第四十三話 対決
ついに爆弾魔との約束の日がやって来た。
今日という時が流れ終わった時、俺たちの行く末が大きく変わる大事な日だ。
はたしてPKを生きがいとする酔狂なプレイヤーに勝てるのだろうか。
そして、仲間が増えるか、それとも……
この世界で生き残るためにも、勝たなければならない。
そのためにも万全な状態で戦いに向かわなければならない。
戦いの場に、進まなければならないのだ。
……そのはずなのだが、時は既にお昼を迎えているにもかかわらず、俺たちは未だピンズから離れてすらいなかった。
「あのさ、いつになったらでかけるつもりなんだ?」
ボンズがみんなに向かって遠まわしに出発の催促をする。
「そういえば、日にちは決めていたけど時間は指定していなかったわね。まぁ、待たせておいても大丈夫でしょ」
などと云いながら、お昼ごはんのソーメンをすするパチ。
「緊張感がないなー。あと、食べながら喋るの止めてくれない」
「そんなことを云う割にはノリノリで作っていたわね。わざわざ竹を切って流しソーメンにしたくせに」
そうなのだ。
この時、ボンズたちパーティーはみんなで半分に割った竹を組み合わせて作った流しソーメンセットで昼食を楽しんでいたのである。
「うーむ。付け汁の出汁も絶品だ。ワサビも、練りワサビではなく山ワサビを使っているのもいいな。ミョウガに軟白長葱、大根おろしと添え付けも様々あるから飽きなく食べられる。流石だな」
壱殿もこれから戦うことなどお構いなしに、ソーメンに舌鼓を打っていた。
りゅうとラテっちには竹まで届かないので、足場台を用意。
ついでに、箸では上手く掴めないのでフォークも用意しておいた。
戦いの場に向かおうと催促しておきながら、パーティーが誰も出発しようとしなかった原因の一端を担っていたのは、これだけの昼食を準備してしまったボンズにあった。
パチがツッコむのも当然である。
『ちゅるちゅる~プハーッ! ちゅるちゅる~!』
りゅうもラテっちも流れるソーメンを初めて見たらしく、とても喜んでくれた。今はもう夢中でソーメンを取っては食べての繰り返しだ。
「お! こんなところに『かまぼこ』がありまちゅね。――モグモグ。うん! おいちいでちゅ」
「この『かきあげ』にもソーメンが入っているのか? おいしいぞ!」
麺だけでは飽きるかと思い、組み立てた竹の脇に設置したテーブルに用意しておいた一品料理に手を付けるチビッ子たち。
「なぬっ!? おい、ボンズ。ワシの分はないのか!」
「アンタは子どもか! ちゃんと用意してあるって」
――食べ終わった頃にはとうに昼は過ぎ、陽も高く登っていた。
「さぁ、そろそろ出発するか」
「うぅん。おなかいっぱいで、のーんびりしたくなってきまちた」
大きなあくびをしながら眠そうに目をこするラテっち。
「そろそろ、お昼寝タイムだな」
りゅうも眠くなっていたのだろう。
2人揃って木陰まで歩いて行くと、ラテっちがカバンからお布団を取り出し、あっという間に眠ってしまった。
「2人とも、寝付きいいな」
「いいんじゃない。私たちものんびりしましょう」
壱殿とパチも木陰でまったりと腰を下ろす。
「出かけなくていいんですかー?」
ボンズの声など、誰も聞いていなかった。
2時間後――
りゅうとラテっちがようやく起きる。
今度こそ出発か? ――そう思っていた矢先に。
「3じのおやつは?」
ラテっちが当たり前のように聞いてきた。
「……ないよ」
『えぇ~』
ボンズがおやつを用意していなかったことに不満の声をあげるりゅうとラテっち。
「暗くなる前に出発するの。わかった?」
『えぇ~! ジタバタジタバタ』
2人は寝っ転がりながら「ジタバタ」と口にするだけで、手足をバタつかせることはしない。
多分、おやつも食べたいけど動くのも面倒なのだろう。
