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銀色ペルセウス  作者: 大和空人
第二章 金色アルテミス
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エピローグ 味方は御堂和真

 翌朝、自宅のベッドで目を覚ました和真は、隣の炬燵の中で丸くなって寝ているソフィの姿を見つける。胸の中には愛用のヒーロープリントの抱き枕を抱えており、彼女は着の身着のままにすっかり寝入ってしまっていた。


(今、何時だっけ)


 痛みの残る身体を起こし、ベッド傍に備え付けていた置時計で時間を確認。朝食の時間までまだ多少の時間がある。

 かすかな寝息を立てるソフィを起こさない様、静かにベッドを抜け出した和真は、伸びた黒髪を掻きながら部屋を後にした。

 だが、廊下に出てすぐにベルイットと鉢合わせる。彼女の顔が不機嫌に膨らんだかと思うと、直ぐにその小さな手が和真のシャツを掴んだ。


「お主は、本当にじっとしておられん性格じゃのぅ。嫁として命令するぞぃ。すぐにワシと一緒に裸でベッドにゴーなのじゃ」

「仕方ないな。分かった。俺の部屋はソフィがいるからお前の部屋に行くか」

「うむ。裸の付き合いと行くかの」


 渾身の切り替えしも空を切り、ベルイットはそのまま和真の手を取って自身の部屋への歩みを進め始めた。慌てて立ち止まった和真はがっくりと項垂れ、ベルイットに謝りを入れる。


「悪かった。俺が悪かったからお願い、ツッコんでくれない? 俺が寝起きに精一杯のボケ入れたんだからツッコミ入れてくれない?」


 和真の嘆願に、ベルイットは呆れたように肩をすくめた。その亜麻色の髪は揺れ、短い前髪から覗くおでこがテカりと輝きを増す。


「何を言っておる。突っ込むのは、お主の、や、く、め。きゃっ、言っちゃったのじゃ!」

「はいわかった! 俺がツッコむ! 何度も言うけど、そんな心にもないテレが俺に通じるもんか!」

「ほれほれ和真。そう騒ぐとあ奴が目を覚ますぞぃ」


 ベルイットのニヤリとした視線に嫌なものを感じ、和真はすぐに背後を振り返る。そこには銀色のツインテールがあさっての方向に向いたソフィの姿が。幽鬼の如くゆらゆらと身体を左右に揺らせながら、寝ぼけ眼を愛らしく腕でこするソフィは唇を尖らせ和真を責めた。


「マスター。寝てなきゃダメ。背中の怪我、完治には一週間かかるって言われてた」

「あぁいや、この間も一週間学校休んだばっかりだからな。そろそろ諸々の事情で学校に顔出さないとだなぁ」


 和真が言い返すと、ソフィは寝ぼけ眼をスッと細め、ゆらゆら揺れながら和真の服を掴む。


「わかった。なら私が、マスターを監視しについていく」


 目を離せば再び寝息が聞こえてきそうなソフィの様子に、和真は頭を抱えた。眠いのにわざわざ自分を心配して起きてくる彼女の様子は愛らしいが、服を引っ張ったまま倒れ込むようにして寝るのは勘弁こうむる。


「ソフィ、お前まだ寝ぼけてるだろ。部屋に戻ってちゃんと寝とけ」

「マスターみたいにいつも寝ぼけてるわけじゃない。私は正常」

「いや、そんな、目を覚ましてるときも俺は寝ぼけてるみたいな言い方やめてくれない?」

「うぅむ。和真、ワシがもう一度ソフィを部屋に連れ戻しておくのじゃよ。どうせお主は言っても聞かぬし、軽い朝食の手伝いを頼むのじゃ」

「おう、悪いけど頼むなベル。……って、朝食の手伝い?」


 小首を傾げるより早く、ベルイットが寝ぼけたままのソフィを引き摺り部屋に消えていった。彼女を呼び止める時間もなく、仕方なく和真はキッチンへと向かう足を進める。

 だが、次第に香ってくる食欲をそそる匂いに和真は顔をしかめた。そして、意気揚々とキッチンで料理をしていた彼女に声をかける。


「早いな、お前も目を覚ますの」

「当然ですわ。こう見えても規則正しい生活してるんですもの」

「いや、昨日の怪我もあるだろ? 朝食なら俺が用意するから、お前は休んでろ」


 みそ汁に入れる豆腐に包丁を入れようとするブリジットの傍に立った和真は、棚からフライパンを取出し、コンロに並べる。冷蔵庫から卵を三つほど取出し、片手で割ってボウルに移した。ブリジットが下ごしらえをしていただろう味噌の入ってないだし汁を軽くオタマで掬い、味見する。


