第二十七話 合図
「これ……プレイヤーなのか?」
木陰で寝そべっていた帽子の男が上体を起こし、少し驚きながらラテっちを抱えマジマジと見つめている。
そして、全く動揺しないまま人形のように表情を変えず抱きあげられているラテっち。
その様子を岩陰に隠れて見つめるボンズたちがいた。
「その子は野生動物ではないから!」
心の中でツッコむも、その声は届くはずもない。
「どうしよう……なんか、話しかけずらくなってきた」
先程、帽子の男に聞こえるように「その子、俺の仲間なんです。あなたも仲間になりませんか?」と云っておけばよかったのに、完全に声をかけるタイミングを逃してしまった。
それに、帽子の男の周りには、なんとなく気まずい雰囲気が流れている気がする。
とりあえず、ラテっちをどうにかしないと。
直接あの場まで赴いて「その男から離れなさい」と云ったら、彼の心証を悪くする恐れもあるし……でも、流石にこのまま放っておくわけにもいかない。
仲間に誘う以前に、あの男がどういう人物かわからないからだ。
現状を考えると、本来ならすぐにでもこちらから出向き、アプローチをかけるのが当たり前の行動なのだが、ボンズはりゅうやパチに相談することなく、勝手にラテっちを連れ戻すことを選択した。
選択肢の意味はない。ヘタレなだけだ。
「どうにかしてラテっちだけに気付いてもらわないと……そうだ!!」
ボンズはアイテムポケットからポテチのこんがりバター味を取り出し、袋を破いた。
「クルミに反応したんだ。これにも反応するはず」
ボンズの思惑通りにポテチの匂いを嗅ぎつけたラテっちは、こちらの方へ顔を向ける。
とりあえず気付いてくれたようだ。
それでは――
ボンズは腕を上に伸ばし左右に振る。
この行動は、「ブロックサイン」を開始する合図だった。
ボンズ――ひじを曲げ、両腕を前後に大きく振る――「早くこっちに逃げてきなさい」
ラテっち――ほっぺたを指で突き、首を横に傾ける――「なんで?」
ボンズ――1度下を向き、再び正面を見る――「いいから!」
ラテっち――顔を左右に振る――「やーよ」
「いつの間にブロックサインなんか作ったの?」
パチのツッコミなど耳に届かず、ブロックサインを続けた。
ボンズ――ラテっちの方へ向かって指さす――「そんな子は」
ボンズ――右手を口にあて、大きく口を開ける――「おやつ」
ボンズ――そのままツーンと大きく首を右後方へと振る――「ぬき!」
ラテっち――大きく瞳を見開き、右手を前に出しながら固まる――「がーん!」
りゅう――ボンズに1度タッチし、左手で風を起こすように顔を扇ぐ――「そう熱くなるなって」
「しゃべれーーー!!」
神主打法の構えをとったパチは、錫杖を野球のバットのように振り回しボンズを打ち抜いた。
打球と化したボンズはそのまま帽子の男が寄りかかっていた樹木へ向かって一直線に吹き飛ばされ、そのまま激突する。
その様子を見ていた帽子の男は、一度立ち上り、倒れているボンズの傍らで膝をついた。
「……えーとな。とりあえず、生きているか?」
「……ギリギリです」
吹き飛ばされたボンズの後をりゅうとパチも追い、結局全員が帽子の男へと集まった。
こうなっては仕方がない。このまま本人に直接交渉をしよう。
交渉の前に、至近距離で帽子の男を目の当たりにできたので、風貌を改めて観察することにした。
再び立ち上った男は長身で、袖口やフロントラインの共襟にふさふさの白毛が装飾されたロングの茶色系ランチコートを着こなしている。
特徴的ともいえる帽子は、早打ちガンマンが愛用している黒色でつばの長い中折れ帽子。
その帽子を深く被り、つばで鼻から上が隠れて見えない。
これで髭が生えていたらハードボイルドな頼れる相棒だな。
あとは黒い綿のズボンをはいた、いたって軽微な装備しか身に付けていない。
