第三十六話 覚悟
――時は、ラテっちと【九蓮宝燈】との取引現場に戻る。
「俺は……ただ、リーダーの指示に従っただけなんだ」
幼い女の子を誘拐をしたのも、偶然【九蓮宝燈】を装備したプレイヤーを見かけたのがそもそもの始まりだった。
西であるリーダーがその威力に魅了され、手に入れるために今回の計画を企てた。
俺は、その計画についていっただけだった。
そして、全てが予定通りだったはずなのに……
誘拐犯は、【九蓮宝燈】さえ手に入れば、ラテっちを解放するしないはどうでもよかった。
取引が終わった後、どんなに抵抗されても、神具の力の前に敵はいないと考えていたからだ。
それなのに――
一言だけ添えると、ラテっちを縛りあげた縄を握ったプレイヤーの名を知ることはなかった。
りゅうに脅しをかけ、ラテっちの顔にナイフを滑らせた時の言葉が『最期の台詞』となったからである。
結論から述べると、ボンズが縄を握った男の顔面に拳を叩きこんでいた。
誰も気付く間もなく、誰1人として叩きこむボンズの姿を視界に捉えることができないままで。
只云えるのは、ボンズの放った一撃は現実世界であれば確実に絶命に至ると誰もが思えるほどであった。
ボンズの拳がナイフを持った男の顔面にめり込み、頭蓋骨の形を歪ませ、戦闘不能状態へと瞬時に変えていた。
いや――例え蘇生符術で再びこの世界に復活できようとも、2度と戦闘に参加することは不可能だろう。
この世界では「痛み」は現実の数分の1しか感じず、攻撃に対しての「痛み」も決して絶叫するような痛みを感じることはない。
だが、痛みはなくとも「死」を連想させる攻撃は存在する。
ナイフを手にした男はまさにその攻撃を受けてしまった。
例え蘇生されたとしても、攻撃が見えていなかったとしても、「絶命」を迎えたイメージだけは確実に刻み込まれる。
男は絶対的な死に直面してしまったことで「死の恐怖」を植え付けられてしまった。
蘇生されたとしても、これから何度でもこの記憶が蘇り、再び「戦闘」などできるはずがない。
人間とは、イメージにより多大なダメージを受ける生物なのだから。
――これはあくまで予想に過ぎない。
だが、そう予想せずにはいられない。
不可避な現実――待ち構える「死」を連想させるには充分過ぎる一撃だった。
なにより、誘拐を犯したプレイヤーたちの表情が全てを物語っていた。
目視することすら叶わない未知なる過程によって動かぬ肉塊と変えられた仲間の末路を目の当たりにし、恐怖と動揺で思考と行動が止まってしまっている。
そして、ボンズの仲間であるパチや、怒りに震えていたりゅうですらその場に立ちつくす。
この場にいる誰もが、ボンズ異様ともいえる姿に驚愕し、動けずにいた。
しかし――
その中で、たった独りだけ全く別の事に驚愕しているプレイヤーがいた。
唯一、他者では感じ取れない異常性に戦慄を走らせる者。
能力を「眼」に集約した北の最高峰ともいえる【焔慧眼】の持ち主――壱であった。
「――絶対に有り得ない」――と。
周りの人間は、今のボンズの攻撃を只とてつもない速さで攻撃したと思っただろう。
だが、違うのだ。
壱が持つ「両眼の焔慧眼」には、まだ仲間にすら云っていない能力があった。
「長考」と並ぶもう1つの能力「心通」――戦闘が行われる際発生するゾーンの範囲全体、または一定範囲の空間に流れる時間を調節するのではなく、発動した壱本人にのみ時間の流れを調節する能力。
簡単に云えば、時間操作の範囲を己のみに狭める代わりに、「長考」以上に速度を調節する幅を大幅に拡大するのである。
この能力には時の流れの進行を大幅に遅らせると共に、長考以上に高速移動する物体を視野に捉える事が出来る。
己の視界に捉えた空間の流れ、時間の流れを支配する能力の強化版ともいえる能力であり、実は壱が最も多用する能力であった。
