表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/145

第三十七話 乱入

 

「視界が、何かの物体により閉ざされている」

 そう感じてはいたものの、物体が何かを理解するのに壱は数秒を要した。


 気が付いた時には、既にボンズの拳は眼前まで迫っていたのである。

 拳圧による風すら起きなかったため、殴りかかられていることすら把握できていなかった。

 そのボンズが、ロウ人形のように固まっている。

 拳を突き出したままで。

 この拳があと数ミリ動いていたら、壱の顔面は原形を保ってはいなかっただろう。

 全符力を使った直後、そして最期を迎える直前。

 この二つが重なり合ったことにより、体温は一気に奪われ、呼吸をするのも忘れてしまっていた。

 今まで流していた冷や汗とは違う、体温を失ったせいで冷やされた汗は、自らの体から流れ出した老廃物とは思えないほどの異物に感じた。

 その汗が地面に落ちるかすかな音によって、壱は我に返ることができたのである。

 そして、恐る恐る1歩だけ後ずさった。

 視界全体でボンズを捉えるために。

 ボンズが止まったことを確かめるために。

 壱の行動をあまりにも簡単に述べたが、退しりぞいた1歩は容易なものではない。

 最期を迎える寸前まで迎えた者が、間をおかずに再び命を脅かす禁忌を犯すことなど誰ができよう。

 崖から飛び降りたものの臨終を迎える事が出来ず、意識があるので再度崖まで登り、もう一度飛び降りる――これに類似した行為を壱はやってのけたのだ。

 そして壱が身体を動かし始めるも、ボンズはまるで反応を示さない。未だ拳を突き出したままだ。

 だが、ボンズの全体像を見た瞬間、常軌を逸脱していた時のボンズとは明らかに様子が変わったいうことはすぐにわかった。

 先程までとは、「眼」が違っていたのだ。

 そして、何も理解していない。何も考えていない。そんな瞳をしていた。

 少しだけ安心した壱はボンズに話しかけようとした。

 その時だった。


「ぼんじゅ~」


 今まで気絶していたラテっちが意識を取り戻し、か細い声を発っした。

「……ラテっ……ち」

 ラテっちの言葉に反応したボンズは茫然と辺りを見回す。

 そしてラテっちを見るなり正気を取り戻し、すぐさま駆け寄って縄をほどいた。

 まるで、何事もなかったかのように。


 ラテっちを解放したボンズは、何よりも先に叱りつけた。

 いや、叱らずにはいられなかった。

「見かけたことがあるからといって、よく知らない人についていったらダメだろ! こんなことは誰だって知っているぞ! ラテっちだって教わっただろ!!」

 怒鳴るボンズに対し、無言のまま俯くラテっち。

「なんで黙っているんだ!」

「……そんなの、しらないもん」

「なんでだ! 知らないわけないだろ! これくらい聞いたことがあるだろ!!」

「ボンズ、もうやめてくれ」

 そう懇願してきたのはりゅうだった。悲しい表情を浮かべ、ボンズに歩み寄る。

「本当に……聞いたことがないんだよ」

「聞いたことが……ない?」

「だから、怒らないでくれよ! もうラテっちを叱らないでくれよ! お願いだから!」

 ボンズのズボン掴み、何度も揺さぶるりゅう。

 だが――

「…………だめだ」

「そんな……」

 ボンズの言葉を聞いて、りゅうも俯いてしまった。

 ――と同時にボンズは地面に膝をつき、りゅうとラテっちを力いっぱい抱き締めた。

「本当に……本当に心配したんだぞ! 本気で心配したから怒っているんだぞ! そうじゃなきゃ……怒るわけないじゃないか! よかった……本当に無事でよかった。もう絶対に離れるんじゃないぞ!」

 抱き締める腕に力がこもる。

「ごめん……ボンズ」

「ぼんず……ぼんじゅ~! ごめんなしゃい~」

 2人は「2度目」の涙を浮かべ、ボンズに抱き付いた。

 1度目とは違う。不安が爆発した時とは……

 心から安堵した。仲間を信頼した。無事を喜んだ。

 3人とも、何もかもが嬉しかった。


 その姿にようやく心から安堵し、なおかつボンズを抑えるためだけに全ての符力を使い果した壱殿はその場に座り込んでしまう。

「お疲れ様」

 そういいながら壱殿の傍らに歩み寄るパチ。

「ありがとう。壱殿のおかげで助かったわ」

「……いや、全てはワシの責任。当然のことをしたまでだ」

「……そう。でも、壱殿がいなかったら、この場にいる全員がすでに生きてはいなかったでしょうね……ボンズも含めてね」

「ボンズも……だと?」

「今までのボンズの行動は多分無意識の中での出来事だったと思うの。でもね、あの人がいくら意識がなかったからといっても、もし子どもたちにまで手をかけてしまっていたら、意識を取り戻した時に自我は崩壊していた。――確実にね。結末はどの道同じことになっていたってことよ」

