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第四十二話 深夜

 

 夜も更けた頃、宿屋の一室にて。


「すぴーすぴー、変身っ! ……すぴー」

「すやすや…………ぱふぇ……くれーぷ……あぁん、チョコしゅぷれー(スプレー)がいいでちゅ……むにゃ」


 ベットでは子どもたちが仲良く並んで眠っていた。

「りゅう、ラテっち。疲れただろう……ありがとうな」

 贈り物のグローブを握りしめ、感慨にふけるボンズ。

 初めて人から贈り物を貰ったこともそうだが、2人が苦労して買ってくれたことが何よりも嬉しかった。

「そろそろ俺も寝るかな」

 ……そういえば、初めて出会ってからこうやって3人で一緒に寝ているんだよな。もうずっと一緒にいたような気がする。

 ほくそ笑みながらベットに向かうと。

 コンッ、コンッ――

 部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 ……誰だろう。

 2人を起こさないように扉を開いた先には、壱殿が立っていた。

「どうしたんだ? こんな時間に」

 すると、壱殿も子どもたちに気を遣うように小声で話しかけてくる。

「ボンズ。もう寝るのか?」

「そろそろ寝ようとは思っていたところだけど、そんなに眠くはないよ」

「では場所を変えんか。ここで話をしていたら子どもたちが目を覚ましてしまう。起こしてしまうのも可哀想だ」

「構わないけど……」

 壱殿に連れられ宿屋から出ると、そのままピンズの街を徘徊し始めた。

 そういえば、こんな深夜に街中を歩いた経験はなかったな。

 この世界でも、現実でも。夜中に出歩くのはせいぜい家の近くにあるコンビニに行くためだ。


 深夜の街はプレイヤーの数もほとんどおらず、街全体が静寂に包まれている。

 まるで違う街にいるような錯覚に陥ってしまうほどだ。

 昼間とは違う顔を見せる街に高揚感を覚えながら、ボンズは同時にある懸念があった。


「ところで、どこへ行くつもりなんだ?」――と。


 壱殿と並んで歩いていたのだが、その行き先を告げられずに進んでいたのでどこに向かっているのかわからない。

 それどころか、部屋から出るよう誘っておいて、その後は一言も喋らない壱殿に不安を募らせてしまっていた。

「(怒らせるようなことしたかな……まさか、これが俗に云う『呼び出し』というものなのか)」

 すると、壱殿が突然歩みを止め、こちらへと振り向いた。


「酒……付き合ってはくれぬか」


 そう――立ちどまった場所は酒場の入り口。

 どうやら壱殿はお酒を飲みに来たようだ。

「その前に聞いておかねばな。ちなみに貴様は酒を飲める歳か?」

「……まぁ、一応酒は飲める年齢だけど」

「今の『一応』とは、どういう意味だ」

 この質問にボンズは思わず萎縮してしまう。

「……ちょっと云い辛いんだけどさ」

「なんだ? 縮こまって」 

「実はさ、俺って酒の類は一切飲んだことないんだよね。ずっと部屋に閉じこもりだったからさ」

 恥ずかしそうに云うボンズの肩に手を当てる壱殿。

「酒の味を知らないのは、人生の無駄使いだぞ。それに、今日はボンズと酒を飲みたくてな。飲んだことがないのなら、今ここで経験すればよい」

 経験か――

 一般の成人男性なら、それなりに飲み会とかに出席するか、晩酌でもすると思っていた。

 その経験がないことが恥ずかしかったのだが、壱殿はそんなことなど一切気にせず、むしろ初めて飲酒するボンズと共に出来ることを喜んでくれている様子だった。

 ボンズも壱殿の振る舞いがとても嬉しく、また誘ってくれたことも嬉しくなっていった。

 ただ、それが逆に気になることを生み出す。

「でも、なんでまた急に俺と酒を飲もうなんて思ったんだ?」

 壱殿の行為を「珍しい」と思わずにはいられなかった。

 それどころか、俺と2人だけで行動を共にしたいなんて出会ってから初めてのことだったからだ。

 さらに「今日は」ということは、壱殿はすでに何度か酒場に行っているということだろう。

 それなのに、なんで今日に限って誘ってくれたのか問わずにはいられなかった。

