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婚約は回避できませんでした


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 婚約式の前、ユリテウス王子が用事だと呼ばれてしまった。


 こんなときに、わざわざユリテウス王子を呼ぶくらいだ。きっと何か大切なことが起こってしまったのだろう。私でさえも予測がつく。


「ユリテウス王子。私のことは大丈夫ですから、行ってきてください」


 私のそばから離れるのはと行くのを渋っているユリテウス王子に、私の方からも緊急の用事をすませてきてほしいと伝えた。


「いや、しかし。ナウレリアを一人残していくっていうのはねぇ」


「ここなら周りに他の招待された皆様もいますし、警備の騎士の方々もいます。それに私は王妃様の直々に教育を受けているのですから、対応くらいできますから。ね?」


「そう、かい? いや、しかし」


「ご安心を。ここはおまかせださい」


「そ、そう、かい? じゃあ、ほんとにちょっとだけ。手短に終わらせてくるから。心細いだろうけど少しの間待っててね」



(悪いが、少しも心細いとは感じてないぞ)



「ええ、()()()()してきてください」


 婚約者を立てて、ニッコリと己は一歩引く。


 その姿は完璧な淑女の手本。


 自覚はないがナウレリアの美しい容姿もあいまって、儚げで健気な印象すら周りに抱かせていた。



 しかし、肝心のナウレリアの心境は――



(いやっふぅ〜! やっと一人になれたわ! この隙に、自由に動かせてもらうわよ!)



 なんて、残念な思考をしていたのであった。


 ユリテウス王子が用事で呼ばれて不在のときを、これ幸いと満喫する気マンマンのナウレリアだった。




―――




(うぅ〜ん、何を食べよっかなー?)



 今日の婚約式ではユリテウス王子同様、ナウレリアも主役である。そのため、世界各地の要人をもてなすために並べられた魅力的すぎるご馳走様を食べることは無理だと、半ば諦めていた。

 だけど、そうは言ってもずっと目の前にこんな豪華な料理が並べられてあるのだ。


 そりゃ、一口くらい食べたくもなるって言うのが人の(さが)ってものだ。



(うん、おいしそう。……もう我慢できないわ!)



 ドレスを着ているのに、そんなものを食べて大丈夫なのかと思われるかもしれないが、大丈夫だ。


 ナウレリアは食べることが大好きなのだがスタイルが良く、無駄な肉は付いていない。だから、こんなときでも多少料理を食べるくらいは余裕なのであった。


 世のスタイル維持のために食事制限や運動を徹底しているご令嬢の皆様方に知られたら恨まれそうなことだが、体質なのだからナウレリアにはどうしようもないことである。



(それに、もし最悪この婚約が解消になってもしょうがないだけだもの。満足するまで食べるわ)



 そう、いつもの様に心の中で呟くが、以前よりなぜか胸が痛んだ。

 


(よしっ! せぇっかくの機会だし、今のうちに気になるものは食べまくるわよっ!)



 ドレスを着てるのに食べまくるのはいいのか、とナウレリア一筋で出来る侍女のリリーがいたら必死に止めてくれただろう。

 だが、ここにリリーはいない。優秀な侍女がいないこの状況は、まさにナウレリアの独壇場だった。



(まずはお肉! お肉よ! さっきから美味しそうな匂いがプンプンしているのよ!)



 美しい少女が嬉々とした表情で食事を選んでお皿にのせて行く様子は微笑ましく、絵になった。


 本来ならナウレリアへ挨拶をしたい者もいただろうが、あまりにナウレリアが幸せそうにしていたので、周りは優しく見守っていた。


 もちろんナウレリアの頭の中は食欲のことでいっぱいなので、まさか周りにそんなふうに思われているとは露知らずなのであった。


 もし気がついていたら、「いやぁああああっ! うそ?! 私、そんな恥ずかしいことしてたのー?! 恥ずかしすぎるじゃないっ。誰か止めてほしかったわ〜」と悲鳴をあげていただろう。

 やはりリリーの付き添いがないのは良くなかった。




 そんな暗黙のナウレリアを見守る雰囲気の中、招かれていない無粋者がやってきた。


「ナウレリア! どういうことなんだ!」


「っ!」


 アインホルン侯爵家であり、ユリテウス王子の寵愛を受けている婚約者候補のナウレリアを呼び捨てる様な者はまずいない。



 ――だけど、この声。



 思い出したくはないが、ナウレリアには心当たりがありすぎた。


 この声は、前世のナウレリアの形式の上だけの夫、ダミアン・フォーゲルに違いなかった。


 当たってほしくない予想を抱きながら振り返ったナウレリアの目の前にいたのは、やはりダミアン本人。

 なぜか今は怒り心頭といった様子で顔を真っ赤にさせていた。



(まったく、一体何を怒っているのかしら?)