「……ふむ。この時点ならまだおいしいわけか」

「失礼ですわね。この時点で失敗なんてしませんわよ」


 不機嫌なブリジットの様子をおかしく思いながらも、和真はだし汁を再び一掬いし、卵を溶いたボウルに加える。さらに小さじ半分程度の砂糖を加えて軽くかき交ぜ、薄く油を敷いたフライパンにさっと引き伸ばす。

 香ばしい匂いと共にフライパンに広がる卵の生地を素早く折り畳み、卵焼きの完成だ。興味深そうに眺めるブリジットの様子に吹き出し、和真は彼女に皿ごと卵焼きを渡す。


「手馴れてますわね、御堂さんも」

「これぐらい誰でもできるだろ?」

「そうですわね。じゃあ最後の味付けは私がしますわ。私特製のこのトロピカルハバネロバナナソースで」

「あぁ、任せ――誰が任せるか! たった今完成したばっかりの味付き卵焼きになんてもの添えようとしてくれてんだ!?」


 慌ててブリジットが手にしていた卵焼きの皿を奪い返す。彼女が手にしている何やら真っ赤な色をした刺激臭のする瓶を睨み付け、和真は鼻をつまんだ。


「え? トロピカルハバネロバナナソースですけれど?」

「いや、そんなさも当然な顔してもダメだからな!?」


 怪訝な視線でブリジットを睨みつけると、彼女はふっと笑みを零して口元に手を当てて笑い出す。


「ふふっ、冗談ですわよ。これは唯のケチャップですもの。メリー」

「はいなのです、ご主人様!」


 ブリジットの手招きに、キッチンで居住まいを正していたメリーがトコトコと近づいてくる。卵焼きの一つにソースを垂らし、ブリジットはメリーにその一切れを差し出した。

 迷いもせずその一切れを口にしたメリーの顔は、一瞬で真っ青に染まり、彼女は泣きながらキッチンを飛び出していった。どたどたと酷い音が廊下から聞こえてくるが、ブリジットは満面の笑みを崩さない。


「ほら御堂さん、普通の調味料でしたでしょ?」

「いやどこが!? 軽い化学兵器だよねそれ!? どうやったらそんなもの作れるわけ!」


 ベルイットが朝食の手伝いをしてくれと言っていた理由がようやく分かる。目の前の金髪少女に朝食を任せようものなら、自分達もメリーと同じ目に遭う。それだけは避けたい。


「……はぁ。ブリジット。俺が調理担当。お前は盛り付け担当」

「ちょっとお待ちなさい。まるで私が足手まといみたいですわ!」


 顔を突き合わせての睨み合い。そうしてふと、和真は彼女と初めて言い合いをした時を思い出す。あの時は、彼女の勝手な演技に腹を立ててこうして睨み合いをしていた。その翌日には学校の屋上で。その日の夜には廃工場で。