 だが、ボンズの質問に壱殿は明確な答えをせずに肩に当てていた手を軽く叩き、質問を質問で返してきた。

「それよりもどうする? 飲めぬのなら、無理はしなくてもいいぞ」

 答えは聞けなかったが、なんにせよ壱殿からのお誘いだ。断る理由もない。

「それじゃ、せっかくの機会だから飲んでみようかな」

「うむ。では一緒に飲むとしよう。さぁ、入るか」

 壱殿はそのままボンズを後押しするように店へと連れて入った。


 扉を開け酒場に入ると、四隅に設置されたスタンドライトの灯りが程良い明るさで店内を包み込んでいる。

 店内の敷地半分はテーブル席が設置され、反対側にはバーカウンターと数個の椅子が並び、カウンターにはバーテンダーが立っていた。

 バーテンダーはやはりNPCノンプレイヤーキャラクターだ。

 この世界で店舗を運営している店員もしくは店主は全てNPCノンプレイヤーキャラクターで統一されているとみて間違いないだろう。

 まぁ、現実から連れてこられたプレイヤーが店を切り盛りしていたら、いずれ【アウトオーバー】になるのだから当然か。

 ボンズたちが店へ入ると、バーテンダーは視線を合わさないまま一言だけ「いらっしゃいませ」と云い、その後は無言でグラスを磨き続けている。

「ここが酒場か。そういえば今まで一度も入ったことがなかったな」

 ボンズが改めて店内を見回す。

 とても落ち着いた雰囲気が、「大人になった」と実感させてしまうから不思議だ。

「RPGの世界で酒場自体はよく見かけるが、プレイヤーにとってあまり需要はないことが多いから、ボンズが入ったことがないのも当然かもしれないな」

「確かに。他のゲームでも、仲間を募集したり、そのプレイヤーを迎えに行くくらいだもんね」

<ディレクション・ポテンシャル>の世界でも、酒場はせいぜいギルドメンバーやフレンドたちの待ち合わせ場所にしか使われることはない。

 故に、現実となったこの世界でも需要はないものと思い、これまで足を踏み入れようともしなかったのである。


「この世界での食事は食えたものではないが、飲み物の味に関しては現実世界と同じものだ。しかも並んでいる酒の種類も多く、現実世界に存在するあらゆる国々の様々な酒が楽しめる。この世界で数少ない美点だ」

「へぇ、そうなんだ」

 やはり壱殿は酒場を既に利用しているようだ。

 それに何故だか、語る様子もどことなく嬉しそうにみえる。

「この酒場にはな、現実では滅多に飲めない酒も当たり前のように揃えている。なにより、現実で取引されている値段がどんな高価な酒でも、ここではたった金貨数枚で味わえるのだ。この世界で唯一良い所と云ってもいい」

 確かに、マスターの背後の棚には見たこともない瓶が所狭しと並んでいた。

 それにしても凄い本数だ。100や200ではないだろう。

 コレクターが見たら、諸手をあげて喜ぶ光景なのだろうな。


「どれ、座るとするか」

 壱殿に誘われ、バーカウンターの椅子に2人で並んで座る。

 隣に座る壱殿。ふと彼を見ると夜道から明るい所に来たことで、彼のことであることに気付いた。

「ところでさ、夜にまでサングラスをかけているなんて余程気に入ったんだね」

 すると壱殿は帽子のつばでサングラスを隠しながら「うるさい」と照れくさそうに答えた。

 あと、もう一言添えて――

「まぁ、なんだ。幼児から贈り物を貰ったのは初めてだ……いい子たち、だな」

「――そうだね」


 そのまま時が少しだけ流れていく。

 注文するわけでもなく、またバーテンダーもその場から動くことも喋ることもしない。

 まるで雰囲気だけを楽しんでいるかのようだ。

 そのまま壱殿はタバコを取り出し、一服し始める。

 同時にバーテンダーが静かに灰皿をカウンターテーブルに置いた。

「大人だ……」

 感心するところなのかどうなのかはわからないが、そのやり取りがとても恰好よく見える。


「――さっきの質問だがなボンズ。今日貴様を誘ったのは、子どもは別として……ワシは酒の席で、事情もなく、酒が飲めるのに酒を飲まない奴は正直好きにはなれない。かといって『ワシの酒が飲めんのか』という奴も好きにはなれない。ただ、酒に付き合ってくれれば、そいつとは絆ができる――そう信じている。だから……かな」