 心当たりが一つもないナウレリアは、怒っているダミアンを見て不思議に思って首を傾げた。もちろん手にはナウレリア厳選の美味しそうな料理が盛り付けられたお皿を持っている。


「とぼける気なのか! カナリアのことだ! 彼女をいじめて楽しいのか?!」


「…………いじめる?」


「そうだ! お前がカナリアに難癖をつけたせいで、カナリアは国外追放されることになったんだ!」



(とんだ言いがかりだ。私がカナリアをいじめるだなんて、するわけがない)



 誘拐事件の真相はカナリアが首謀したことだったとユリテウス王子も言っていた。ナウレリアはカナリアのせいで誘拐事件に巻き込まれたのだ。

 そんなナウレリアがカナリアをいじめるだなんてとんでもない話だ。



(誘拐されて、殺されそうになったのは私の方なのに。相変わらずダミアンは理不尽すぎるわ……)



「ナウレリア…………さては、俺とカナリアの仲に()()してるのか?」


「えっ……」



(そんなこと、ありえませんから!)



「そうかそうか。そうなんだな」



(いやいや、勝手に一人で納得しないでぇ!)



 ダミアンが、ヤレヤレしょうがないヤツだなとでもいうようにナウレリアを見て首をすくめた。

 そのときのダミアンのまんざらでもねぇぜ、って顔がなぜか無性に腹が立つのはなぜだろうか。


「安心しろ、ナウレリア。俺はこう見えて懐が広いんだ。()()()()()()なんて誰も引き受けたがらないだろうが、俺は違う。意地を張るなよ?」


「っ……!」



()()()()()()…………久しぶりに聞いたけど、相変わらず傷つく。)



 ユリテウス王子の婚約者候補になってから聞かなかった。


 だけど、忘れちゃいけなかったんだ。



(今でも私は『引きこもり姫』なんだ)



 身体中から血の気が引いていく。ここに居たくない。ドクンドクンと自分の心臓の音が嫌に響く。


 体温が下がって、周りの音が遠ざかっていく。


「俺の手を取れ、ナウレリア。お前にはそれしか選択はない」


 そう言うダミアンは優越感すら滲ませてきている。まるで私に断られることがないと確信してるみたいだ。気分が悪い。



 この感覚は随分久しぶりだ。

 前世でダミアンといたときにはよく何度も感じたものだ。悔しさと虚しさがいりまじった嫌な感じしかしなくて、いつも嫌な気持ちになったのを覚えている。


 前世では諦めていた。言うだけ無駄だと、ダミアンの言うことは全部聞いてきいてきた。


 でも、その結果。前世の私は死んだ。


 カナリアとダミアンに殺されて、無念の中死んだのだ。



(あの悔しさは忘れない。いや、忘れられない。もう、あんな思いはしたくない。)



 だから今、私がする選択は――



「おい、さっさとしろよ。んで、カナリアを助けてやれ。か弱いカナリアが国外追放なんてされて生きていけるわけがないだろう?」


「…………いや、です」


「あ゛? なんだって?」


「いやです」


 もうこの人達に関わって殺されるのは嫌だ。


「な゛っ?! 何言ってんだよ、お前っ!」


「ですから、嫌だと言ったのです。私はカナリアのことは虐めてませんし、あなたの婚約者にもなりません。それから、失礼ですから名前を呼び捨てにしないでください。」


「お前っ、俺が下手に出てりゃ調子乗りやがって…………っ!!」


「きゃっ」


 激昂したダミアンは顔を真っ赤にさせて、ナウレリアの腕を掴んできた。力加減なんて、全然されてない。



(前世の夫! お前、手加減くらいしろ! 今世では私、あなたの妻じゃないんだぞっ! 力加減くらい考えろ!)



