第三部第三章 麗音愛覚醒! 終焉が始まる
麗音愛の紫の炎が燃え上がる。
「うああああっ!」
「兄さん……!」
剣一本人の指示とはいえ、苦しむ兄を見て炎を燃やす不安がまた湧き上がる。
その時何か世界が変わるような、時空が歪むような、そんな瞬間があった。
「……なんだ……?」
また何かの攻撃の予兆か、それともこの炎を操れるようになった結果なのか……。
しかし確かめる術もない。
身体が軽くなった気になるのに、何故か切ないような、気持ちが心に滲んでくる。
一人になった時の自由と寂しさが混ざったようなそんな気分だ。
「く……っ……! は、はぁ~……」
剣一の声が苦しみから安堵に変わった。
土の校庭の上に寝転んだ兄を覗き込む。
「兄さん!」
「……よぉ……玲央……」
鈍く光っていた紅い瞳はもう、元の輝く茶色い瞳に戻っている。
「……良かった……」
二人の転がっていた刀が、それぞれ同化して消えていく。
紅夜の糸は消えても、剣一の力は変わらないようだった。
「……ありがとな」
「まったくだよ……」
「はは……今回ばかりはもうダメかと思ったぜ」
「それは俺のセリフだよ」
剣一が上半身だけ起き上がり、二人は拳を合わせた。
紫の炎が鎮まっていく。
呪怨の力とどう共生しているのかは不思議だが、以前に椿に治癒してもらっても平気だったので問題はないのだろう。
「ふっ……お前、本当の姿が見えるようになったんだな」
「え……?」
「かっこよくなりやがって」
「どういう事?」
「お前の呪い……いや、篝さんの愛の守護が消えているよ」
「……だからか……」
剣一に言われて、やっとわかった。
確かにこれは呪いではなく、愛だった――。
会った事もない産みの母の愛にずっと守られて生きてこられたのだ。
しかし単純に喜ぶ話ではないだろう。
紅夜はこの兄弟の死闘の場を見ているはず。
篝が守護を消したのは、紫の炎を出して剣一を救った事で桃純家の血筋だと言うことが紅夜に知られたからではないか。
これに対して紅夜はどう出るか――。
その時、雷鳴のような地鳴りのような音が響き深夜の真っ暗な空が紅い夜に染まっていく。
夕陽などという綺麗なものではない。
闇がドス黒い血の色のような紅色に変化していく。
そしてまるで天使の梯子のように一筋の濁った闇が雲を割り紅夜の声が響いた。
『さぁ俺の息子よ! 人間どもよ! 終わりの始まりだ! 地獄を見せてやろう!』
「紅夜……!」
やはり紅夜に自分が息子だという事がバレたのだ。
篝の危惧どおり、紅夜は自分の息子は殺す気だ。
『愚かな人間世界に妖魔を放つ、阿鼻叫喚地獄のなかでお前を切り裂き……寵を愛する骸の祭壇を創ろう』
「くっ……」
『生き残れた人間が、お前達の言う新たな人類というわけだな! 醜い人間どもよ狂気して生き残る術を探し出せ! 妖魔王の家畜となれ! あーっはっはっはっ! 残酷な夜は明けることはない……絶望せよ……』
遠くで悲鳴が聞こえる。
人々の間で恐怖が沸き起こるのを、麗音愛は感じた。
どれだけの混乱が生じるだろうか。
「黙れ! 俺達は負けない! 椿! 必ず助けに行く! 俺を信じて待っていてくれ!!」
この声が届くかはわからない。
だが麗音愛は叫ぶ。
椿からの返事はもちろんない。
代わりだとでも言わんばかりに、空から大量の妖魔が降ってくるのが見えた。
手始めにこの街が、妖魔に襲われるのだ。
終焉が始まる――。
「……くそっ!」
憤る麗音愛を落ち着かせるように、後ろから肩をポンと叩かれた。
「やるか、玲央」
もちろん、兄の剣一だ。
隣にいるだけで、どれだけ心強くなる存在か。
篝の愛の守護は解けたが、それが産みの母から認めてもらったような誇らしくなる感情も湧いてくる。
この最悪な状況でも悲壮はない!
