第三十五話 一方
今回は、前話(第三十四話)と平行している話です。
前話中で起こった子どもたちの状況を描写した話となっています。
読んで頂けると、嬉しいです。
時は――数時間前に遡る。
「ハァ……ハァ……」
息を切らせながらピンズの街を隅々まで駆けずり回るりゅうの姿があった。
「どこにもいない……どうして」
あらゆる店に入ってみた。
あらゆる路地に足を踏み入れた。
それでも、ラテっちの姿は見当たらない。
「街から出たとは思えないし……いったい、どこにいるんだ」
ようやく足を止めたのは、ピンズの街を全て捜索し終わった頃だった。
そして、りゅうはタッチパネルを開き、もう何度目かもわからなくなった音声チャットをラテっちに向けて発信した。
しかし――応答はない。何度繰り返しても。
「どうして応答してくれないんだ! もうチャットのやり方はボンズと一緒に教えたはずなのに……お願いだよ……声を聞かせてよ……ラテっち」
今度は、店や街路に立っているNPCに尋ねてみた。
「桜色の帽子を被った、ぼくと同じくらいの背の女の子を見かけませんでしたか?」
必死の問いかけも、皆は同じ反応しかしない。
首を横に振るだけだ。
「そうですか……」
下を向きながら歩くりゅう。
自分ではどうしようもない状況になりつつあることを自覚し始めた。いや、自覚せずにいられなかった。
「まただ……なんでだよ……なんでぼくはこうなんだろう」
疲れによるものか、気落ちによるものか、りゅうの足取りは重くなっていく。
歩いていくうちに、駆けずりまわっている時に見かけた「たい焼き屋」が再び目に入った。
「……新しいお店だからいるかと思ったけど、さっき見た時にはいなかったな……いや、諦めずに聞いてみよう」
りゅうは店員のNPCにラテっちのことを尋ねてみた。
「あぁ、たい焼きを買ってもらえずに座り込んでた女の子のことだな」
「知ってるのっ!?」
ついにラテっちを見かけた情報を掴み、昂りが抑えられない。
「教えて! どこに行ったの?」
「うーん。詳しくはわからんが、一緒にいたプレイヤーが突然揉めだしてな。揉めていた2人がそのままその子を置いて行ってしまったんだよ。2人といっても、一方は石膏像みたいに固まっていたみたいだったがな」
「固まる……ボンズだ。それで! そのあとは?」
「その後か……女の子はそれまで一緒にいた2人とは違う、別のプレイヤーたちと話をして、そのまま一緒に向こうへ歩いて行ったぞ」
NPCは、街の正門がある方角を指して教えてくれる。
「えっ!? なんで、その人と一緒にでかけちゃったの? なんて話していたの??」
「そこまではわからないよ。話の内容も、ここからではハッキリとは聞こえなかったしな。でも、女の子は一緒に行った連中のことを知っていた感じだったぞ」
「知っていた……」
呆然とするりゅう。
当然だ。この世界でりゅうとラテっちの知り合いといえば「パーティーメンバー」。そして、ボンズたち以外で唯一知り合いのプレイヤーといえば優作たちのみだからだ。
もしラテっちと一緒にどこかに行ったプレイヤーが優作なら、ラテっちから連絡がなくとも、むしろ優作の方から連絡をしてくれる人だと、りゅうは知っている。
つまり――優作たちではない。
では、誰なんだ?
りゅうが知らなくて、ラテっちが知っている――そんなプレイヤーなど、いるはずがない。
いや、「いる」ことを知らなかっただけなのか?
どちらにしても、人物像が全く浮かばなかった。
「ねぇ、どんなプレイヤーだったか覚えている?」
りゅうの問いに、表情に表れるほど悩むNPC。
「そうだな……正直覚えていなくはないけど、これといった特徴はなかったよ。話をしていたのは深紅の鎧を装備した『どこにでもいるプレイヤー』としか、云い様がない。背の小さい君の方が、余程特徴があるくらいだよ。最近街にたびたび訪れるようになった輩はどうも似たような方たちばかりでな」
「そう……教えてくれてありがとう」
――鎧。
優作の友達である只人も鎧を着ているが、盾使いの防御型前衛。
特徴を聞いたら「鎧」という前に「大きい盾」というはず。
第一、鎧の色が違う。只人の鎧はブルーメタリックだ。
「やっぱり、優作たちじゃないんだ……」
ラテっちが誰かと一緒にどこかへと行ってしまった。
ぼくの……知らない人と。
りゅうは不安と心配で泣きそうになる。
「ダメだ。ぼくがこんなんじゃ、ボンズに心配をかけちゃう。でも……」
りゅうは、ボンズに心配をかけたくなかった。
だが、状況は子どもでもわかるほど、より深刻な事態になりつつあることを予想せずにはいられない。
ぼくは……また守れないのか……
「でも、ボンズにこれ以上心配をかけちゃダメだ。迷惑をかけちゃダメなんだ。大人に……迷惑をかけちゃダメなんだ!」
りゅうは宿屋に戻るまで己にそう云い聞かせていた。