「なるほど。あの姿を見せられては納得せざる負えないな」

「ふふっ。子どもたちに対する甘さは筋金入りなんだから。これがもう少し他人への接触にも結びついてくれれば、対人恐怖症なんてすぐに治るんだけどね」

「あぁ、全くだ。――やはり、親バカだ……な」

 壱殿は座り込みながらコートのポケットに入っているタバコを取り出し、一服する。

「やはり似ているのだな。ワシとボンズは。人を信じ、そして信じることを止めた。只違うとすれば、貴様は再び信じ始めた。いや、もう仲間というものを信じている。ワシも……同じだよ。今日からな」


「――今だっ!!」

 誘拐の主犯、リキュールのかけ声を合図に残党が小屋から逃げ出し始めた。

 ボンズの姿。そして、パーティーの様子を一部始終伺っていた彼等が「もう安全」だと認識し、隙をついてこの場から立ち去ろうとしたのだ。

 先頭を切って小屋を飛び出すリキュール。ようやく外に出られたことに安堵したのだろう。解放されたと云わんばかりの表情を見せた。

 それが――最期の時になることも知らずに。

 小屋を出て、外へ身体を晒した途端だった。

 彼の頭上にスマートフォンのような手のひらサイズの、薄く、そして真っ黒な直方体が落下してきた。

 その物体はリキュールに接触した瞬間に急速な熱膨張を起こし、轟音と炎による熱風、そして衝撃波が襲った。

 つまり――爆発を起こしたのだ。

 突然の出来事に誰もが唖然とする。

 爆発により巻き起った煙が消えた時には、何も残っていなかった。

 リキュールの身体は文字通り消滅してしまったのだ。

 ――跡形もなく。

 その姿……いや、残骸すら残されていない彼を見てしまった者はこう思っただろう。


「蘇生など、できるのだろうか」――と。


「なんだ! 何が起こった!?」

 誘拐犯の1人が訳もわからず声を荒立てる。

 混乱の中で、爆発の正体に心当たりがあった者がいた。

「これは……もしかして、『爆弾』なのか?」

 そう――落下してきたのは黒く小さな直方体の「爆弾」だった。

 だが、気付いたところでどうすることもできない。

「もうやだ! わたし、死にたくないよ!!」

 回復役の女性プレイヤーが泣き叫ぶ。

 ボンズに撲殺されるのを順番待ちせざる負えなかった状況から解放された途端、今度は爆殺されようとしている。

 緊張の糸は完全に切れ、理性を保てていなかった。

 ようやく動ける状況になったにもかかわらずその場に座り込んでしまい、そのままひたすら死への拒絶を訴えながら涙を流し続けた。

 だが、無情にも爆弾の投下は止むことはない。

 そして――小屋から逃げ出した誘拐犯一味は、1人も残ることなく全滅していった。

 リキュール同様、跡形もなく吹き飛ばされて。

 結局、ラテっちを誘拐したパーティーメンバーについて、主犯のリキュール以外の名すら知ることはなかった。

 タッチパネルで名前を確認することもしなかったのだが、二度と出会うことがなかったからである。

 この場で、全員が消滅してしまったのだから。


 小屋の残っていたボンズたちは外の状況を茫然と眺めることしか出来なかった。

 だが、このままではいられない。なによりも自分たちの安全を確保しなければならないからだ。

 そのことを誰よりも早く認識したボンズがみんなに呼び掛ける。

「ヤバい! 俺たちも小屋から逃げるぞ!」

 素直に扉から出れば誘拐犯たちの二の舞になるかもしれない。

 そう判断したボンズは入り口とは反対側の壁を拳で砕き、そこから一斉に逃げ出した。

 そして、全員が小屋から脱出した間一髪のところで予想通りに小屋も爆破された。

 逃げ出すのがあと一歩遅かったら確実に爆発に巻き込まれていただろう。

「危なかった……」

 燃え崩れる小屋をボンズたちが並んで見つめる。

「一体、誰がこんなことを……」

 不思議に思いながら立ちつくしていると、後ろから木々が擦れる音が聞こえた。

 音を便りに振り向くと、木々の隙間から1人の男性プレイヤーがこちらに向かって歩み寄っていた。


 見た目は黒髪のマッシュパーマスタイル。少し長めの天然パーマ風の柔らかそうな髪型をした男性だった。

 装備は赤と黒をの生地に金色で龍の刺繍を施したドラゴンジャケット。

 それに、現実世界ならビンテージを思わすジーンズのようなズボンを装着している。

 防御よりも「動き」を重視しているようだが、見た目的にはなんとも派手な、そして現実世界でいえば随分とレトロな格好だ。

 恰好もさることながら、あまりに堂々と歩いている姿が逆に警戒心を薄れさせた。


 ――まさかとは思うけど、もしかしたら俺たちを助けてくれたのか?