なんとも安い抵抗である。
『ジタバタ……』
「……作るまで云い続けるのかな」
結局、イチゴのムースを作るボンズ。
これまたなんとも甘い男であった。
「よしっ!」
おやつを食べ終わったりゅうが元気よく立ち上がる。
「おっ! ついに出発か?」
「食休みしないとな!」
「いいかげんにしなさい」
結局、出発したのは結局夕方だった。
「出会ったのは深夜だったし、もしかしたらまだ来ていないかもしれない。待たせるより待っていた方が気楽だよな」
懸念しながら歩き続け、ようやく爆弾で吹き飛ばされ廃墟と化した小屋の前まで辿り着く。
そう、ここが待ち合わせの場所だ。
着くなり辺りを見回すも、爆弾魔の姿は見えない。
「よかった。まだ来ていないようだ……ん?」
廃墟と化した小屋を注意深く観察してみると、原型を保っていない壁の隙間から白い布が見える。いや、布ではない。元々小屋の部屋だった所にテントが設置されていたのだ。
1人用の小さなテントを。
「……まさか」
ボンズは恐る恐るテントに近付く。
そして、テントに向かって話しかけた。
「あのー、間違いだったらすみません。今日ここで待ち合わせをしていた者なのですが……」
ボンズが声をかける姿に驚くパチと壱殿。
「どうしたの!? ボンズが自ら声をかけるなんて! 熱でもあるの?」
「まるで営業マンのような口ぶりだったぞ。何があった!?」
「罪悪感からだよ! この中にいるのが『あの人』だったら可哀想でしょ!」
残念ながら予想が的中し、テントの隙間から少しやつれた爆弾魔が顔を出した。
その姿はまるで限定発売の商品を買うために店先の路上で開店を待ちわびる客のようだった。
「(あちゃー。悪いことしたな)」
爆弾魔はボンズ……いや、パチの姿を見るなりテントから飛び出し仁王立ちする。
「この時を待っていた――いや、さほど待ってはいなかったけどな」
嘘つくのが下手過ぎる! 確実に何時間も待っていただろうが! なんでそう強がるかな!?
――と、ツッコミを入れる前にパチが爆弾魔と対峙した。
「ふっ、いつでもかかっていなさい」
少しも悪びた様子をみせないパチ。ちょっとは気を遣ってやれないものだろうか。
まぁそれはもう終わったことにしていいか。
それより気になるのが、リターンマッチを申し込まれ、それを受けたまではいい。
だが、いったいどうやって戦うつもりなんだ?
そもそもパチは回復系の南だ。転生した西南のプレイヤーと互角に戦えるような攻撃スキルなんて持っていない。
勝ち目なんてあるのか……?
ボンズの心配など余所に、戦いが始まってしまった――
「いくぞ! この『豚野郎!』」
爆弾魔が吠えた次の瞬間、彼の視界からパチの姿が消え去った。
正確には、パチの姿が消えたわけではない。
爆弾魔の視界はパチの掌によって閉ざされたのである。
正確に云えば、パチは笑顔の表情を浮かべながら爆弾魔の顔面を片手で鷲掴みし、そのまま軽々と持ち上げたのだった。
あぁ。スキルではないけど、そんな技をお持ちでしたね。頬笑みのアイアンクローという「必ず殺そうとする技」を。
「ほーら、死んじゃうよー」
「いたたたたたたたあったあああああああああああ!!!!」
頭蓋が歪む音がここまで聞こえてくる。
「こんな可憐な女性を捕まえて、『豚野郎』はないんじゃない? それに女性が髪形を変えて再会したのなら、まずはそこを褒めるのが男性のマナーじゃなくて?」
「いたあああああああああああああああああああああああ!!!」
激痛に耐えかね叫び散らす爆弾魔。必死に両手でパチの手首を掴み振り払おうとするが、微動だにしない。
その光景に、感心して良いのか呆れて良いのかわからないパーティーメンバーたち。
「なぁボンズよ。ワシの常識の範囲では『可憐な女性』は片手で男を持ち上げることはしないのだが……」
