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出会い

ブログに少しずつ書いていたものです。中編小説に書き直しています。

何回か分けて連載にしております。

 シャーロックホームズとワトソンは思わぬ縁で家庭的なアパートをシエアした。そして、私も年齢も環境も違う二人の女性と思わぬ縁で、つきあうようになった。その、きっかけは、2本の黄色いバラの花だった。


そのころ、私は新しい職場にようやくなじみ、同僚ともきやすく声をかけるようになっていた。仕事を終えてロッカーへと向かう一団の一人が2本の黄色いバラの花束を手にしていた。

「彼氏からのプレゼントなの」

 ひやかしぎみに訊ねると、女性の友人からもらったのだと彼女は答えた。

「私の亡くなったお母さんにお供えしてと、いただいたの」

「へー」

意外な返答に私は気のきいた言葉をかけることもできず、間のびした相槌を打った。

「私の亡くなったお母さんが、お花をくれた友人のところに出てきて、家の犬の世話を気にかけてほしいと言ったのですって」

「へーーー」

またぞろ、バカな相槌をうっていると思いながら、次の言葉が出てこない。

「友人は、霊が見える人なのよ。それで、私にこの花をお母さんにとくれたの」

「そんな不思議な世界が見える人なら、紹介してちょうだい」

 あつかましくも、私がそう言ったのは、私もまたつい最近母をなくしていたからだ。ウソでしょうとバカにすることなど考えられないくらい、その時の私は死を身近に感じていた。


初めて彼女に紹介された時、金田一耕助の女の子版みたいだと思った。髪がくるくるとウェーブを巻いているところや、どこかシャイそうな態度、それでいて上目遣いにサットこちらを窺う視線。少し白目がちな瞳。全て見透かされそうな、それでいてにこにこと柔らかなところが私の金田一耕助のイメージとだぶったのだ。

 彼女は語りはじめる。

「夕べ、あなたの関係の方が、三人私のところにこられましたよ」

「ああ、お母さんと、伯母さんと、おばあさんですね」

 つい先ごろ相次いで亡くなった二人と、顔も見たことのない祖母ではあるが、信仰厚かった人だと聞いていた祖母を思い浮かべた。

「いいえ、顔鎧までつけた甲冑武者3人です」

 思えば、想像もしなかったこの答えを聞いたときから私は見えない世界を意識し始めたのだった。


 さて、私に関係する3人の甲冑武者のことはさておき、彼女には見えない世界がどう見えているのだろうか。時々、テレビで霊能者が霊視をする番組を見ることがある。その時霊能者は、相談者の頭の少し上をみているように思っていた。テレビの霊能者が本物かどうかは別にして、彼女もそういう風に私を見る。

「あちらの世界はあなたにとって、一体どのように見えているの」

 そう訊ねると、視ようと思った人の上にテレビがあって、その中に映像がドラマのように流れると、彼女は答えた。但し、その頭上のテレビを視る事は疲れるので、感性のチャンネルをあわせてからでないと見えないとも話した。

けれど、チャンネルを合わすことに関係なく、あちらの世界とふいに繋がることもあると彼女は話す。

ある日、普通に横断歩道を渡っていると、向こうから小学生がやってくる。普通の風景なのだけれど、「ああ、この子は事故にあって死んだ子だ」とわかることもあるのだという。そういう子は、その横断歩道を通る度に同じ状況で出会うので、後に自分でやはりと納得するのだそうだ。


あいついで、伯母と母を亡くし、死を身近に感じてはいたが、私には霊感などは全くなかった。だから、実はあちらの世界に興味を持ちながらも時々テレビで見る霊能者の話をうのみにもしていなかった。目の前にいる彼女は霊能者ではない。けれど、明らかに私とは違う視点を持っている。私は良識ある大人として、この出会いを客観的に見ていきたかった。それで、彼女をホームズ女史とし、ありのままをレポートする自分をワトソン、ホームズ女子を紹介してくれた友人をハドソン夫人になぞらえ、あちらの世界を見えない世界と呼び、彼女達と交流を深めることにした。


ある日私はホームズ女史と食事をしながら「献体」の話をしていた。当時、私は両親の生活のめんどうをみている上事情があって伯母のめんどうを見ていた。その伯母には1円の財産もなく、伯母の入院費だけで精一杯の状況だったから、この伯母が亡くなった場合葬式の費用をどうしようと悩んでいたのだ。

病院で説明を受ける前で、「献体」は、亡くなった後、医学の発展のため解剖、あるいは研究材料として病院にその体をささげる事だと理解していた。存命中にこれを申し出ていると、病気ならば治療費はもちろんのこと健康でも毎年病院の負担で健康診断も受けられると誰かからきいたことがあった。死亡してから後も病院の方で、葬儀をしてくれて、法要も献体をされた方々の合同ではあるが、してくれるのだときいていた。家族にはちゃんと案内も来るのだという。

 しかし、献体をするには本人の意志が重要要件となる。年老いた伯母は献体の意味もわからず、病状が進み自分の名前も書くことができない。私が成年後見の手続きをとり、決断さえすればそれは決まる事だった。

 伯母に献体をさせる。けれどそのときは、せめてもの伯母へのお詫びに一緒に自分の献体登録もしようと考えていた。

私はそれでも、苦しいくらい悩んでいた。すると、ホームズ女子が話し始めた。

「死んでもね、生きているのよ。私の伯母さんもね、自分の意志で献体をしたの。あるときね、私の携帯がなってね、いつもの声で伯母さんが私に『寒くてね、寒くてしょうがないのよ』と言うの。あんまり、生前どおりで、普通に電話がかかってきて、伯母さんが死んでいることを忘れていたぐらい。それで私、病院に毛布をもって行ってみたの。

そうしたら、おばさんは氷づけになっていてね。ああ、これで寒かったのか、と思って、氷の上から

毛布をかけてきたのよ。できれば、止めた方がいいかもしれない」

 そうして、私はホームズ女史の話しにシンとした気持ちになり、それ以後献体を考える事がなくなったのだ。


ホームズ女史と話をしているといつも思う。これは本当の話かと。答えはわからない。同じ事象を同じ次元で見ていないのだから。そういうものかと信じるか、そんなバカな、と否定するしかないのだ。けれどホームズ女史が今こういう相談をしてこの時にこういう事を言ったということこそが重要なのではないかと思う。なぜなら、私は誰かに「伯母さんを献体させるのはやめなさい」と言ってほしかったのだから。


ある日、彼女と食事中、共通の友人でまだ子供にめぐまれていない人の話題になった。ホームズ女史は言う。

「彼女は、体が冷えているのよ。私には彼女の輪郭が青く見えるの。反対に子供を妊娠している人は、赤くみえたりするよ。でもね、お腹に小さい赤い袋がみえるから、彼女もいつかは子供に恵まれると思うよ」

 私はまた驚く。映画「プレデター」に勝るとも劣らないサーモスタットのような見方もできるのか。実際、そんな風に見ることは絶対かなわない私は、それを信じていいのか、眉唾な話なのか。正直わからなかった。ただ、これからの、付き合いの中に答えが導かれるのだと思うことにした。

 ところで、私はある四柱推命の占いの先生と話をしている時「不妊に悩む人は、赤い色の下着や服を着れば体を温めてくれていいのよ。反対に青い服なんか着ていたらだめね」という、話を聞いたことがある。

何やら、共通符号があるようで、少し面白かった。


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