 壱殿はタバコを吸いながら、正面を見据えて淡々と語ってくれた。

「そうだったのか。ありがとう、誘ってくれて」


 絆か。

 どちらかというと「唯我独尊」のイメージがあっただけに、壱殿の口からこんな台詞が出てくるとは正直意外だった。


 壱殿が吸っていたタバコを灰皿に押しつけ、火を消した途端。


「――ご注文は」


 狙ったかのようなタイミングで注文を聞いてくるバーテンダー。

 この姿にNPCにも色々なキャラが存在し、固有の人格を持っているのだと改めて実感する。

 それにしても渋いな。

「そうだな……。マッカランの1946年をくれないか。ストレートでな」

「なにそれ?」

「ワシが一押しするウィスキーだ」

 バーテンダーは無言のままで魔人が飛び出して来そうな形をしたクリスタルボトルを棚から取り出すと、小さめながらも高価そうな小洒落た形のグラスにウィスキーを注いだ。

 生まれて初めて見るウィスキー。隣には水の入ったコップが用意された。

「これがウィスキーか。初めて飲むよ」

「初めて飲むのがこれでは、他の酒が飲めなくなるな」

 笑いながら勧める壱殿。

「それじゃこれって、現実世界では高価な代物なのか?」

「高価というよりも、なかなか手に入らんのだよ。まぁ、飲もうか」

 2人はグラスを手に取る。


『乾杯』


 初めて乾杯した。そして、初めての酒を口にする。

「旨いか?」

 壱殿が興味津津で聞いてくる。

「なんか……味がきつくて旨いかよくわからない。でも、口にする前からとてもいい香りがする。その香りが口一杯に広がるのが心地いい」

「それがわかれば上等だ。流石はあれだけの料理を作れる男だ。舌も鼻もいいものを持っている」

「そ、そうかな」


 少しずつ、酒に慣れてきた。

 ゆっくりと、ウィスキーを口に運んでいく。

「意外に強いではないか。ほら、グイッといけ」

 ボンズが酒を口にするたびに嬉しそうな表情を見せる壱殿。

「静かな月夜に旨い酒、そして語らう仲間か。最高の贅沢だ」

 壱殿も機嫌よく酒を口にする。こんな彼を見たのは初めてかもしれない。

 今日は「初めて」が続く日だ。


 そのまましばらく飲んでいると、壱殿は突如真剣な表情を見せ始め、同時にこちらへと身体を向けた。

「なぁボンズ……初めて逢った時、ワシとそっくりだ――と云っていたな。覚えているか?」

「もちろん覚えているよ」

「今でも、そう思うか」

「どうだろう。正直最初に出会った頃は思っていた。でも、最近の壱殿はなんというか固さが抜けてきたというのかな。色んな表情を見せてくれるようになってきたから、『そっくり』とまでは云えないかな。壱殿は俺と違って博識だし、頼りになる。その点はまるで別人だけど、でも俺と同じように仲間という存在を拒否し独りでいたことも、今は受け入れて一緒にいてくれるようになったのも……そういった点では似ていると思う。上手くは云えないけど、違う考え方でも向いている方向は一緒かなって、そう思うんだよ」

「そうか……」

 グラスを片手に小さく笑う壱殿。

「ワシとボンズはやはり似ている。好きな物に固執することも、逃避することも。それを受け入れて尚足掻き、変わってきたこともな」


 足掻く――? それに、壱殿自身のことでもあるのか……どういうことだろう。


 その意味を尋ねようとしたが、壱殿がたて続けに質問し始める。

 彼が自分に興味を持ってくれたこと。そして彼との初めての語り合いが、疑問を投げかけようとするボンズを止めた。

「前から聞きたかったのだが、貴様はこれまで部屋に閉じこもりと聞いていた。つまり部屋ではずっとパソコンに向かい合っていたということなのか」

「まぁね。そんなところだよ。<ディレクション・ポテンシャル>で遊んでいた時には三台ブチ抜きのディスプレイを使っていたんだ」

「ほう、そんな長い横幅を何に使うのだ」

「カッコイイからだよ」

「そうか。なるほどな」

 酔いの勢いで自慢しておきながら、実は壱殿がもっと別な反応を示すものだと思っていた。

「……馬鹿にしないのか?」

「なぜだ? いいじゃないか。興味のある事はとことんすればよい。それに、人の趣味を馬鹿にできるほど出来た人間ではないよ。ワシはな」


「(横幅……か)」


 少しの間が空く――

 聞いていいものかわからない質問だったが、これを機にボンズも以前から壱殿のことで知りたいことを尋ねてみた。

「あのさ、俺も聞いていいかな」

「かまわんぞ」

「壱殿は、現実では何をしていたの?」

「『していたの?』とは、どういう意味だ」

「いや……仕事、とかさ」

「どうした。急にそんなことを聞いて」

「あのさ……俺がもし普通の人たちみたく、普通に学校を卒業して、普通に就職していたら……もっと頼りがいがあって、いや『まとも』だったのかなぁってさ、時々そう思うことがあるんだ。だから壱殿を参考にさせてもらおうと思って……」