その能力効果は「凄まじい」の一言。常識では考えられないほどの効力を持つ。
「心通」の説明の前に「長考」の能力説明を触れると、パーティーに全体にまで範囲を広げた「長考」の能力限界値は1秒の1000%(10倍)まで遅らせることが可能であり、1000%から200%(2倍)まで時間を操ることができる。
例えるならば、本来1秒という時の流れを500%――「5秒」に操作、変換し、他者との時間軸をずらすことで他人が1秒過ごす間に、パーティーは5秒間を過ごすことができるのだ。
このように、時間経過を遅らせることで攻撃をより速く叩きこみ、敵の攻撃を回避することができる。
だが、「心通」の時間操作の効力は「長考」を遥かに凌駕し、操る速度はゆうに音速すらを超える。
再度例え話をするならば、「拳銃から発せられた弾丸を金魚すくいの網に通す」ことができるほどの時間操作が可能とされる。
例に挙げた拳銃をS&W357マグナムとすると、発射された弾丸は秒速約442Mで進む――つまり、音速を超えている。
しかし、音速以上の速度をも壱が発動した「心通」の前では容易く視界に捉え、かわすことを既に実証していた。
把握能力、そして回避能力としては並ぶもののない無類の奥の手であった。
更に追記すれば、「長考」の能力発動時間はゾーンの広さ――つまり能力範囲と、時間操作の変換時間に関係する。
変換時間とは、1秒を「1秒以上の長さに変換する」ことであり、1秒の流れを「2秒」から「10秒」まで変換が可能である。
能力範囲と変換時間に比例し、能力の効果持続時間は20秒から60秒まで発揮することが出来る。
つまり、能力を最大限発揮すれば――
敵の周りで流れる時間は「1分間」に対し、己のパーティーでは「10分間」を使うことが可能である。これにより相手に与える体感速度は10倍。味方の攻撃を10倍も速くさせ、敵の攻撃を10倍遅くするのである。
だが、能力を最大限解放することを壱は意図的に使用しない。普段はせいぜい2~3倍の長さにしか時間を調節することはないのだ。
理由を挙げるならば、様々なリスクを生じる恐れがあるからとでもしておこう。
壱自体がリスクというものに恐れを抱くことがあるのかは本人にしかわからない。
逆にリスキーなことを好む自虐的な一面を持ち合わせる壱が何故能力を最大限解放しないかは現時点では誰にもわからない。故に、この場では「予想」をたてる他ない。
話を戻し――
それに比べ、「心通」はリスクがほぼない事をこの世界に来て既に実証している。
さらに「心通」の能力を最大限発揮し、「見る」ことのみに能力を集約する「黙聴」を持てば、その時間の進みをさらに大幅に遅らせることが可能となり、この能力であれば秒速150㎞の「雷」すら緩やかに見えるほどだという。
故に、壱にとって「速度を認識できないことなどこの世界では存在しない」と確信していた。
そう確信できるほど、両眼とも焔慧眼を開眼した時間操作とは、それほどまでに性能が高い。
いや、高過ぎるのだ。
そして壱は密かにりゅうが倍プッシュを発動した瞬間、「心通」を密かに発動していた。
りゅうの本気を見るため。
そして、この状況を窮地ではないと思いつつ、ラテっちが本格的に危機的状況に陥った場合の保険として、小屋にいる全員の行動を「心通」で確認していたのだ
しかし――視界から物体が消失した。
無論、ボンズのことも見ていた。
意識をしていたわけではないが、怒りをあらわにしたりゅうの隣にいるボンズも一緒に視界に捉えていた。
そして、誘拐の原因の一端を担ってしまった罪悪感から、仲間たちから目を逸らすことができなかったのだ。
それなのに――ボンズの動きを視界に捉えることが出来なかった。
認識した時には、すでに誘拐犯を殴り終えた後。いや、戦闘不能状態だった。
この事実は、壱の能力からしてみれば「有り得ない」出来事としか云い様がない。