だが――扉のノブを掴んだ瞬間、無意識の内に発した言葉をりゅうは自覚していたのだろうか。
「ボンズ……助けて」
一方、更に少し前のこと――
「ふにゅ。ぼんずもいちどのも、どこかにいっちゃいまちた。どーちて?」
たい焼きを買ってもらえず、さらには壱殿によって置いてきぼりにされた状況をまったく把握せず、たい焼き屋の前に独りで座っているラテっち。
でも、お腹がすいたので、再び立ち上り、今度は屋台の店員NPCに声をかけてみた。
「たいやきちょーだい!」
すると、NPCから――
「お嬢さん。お金……あるのかい?」
ラテっちはカバンを漁った。
「あれでもないこれでもない、あれでもないこれでもない……ないでちゅ~!」
「それじゃ、残念だけど諦めて下さい。たい焼きは売り物なもんでね」
「え~!」
残念がるラテっち。でも、このまま引き下がらないのもラテっちだ。
「わかりまちた。『ひとくち』ちょーだい!」
「…………あのね、一匹丸ごと買ってくれないとダメだよ。一口分だけ売るのは無理だな」
「えぇ~~!!」
ショックを受けるラテっち。
再び座り込み、俯く。
――――チラッ。
「お嬢さん。こっちを見ても、あげれないよ」
また俯くラテっち。
――――チラッ。
目線を上げてたい焼き屋を覗くラテっち。
「……何回見ても、あげれないからね。お金がないなら、諦めなさい」
「きゅ~…………」
買い物はいつもボンズがしてくれた。
でも、今はボンズがいない。
そう、ボンズがいない――
ラテっちは辺りを見回し、改めて独りになったことを自覚した。
「いいこにしてなかったから、ぼんずはおこっちゃったのかな?」
ラテっちは独り、たい焼き屋の前に座り続ける。
置いて行かれたことよりも、ボンズが一緒にいてくれないことを不思議に思っていた。
だが、じわじわと思い出す。
以前一度だけ――ボンズが目の前から姿を消したことを。
置いて行かれたことを思い出し、急激に不安が押し寄せてきた。
「ぼんず……ぼんず……どこ? ぼんず~!!」
ラテっちが叫ぶも、返事など返ってくるわけはない。
「ぼんずがいないよ~……ふにゅ~」
徐々に泣きだしそうになるラテっちの肩を、誰かが背後から軽く叩いた。
「ぼんずっ!?」
ラテっちが笑顔で振り向くと、そこには見知らぬ集団が立っていた。
「……だ~れ?」
「おいおい酷いな。さっきフィールドであったばかりじゃないか。覚えていないかい?」
「そうでちたっけ?」
話しかけてきたのは深紅の鎧を装備した男。
「こちらは君のことを、よく覚えているよ。確か君は甘いものが好きだと云っていたね。どうだ? たい焼きなら俺が買ってあげようか?」
その台詞にラテっちは一瞬だけ表情を明るくしたが、すぐに曇らせていった。
「……いいでちゅ。いらないでちゅ」
「どうした? いらないのか?」
「……うん」
「せっかく買ってあげるんだ。遠慮しないで好きなのを注文すればいい」
鎧の男の言葉に――
「ぼんずといっちょじゃなきゃ、ヤでちゅ」
ラテっちがそういうと、鎧の男は急に話題は変え始めた。
「あぁ、その彼のことなんだけどさ、さきほど会ったばかりよ」
その言葉を聞いて、すぐに反応を示すラテっち。
「ほんとっ!?」
「あぁ、本当だとも。この近くでお兄さんと会ったら、お嬢さんが来なくてとても心配していたよ。そうだ。お兄さんのいるところまで案内してあげるから一緒に行こう」
「うん!」
ラテっちは笑顔で男について行った。
そう――ボンズと離れてしまった不安から、すぐに信用してしまう結果となってしまった。
街の正門まで機嫌よく歩くラテっち。
「いっちょにあるいているひとたちはだれ?」と、思っていたが、ボンズと会える嬉しさの方が疑問を上回り、ついて行くことに疑いすらしなかった。
そのまま正門をくぐり、フィールドまで出てしまう。
「ここでちゅか? ぼんずがいないでちゅね」
そうラテっちが問いかけた瞬間。
「……ありゃ? ぐるぐる?? おててがうごかないでちゅ」
気が付いた時には、身体を腕ごと縄に巻かれ、拘束されてしまった。
「よし。このガキがピンクダイヤの回収クエストの時や、他の戦闘時にもその『カバン』をつかってアイテムを出していたのを見ておいて正解だったぜ。アイテムポケットを使わないでアイテムを使用するスキルを持った北のはずだ。スキルを使われないように腕ごと縛りあげれば抵抗はできないだろう」
周りの人が何を云っているのか理解できないラテっち。
「どういうことでちゅか?」
「君はねぇ……たった今、俺たちに『誘拐』されたんだよ」
「ふちゅ? ゆーかい?? ねぇねぇ、ぼんずは??」
「……まだ、わからないのか? そんなヤツはここにはいねぇよ!!」
「……いないの?」
途端に悲しげな表情を浮かべるラテっち。今にも泣きだしそうになる。
