがら、心のどこかで距離を置いてしまった。
――私は魔法が使えた。
っていっても、魔法だなんて名前をつけてるけど、正しいのかどうかなんてわからない。形式上名前がないと呼びづらいから、そう呼んでるだけで。
私の領地では主に薬草を取り扱ってると知ったときは嬉しかった。
魔法だなんて、自分でも把握しきれない、けど万能な力を宝の持ち腐れにするのもどうかと思うし。
かといって、魔法なんて空想の産物だと思ってる人達に魔法が使えるなんて馬鹿正直に伝えて、異端な目で見られるのも嫌。
もっと最悪な状況だと、見せ物にされるか、良いように利用されるんだろうな、って簡単に想像がついたから。
これに関して言えば、ほんと物心がつく前の赤子だったときに魔法が使えるってことにならなくて良かったと思う。もしそうだったら、私が考える最悪のケースになってた可能性は否定できないからね。
あ、もちろん家族は助けてくれようとするとは思うけど。人の口に戸は立てられないって言うし……危険に巻き込みたくはない。
私は間接的にアインホルン侯爵家の薬草に、魔法で加えていった。直接じゃなくて間接的にやったから、明らかに薬草の種類や品質、量が良くなっていく理由がまさか私が原因だなんてバレなかった。
誰にも私が魔法を使ったなんて知られないよう、我ながら上手くやったと思う。
元々、薬草はあったけど、量が少なかったら必然的に値段がかさむ。そうしたら、結局薬草を求めてる人がいても、金額が高すぎて手が出ない。せいぜい平民でもお金に余裕がある富裕層か、貴族くらいしか手に入らない。
薬草を求めてるのはみんな同じなのに、お金がないと治療もできなくて、無理して働くしかない。けど、無理したことがたたって、結局命を縮めてしまう。
まさに悪夢の悪循環だ。
私がみんなに内緒で変装してお手伝いをしていた病院では、そういう人はザラにいた。悲しいけど、現実で。彼らはそんな悲しい運命を受け入れながら、最後は死を迎えていた。
――私は、アインホルン侯爵家の土地に魔法で力を与えただけ。
他の領地に迷惑はかけられないし、そこは違う貴族の管轄だ。そこは地図と睨めっこをしながら、魔法の効果がアインホルン侯爵領以外に及ばないように細心の注意を払ったから間違いはない。
「やった! これで生きていける……っ!」
薬草の品質が上がり、生産量が格段に上がると、それまで治療出来なくて死を待つしかなかった人達が助かるようになっていった。私は、アインホルン侯爵領の人達の笑顔を見ているのが好きだった。
時折行う内緒の変装のお手伝いでは、自領の領民のありのままが知れた。とても嬉しかった。
でも、それと同時に自分の魔法の力が怖くもあった。魔法が使えるってわかってから歳を重ねるごとに、少しずつ魔法は思ったより色んなことができることがわかっていく。
人の怪我を治療できたり、水や植物を生み出せたり、他にも自分だけの空間に収納したりと……うん、色々できるようになった。
この魔法が使えない他の人からしたら、まさに異端としか魔法ができるようになってしまった。
はじめは楽しかったし、嬉しかったときもあったけど。
「こんな力……どうすればいいの?」
私は私が恐ろしかった。
私の友達は本となり、他者との関わりが怖くなってしまった。貴族として社交ができないのは致命的なのはわかってた。それが引きこもり姫と呼ばれる原因になってしまったのは、もう諦めるしかない。
私は、私として外に出ることができなくなってしまったのだから。
せめてもの救いは、アインホルン侯爵領でのお手伝いができたこと。そこでの私は、変装してるから私は私じゃない別の人になれた。ナウレリア・アインホルンじゃない、魔法なんて関係ないはずの私だと思うとかろうじて引きこもらずにすんだ。
前世でカナリアやダミアンとは、貴族で初めて仲良くなった人達だったというのもあって信用して仲良くなってしまったのが大きかったと思う。
もし初めての家族の友達じゃなかったら、他に友達がいたら、きっと結果は変わったはずだ。
もう同じ過ちは繰り返すつもりはないけど、初めて仲良くなった親友のカナリアに特別な思いを抱いてるのは事実。
前世で殺されて、今世でもカナリアには殺されかけた。前のようにカナリアを親友だと思うことはできない。
でも、貴族令嬢のカナリアに国外追放はかなり酷なことだとは思う。今まで男爵とはいえ貴族令嬢で、至れり尽くせりの生活をしてきたのだから、耐えられるのかどうかさえ不明だ。
かと言って、やっぱり許すことは心情的にも法的にもできないことなんだけど……
偽善だとわかっててもスッキリなんてしないし、心のどこかで引っかかったような気持ちになる。
あのとき――
「ナウレリア! 私、あんなことをしたのに、来てくれてありがとう!」