なにせ、<ディレクション・ポテンシャル>の世界において、攻撃、移動速度には限界がある。
音速以上の攻撃は確かに存在する。だが雷以上の速度を有した攻撃など、この世界に存在するはずがないのだから。
だが、見えなかったということには必ず理由が存在する。
有り得ないと思いつつも、考えられる可能性は「3点」ある。だが、あくまで「可能性」だ。
1点目は、やはり「速度」を最優先に挙げられる。
もしも、ボンズが音速や雷光以上の速度で攻撃していた場合だ。
もしかしたら「光速」に近い速度で――
まず、光速度不変の原理から、光より速いものはない。
光とは誰が見ても同じ速度で動く絶対的な運動だが、相対性理論に基づき、光速に近付くほど時間の進みは遅くなる原理を利用し、時間の進みは遅くなる。
壱が持つ能力――時間操作の秘密は実はここにあった。
これと同じことをボンズも行ったのか。
だが、動いているものは「質量が増える」。
これは物質を動かすにはエネルギーが必要となり、その物質が速く、そして重ければそれだけ大きなエネルギーが必要となる。
故に、加速に比例して膨大なエネルギーが必要となる。
これをボンズの攻撃に当てはめた場合――
相対性理論曰く――物体は光の速度に近付くと、物質が加速するにつれその物質の質量は飛躍的に増大する。
つまり、速度が光速に近付けば、質量の重さは無限大の如く増えていく。
もし、ボンズが光速に近い速度で攻撃していたのであれば……いや、物体が光速並みの速度で移動などすれば想像を絶する衝撃が発生してしまう。
ここら一帯など既に吹き飛ぶだけでは済まないだろう。
だが――
それどころか、踏み込んだはずの足場すら崩れていない。
光の速度でなくとも、超高速の速度が加われば、床など踏みこみの威力でえぐり取られているはず。
――つまり、速度ではない。
2点目、瞬間移動――もしくはワープと呼ばれるものか。
ワープとは、実現不可能とされている移動方法のことを指し、様々な概念が存在する。
例として、移動には0から、1、2、3、4、5までの距離があるとする。
0は移動しようと思い立つ場所。
1は第一歩。起承転結でいえば「起」だ。
5は到着点。「結」である。
2,3,4は経路――「承」「転」といった移動経緯である。
そこで、この移動を「紙」に、
「0――1――2――3――4――5」と1直線に描いてみる。
そして、3次元空間をまるで紙を折り曲げるように歪曲させることにより、紙に描かれた1の点と5の点を接触させる跳躍航法という移動手段がワープの方法として有名な定義だ。
つまり、現在地点と目的地点を空間ごと折りたたみ通常空間から飛び出して目的地まで近付けることである。
他には、空間を4次元に捻じ曲げるか、物体を粒子に変換し超移動をするか。また、空間を歪曲させるのではなく「別の空間」を発生させ移動するなどがある。
どちらにしても、現実では実験は繰り返されているが、未だ不可能とされている。
ボンズはこれを行ったのか。
――否。
何故否定するか。
それは、考えられる可能性「3点目」が理由であった。
ボンズの攻撃を「移動」という概念があると思うことこそが、そもそも的外れなのである。
光速移動にしても、ワープにしても、必ず存在する事項がボンズには見受けられない。
「2、3、4」と、行動の過程が発生していないだけではない。
「1」――「起」が存在しない。
「0」という「移動しようと思い立つ場所」から「5」の攻撃を与える終着点までしか存在せず、「移動」や他の概念そのものが存在していない。
なにせ、行動の起点となる「1」自体すら存在していないのだから。
光速とも、ワープや瞬間移動とは違う。空間や速度など関係ない。
「無」――なのだ。
人間が対象物に攻撃などの行動に移った場合、「攻撃をしよう」と思い立つ。
次に「構える」といった「初動動作」。
