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第二十八話 玄人

 

「……賭け?」


 帽子の男からの唐突な提案だった。

「そうだ。仲間になるかどうかを『賭け』で決めようではないか」

「ふざけたことを云うな! 賭けで今後を決めようというのか!」

 ボンズは逆上した。

 勧誘している立場である以上、ある程度の条件は覚悟していた。

 そして、本来なら声を荒だてられる立場ではないことも。この男が仲間になってくれるかどうかで運命が決まるのだから。

 だが、帽子の男が突き付けた条件は「存在」を軽視した行為と感じ、それがどうしても許せなかったのである。

 こんなバカげた条件など呑めるわけがない。


 すると――

「ならば、貴様は人生を賭けていないのか!?」


「人生を……賭けるだと?」

「そうとも。人生では何をするにも必ず『選択肢』が訪れる。その時、誰もが『賭け』をする。どちらに転ぶかわからない賭けを。人生の分かれ道を選ぶ時に、貴様は安全な方へ逃げてばかりで『賭けていなかったのか?』」


 心が痛くなる台詞。

 帽子の男の云う通りだった。

 他者との関わりを捨て、人生の選択肢から逃げ続けたボンズには、帽子の男の人生観を理解できても反論できる材料がない。

 それをゲームの世界で痛感するとは思わなかった。

 そう――ボンズは人生の中で「賭け」などしたことはない。

 帽子の男からの台詞は、ボンズの考えを変えるのに充分だった。


 ――だが、ボンズは初めて「賭け」にでる決意をする。

 両眼とも焔慧眼えんねがんの持ち主と出会えたことはとてつもない幸運だ。もし仲間に加わってくれれば<ディレクション・ポテンシャル>の世界で生き残れる確率は大幅に上がるだろう。

 いや、彼がどんな能力をもったプレイヤーかは問題ではない。

 今はなによりも仲間を集めることこそが最優先事項である以上、この機会を逃すわけにはいかない。

 こうしてソロプレイヤーと出会える機会すら、もう限られているかもしれない。プレイヤーに話しかけられる状況にすら出くわさないまま、クエスト終了を迎えてしまう可能性だってあるのだ。

 今「賭け」に出なければ、「先」のことを考える以前に全てが終わってしまう。

 仲間に迷惑をかけたせいで貴重なクエスト期間を数日も無駄にした。その借りを返さねば申し訳が立たない。 

 それに、この世界に来てから「賭け」の連続だったじゃないか。

 いつ【アウトオーバー】になるかわからないクエストの連続――それを乗り越えてきたのも一種の賭けだったはずだ。

 この男との勝負もクエストと云っても過言ではない。

 そうだ――これは「初めての賭け」ではない。今まで通りのことなんだ。

 ここで勝負に出なければ「先」になんて進めない。

 足踏みなど――してはいられない。 


「わかった――賭けに勝てば仲間になってくれるんだな」

「あぁ、約束しよう」

「それで、賭けとは何をするつもりだ?」

 ボンズの問いに対し、帽子の男はポケットに手を入れる。そして、1枚の金貨を取り出した。

「簡単なことだ。この金貨を上に投げて、手の甲で受け止めた金貨が表か裏のどちらに出るかを賭けよう。もし貴様が勝ったら仲間になろう。だが、負けた場合は勿論仲間にはならず、さらに貴様ら全員の有り金を全て頂く――どうだ?」 


 勝負の方法を聞いて、躊躇するボンズ。

「どうした? 確率は2分の1。こんな賭けも出来ないほど腰抜けなのか?」

「腰抜け」という台詞を云われても何の感情も湧かない。

 世間から逃げ続けてきた自宅警備員の己が腰抜けなことなど、10年以上前から自覚している。

 問題は、負けた場合のことだ。

 金貨についてはどうにかなるかもしれないが、負ければ彼を仲間にできない。

 2分の1の確率で……50%の確率で決まってしまう。

【アウトオーバー】が――近付いてしまう。


 いや……たった今、決意したばかりではないか!

 俺は逃げない。

 もう、逃げないんだ!


「いいだろう。始めようか」

「それでいい。それでこそ『面白い』というものだ。それでは、表か裏か――どちらだ?」

「……表だ。俺の人生は後ろにいる仲間たちに出会うまで全て裏目に出てきた。だから『表』に賭ける」

「ほう……恥ずかしげもなく、そんな台詞を吐くとは。貴様を少々見直したぞ――それでは、始めるぞ」

 帽子の男が金貨を投げようとした時――


「待った!」


 誰かが突然勝負に割り込んできた。

「ぼくもまぜろ!」

 勝負に割り込んできたのはりゅうだった。

 そして、りゅうは帽子の男とボンズの間に立ちはだかる。

「何を云い出すんだ! 遊びじゃないんだぞ!」

「わかっている」

「ガキ……いや、チビッ子。1対1の勝負に割り込むということはどういうことか、幼いとはいえ男である以上、どういうことかわかっているのか?」

 りゅうは帽子の男の方へと振り向き、面と向かって――

「男とかそんなの関係ない。にーちゃんはボンズと、『ボンズとの勝負』をすればいい。ボンズとは金貨を賭けているんだろ? ぼくとは『ぼくとの勝負』をしよう! ぼくは金貨とは別の……ぼくが持っているものを賭ける!」

