15
廃墟から戻ってから、セナの訓練の質が変わった。本人には自覚がなかった。ただ、毎朝木人形を相手に素振りをして、魔法を撃って、体術を試す。それだけだった。でも古参傭兵のバルドが一度、何も言わずにセナの訓練を最初から最後まで眺めていたことがあった。終わってから「変わったな」とだけ言って去っていった。
何が変わったのか、セナにはまだわからなかった。
その朝も、セナは夜明け前から訓練場に出た。
鉄狼団の拠点の裏庭に、木人形が三体並んでいた。セナは剣を抜いて、正面の一体に向かった。
素振りを始めた。
一回、二回、十回、五十回。
数を数えることはとっくにやめていた。体が動く限り、続ける。それだけだ。
百回を超えた頃、ふと手が止まった。
止めようとしたわけではなかった。ただ、止まった。
セナは剣を下げたまま、木人形を見た。
頭の中で、今まで見てきた動きが流れ始めた。
ドワーフの重戦士の足の踏み方。古参傭兵の変則的な剣筋。フィンの重心の移し方。オークの体重を乗せた一撃。火魔法の力の集め方。風魔法の解放のタイミング。
全部、違う。
種族も違う。流派も違う。体の大きさも違う。
でも。
セナは目を細めた。
全部、同じところを目指していた。
力をどこに集めるか。いつ解放するか。体の中心をどこに置くか。
言葉は違っても、達人たちが辿り着いていた場所は、一つだった。
セナはそれを、今まで「組み合わせ」と呼んでいた。
でも違う。
組み合わせではなかった。
全部が、一つの「何か」の、違う表現だったのだ。
最弱だったから。膨大なコピーを重ねたからこそ、見えた。きっと天才には気づけない。強者には気づけない。最底辺から積み上げてきた者にしか、見えない景色だった。
セナはもう一度、剣を構えた。
何度も振った。
木人形に向かって、ただ同じ動きを繰り返した。
日が沈み、訓練場が薄暗くなっても続けた。
木人形の輪郭が見えづらくなった頃、不意に後ろから声が飛んだ。
「……お前、また飯忘れてるだろ」
振り返ると、フィンが呆れた顔で立っていた。
「もうそんな時間か」
「そんな時間だ。団長が“また倒れる前に連れてこい”って」
セナは剣を鞘に収めた。気づけば、腹が空いていた。フィンに促されて向かった食堂は、騒がしかった。 団員たちの笑い声と酒の匂いが混ざっていた。
セナは少しだけ立ち止まった。こういう場所は、まだ慣れない。
「何突っ立ってんだ」
フィンが空いた席に顎をしゃくった。
「座れ」
セナは黙って座った。気づけば、自分一人ではなかった。
「フィンは、なんで傭兵になったんだ」
珍しくセナの方から聞くと、フィンは少しだけ眉を上げた。
「別に大した理由じゃない」
「聞かせろよ」
「エルフの里が嫌になった」
「エルフの里?」
「面倒だぞ。百年前の揉め事を昨日の事みたいに蒸し返す」
フィンは嫌そうな顔をした。
「長生きも楽じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、セナの頭に、もう曖昧になりかけた記憶がふと浮かんだ。
『あんた昨日も電気つけっぱなしだったでしょ』
母親の呆れた声。
たぶん、何度も言われていた。でも顔は、もうはっきりと思い出せなかった。セナは小さく息を吐いた。
「……それは、どこの世界でも同じなんだな」
「ん?」
「いや、何でもない」
フィンは少しだけ不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
その沈黙は、不思議と苦ではなかった。
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