 感情にに任せた、相変わらず馬鹿力だ。



「来いよっ、ナウレリア!」


「い、痛いっ! 話して下さいっ!」


 私が言っても聞かないとわかると、ダミアンは強硬手段に出たようだ。


「おいコラ、抵抗すんなっ!」


「い、嫌っ! た、助けて……っ!」


 ダミアンは嫌がる私を無理やりどこかへ連れて行こうとした。


 私の力なんて男のダミアンに比べたらたかがしれている。かなうわけがない。


「…………ねぇ、ナウレリアをどこへ連れていくつもりかな?」


 聞き慣れたその声は。ここにはいないはずの、ユリテウス王子の声だった。


「は?! な、なななんでユリテウス王子がここに?!」


「それよりも。先にその汚い手をナウレリアから離してもらおうか」


「へっ?! い、いだたたたたたっ!!」


 言葉は穏やかなのに、ユリテウス王子がダミアンの手をねじり上げていた。


 さっきまで赤い顔で私を引きずろうとしていたダミアン。今はまるで化け物に追い詰められたかの様に小刻みに震えて怯えていた。


「私のナウレリアに触るなんて許せないなぁ。どうしてくれようか……」


「ひっ、ひぃいいいいっ! 助けてくれ、ナウレリア!」



(どうして私に助けてもらえるのが当然と思い込んでいるのかしら? いやだわ)



「おっと。お前、誰の許可を得て、私のナウレリアを呼び捨てにしてるんだろうね? ああ、だめだ。これは許せそうにない」


「ひっ! おっ、おゆるし下さい!」


「やだね」


 普段私がどんな無礼なことをしても最終的には許してくれるユリテウス王子が、ダミアンの謝罪をあっさりと拒否していた。



(…………本気で怒ってる?)



 もしかして、私が傷つけられたから、とか? 


「アーダルベルト、こいつを拘束せよ!」


「ヒッィイイ! や、やめてくれぇ〜!」


 ユリテウス王子のかけ声一つで、あっけなく捕まえられるダミアン。


「もう大丈夫だよ、ナウレリア。怖い思いをさせてごめんね」


「っ! 助けにきてくれて、ありがとうございます」


「これくらいなんてことはないよ」


 ナウレリアはユリテウス王子に助けられて感動で打ちひしがれた。


 思った以上に前世の夫のダミアンと関わるのが怖かったのだ。そんな時に颯爽と助けてくれたユリテウス王子。ナウレリアの中で何かが変わった感じがした。


 無理矢理、ダミアンの婚約者になりそうになったときや誘拐事件のときといい、そして今回のダミアンから助けてくれたときといい、偶然というには助けられすぎている。



(ユリテウス王子なら、ダミアンとは違うのかも……)



 そう思えるのには十分だった。



 ――それなら、私がユリテウス王子との婚約を嫌がる必要もないのではないだろうか。



(そんなに、いやじゃないし。むしろ――――)



 ナウレリアは横にいるユリテウス王子を見上げた。


 優しげにナウレリアを見つめてくれる瞳。初めは嫌いだったはずなのに、今はその瞳を見ているだけで安心できる。



(うん。この人なら…………いいかもしれないわ)



 ユリテウス王子の婚約者になるのも悪くないと思えた。


 そう思うと途端に、今まで気にならなかったことも気になりだす。



(なんだかユリテウス王子って、カッコ良すぎじゃないかしらっ?!)



 それに気がつくとドキドキと嫌に胸がときめいて、まともにユリテウス王子の顔が見れなくなってきた。



「はははっ。どうやら、ようやくナウレリアに意識してもらえるようになったようだね」


「ゆ、ゆゆゆゆりてうす王子っ?! 意識って…………何を、何を言ってるんですかっ!」


「おや、照れてるのかい? 可愛いね」


「〜〜っ! ユリテウス王子〜っ!」


 たまらずナウレリアは声を上げた。


―――


 ユリテウスからすれば、真っ赤な顔で瞳潤ませて抗議する様は庇護欲を掻き立てる者でしかない。現に、今ナウレリアの姿を見てしまった周りの男達は、胸を打たれた様子なのだ。しかもユリテウス王子がざっと見ただけで何人かいた。


 ナウレリアは自身が美少女だと自覚していない。今現在行われている可愛すぎる行動も確実に無意識に行なっているものなのだ。


 自覚がない分、余計にタチが悪いと、可愛くて愛おしいナウレリアを見つめてユリテウス王子は心の中でため息をつく。


「まぁ、その分。私がナウレリアを守ればいいだけな話だけどね」


「何を言って……って、きゃぁっ!」


 ユリテウス王子はナウレリアをさりげなく抱きしめて、永遠に報われることのない不相応な思いを抱いてしまった哀れな男達から隠した。そして、彼らへ向けて厳しい目線を向けて一つで黙らせた。