「攻撃範囲まで間合いを狭める」といった「近付く動作」。
攻撃するために必要な「力を集約する動作」。
そして肉体の部位を使って「攻撃を放つ動作」を行い、はじめて敵に「攻撃」することができる。
だが、ボンズには攻撃をしようと思ってから攻撃を当てるまでの全ての概念が「存在していない」。
曰く――「過程」という概念がそっくりそのまま「抜けている」。
そうとしか、表現のしようがない。
何故そう言い切れるか。
ここはゲームの世界――
<ディレクション・ポテンシャル>の世界において、ボンズの異様かつ不可解な手法を可能にする術がある。
その手法について、壱には心当たりがあった。
だが、それをボンズが可能としたのか――確証を得ることはできない。
存在を知っていても、それを実証する術がないのだから。
どうしようもなかった――
壱がボンズから放たれた「未知なる攻撃」に戸惑い、正体を模索している間も事態が治まるはずがなく、リポート再生のように淡々と同じ映像が続いていく。
ボンズの攻撃を喰らい、HPが無くなったプレイヤーの肉体はまだ消滅せずに残っている。
この世界では一定の時間を過ぎるまで消滅することはなく、ただ動くことが出来ずにいるだけで、意識は残っている。
蘇生されずに完全に消滅するまで。
だが、ボンズはその後も木偶人形と化したプレイヤーに、顔が歪むほどの拳を叩きこみ続ける。
襟首を掴みあげ、今度は見えない攻撃ではなく、ただ拳を相手の顔面へと減り込ませる作業を繰り返し行っていた。
その間、音声チャットで許しを乞いながら殴るのを止めてもらう悲痛な嘆願と、柔らかい物体に鈍器を叩きつける鈍い音が幾度となく響き渡る。
あまりにも残虐な場面。殴られ続けた顔面はすでに原型を留めているか目視し確認する気にもなれなかった。
「やめてくれ」という泣き叫び声から、「許して」とかすれ声をあげ、「殺して……」と変わるまでに時間はかからなかった。
それでも、ボンズは止めようとしない。
表情一つ変えないまま、機械のように同じ動作を繰り返していった。
その光景を見せつけられた誘拐の主犯や回復役といった生き残ったプレイヤー達は、現実をようやく直視することができた。
そして――我に返った途端。
「うあああああ!」
「逃げろ!」
「リーダー! アイツはどうする!?」
「しるかっ! 俺の命が優先だ!!」
突如誘拐犯たちは叫び声をあげ、仲間を見捨てて逃げようとする――
彼らが後ろへ一歩踏み出そうとする瞬間だった。
「――動くなっ!!!!」
周りに叫ぶように訴えかける壱。
「そうだよ……これは出来心だったんだ。お前から説得してくれ……子どもはもう渡すから……」
「アイツに説いているわけではない! 貴様らに云ったのだ!!」
「なに?」
「一歩でも動くな……殺されるぞ!!」
現実において、よく「キレたぜ!」と云い暴力的な行動や発言をする者がいる。
だがそれは、あくまで今まで溜まっていた鬱憤を晴らしているにすぎない。
これには個人差が生じる。
それは持ち合わせている凶暴性により顕著に現れ、その行動は暴言のみで済む者もいれば、殺人を犯す者も存在し、結末を迎えるにあたる個人差の幅はあまりに大きい。
更に云えば、精神の爆発により「記憶」が曖昧になる者もいる。
これにも「差」が生じ、完全に記憶を無くすものもいれば、鮮明に憶えている者もいる。
しかし――それは、発散している行動と精神の差でしかない。
そして、「キレる」という突発性の行為。
己の能力以上の力を……いや、本来持っている100%の能力――つまり「潜在能力」を「キレる」ことにより引き出すことを表現されている場面をフィクションで見かけることはあるが、その行為そのものは不可能だと壱は思っていた。
普段より力を増大させることはあっても、感情だけで肉体の限界値に近付くことなど有り得ないと。