「しかもアイアンクローでね。あれは痛いんだ」
「それにしても、何故パチは後衛を選んだのだ?」
「だよねー。やっぱりそう思うよね」
宙吊りになった爆弾魔は足掻きながらも掌に爆弾を生成し、滑らすように落とした。
それに気付いたパチは咄嗟に後方へ飛びその場から離れる。
爆弾は、地面に触れると同時に爆発を起こした。
アイアンクローから解放され、両手で顔面を抑える爆弾魔。
余程痛かったと見える。わかるぞ、その痛さ。
「オレの爆弾は『オレの意思』により遠隔操作もできれば、今のように少しの衝撃でも爆発する。お前に防げるかな」
解放された途端に強がりを云って……と思っていたら、両手から8個の爆弾を生成するとその全てをパチに投げつけた。
宙に舞った爆弾は引力によって落ちていくのではなく、爆弾魔の意思によって自在に飛び交っている。
生成するだけでなく、放った爆弾を操作する事も可能のようだ。
さらには起爆のタイミングまでもが爆弾魔の思うがままとみえる。
パチに接近した爆弾は次々に爆発を起こし、他の爆弾は誘爆しながら爆発の範囲を広げていった。
「ほう、取り合えず8個のドラ爆弾を生成したか。基本は出来ているようだな」
「壱殿さ、感心している場合じゃないだろ! このままじゃパチが捉えられるのも時間の問題だ」
パチは横に走りながら爆発していく爆弾をかわしてはいるが、明らかに分が悪い。
このままではいずれ負けてしまう。
「大丈夫だ。パチは以前とは違う。タイミングさえ間違えなければ、この勝負――勝てる」
壱殿は自信満々でいうが、本当に大丈夫なのだろうか。
不安を隠せないボンズとは対照的に、パチが余裕の笑みを見せ始めた。
「早速使う時がきたわね」
再び爆弾を大量生成していく爆弾魔。
だが、誤算が生じることを彼は知らなかった。
爆弾魔が爆弾を生成する瞬間――それこそがパチの狙い目であった。
「――今だ!」
壱殿の合図と共に、パチは符術を発動させる。
「オッケー! 喰らいなさい! 【人和】」
「なっ! なんだ!? 身体が……動かねぇ」
パチの符術を喰らった爆弾魔は、自らの爆弾に囲まれたまま身動きが取れなくなってしまった。
そう。壱殿とパチが立てた作戦は【人和】で動きを封じるだけでなく、スキルは封じれないことを逆に利用し、爆弾魔自身のスキルによって自爆を待つことだった。
「狙い通りね。さて、どうする? 爆弾魔さん」
パチの不敵な笑みに、ドラ爆使いとしてのプライドが許さなかったのだろう。
「オレ自身が生み出した爆弾で消滅などするものか! 確かにダメージは受けるが、お前の符力が切れた時こそ終わりだ! それに、これではお前だって近付くこともできまい!」
爆弾魔の台詞を聞いて、思わず壱殿が声を漏らす。
「それ以前に、回復系南に攻撃スキルは持っていないがな」
すると――
「ボンズ、ちょっと来なさい」
パチがボンズを呼びつける。
だが、ここで問題が発生する。
「……俺も動けないんだけど」
「あれー? おかしいな」
首を傾げるパチ。
すると壱殿も同時に首を傾げた。
「確かにおかしい。【人和】は【十三不塔】とは違い、範囲符術ではなく特定の相手にのみ有効なスキルだから範囲無視になどならないと踏んでいたのだが……誤算だった」
「別にいいわよ。誰にでも間違いはあるんだから気にしなくてもいいんじゃない」
「あのさ、範囲を無視する前に俺を無視して話を進めないでくれませんか」
「まぁいいわ。ボンズ、そのままジッとしていなさい」
「云われなくても動けないけどな」
ボンズに歩み寄ったパチは目の前で突然座りだし、ボンズの足を掴みあげた。
いや、ボンズを持ち上げた。