「こんなこと、今更謝っても遅いと思うけど、私、沢山ナウレリアに酷いことをして、ごめんなさいっ! だけど、違うのっ。私はナウレリアのことが大好きだし、今でも唯一の親友だって思ってるんだよ!」
「ダミアンもね、本当にナウレリアのこと好きなの! わかってあげてね!」
「ごめんね。詳しく説明したいけど……時間がないの。きっと会えるのはこれが最期だと思うから、最期にナウレリアに会って謝りたかったし、本当のことも伝えたかったの! ごめんね、許してくれる?」
「ありがとう! ナウレリア、やっぱりあなたは私のただ1人の大好きな親友だよ! 大好きっ!」
「ごめんね、本当にもう時間がないの! 私、もう行くね!」
カナリアがアインホルン侯爵家に最後に訪ねてきたきた時のことが、どうも釈然としない。なにか引っかかる。
カナリアは国外追放されたのだから、もう関わることはないだろう。だから、考える必要もないのはわかってるんだけど。
(あー、もうっ)
こんな気持ちになるのも、神様だというジェラルド様の夢を見たせいで、心身が不安定になっているのかもしれない。
「結局…………試練って、なんなんだろう?」
呟いた一言は思いのほか部屋に響いた。
―――
アインホルン侯爵家の喫茶店の店員は思い出す。
過去、孤児だった自分に優しく差し伸べてくれた天使の存在を。
かつてアインホルン侯爵領は今ほど栄えていなかった。もちろん侯爵家としてそれなりに栄えてはいたが、今ほどじゃない。
なのに、あるときを境にして全てが変わった。それも、劇的に良い方へ。
「…………まだ死にたくない。たすけて」
あのときの自分は無力だった。成人を迎えたとはいえ死を目前にした孤児。しかもロクなお金のない者に誰がわざわざ高額な治療費を出してくれるのだろう。
幸いなのは、アインホルン侯爵領ではどんな者も最期は病院で看取ってもらえたこと。
お金がなくても、高額な治療以外は施して貰える。綺麗な病室のベットや3食栄養のあるご飯があるだけ幸せなのだろう。
だけど、まだ生きたい。この世でもっと色んなことをしたい。
余命宣告を受け、ただ死を待つだけの存在となっても、高額な治療をすれば助かったのだと申し訳なさそうに医師から説明を受けた未練は忘れられない。
――どうして僕が死ななければいけないの?
死にたくないと図々しくも思ってしまった。正直に説明してくれた医師を恨んではいない。むしろ、本当のことを隠さずにいてくれて、感謝してるくらいだ。
「でも…………やっぱり僕はまだ死にたくはない」
思わず、そう口にしてしまった。
「諦めないで。私があなたを助けるから」
「え?」
「待ってて。だから、生きることを諦めないで」
「っ……!」
優しい声のした方を思わず見た。
今まで見たことがないくらい、綺麗な女の子だった。綺麗な金色の髪と青い瞳、育ちの良さそうな年下の小さな女の子。きっと良いところの家の子なんだと思う。
名前を聞く間もなかったけど、彼女が他の人から「ナリィちゃん」と呼ばれているの見て、そういう名前なんだと知った。
けど後で、みんなの噂話からあの子はアインホルン侯爵家のお嬢様、なんだとわかった。本当は、ナウレリア・アインホルン様というらしい。
(…………やっばりお嬢様なんだ。僕となんかすむ世界が違う)
彼女は自分の身分や名前を隠してこんなところでお手伝いをしているらしく、明らかに隠しきれてない愛らしさや育ちの良さはあるものの、彼女の懸命な働きぶりをみて暖かい目で見守っていると言う。
「ふふっ、優しい声よね。だからあなたもナウレリア様のことは見守ってあげてね」
いつもお世話をしてくれている看護師さんが、ナウレリア様を優しい目で見つめながら微笑んでいた。
それからだんだん知るようになって抱いたのは、可愛いけど、他の気に食わないお金持ちとはどこか違う、ちょっぴり不思議な年下の女の子だなってこと。
そう思っていたけど、無常にも僕の死は確実に近づいてくる。
痛みと苦しさは病院でできる限り和らげてもらっていたけど、抑えきれないくらい日増しに強くなっていく。もうどうにもならない。
(ああ、もうすぐ僕は死ぬのか……)
そんな半ば諦めかけていた僕に、ある日突然声がかかった。
「君の治療の目処がたったよ。これで良くなるからね」
「っ……!」
あのとき、僕に高額だから治療ができないと言った医師が、今度は僕の身体の治療ができるのだと言った。
「あ…………けど、僕そんなにお金は持ってない……」
「それはもう気にしなくて良くなったんだ」
わけがわからない。
なんでも、高額だったはずの様々な薬草が市場に大量に品質の良い物が出回るようになったらしい。それで、本来より安くなったから僕みたいな孤児でもアインホルン侯爵家の治療制度の範囲内で治療が出来るんだって。