「あぁ! 絶対に守って救う! この街も椿も……!」
炎が散るような麗音愛の力強い頷きに剣一も微笑んだ時、至近距離から罵声が聞こえた。
「こらぁ剣一! あんた何やってんのよぉ!」
「カリン」
カリンがキーッと両手をジタバタさせて怒鳴り散らしていた。
「さっさと、おたんこなすの弟なんかやっちゃえって言ってんの! ザコ! ザコ!」
「……いや、俺はもう」
カリンはまだ剣一が正気を取り戻した事を理解できていないようだ。
剣一はわかりやすいように、白い軍服を脱ぎ捨てる。
紅いネクタイも外して、胸元のボタンを外した。
「なっ!?」
「こういうわけだよ」
申し訳なさそうに、剣一が両手をあげた。
驚愕したカリンだったが、後ろからの殺意に気付いて瞬時に跳び上がる。
「紅夜の犬め! 絡繰門雪春はどこ!? あいつを呼び出しなさい! 斬り殺すわよ!」
琴音の黄蝶露と骨研丸がカリンに襲いかかり、ゴスロリのスカートの裾を切り裂いた。
「加正寺さん!」
麗音愛と剣一を見守っていた琴音だったが、剣一が正気を取り戻した事を知り雪春への執念を燃え上がらせカリンに斬りつけたのだった。
「きゃー! この女、怖い女だ!」
「カリン伏せろ! 私が斬り殺す!」
「わっ紗妃!? 怖い女がまた出た!」
カリンが身を翻した、その瞬間に空中に発生した転移結界から軍服を着た天海紗妃が現れる。
剣一がまた白夜団に戻った事により一人になったカリンに加勢に来たのだろう。
「玲央先輩! 特務部長! 此処は私が引き受けます! 二人は街の救援を!」
「はぁん? お前ごときが一人で私を止めるつもりかぁ?」
即座に届く紗妃の斬撃を、琴音は弾き返す。
ギラリと凶暴な武器達が鈍く光る。
「大晦日に吠え面かいて退散したのを忘れたの?」
「てめぇ!」
琴音の挑発に、紗妃が睨みつけた。
確かに此処でカリンと紗妃にかまっている時間はない。
まだ白夜団の手練は近くにも残っているので一人にしても大丈夫だろう。
「加正寺さん! 此処は任せる!」
「光栄です! 玲央先輩! 最高かっこいいです!」
場違いに琴音は頬を染めてにっこり微笑む。
更に麗音愛の呪怨に反応し、琴音の両刀のサーベルが不気味にギリリリと不協和音を鳴らした。
「カリン!」
紗妃の後ろで結界術を練ろうとしていたカリンに剣一が叫ぶ。
「何よ! ザコ! バカ! 剣一の裏切り者ぉ!!」
「……改心してこっちに来い!」
「は~~ぁ!?」
「お前達、紅夜会の子供達も被害者だ! まだまだ更生できる! こっちに来るなら俺が守ってやるから!」
剣一の言葉に目を丸くしたが、すぐにドタバタとまた怒り出す。
「ばっバーカバーカ! 誰が人間なんかと! ザコザコー! 死ね!」
「いつでも連絡して来いよ!」
「うるさいバカー!!」
カリンの聞く耳を持たない態度を見て、剣一はため息を一つ吐いて麗音愛と共に走り出した。
「……兄さん……ロリコンだったの?」
「バカ! んなわけあるかよ!」
まさか紅夜の糸でロリコン趣味まで開花したのかと少し不安に思った麗音愛だった。
とりあえず兄弟二人は白夜団団長であり母の直美の元へ走る。
このまま紅夜の望む終焉を受け入れるわけには、いかない――!