「やはりか……まだ生きてやがる」

「……は?」

 歩み寄ってきた男の第一声に困惑するボンズ。

 彼は俺たちが「生きている」ことを確認してきたということなのか。

 コイツ……何者だ?

「皆殺しにしたつもりなのに、まさか生き残るヤツがいるとはな。意外だった」


 皆殺し? それに爆弾……まさか!  


「この森で爆弾を使ってPK(プレイヤー・キラー)をしていたのって――まさか……君が爆弾魔か!?」

「爆弾魔? へぇ、そう云われるのも悪くないな」

「待ってくれ! なぜこんなことをするんだ? 俺たちは君と争う気はないぞ」

「別に理由はないさ。さっきのヤツらもこの小屋を見つけたから『ついで』に殺してやっただけだ。今日もPKをしていたから、ついでにな」

「ついで……だと」

 なんだコイツは……PKが日常だとでもいうのか?

 異様な言動と行動に薄れた警戒心は一気に昂り、身構えるボンズ。

 彼は「危険」だと判断したのだ。


 すると――

「うーん。なんか、お前ら見たことがあるんだけどな……もうここまで出かかっているんだけど……」

 彼はなにやら悩み始め、さらにこちらへと近付きながらジロジロと観察するようにボンズたちを見つめはじめた。

「見たことがある? 俺はPKをするようなプレイヤーなど知らないぞ」


「――あっ!!」

 突然、驚いたように声を上げだし、こちらを指さす。

「お前らって、もしかして前のクエストでピンクダイヤを配っていた馬鹿たちか?」

「そうだけど……馬鹿ってなんだよ」

「やはりな。なんとなく見覚えがあると思っていたが……改めて見るといっそう馬鹿顔バカヅラだな。この偽善者どもが!」 

「なんだと!」

 いきなり偽善者扱いされたことに苛立つボンズ。

 そして、己の罵声により相手の表情が変わることをあたかも予想したように不敵な笑みを見せた爆弾魔が話を続けた。

「満足だったか? 自己満足の偽善を振りまいて楽しかったか?」

「楽しい……だと」

「オレはな、テメェ等みたいな自己満足の偽善を振りまいて他人に感謝されることで悦に入る人種を見るのが1番腹立つんだよ!」

 流石に頭にきた。

 思わず胸ぐらを掴む――寸前だった。

「それがどうした!!」

「……なんだ。このチビ」

 爆弾魔の台詞に突っかかってきたのはりゅうだった。

「腹立つってなんだよ! 困っている人を助けて何が悪い!」

 爆弾魔はりゅうに顔を近付ける。

「よく聞け。あの時ダイヤをNPCノンプレイヤーキャラクタープレイヤーに持って行けば、1人でもクエストをクリア出来たんだ。つまり! ダイヤを配るってことはな、ソロプレイヤーを増殖させることに繋がる結果になった。ひいてはパーティーメンバーを裏切る絶好の機会を与えたということだ。お前らはこの世界に引きこまれたプレイヤーが仲間を裏切る片棒を担いでいたんだよ。どうだチビ。裏切るってことは悪いことだよなぁ」

 爆弾魔が云い終わるのと同時に手で顔を被うボンズ。

 ――知られたくなかったことを吐き捨てやがった。

 子どもたちに、そんな話を聞かせたくなかった。

 だが――

「そんなこと、わかっていたさ……」

「りゅう……気付いていたのか」

「わかっていたさ! ぼくたちがしたこたはバカなことかもしれない。でも、それでもね、ぼくたちみたいなバカなことをするのがチョットでもいたっていいじゃないか! 感謝なんかされなくてもいい。どんな結果であれ、1人でも助かるんだから!」

 真剣に語るりゅうの頭を撫でながらパチが横に立つ。

「そうそう。これぞナイチンゲールってものよ。ふふっ、尊敬しなさい」

「みんな……」

 気付いていた。りゅうもパチも、気付いていながらもダイヤを配っていたのだ。

 敵わないな……


 りゅうとパチに対し、唾を吐き捨てるという態度で感情を示す爆弾魔。

「ケッ、余計な事しやがって。まぁいい。どうせ生き残ったヤツらも全てオレが殺してやるんだからな。さて……と。お前らも――狩るか」


 爆弾魔が、掌に爆弾を生み出そうとした――




よろしければ、感想・評価・ご指摘などを頂戴できれば嬉しい限りです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