りゅうのような武器使いの「西」ではなさそうだな。
それでは、頑張って声をかけてみよう。
交渉をするにあたって、念のためにさっきまで覗いていたことは伏せておかないとな。
偶然会ったように装い、これまでの経緯は知らないふりをしておこう。
「先程焼き鳥を買ってくれた方だよね? 仲間はどうしたの?」
すると、帽子の男は再び座り込み、吸っていたタバコをポケット灰皿の中に入れる。
そして――
「別れた。こちらからな」
帽子の男はボンズの問いにあまりにも平然に答える。そのため思わず拍子抜けしてしまった。
この人は何を考えているのだろう。
いや、今はこの人の考えを知る必要はない。
仲間と別れたのは見ていたから知っている。それを本人から告知してきたということは、期待してもいいのだろうか。
ボンズは焦らずに質問を続けた。
「なんで仲間と別れたんだ?」
「……理由というほどのものはない。強いてあげるのであれば、面倒臭くなってな」
「面倒くさい?」
「元々、人の云うことに大人しく従うのは性分ではない。正直、もうどうなってもいいと思っている」
「人の云うこと……GMのことか?」
「あぁ、そうだ」
「そうだって……このまま独りでいれば【アウトオーバー】の仲間入りだぞ!」
帽子の男はため息をつく。
「それがどうしたというのだ? この世界で生き続ける義務などない」
帽子の男の意図を聞いたボンズは、ダメ元で云いたかった台詞を口にした。
「……それならさ、独りでいるくらいなら……俺たちの仲間に……ならないか?」
云えた――焼き鳥屋での経験はムダじゃなかった。
すると、帽子の男がスッと立ち上がる。
「はいはい。云うと思った。他の奴もみんなそうだ。さっきまでパーティーを組んでた者たちと別れた理由もそうだ。さっきも云ったがな、もう『仲間』とか正直面倒臭いんだよ」
「……それじゃ、仲間にはなってくれないのか?」
「あぁ、仲間にはならない。どんなに頭を下げられてもなるつもりはないから、他をあたってくれ。ここにいたって時間の無駄だ」
これはダメだな……
この男には「生」への執着が感じられない。
そして「仲間」に対しての執着もだ……
今この男が云った通り、その気がないプレイヤーを勧誘するだけ時間の無駄だろう。
ボンズが諦めかけた時――
「おい、にーちゃん」
「ん? なんだ、このガキ」
「にーちゃん。仲間になれ!」
「わかんねーガキだな。ならないって云っているだろ」
「ガキじゃない。りゅうだ」
「あっそ……」
「りゅうが勧誘するなんて――」
意外な行動に驚くも、ボンズはりゅうを引きとめた。
「もういいって。誘っても無駄だよ。こんなにやる気がないのでは、しかたないだろ。この人のことはもう諦めよう」
「…………」
珍しく難しい顔をして見つめる。
「……なんだよ。そんな顔して」
「気付かないのか?」
「なにがだよ?」
「このにーちゃん。ボンズに『そっくり』だぞ」
「はぁ? どこが!」
この発言に帽子の男も喰いつく。
「まったくだ。どうみたらコイツとそっくりになるんだ」
「ひとりぼっち……」
「……え?」
「おにーちゃん。ひとりぼっちのおめめしてる」
「ひとり……ぼっちの……」
瞳……そうか。背の低い2人の視点からはこの男の瞳が見えていたのか。
「何を云うかと思えば――ワシは独りではない。独りでいたいんだよ。それにな――見ろ!」
男は、目印ともいえる帽子を脱いだ。
ボンズとパチはその姿に驚きを隠せない。
いや――姿というよりも「瞳」を見た瞬間からだった。
ラテっちの赤いルビーのような瞳にも似た色。
だが、男の瞳は赤い瞳の中に紫色の瞳孔がハッキリと映し出され、二色の円形が重なり合った瞳が怪しく輝いている。
「アナタは北だったの!?」
パチも当然知っていた。