「なるほど……少なくともこの男より『賭け』のことを理解しているようだな。それで、貴様は何を賭けるのだ?」

「この刀だ!!」

「りゅうっ!!」

 ボンズが止めても無駄だった。

 りゅうは素早く刀を抜き、先程まで隠れていた大岩に向かって1振りする。

 そして、生み出された9本の斬撃が一瞬にして大岩をバラバラに切り裂いた。

「それはまさか……【九蓮宝燈チューレンポウトウ】なのか!?」

「……やはり、知っているか」

 先程まで冷静だった男も、流石に驚いている。

「チビッ子! それをどこで手に入れた!?」

 当然、気になることだ。

 以前ボンズも気になり問いただそうとしたこともあったが、結局今まで敢えて聞こうとはしなかった。

 そして、恐らくこれからも聞くことはないだろう。

 それはボンズが伝説の神具以上の価値――いや、価値というのは適切ではない。

九蓮宝燈チューレンポウトウ】よりも「りゅう」のほうが遥かに大切な存在となっていたからだった。

 だが、帽子の男は今日初めて逢ったばかり。

 そして、目の前に<ディレクション・ポテンシャル>の世界において、己と同等……いや、それ以上の希少価値を持つものが目の前に出てくれば、どのような経緯で入手したかを尋ねるのは必然だろう。

 しかし、帽子の男の質問に対し、りゅうは意外な返答をする。

「今はそんなことを聞いている時じゃないぞ! どうした? 賭けをしている最中に他のことをするなんて、それこそ『逃げ』なんじゃないのか?」

 りゅうの台詞に帽子の男は怒る――と、思われた。

 だが――

「ダァーハッハッハッハッハッ!! おもしれぇことをぬかしおったな! まさか、こんな幼児に説教を垂れられるとは夢にも思わなかったぞ! さらに、伝説の神具すらを賭けの材料にするその度胸――気に入った!」

 怒るどころか、帽子の男が初めて見せた笑顔――豪快というか、年季の入った笑い方をする。

「それで、どちらに賭けるのだ? ワシが裏でコイツが表。そしてチビッ子も表じゃ勝負にならんぞ」

「うん。そうだな」

「それでは、同じ表か?」

「いや、『引き分け』に賭けた!」

「……なんだと!?」

 今度はボンズが会話に割って入る。 

「そんなこと、あるわけないだろ!」

「かまわない。始めてくれ」

「チビッ子――本当におもしれぇな! こんな勝負は久々だ! ――それでは、勝負!」

 帽子の男はコインを空に向かって投げた。

 表か……裏か……

 その時――

 二つの影が宙を舞った。


「ひーろった!」

「ラテっち! これ私の!」

「ラテっち……パチ……お前ら何しとんじゃい!」

『おかねひろった』

「『ひろった』じゃねーよ! 落ちてすらいねーよ! どうすんだよ勝負……あっ!」

「勝ちー!」

 りゅうはガッツポーズをとる。

「いやいやいや! りゅう、それは反則だ」

「ぶっ!」

「え?」

「ぶはははははは……ゲホッゲホッ……いやー負けたぜ!」

 帽子の男はむせながら爆笑し、負けを認めてしまった。

「……何を云っている? 明らかにこちらの反則負けだろう」

「賭けにはな、『反則』という言葉は存在しないんだ。あったとしても反則を事前に見抜けなかった奴が間抜けなだけだ。この勝負――チビッ子の勝ちだな」

「そういうものなのか……」

 釈然としないが、仲間になってくれるのなら――もうなんでもいいや!


「それにしても、このチビッ子は本当に『賭け』というものを理解している。一体貴様らは何者だ?」

「何者と聞かれても……」


 ――ハッ! この会話の流れは――


「ぼくーのなっまえっはりゅーう」

「わたちーのなっまえっはラテっち」

 始まった! 恒例行事が!

「わたしの名前はパーチ」

 うわッ! パチのヤツ、のっかりやがった。


「……俺も?」

 頷くチビッ子2人

「お……俺の名前はボンズ」

 恥ずかしーー!


『4にんあわせて……』

『…………』


 無言のまま3人がこちらを見る。

「ええええー!」と云わんばかりの残念そうな顔と、両手を開き突き出すポーズをして。

「え? 俺のせい!??」


「……変人」


「うわーーーん!」

「ボンズがにげたー!」

「まてまてー!」


 りゅうとラテっちに捕まり、思いっきりイジけるボンズ。

「では、約束通り仲間になるとしよう。ワシの名は『イチ』。そうだな……これからはフランクに『壱殿イチドノ』と呼びたまえ」


 えっ…………? いきなり「殿」付け強要?? 誰が呼ぶか!


「壱殿、よろしくな!」

「わーい! いちどの~」

「壱殿、仲間になってくれてありがとう!」


 あれあれ?? おかしいぞ?? なぜこの3人は自然に「殿」付けをする??

 

「お前ら……やけに素直じゃないか?」

「元来すなおー」

「いつもすなお~」 

「従順な、お・ん・な」

「うそつけ!!」


  殿付けして呼んでいないのは独りだけ。

 壱殿を含めた4人はこちらを見つめる。

「まだか?」と云わんばかりに……

 すでにこの4人には仲間意識芽生えちゃってる?

 もしかして……俺って、すでに取り残されている?

 うわー。久々に感じるぜこのボッチ感。

 しかたない…… 

「あ……あぁ、これから頼む……壱ど……殿」

「うむ、よろしくな。ボンズとやら」

「あ……コッチは呼び捨てなのね」


 これが社会人の「接待」と「ヨイショ」というものなのか……いや、少し違うか。

 とりあえず、仲間がいないと始まらない。深く考えるのはやめよう。

 本当にやめよう……


 それにしても……

 

 俺と壱殿が「そっくり」か……2人とも、よくわかったな。





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