僕以外でも、高額で治療が受けられなかったはずの人が助かることになった。
「――あ。もしかして、本当にナウレリア様が助けてくれた、とか?」
死ぬはずだったのに、まだ生きれるなんてとんでもない奇跡がおきた。
僕に優しかったように、周りの他の人にも優しかったナウレリア様。
……あのお嬢様なら。
そうだ、あの全てを包み込んでくれる優しいナウレリア様なら。僕らみたいな取るに足りないような存在に手を差し伸べてくれたのかもしれない。
そのことに気がついたのは僕だけじゃなかったようで、周りからも同じようにナウレリア様に感謝する声が聞こえてくる。
それでもどうしても気になって医師に尋ねてみたら……
「そうだね。だけど、内緒だよ。」
――この奇跡には、おそらく魔法みたいな不思議な力が働いてるんだろうけど…………ナウレリアお嬢様は隠したいみたいだから。
と微笑んでいた。
そうか、それなら僕も命を助けてくれたお嬢様のために、助けてもらった命を活かして働きたい。
医師以外の他の人もナウレリア様が魔法みたいな不思議な力であり得なかったはずの事を覆して助けてくれたのだと、大きく口にはしないけど暗黙の了解でわかっているみたいだった。
――御伽話ならまだしも、今の時代で魔法が使える人はいない。
魔法が使えると広まれば、未知の力は国からどう扱われるかわかったようなもんじゃないらしい。
だから、場合によっては人体実験もどきのようなこととか、それより酷いことをされる可能性も否定できないんだってさ。
「…………変な世の中」
人助けをしたのに、一番活躍した人がコソコソしなきゃいけないなんておかしいだろ。
だけど、そうしないと身の危険がある。
僕たちのアインホルン侯爵領の領民にできるのは、あの底なしに優しい恩人の、ナウレリア様の魔法を黙っていること。
あの見るからにヘタでバレバレの変装なのに、完璧な変装だと変な自信を持っていて。魔法を隠しているはずなのに、困ってる人を見つけたら自分のことなんて顧みずに無鉄砲に突っ走って助けちゃう。
でも、そんな優しすぎるお嬢様だからみんな彼女が好きなんだ。守りたくなる。
見ていてどこか危なっかしいお嬢様。僕らは彼女に感謝して、影から優しい目で僕らなりに彼女を見守っていくことくらいしか出来なかった。
だけど、それで僕を、僕たちを助けてくれた天使が笑っていられるなら、…………僕は満足だ。
数年して、助けられた僕は懸命に働いて、ようやく王都のアインホルン侯爵家の喫茶店の店長にまでのぼりつめていた。
そこでいつも通りの何気ない日常を送っていたあの日、僕の天使と再会した。
(ナウレリア様だ!)
相変わらず一発で見抜ける変装は、――へたくそのままだった。
こんな程度じゃ、お嬢様の愛らしくて可愛くてたまらなくなる愛しさも、全く隠しきれていない。
再び会えた喜びと戸惑いを隠しきれない僕に、「私はただの町娘で、今日はとびっきりのオジータ草を買いにきたんです!」と必死になって、否定する姿は可愛すぎて。
(〜! 可愛すぎる……っ!)
――思わず悶絶しそうになった。
よく見れば、お嬢様の隣には困ってそうな少年がいて納得した。
ああ、なるほど。そういうことか。
人に優しいお嬢様はまたここでも隠れて人助けをしているのだなとわかった。
それなら、その下手な猿芝居に全力で乗ってやろうじゃないか。
僕が騙されたフリをすると、不安そうにしていたお嬢様もがホッと安心した表情になった。
(僕がお嬢様のためにならないことなんて、するわけがない)
話を聞いてわかったのは、どうやらお嬢様が困っているってこと。
そうだ。今こそあのとき助けてくれたお嬢様のために出来ることをして、僕の全力の力で協力するときだ。
――お嬢様が求めていたオジータ草。
僕は、僕が提供できる限りを尽くして、最高級品のオジータ草を大量に渡した。
もちろん、代金は無料だ。これは僕の気持ち。お金なんてもらうつもりはない。
僕だってあれから出世して、これくらいなら自分で賄えるようになっている。
「ありがとうございます!」
渡したときのお嬢様の戸惑いながらも、嬉しそうに笑った笑顔が素敵だった。
僕だって、お嬢様の役に立てた。
「ははっ…………ようやくだ……っ!」
お嬢様達が店を出たあと、堪えきれずに涙が溢れた。達成感で、幸せで満たされている。
――ああ、諦めなくて良かったんだ。
まさかまた出会えて、しかもお嬢様の役に立てるなんて。
夢をみてるみたいだ。
そして、やっぱり思う。僕の天使は、最高だ、と。
僕は、僕の天使のために、これからも生きていこう。
ナウレリアは気づかない内に、過去に助けた孤児だった人を、図らずもまた助けていたのだが。
このことは成長した、アインホルン侯爵家の喫茶店の店員の胸の内にだけ、ひっそりと秘められた。