「君はこれから俺たちと一緒に来てもらう。そして、もう仲間には会えないかもな」
仲間に会えない――そう聞いたラテっちは泣きたくなるのを我慢して怒ってみせた。
「んにゃ! だまちたんでちゅか! わるいひとだったんでちゅね!」
「今頃気付いても遅い。さぁ、大人しくついて来てもらおうか」
「んにゅにゅにゅ~、わっちゃーー!!」
ラテっちは縛られたまま、街に向かって走り出した。
しかし――
「アウッち!」
勢いよく転んでしまい、再び捕まってしまった。
「いたいでちゅ~」
「オイ! 逃げないように担いで運ぶぞ」
鎧の男の命令により、大柄の男性プレイヤーがラテっちを肩に担ぎあげた。
――後に、ラテっちを滑車に吊るす男である。
「はなちてー!!」
叫びも虚しく、そのままラテっちは連れ去られてしまった。
――ラテっちの誘拐に成功したパーティーは、後に取引場所となる木造の小屋に到着した。
「ぼんずやりゅうにあわせてよー。みんなにあいたいでちゅ」
ラテっちの要望など既に聞く耳を持たない。
「コイツはいるだけでいい」――この場にいる全員が、そう思っていたからだ。
そして、ラテっちは縛られている縄ごと天井に設置された滑車に括られ、上下に動かされるように吊るされた。位置は誘拐犯たちの背丈ほど位置で吊るされている。
「ふにゅ~」
ラテっちを担いでいた男がパーティーメンバーに問う。
「さて、誘拐も無事に成功したことだし、このガキにチャットさせるのか?」
鎧の男が、その問いに答えた。
「いや、ガキの仲間の名前は把握してる。あのパーティーに冴えない男がいただろ? ソイツと直接交渉をする」
「それはリスクがあるのではないのか?」
一笑する鎧の男。
「フッ、ここはゲームの世界だぞ。この世界では何をやっても許されることこそ現実との大きな違いであり、現実では許されない誘拐や殺人などといった犯罪も全てが合法の無法世界となっている。これを有効に活用しない手はないだろ? 名前や顔を知られたからといって俺たちを裁ける法が存在しないんだ。リスクなど存在しない。安心しろ」
彼の意見は正しい。
この世界には「マナー」はあっても「法律」は存在しない。
GMの命令以外、厳守すべきものなどないのだから。
「それに、このガキにチャットさせることは『手』を使わせなければならない。手が自由になった時に北の能力を使用されて、もし逃げられでもすれば何もかも終わりだ」
続いて、誘拐犯パーティー唯一の女性プレイヤーが話に参加する。
「そうそう。北の能力はどんな能力かは見た者以外はわからない。アイテムを出す能力とまでわかっていても、どんなアイテムがあるかわからない以上、油断しない方がいい」
女性プレイヤーが仲間に説いている間――
「どうちまちょ……」
ラテっちは、己が置かれている状況を少しずつ理解する。
ボンズやりゅう、仲間たちに迷惑をかけてしまうこと。
そして、みんなと会えなくなったらどうしよう――と。
「ねぇねぇ。どうちて、わたちをイジめるの? みんなのとこにかえちて!」
鎧の男がラテっちの面前まで近付く。
「君はここにいてこそ初めて価値が生まれるんだよ――クククッ、本当は君になど用はない。本当の目的は、もう1人のガキが持っている武器だ!」
「りゅう……?」
「最強の武器は、最強の男にこそ相応しい! 西の俺が【九蓮宝燈】を持てば無敵! いや……まさに神具を携えた『神』に近い存在となるのだ!!」
鎧の男の高笑いが響き渡る。
そして、今度は女性プレイヤーが近付いてきたかと思えば、突然ラテっちの頬をワシ掴みにした。
「それにしても頭の悪いガキ。気軽に人について行ったらダメだって教わらなかった? 親の顔が見てみたい」
「むー、うるちゃいおばちゃんでちゅね」
「んだとゴルァァァアアアアアアアアアアア!!!」
怒り狂った女性は、ラテっちの顔も幾度も殴り続けた。
「うちゅ……うっ……ちゅ……」
白く丸い顔は赤く腫れあがり、そして青あざへと変色していく。
「ぼんずに……ぼんじゅにあいたかったんだもん……はやくあいたかったんだもん。だからついていったんでちゅ」
「だまれ、このガキ! まだ殴られたいようだな!」
怒りがおさまらない女性プレイヤーを、鎧の男がなだめ始めた。
「オイ、もうそのへんにしておけ。これ以上殴ったら人質としての価値が下がるだろ」
「――それもそうだ。口には気を付けろよ、ガキが! うるさいから天井まで吊るしあげろ!」
女性プレイヤーはラテっちの顔に唾を吐き付け、その場から離れる。
縄を持った男性プレイヤーがラテっちを天井まで吊るしあげられた。
天井まで吊るしあげられる間、ラテっちの意識が薄らいでいく。
気絶する直前、ラテっちは無意識に呟いた。
「ぼんじゅ……りゅう……たちゅけて……」
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