「な、なんですの?」

「いや、別になんでもない」

「なんですのそれ。本当に、意味が解らない人」


 僅かに頬を染めて離れていくブリジットを見つめ、和真は思わず吹き出す。そんな和真の様子に腹を立てたのか、ブリジットはそっぽを向いて調理に戻る。

 気付けばお互いにかけるべき言葉がなくなり、キッチンが静かになった。


「…………」

「…………」


 五分ほどだろうか。ただ野菜を切る音だけが響いていたキッチンで、ブリジットが口を割る。


「私、ずっと逃げていましたわ。突然変異種だった父を捕まえたっていう事実から。血も涙もない敵を滅ぼす正義の味方を演じることで、逃げていましたの」


 ブリジットの語りに、和真は耳を傾けたまま黙った。なんとなく、彼女は同情の言葉が欲しいのではないと理解したからだ。


「だから、突然変異種なのに正義の味方になったっていう貴方のことを認めたくなかった。御堂さんの存在を認めたら、私は自分のやってきたことを信じられなくなるから」


 自嘲するように笑うブリジットの横顔を、和真はちらりと眺める。

 そして、自分自身で和真も彼女の言葉を反芻した。

 これまで生きてきた中で一歩でも自分が間違う道があれば、きっと自分は彼女の前で倒れていたに違いない。だからこそ、この不思議な縁に笑いたくなってしまう。


「向き合うつもりなんてなかったんですのに。昨日の件で、御堂さんたちに向き合わされてしまいましたの。おかげで私、とんでもないバカの一員になってしまいましたわ」

「いや、バカは言いすぎじゃない? せめて考えなしとか、思慮が足りないとかもっと柔らかい言葉でいってくれ」

「言葉を飾るのは苦手なんですの。ふふっ」


 そう言って笑うブリジットの様子に、和真は苦笑いを返す。


「私は自分のことを強情な人間だって思ってたけど、御堂さんたちには勝てる気がしませんの。そう言う意味で、私はきっと貴方に負けちゃってるんですわ」


 彼女の言葉に、和真はふと勝負の時の約束を思い出す。勝った負けたの判断もつかずに、ずっとその辺に捨てていた約束。


「なら、一つ俺の言うことを聞いてくれるってわけだな」

「あっ」


 ブリジットも思わず目を開いて驚きを露わにする。彼女の様子をおかしく思いながらも、和真はあの時心に決めていた彼女への約束事を思い出し、歪に口端を吊り上げた。


「へへっ」

「な、何ですのその邪悪な笑顔! た、たしかに今回は負けを認めますわ。認めますけれど、あまりに理不尽な要求は認めませんわ!」

「いやいやいや。正義の味方ともあろう方が約束を守らないなんて、ねぇ? あれ、そういや言ってたよね。貴方に跪いて貴方にこの身をささげるとか何とか」

「うっ……」


 ブリジットの勢いが弱まった。その顔が盛大に真っ赤に染まり、倒れるようにして床に崩れ落ちる彼女の様子を見つめ、和真は邪悪に染めていた笑みを和らげる。


「い、いいですわ! えぇ、どんなスケベで変態な約束だって……!」


 もはややけくそ気味に叫ぶ彼女の様子を笑いながらも、和真はリビングのソファの影をちらりと一瞥し、胸の内でずっと言おうと思っていた言葉を彼女に投げた。


「御堂和真。そこで隠れてるアンチヒーロー幹部のベルの下で、同じくその隣で隠れてるつもりの変身ベルト型アンドロイド、ソフィと一緒に正義の味方をやってる。これからよろしくな」

「――――え?」


 ブリジットが呆然と和真を見上げた。

 言葉を失くす彼女を尻目に、リビングからはベルイットやソフィがメリーを引き摺りながら現れる。


「うぬ、お主だんだん勘が良くなってきたのぅ。折角の浮気現場を押さえようと思っておったのに」

「マスター、いつから気づいてたの?」

「いや、気づきもするだろ。お前とベルが二人でいるのに騒がしい声聞こえてこないからな」

「その気づき方は不愉快!」

「にょっほっほっほ!」


 途端に騒がしくなったキッチンで一人、呆然としたままのブリジットの姿に気づき、和真は頭をかいて彼女に視線を合わせた。


「ほら、自己紹介してなかっただろ、俺。そっちは自己紹介済ませるだけ済ませてすぐに車で消えてったからさ。その後タイミングもなかったし。あ、そうそう。で、さっきの約束の件だけど。俺、お前のファンなんだ。だから、サインくれ。ソフィに書いてやったやつよりきれいな字で」

「あ、マスターずるい! 私のももう一度書き直してもらう!」


 ヒーロープリントの抱き枕を抱えて近寄ってくるソフィや、おかしな笑い声を上げながら気絶しているメリーを笑うベルイット。彼女達の姿を交互に見やったブリジットは、そのまま和真を見上げて唇をすぼめた。


