第四十四話 名前
「仕方ないが約束だ。お前らのパーティーに加わってやる。だが、勘違いするなよ。俺はギルド結成クエストに協力するだけで、『仲間』になる訳でも、心を許すつもりもないからな!」
負けを認めたものの、爆弾魔はあからさまに嫌そうな顔をして吐き捨てる。
それでもあんな勝負で素直に負けを認めるあたり、PKとは思えない一面を見せている。
その姿はとても数多くのプレイヤーを【アウトオーバー】させてきた人物には見えなかった。
それにしても、ああもアッサリと勝負がつくとは予想していなかった。
いや、俺に対して気遣いをしてくれたという事実がなければ、「今」のようにはなっていなかっただろう。
彼に良心の呵責がなければ降参なんてしないだろうし、俺のことなんか気にせず爆破させる勢いで続けていれば負けていたのはこちら側のはず。
パチに対しての攻撃も、あれが本来の彼の姿なのか……少なからずプレイヤーを狩ることを生業としている彼が、ただ爆弾を投げて終わるとは思えない。
それもパチが回避できるほど真正面からの攻撃を「爆弾」というスキルを持ったプレイヤーがするだろうか?
なんにせよ、これから彼と行動を共にするのだから、そのあたりの疑問はいずれ解消されるだろう。
――それにしても不機嫌だ。
当然か。どう考えたってあんな勝負の決着のつきかたなど誰も予想できない……いや、既に詐欺に近い。
負けを認めても納得まではできないのも無理はないだろう。
腕を組み、ソッポを向いたままそれ以上喋ろうとしない爆弾魔。
ところが、彼は足元から異様な視線が送られ続けていること気付いてしまう。
『ジイイイイイイイイイイイイイイイイイ』
「…………」
『ジイイイイイイイイイイイイ、トオオオオオオオオオオオオオオオオ』
「…………あのさ、この小さい子どもたちはなんで目を輝かせてオレを見つめているんだ?」
ふと見下ろした足元では、りゅうとラテっちがしゃがみ込みながら彼の顔を凝視していたのだ。
「かっこいいみどりでちゅ!」
てん・てん・てん。
「はああああああああああああああ?????」
ラテっちの台詞に目玉が飛び出そうなほど見開いて驚く爆弾魔。
「意味がわからない! この子は何を云いたいの? みどりってなに??」
りゅうが興奮気味に解説しだした。
「あれだろ。そんなこといって、いつの間にか仲間になって一緒に戦ってくれる宇宙人なんだな!
カッコイイよな! ぼくも大好きなんだ! お茶漬け飯を命がけでかばうシーンなんか最高だ!」
「きしゃまといっちょにいて、わるくなかったじぇ!」
「師匠!」
「ししょー!」
「それ違うアニメだから! 特に金髪のちっこいの! 『お茶漬け』つけて誤魔化しているつもりか? アウトだよ! それにお前の見た目で下手なこというな! スリーアウトチェンジだぞ!!」
『――ぼそぼそ』
チビッ子2人は顔を合わせ、耳打ちしだした。
「……今度はなに?」
「テレてまちゅね」
「テレ隠しで強がるか。こういうのなんていったっけ? ……マハラジャ?」
「どこからマハラジャが湧いて出てきた!! 知らないなら無理するなよ! 何? さっきから本当に何が云いたいの? まさかとは思うけど、テレているってことはもしかしてツンデレって云いたいのか!?」
「そうともいう」
「金髪っ! お前は嵐を呼ぶ5歳児か!? めっちゃテキトーな思いつきを云ってみただけだろ! つーか、マハラジャってなんだよ! そっちの意味を知りたいよ!!」
「1回いってみたかった」
「云ってみたかっただけかよ! それならせめて1文字くらい当てろよ! もう少し頑張れよ!!」
「さっきからうるちゃいでちゅね」
「だれのせいだよ! 保護者出てこい!」
「なによマハラジャ」
「女っ! お前もかよ!! 少しは捻れよ!! なんで同じこと云うんだ!! もういいよ!!」
彼は勝負することで、まさか負けるとは微塵も思っていなかった。
更には変な名前まで付けられ、興奮を通り越して癇癪気味に吠えたてる始末となっていった。
でも、そこで終わらないのが仲間たち一行。
彼をなだめに行った壱殿がより拍車をかける。
「そう興奮するな。これからよろしくな、マハラジャ」
「名前になっちゃったよ! タッチパネルで名前を見ろよ!! オレの名前は『式』。ちゃんと名前で呼べよ!!」
「仲間にならないのだろ?」
「脅迫? ねぇ、今の脅迫だよね?? 犯罪だよね??」
「人間だれしも何らかの罪を犯しているものだ。気にするな」
「気にしろよ! 少しは否定しろよ!」
「いやーうるさいわね。PKマハ……」
「わかったよ! 今日からオレは仲間だよ! ゴメンね、爆破して!」
パチが追い打ちをかけようとした時、彼はついにオチた。
『わかればいい』
壱殿とパチが腕を組み頷く中、吠えたて続けた爆弾魔――式は疲れ果てその場にうなだれてしまった。
逆に、彼を取り囲むメンバーは大喜び。
『なかまゲットー!』
みんながはしゃぎだす中、式は独り体育座りをし、遠くを眺め始めた。
「オレ……やっていけるかなぁ」
その隣にボンズが座る。
「きっと大丈夫だよ。いずれは慣れるさ」
「お前を見る限り不安大爆発だけどな」
「爆弾魔にそれを云われると辛い」
「ところで、お前らの名前は?」
――――ハッ!