今のボンズを目の当たりにするまでは。
しかし――
緊張に耐えきれなかったのか、はたまた恐怖による結果なのかは定かではないが、誘拐犯の1人が壱の制止を聞かずに1歩……いや、半歩だけ後ずさってしまった。
いや――それを確認できたのも壱だけだ。
他のプレイヤーたちは、何が起こったかすら全く理解できない。
みなが平等に認識できたのは、数瞬前まで戦闘不能だったプレイヤーを殴り続けていたボンズがその場から姿を消したこと。
そして、次に映った姿は後ずさったプレイヤーの目の前に立ち尽くし、既に撲殺し終わった「事後」の姿だった。
恐らくは、ボンズに攻撃を受けたプレイヤーすら何をされたか理解せぬまま戦闘不能になってしまったことと思われる。
死に直面した恐怖だけを残して――
この光景に誘拐犯の中には失禁する者まで出始めた。
誘拐をしたパーティーで唯一の女性プレイヤーは、身動き一つ取れずに涙を流している。
本来なら、座り込むかなどの「行動」を取りながら泣きわめくところなのだろう。
だが、動けば己が認識できぬまま殺される場面に直面してしまい、全く動かずに感情のみを表現してしまうという結果となったからだ。
動いた瞬間に殺される――防衛本能が涙を流す以外の動きを拒絶したのだ。
これは既に「恐怖」ではない――
「恐怖」とは、誰しも感じたことはある感情の1つだろう。
だが、「恐怖」以上の状況――つまり「死と隣り合わせ」という状況におかれることは、臨終を迎えるまで経験するかしないかには個人差が生じる。
実際、壱は現実では成人した男性であり、生を受けてから最低でも30年以上経過しているが、このような経験などしたことはない。
もう少しだけ彼のことを触れれば、彼の人生経験は深く濃厚であったといえた。
「死と隣り合わせ」に限りなく近い経験をしたことはある。だが、それはあくまで一般人の話であり、壱自体はその経験すらも「日常」としか感じていなかった。
一歩でも誤れば死に直結する綱渡りの道ですら、鼻歌交じりで歩んできた。
それは、彼が己の存在を軽視する豪胆さと、それでも渡りきれる自信によるものだった。
だが、彼は初体験をした。
自己の消滅すら軽んじていた者が、流れ出る冷たい汗を止めることができない。
この状況から逃げ出したい。だが、逃げられない。
恐怖をも通り越した負の感情が身体を被いつくし、縛りつける。
「絶対的な死」との直面により。
そして、無機質な表情のまま人間を撲殺する男の姿に。
それでも、壱殿は「賭け」に出る。
ギャンブラーとしてではない。
この状況を引き起こした張本人として、責任を取らねばならない「決意」の表れとして。
そして――「覚悟」を決めていた。
壱は眼の能力を発動し始める。
身体を動かすことはしなかった。だが能力を発動した途端、ボンズは壱の方へと視線を移す。
ボンズは何も語らない。
だが、冷たく光る瞳のみが「殺す」と語っているようだ。
――否。
語っているのでも、脅しているのでもない。
何も、語ってはくれなかった。
この瞳を見た途端、壱は尻込みをしてしまった。
覚悟を決めたはずなのに、これ以上前へ進めない。
あと一歩でも前に進めば、消滅が待っていることを悟ってしまったからだ。
平常心を完全に失ったボンズは、怒りをも通り越したのかすらも理解できないほど、感情が存在していなかったのだ。
恐らく、誰が敵なのかも理解していないだろう。
いや、敵か味方かすらも問題ではない。
ただ、人間を肉塊に変える作業をこなしているだけに過ぎない。
その過程に邪魔が入れば、即ち対象を変えるだけのこと。
そして、その作業は終わらない――この場から誰もいなくなるまでは。
これは、あくまで壱殿の予想に過ぎない。確証もある訳でもない。
だが、そう悟らずにはいられなかった。
この姿――子どもがみたらどうなるのか?
りゅうは……どう思うのか?