「貴方……ほん、っとに変な人! ド変態、ドロリコン、女たらし!」

「なんでそこまで言われるの!? え、俺なんか変なこと言った!?」

「い、言ってませんけど、言いましたの!」

「ザ・理不尽!?」


 つむじを曲げたのか、床に座り込んだまま立ち上がろうともせずに顔を背けるブリジットの姿に、和真は深い溜息をついた。


「ったく、まぁいいや。そろそろ朝食にしないと学校に間に合わないしな」


 黙ったままのブリジットの様子に、仕方なく支度を済ませた料理の乗った皿を抱え、和真は食卓へと移動させていく。


「マスター、私も手伝う」

「あぁ助かる。ベル、メリー! お前らも準備手伝ってくれ!」

「おうなのじゃ!」

「はいなのですよ!」


 駆け寄ってきた彼女達も、和真と一緒になって皿を運び、箸を並べていく。リビングで朝食支度を進める三人が離れていき、和真は一人で座ったままのブリジットの頭をポンッと撫でた。


「おい、ブリジット。そろそろ飯食べないと――」


 学校に遅れるぞ。そう言葉を続けようとすると、彼女の不満そうな顔が上がる。そして、その唇が和真の言葉を否定するように開いた。


「……リジィですわ」

「へ?」


 ブリジットの言葉に、思わず和真は首を傾げる。だがそれが、彼女にとって大きな変化だと気づき、和真はバカ面を必死になって消す。


「私の名前、呼びづらいでしょう? 名前を付けた両親も、私のことをそう呼んでいたんですの」

「あー、なるほど」


 親愛の名。

 彼女のパートナーのメリーすら呼ばない彼女の名を聞き、和真は赤くなる頬を掻いた。その顔を見上げたままのブリジットの視線がさらに鋭くなり、和真は苦笑いを返す。


「……別に、ブリジットのままでもいいですけれど? なんでしたら、そっけなくエインズワースでも構いませんもの」

「あぁあ、いや、うん。あー……」


 拗ねたような、期待するような視線を向けられ、余計に歯切れが悪くなってしまう。そんな和真に畳み掛けるように、ブリジットは捲し立ててきた。


「あら、自分の言葉に責任持ってもらえませんの? 御堂さん、言いましたわよね? 俺がお前の大切な物になってやるって。あの言葉って、あの場限りの作り物でしたの?」

「いや、そう言うつもりはないけど、無いんだけど」

「私にとって大切な物は、家族みたいなものですわ。だから、私の名前を貴方に預けるんですの」

「…………」


 どうにも旗色が悪い。それに、何よりも自分が言い出したことなのは疑いようのない事実。

 仕方なく――では駄目だ。それは彼女に対して酷い仕打ちだとわかり、和真は目一杯に息を吸い込んだ。

 そして、目の前で座り込んで自分を見上げるブリジットをそっと見つめ返し、



「リずぃいいいいってえええ!?」



 全力で頬を抓りあげられ、声が裏返った。


「マスター、遊んでないで朝食」

「いっだだだだだだだ!? 頬、頬抓るな! ちぎれる、ほんとに千切れるぅ!?」


 いつの間にやら傍に居たソフィが和真の右頬を思いっきり引っ張る。もはやゴムの如く伸びる勢いで抓られ、和真は涙目になりながらソフィに引きずられた。

 痛みに呻く和真を尻目に、ソフィだけは眉をひそめて不服そうにブリジットを睨みつけ、


「……マスターは、私のマスター。私を通してもらわないと困る」

「あら、残念。せっかく、私の色気がどれくらい他人に効果があるか知れるいい機会でしたのに」

「色気なら私の方が上」

「いや、お前に色気は皆無――」

「あ?」

「いだだだだだあああ!?」


 余計なひと言に両頬を抓りあげられ、和真は泣きべそをかきながらソフィに引きずられる。その姿を見ていたブリジットは声を上げて笑い出し、彼女につられるようにしてメリーやベルイット達も笑い出す。


 何気ない朝食のひと時。

 そんな朝食を盛り上げる笑い声を耳にする和真とソフィは、互いに顔を見合わせて噴き出す。



「マスター、やっぱりマスターはちゃんと間に合った。たぶん、そういうこと」


 ソフィの言葉に、和真は瞳を閉じて頷いた。


「そうだな。あれだけで、充分頑張った意味はあったよな」

「……ん」



 笑いながら食卓に着くブリジットとメリー。彼女達の様子を満足げに眺めながら、和真とソフィもともに同じ食卓に着く。





 そうして食事を始める五人の傍で、天気予報のテレビの端に、金色の英雄の晴れ姿が堂々と映し出していた――。

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