気付いた時には既に遅かった。
チビッ子2人は身体を横に揺さぶり、音頭をとっている。
すでに準備は整っていた。
「ぼくのなっまえはりゅう」
また始まった……恒例行事が。
「わたちのなっまえっはラテっち」
「私の名前はパーチ」
大丈夫。焦ることはない。
今回はクールでダンディが売りの壱殿がいる。
こんなお遊戯など、付き合うはずがない。
「ワシの名前は壱じゃー!!」
「なんでまたそんなに気合い入っているのかなーーー!?」
完全に裏切られた気分だ。後は俺か……
「あ、俺の名前はボンズね。よろしく」
他人のふりをしてみた。
そう、せめてもの抵抗だった。
だが――
座っていたボンズの延髄に、パチが繰り出した本場顔負けのムエタイのローキックが炸裂し、前方へ吹き飛ばされてしまった。
顔面で地面を削りながら滑りゆくボンズ。
ようやく止まり、うつ伏せのまま倒れ込む。
「仲間の輪を乱してんじゃないわよ! この、ひきニートが!」
「仲間の延髄を蹴り込むのは、仲間としてアリなのですか?」
「言い訳すんな。よし、みんないくわよ」
『5人合わせて――』
そういうと、4人は同時にボンズを見つめる。
「結局俺なの?」
「おっと。今度は逃げるんじゃないわよ。泣きわめいて走り去ったらなんでも許されると思ったら大間違いだからね」
「そんな……」
やばい。完全に逃げ道を失った。
こうなったら――
突如、ボンズはうつ伏せの状態のままで、腕を上に伸ばし左右に振り始めた。
そう――この行動は、久々の「ブロックサイン」を開始する合図だ。
ボンズ――髪の毛を前から後ろへと何度もかき分け始める――「ラテっち、助けて!」
ラテっち――ほっぺたを指で突き、首を横に傾ける――「なんで?」
ボンズ――両手を合わせ顔を下を向く――「お願い!」
ラテっち――顔を左右に振る――「やーよ」
ボンズ――両手で三角形を作り、その後指を3本立て、前に出す――「パフェ3杯でどう?」
ラテっち――ちっちゃい右手を目一杯広げ、前に突き出す――「5はいでちゅね!」
ラテっち――目をつむりながら下を向き、首を横に振る――「はなちになりまちぇん」
ボンズ――大きく瞳を見開き、右手を前に出しながら固まる――「がーん!」
ボンズが突き出した右手を、目元に影を忍ばせたパチが容赦なく踏みつける。
「だーかーらー。しゃべれよ」
右手をグリグリ踏まれ悶え苦しむ最中、式さんに視線を合わすとスッと逸らされてしまった。
あれは、確実に俺を憐れんでいる。
可哀想な何かを直視できない仕草だ。
「もう、結局何も考えていなかったのか? ボンズ」
「りゅう、そんな無茶振りしなくたって」
「本当に使えない男ね」
「酷い……」
「つぎまでのしゅくだいでちゅ」
「ラテっちまで」
「次がラストチャンスだな」
「壱殿……それ、死亡フラグ」
「つーか、さっきから思っていたんだけど、壱殿はいつの間にかパーティー内でちゃっかりいいポジション確保しているよね。ズルイヨネ」
「ん? つべこべぬかすな」
この様子を1人傍観していた式がボソっとこぼす。
「よく、オレのことを責められるな……PKどころの騒ぎじゃないだろ」
かすかな独り言を聞き逃さなかったパチがにこやかな表情を浮かべながら近付いて行く。
「さて、式――さんだっけ。これからよろしくね」
「あ、あぁ」
「ところで、約束に従ってもらうから忘れないでね」
「約束?」
「えぇ。もしも私に無断でPKなんてしたら――わかっているわよね?」
笑顔を絶やさないまま目元に暗闇を浮かべたまま、親指で首をかっ切った。
「…………はい」
今度はボンズがボソッと独り言を漏らした。
「それ、俺が約束したんだけどな……」
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