 グラスをテーブルに置く壱殿。

「ボンズよ……今云った『普通』とは、なんだ?」

「いや、それが俺にはわからないんだよ。だから壱殿に聞いているんだ」

「ワシは普通とは何か知りたくはない。知れば、己自身を否定することになる」

「え? どういうこと?」 

「……ボンズは今までの生き方に後悔しているのか」

「まぁ……多少は、ね。少なくとも胸張って人に云える生き方はしてない恥ずかしい人生さ」

「あのな、ボンズよ。生き方というのは他人の為でも、世間の為でもない。己の為に生きた証だ。それが例え他人には胸の張れない生き方であろうとも、己に正直な生き方ができれば上等ではないか」

「そうなのかな……」

「それとな、月並みだが『これから』だと思うぞ。ボンズにはまだまだ先がある。己にとって恥ずべき過去だと思っていても、ワシは今の貴様が少なくとも恥ずべき人間ではないことを見てきた。たかが数日だが、それは紛れもない事実だ。それをこれからの人生でも活かせるのなら、恥じる人生ではないだろう」

「これからか……でも、この世界でどうなるかもわからないのに『これから』なんてあるのかな」

「ボンズ……いや、この面子ならどこまでも行ける。だから自信を持て。自信こそが前へ踏み出す第一歩だ」

「自信……そして、一歩か。実感が湧くような湧かないような……それで、話は戻るけど、壱殿は現実ではどうだったの?」 

「ワシか……己の話ほどつまらんものはない。貴様の話だけで酒の肴には充分だよ」

「そんな~気になるだろ」

「それよりも聞いて欲しいことがあるんだが、よいか」

「あ……あぁ」

 急に壱殿が改まる。

「ワシは貴様等と出会ってから随分と失礼なことを云ってきた。一応貴様等のことを思ってのことだったが、それが思い上がりだと教わった。仲間たち全員からな」

「そんなことはないよ。いつも的確なアドバイスじゃないか」

「いや、謝るなら早めにと思ってな。おチビちゃんが誘拐されたのも、それで皆に辛い思いをさせたのも、全てはワシの偏見によるものだ」

「そのことなら、誘拐された直後に謝ってくれただろ」

「それだけで済むことではない。それに、ワシの気も済まん」

「りゅうも、ラテっちも気にしていないと思うけどな」

「いや、ボンズ。貴様に一番謝りたかった。本当に大事にしているものをワシはもう少しで壊してしまうところだった。最悪の結果を想像しただけでも身震いしてしまうほどの浅はかな行為を、どうか許してほしい」

 深々と頭を下げる壱殿。

「やめてくれよ。許すも何も、本当にもう気にしていないし、なにより壱殿は俺たちにとって大切な仲間なんだからそんなことしないでくれよ」

「ありがとう……でもな、今までワシは心のどこかで貴様等全員を見下していたのかもしれない。上から物を云っていたかもしれない。ワシはなんとも小さき男よな」

「なんだよ、さっきから柄にもないことばかり云って。酔ってきたのか?」

「そうかもしれんな。それでは、酔いのついでに柄にもないことをもう一つだけ云わせてもらうとするか」


 グラスに入っていたウィスキーを一気に飲み干す。


「あの子らは不思議だな。大人のような芯の強さと、子どもの純真さを持ち合わせている。それにボンズもな」

「俺も……?」

「大人になるのは簡単だ。歳を重ねるごとに勝手になるのだから。だが、子どものままでなどいられない。純真さを抱えたままでな。だが、ボンズにはそれがある。だからこそ、子どもたちも惹かれているのであろう」

「純粋というか、大人になりきれていないだけだよ。でも、ありがとう――それにしても、りゅうもラテっちもどんな大人になるんだろう」

「そうだな……だから――」

「だから?」


「ボンズ……子どもたちは、ワシたち大人が守ってやらんとな」

「――そうだね!」


 その後、2人でもう一杯ウィスキーを注文した。


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