閑話 神、ジェラルドの訪問
婚約は回避できなかった。
でも、なぜかそんなに嫌じゃなかった。ダミアンとカナリアに浮気された上に殺されて、やり直したばっかりのときはまた婚約するなんて、あんなに嫌だったのに。
……変なの。
婚約式は貴族のみんなから大歓迎で受け入れられて、思いのほか緊張していた私はホッと安心した。だけど、衆人の目に晒されてたのは、なんだか疲れた。
アインホルン公爵家に戻って自分のベッドに横になった途端、じんわりと身体の力が抜けてすぐに眠気がきた。きっと、お風呂の後にリリーがしてくれたマッサージが良かったんだと思う。
だって、すごく気持ちよかったもん。
他には普段と特に変わったことは何もせず、いつも通りに眠った。
しかし、ナウレリアの枕の横にはいつの間にか輝く花があったのだった。
――
「やぁやぁ、いらっしゃ〜いっ! 僕はジェラルド! よろしくねぇ〜」
「ヒッ……!!」
目の前に、空中に浮かびつつ上下逆さまになった男のドアップがあった。
……誰、この男。
ジェラルド? 記憶を精一杯探ってみるけど、全然思い当たらない。
いや、ほんとアナタ、ダレ?!
「アハハッ! いいねぇ、その間抜けっ面!」
「っ!」
ケラケラ笑われて、思わず目の前の男を睨みつけた。だけど、ジェラルドは私を見て肩をすくめるだけで、全くこたえてなさそう。
なんなんだ、この失礼な人は!
こんな私でも侯爵令嬢だし。一応、一応ね!……ユリテウス王子の婚約者だから、今までこんな不遜な態度をとられることなんてなかったのに。
――それなのに!
ムカつくけど、さりげなく素性のわからないジェラルドから少しずつ距離を取って、周りを見渡してみた。
ここは明るくて広い空間のあちこちに、赤や黄色、水色、緑、紫、など様々な無数のシャボン玉が浮かんでいる、見覚えのない空間だった。
嫌な感じは全くしない。
むしろ、なんというか……神聖? 厳かな場所なんだと、本能で感じる。
たぶん、これは間違ってないと思う。ここは特別な場所なんだとわかる。
それはそうとしても、なんで私がいきなりここにいるんだろう? 婚約式のあと、ちゃんと自分の部屋のベッドで寝たはずなのに。
「おめでとう! ゲーム続行、だよ〜!」
「え……ゲーム続行?」
ジェラルドに笑顔で祝福されてるみたいだけど、一体全体どういうことだか訳がわからない。
「そうだよ〜 前回は危なかったけど、あの子の祝福でやり直し中の今回は、今の所いい感じだねぇ〜」
前回? あの子の祝福?
……どういうこと?
もしかしてこの男、私が人生をやり直してるのに気づいてたりする?!
いや、そんなわけ……
「アハハッ。そんなの当たり前だよ〜! 僕は神だよ? か み さ ま ! 君が人生2周目だってことも、それ以外に君が把握してないことだって、知ってるに決まってるよ〜」
「っ! もしかして……心を読まれてる?!」
「うん。そうだよ! 僕は神だからねぇ。君たちの心を読むくらい、なんてことないんだよ。ハハっ」
機嫌良さげな神様は、目の前の空間でクルリと1回転した。
鳥みたいに羽をバタつかせてるわけじゃないのに、ずっと足が地面から離れていて、重力に縛られていないようだ。目の前でプカプカと浮かんでる様子は明らかに異様だ。
どうやら、私の力の及ばない、超常の存在なのは間違いなさそうだ。神様かどうか確かめる術はないけど、こんな力は見たことがない。嘘をついてる様子もないし、おそらく本当のことなんだろう。
――あ。
ってことは。神様なんだし、ジェラルドじゃなくて、ジェラルド様って呼ばなきゃ、だね。
でも、それにしても、ジェラルド様の発言でもう1つ気になることがある。
「あの子の祝福って、どういうことですか?」
私が呟いた途端、空気が一瞬にしてピリついた。
「あ、つい口を滑らせちゃったね…………隠してる訳じゃないけど、今はそれはおいとこうか」
「?」
私のやり直しはその人のおかげ、ってことだよね? どうして説明してくれないんだろう?
「ま、余計なことは気にしないで。こっちのことだから」
「え……気にしないでって言われても、気になります」
やばい。
これは、なんだかイマイチよくわからないままはぐらかされそうな雰囲気じゃない?!
「とにかく! 君は、前回みたいにゲームオーバーにならないように気をつけてくれたらいいからねぇ」
ジェラルド様はどことなく焦ったように空間をいじり出した。浮かんでいたカラフルなシャボン玉達がそれまでより輝きを増しながら動き出す。
その中でも、水色のシャボン玉が他よりも一番輝きを増してこっちに近づいてきた。
そうか。本能的にわかった。
あのシャボン玉に触れたら、もうだめだ。ジェラルド様と話せなくなっちゃうんだ。
待って! その前に、もう少し教えてほしい!
「え……ちょ、ちょっと待ってください! まだ色々と気になるっていうか。聞きたいことがあるんですけど……っ!」
私なりに、必死にジェラルド様に食い下がってみたのだけど……
「今回は君の経過が順調だったから、それを伝えたかっただけなんだ! 現実の君はもうすぐ目が覚める。君はもう帰らないと、だねぇ」
「え、えぇっ」
「ま、君がゲームをクリアすればいいだけの話だよ。精々、ゲームオーバーにならないように気をつけてねぇ」
「ジェラルド様、まだお話が……っ!」
「まだまだ試練はあるけど、頑張ってねぇ〜」
話は終わってない!
なのに、無情にも水色のシャボン玉が私に触れた。
あと少しでジェラルド様に近づけそうだったのに、強制的に離されてシャボン玉の中にひきこまれていく。
身体が完全にこの場所から離れる前に見えたのは、なんだかとっても良い笑顔で手を振るジェラルド様だった。
―――
目が覚めたら、全身ぐっしょりと汗だくだった。あれは、夢だった……ってこと?
まさか、神様と出会ったなんて。ありえないと首をふったその時、枕元に輝く花を見つけた。
「こんな花……寝る前はなかった、はず」
ということは。
あれは、夢じゃなかったということ?
だとすれば――
「まだ試練があるってこと……?」
誰もいない部屋にポツリと声だけが響いた。