「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……あった~! 【ボンズバァーーット!!】―― 説明しよう! これはボンズがバットの代わりになってくれたアイテムなのだ!」
「……えーと。これはラテっちの真似なのかな? でも、アイテム出していないよね? これ、俺を振り回すだけだよね? ジャイアントスイングするつもりだよね? ダメージ負うの俺だよね?」
「なかなかのこうとくてんでちゅね! ごうかくでちゅ!」
ラテっちが満面の笑みで親指を立てている。
「褒めている場合じゃないよ! 完璧に不合格でしょう! どう考えたって0点じゃないの? さっさと止めなさいよ!」
しかし、誰もパチを止める気配はない。
壱殿に至っては、
「仲間を手に入れるためだ。諦めろ」
と云う始末。
「俺が減ってプラスマイナス|ゼロ|《0》になると思うんだけどなー! りゅうー! 助けてー!」
なんとか頑張ってりゅうの方を見ると――
「うりゃっ! うりゃっ!」
どこからか拾ってきた棒きれを使って、2.5等身の小さな体を大きく捻り、めっちゃ楽しそうに素ぶりをしている。
どうやら、順番待ちをしているようだ。
多分「次」は来ないと思うよ。
「よし! 覚悟しなさい!」
爆弾魔が動けない身体を必死に揺さぶりながらたじろぎだした。
「チョッ、チョット待て! それはあんまりだ! やめてあげようよ! 彼が可哀想すぎる」
「PKが甘いことを云っているんじゃないわよ!」
「鬼や! 本物の鬼がおる!」
「ちょっ、ちょっと待て! わかった! 君の要求を呑もう。オレの負けでいいから、だから彼を解放しろ! 見ているコッチまで辛くなってきた!! すっごい心が痛い!!」
「――チッ!」
「舌打ちした! 確実に舌打ちしちゃったよ! いいの? ソイツは仲間なんだろ??」
その瞬間、パチは大きく振り被った。
「逝ってらっしゃい、アナターーーー!!!!!!!!」
どこぞの新妻のような台詞。そして言動とは裏腹な行動。
直立不動のボンズを投げ飛ばし、真っ直ぐ爆弾魔の腹部へと激突させた。
『ゲハァッ!!』
前方から男性の苦悶の叫び声が重なり、響き渡る。
「ほら、解放したわよ」
明らかに「解放」とは呼べないが、一応ボンズはバットとして武器にされることからは解放されたと云えよう。
そして、ボンズと爆弾魔はその場で共に倒れ込んだまま動かずにいる。
狙い通り爆弾魔にダメージを与えることに成功した。――ボンズを犠牲に。
そんなボンズに爆弾魔から――
「おい……大丈夫か?」
なんとか戦闘不能状態になることは避けることができ、なおかつ【人和】はすでに解けていたことで、爆弾魔は見ていて可哀想だったボンズを気にかけた。
身体が動けることを把握した爆弾魔が寄り添うように倒れ込むボンズに対し、意識の有無を確かめてきたのだ。
パチから被害を受けた者同士、絆が生まれたのである。
爆弾魔の呼びかけに、ボンズは意識を取り戻した。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
ボンズは優しい言葉を受け、心からお礼を云う。
「いや、その、なんだ。お互い無事で何よりだったな」
「だね!」
2人は諸手で握手を交わした。
その時、彼等は忘れてしまっていたのだ。
先程発生させた爆弾が転がっていることに。
地面に落ちたショックで、発動する寸前であることに。
そして、気付いた時には――手遅れだった。
『あ……』
爆弾は轟音をあげ爆発した。
「勝利っ!!」
パチは右手を高く掲げ、勝利のガッツポーズ。
『かちー!』
そして、子どもたちの惜しみない拍手が降り注ぐ。
そして、黒焦げと化した爆弾魔とボンズは2人並んでその様子を眺めていた。
「なぁ……お前はよくこんなパーティーにいられるな」
「残念ながら、今日から君も仲間入りだけどね」