「全てを見透かす魔性の眼――別名『魔眼』とも呼ばれる能力――『焔慧眼』の持ち主だったのか」
焔慧眼――
そもそも北のプレイヤーに備わった特殊能力は唯一無二なものではない。
もちろん限りなくオリジナルに近い能力もあれば、ラテっちのように、そのプレイヤーしか持っていない能力もある。
話はそれるが、ラテっちの場合はあくまでボンズの予想――と、いうよりも、ラテっちのようなチート能力が他のプレイヤーも持っていたら正直ヘコむという考えから、敢えて「ラテっちだけ」の能力と認識している。
話を戻し、<ディレクション・ポテンシャル>において北のプレイヤー数は未確認とされているが、ネット上で公開されているだけでも北の能力の種類は大きく分類すると37種確認されている。
その37種の中で……いや北の数ある特殊能力の中で最も有名かつ「使える」と称される能力。
それが『焔慧眼』と呼ばれる能力である。
そして、開眼するのは通常左眼のみとされていた。
左眼を開眼することによって得られる能力とは、相手(魔物・プレイヤー問わず)の備わっているステータスやスキル、符術を完璧に見透かし、相手がこれから「発っする動作」そのものを封じ込め、拘束する効果を持つ。
また、拘束したプレイヤーを己の操り人形として、自由に操ることができるという能力だ。
だが、稀に左眼ではなく「右眼」が開眼するプレイヤーも存在するといわれている。
しかし、右眼を開眼させたプレイヤーはUMA(未確認動物)に近い存在であり、「見たことがある」と主張するプレイヤーは多数いるものの、その存在は「確認」されていない。
そして、その能力は嘘か真か「空間すらを見透かし、一定の範囲内の時間を拘束することで数秒だけ『時を停止』させる」と云われていた。
それなのに――
「まさか――両眼とも焔慧眼だなんて……嘘だろ」
――レア度だけで云えばラテっち級だ。1万人に1人の確立の北。その中のさらに数%しかいない
焔慧眼の持ち主――しかも両眼とも焔慧眼を開眼している。こんなプレイヤーがいるなんて。
これは、先程まで同行していたプレイヤーたちが離脱を引きとめるのも納得だ。
こんなプレイヤー、<ディレクション・ポテンシャル>の世界で「たった独りだけ」しか存在しないだろうから。
……ラテっちの場合は「レア度」よりも「チート度」の方に目がいくのだが……それは云わないでおこう。
「この眼のおかげで頼ってくる奴なんか星の数ほどいる。だから仲間とも別れたのだ! 独りではない!」
「………………」
帽子の男が吐いた台詞が響いた途端、辺りに静寂が生まれる。
その静寂を破ったのはボンズだった。
「あぁ……そうか。そういうことか」
「――なんだよ」
「りゅうの云いたいことがよくわかったよ……アンタ――やっぱり俺と『そっくり』だわ」
「はぁ?」
「実はさ、ここにいるチビッ子たちに出会うまで己の能力に過信して『独りでいい』と思っていたんだよ。実際独りで行動してたから『独りではない』とは思わなかったけど、今のアンタと昔の俺の姿がかぶって見えたよ――なぁ、聞いてくれるか? ほんの少しだけどさ、昔に比べて俺は変われたと思っている。今、アンタを仲間にできなかったら昔に戻ってしまうような……そんな気がするんだ……改めて云う。『仲間になってくれ』」
ボンズの台詞には続きがあった。
だが、その台詞をボンズは敢えて口には出さなかった。
もしも自分の予想が当たっていればの話だからだ。
でも、多分当たっている。
口に出してしまえば意固地になって、2度とチャンスは訪れない――だから云わなかった。
「強がって仲間を助けようとしたところも……な」――という台詞を。
帽子の男は眼を見開き、こちらを黙って見続けている。
数秒沈黙した後――再びタバコを咥え、火をつけ吸いだす。
そして――
「……そこまで云うなら――賭けるか?」