この中でボンズと最も時を同じく過ごし、ボンズが誰よりも心を許している2人の内1人――りゅうがボンズに歩み寄ろうとしない。
「やはり、ボンズを恐れているのか……?」
――そうではなかった。
恐怖からではない。
表情を見てすぐにわかった。表情が物語っていた。
仲間の見知らぬ残虐性に恐れを抱いているわけではないのだ。だが、傷つけられた仲間の仇を討ち取ってもらおうとしている訳でもない。
――見届けていた。
目を背けずに、真っ直ぐ見つめている。
どんなことになろうとも、最後まで仲間と共に歩むという意思の表れ――覚悟。
壱は、この覚悟を己には持ち合わせていなかったことを思い知らされてしまった。
死すら恐れないと気取っていたことすら、りゅうの覚悟に比べれば思い上がりに過ぎないということを思い知らされた。
尻込みをしてしまった己を恥じてしまうほどに。
「子どもではない」――それは、りゅうのこういった姿から連想したのも事実である。
だが――やはり子どもなのだ。
紛れもなく幼い子どもなのだ。
信じる――この台詞を口にするのは非常に容易なことだ。
しかし、「信じきり、疑わない」強く固い意思は、 疑うことを覚えた大人には容易ではない。
自我を失い、暴虐を尽くすボンズを見守ることなど、壱には出来なかった。
この時、壱はりゅうに対し人生で完膚なきまでの敗北感すら覚えた。
りゅうは強過ぎる。
戦闘も、精神も、信念も、純粋さも――絆さえも。
壱はこの男たちを、今ようやく最後まで見届けたいと心から思った。
このパーティーの行く末を見届けるつもりでいた。言葉にも出していた。
だが、それはあくまで「パーティーが全滅するまで」という意味であった。
逆を云えば、ボンズたちは生き残れないと想定していたのも事実だったのだ。
行ける――このパーティーならば、見果てぬ先へ進むことができる。
だが、確信した時にはもう遅い。
この状況を打破しなければ、先へは進めない。
いや、ここで何もかも終わるかもしれない。
ボンズを止めなければ全てが終わる。だが、誰が彼を止められようか。
この状況を、誰が治めることができようか。
ラテっちが誘拐されたことに関し、安易に考えていた。気軽にどうにかなると思い込んでいた。
それなのに、現実はどうだ。
予想に反し、ここにいるすべての人間がどうする事も出来ない状況へと追い込まれている。
全て……己の軽率な行動と言動が原因で。
だからこそ、責任を取らなければならない。
自らの手で、仲間の日常を取り戻さなければならない。
たった数日だが、彼等と語り合い、笑い合うことができた。その姿を見せてもらった。
それを――失わすわけにはいかない。
矜持も自己の存在も関係ない。
己が仲間なんぞの為に「己自身」を賭けることになるとは思いもよらなかったが、今一緒にいる仲間は居心地がいい。
彼らの笑顔は、それだけの「価値」がある。
「天秤にかけるなどおこがましい。だが、それで取り戻せるなら……安過ぎる買い物だ」――壱は、呼吸を整え始めた。
「最期に……あと1本だけタバコを吸いたかった」と思いながら。
「貴様の手にかかるのであれば……むしろ本望だ。すまなかったな。苦しませてしまって……」
壱は全ての符力を焔慧眼の能力の1つ――「縛」に変換し、ボンズの動きを封じ始める。
ボンズは自由が利かなくなったことを理解すると、己を縛った張本人へと身体を向けた。
その重圧たるや、これまでの人生経験など比ではない。
ナイフをチラつかせられる方が、どれほど楽だろう。
痛いかもしれない。血が出るかもしれない。死ぬかもしれない。
違う。そうではない。
自己の存在が消滅するのを「初めて恐れた」ことが、なによりの重圧だった。
それでも、そのまま身体の自由を奪っているボンズに少しずつ歩み寄る。
だが、「縛」を打ち破ろうとするボンズを抑えるだけでみるみる符力は消費され、ようやくボンズの手首を掴むと同時に、壱殿の符力は底をついてしまう。
同時に――壱は「死」を悟った。
だが、死ぬ前に「もう一言」だけ、ボンズに云いたいことがあった。
その言葉を口にするまでは……どうしても死ねない。
壱殿は掴んだ手首を持ち、ボンズに己の拳を見せた。
そして――「もう一言」だけを、語りかけた。
「なぁ、ボンズ。血に濡れた手で……子どもを抱き締めるのか」
よろしければ、感想・評価・ご指摘などを頂戴できれば嬉しい限りです。