 行動で、ナウレリアは私の愛する存在だと示した。



 腕の中ではようやくユリテウス王子のことを意識してくれたらしいナウレリアが、顔を真っ赤にして上目遣いで睨みつけてきていた。

 だが、そんなものは可愛すぎてユリテウス王子には怖くもなんともなかった。むしろ、ご褒美だ。ナウレリアは気づいていないだろうから、言わないけど。


 ユリテウス王子は腕の中にいるナウレリアへ蕩ける様な微笑みを浮かべた。





―――





 私がユリテウス王子に抱きしめられるというトンデモ事件に巻き込まれている間に、ダミアンはアーダルベルト率いる護衛の騎士達に拘束されて連行されて行ったらしい。


 随分と騒いでいたとユリテウス王子から聞いたけど、そんな記憶はない。


 あのときはユリテウス王子のことで精一杯で他のことに目を向ける余裕なんてなかったのだ。


 まさか、それがナウレリアが他の男に目を向けない様に、嫉妬したユリテウス王子の企みにまんまとハマっているとは全く思いもつかないナウレリアなのであった。



―――



 場が落ち着き、ようやく婚約式となる。


 ナランディア国王の貴族が勢揃いしたあと、国王陛下と王妃様が登場した。



「ナランディア王国、ユリテウスの婚約者を発表する!」



 ――いよいよ婚約発表だ。



 王宮で話す時とは違う、厳格な国王陛下の話し声に会場中の空気がピリッと張り詰めていく。



「ユリテウスの婚約者は、ナウレリア・アインホルンとする!」



 ユリテウス王子にエスコートされ、私は正式にユリテウス王子の婚約者として挨拶をした。



「私はナウレリアを愛している。ここで伝えておく。ナウレリアを傷つけるものは許さない。」



 ユリテウス王子のナウレリアへの溺愛ぶりを見て、若干貴族の皆さんのナウレリアを見る目が変わる。

 ユリテウス王子に取り入りたいと考えている貴族達はこぞってナウレリアを取り込もうと動きだすはずだ。


 だけど、不思議と不安はない。ユリテウス王子がいるなら何があっても大丈夫だと思えるから。


 初めはあんなに婚約を解消したいと思っていたのに、今はそうでもない。



(私、ユリテウス王子と婚約できて良かったわ)



 会場中から祝福の拍手が鳴り響く。その拍手をしてくれている中には、ナウレリアの両親であるアインホルン侯爵夫妻も笑顔で祝ってくれている。


「ナウレリア、愛しているよ」


「〜〜っ!!」


 不意打ちで、急に耳元でユリテウス王子が低く響く声が囁いてきた。

 やたら顔が良いだけに、せっかく落ち着いていた鼓動がまたしても速くなっていく。



(いっ、いきなりこんなことを言ってくるなんてっ! どうしたらいいのっ?!)



 耳まで真っ赤にして照れながら涙目でユリテウス王子を睨みつけるナウレリア。


 そんなナウレリアの反応のすべてが、ユリテウス王子には可愛すぎた。


 自分でナウレリアをこんな風にしたはずなのに、「ナウレリア、みんなの前でそんな可愛らしい顔をしちゃ()()()()()()()よ?」と、若干意地悪というか、お前がそれを言うかという注意していた。


 そして、自分以外に可愛いナウレリアの姿を見せたくなくて、すばやくマントの中にナウレリアを隠したのだった。



「まぁっ! ユリテウスったら、可愛いナウレリアを誰にも見せたくないからって隠してしまったわ」


「はははっ。私達の未来の義娘は可愛らしいからな」


「えぇ、そうね」


 そんな息子がナウレリアを溺愛する様子を見て、国王陛下と王妃様は目を合わせて微笑みあっていたのだった。


 


 ナウレリアがダミアンに連れていかれそうになったとき、護衛から緊急の報告を受けたユリテウス王子はかなり急いでナウレリアを助けにきてくれています。焦っていたことは愛しいナウレリアには感づかせていませんが、実はかなり焦っていました。


 ナウレリアの美意識の自己肯定感が低いのは、引きこもっていたことと、前世のダミアンと特にカナリアの悪意の発言の影響が大きいです。

 前世と今世のアインホルン侯爵家のナウレリアの両親やリリー達、ユリテウス王子は言い過ぎなぐらいナウレリアをベタ褒めしていますが、「身内贔屓」や「お世辞」としかナウレリアには捉えられていません。

 悪意のせいとはいえ、一度植え付けられてしまった価値観を変えるのは難しいのです。



⭐︎一応、これで第一部は完結とします。

二部を始める前に、できましたらこの後少しだけ閑話を書けたらいいな、と思っています。



今後も「龍の寵姫 〜浮気現場を目撃したので、今さら好きだとかふざけないでください〜」を、よろしくお願いいたします。

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