忘れられない
私にはどうしても忘れられないことがある。
小学5年生の夏の日。
うだるような暑さの中で親友の健介と遊んでいた。
夏休みに入って1週間、宿題も放り出して健介と毎日のように日が暮れるまで遊んだ。
「今日はくじら山に行こう」
くじら山は自転車でいける距離の小さな山。
私は大きく頷いて自転車を漕ぐ。
アスファルトの焼けた匂い、小川の心地よいせせらぎ、蝉のうるさすぎる鳴き声、どれもが今でも鮮明に思い出せる。
くじら山に着き、自転車を停めた私たちはどんどん山を進んでいく。
そしていつもの渓流にたどり着いた。
夏はここで涼むに限る。私と健介はちょうどいい高さの岩に腰掛けサンダルを脱ぎ捨て足を浸ける。
山を流れるこの水は最初驚くほど冷たいがすぐに火照った体を冷ましてくれる。
「今日も大丈夫そうだな!」
健介が飛び込む。
ここは私たちの背丈でもかろうじて足が届く高さで彼は泳ぎが得意なのだ。
スイスイと向こう岸まで泳いでは戻るを何度も自慢げに繰り返す。
泳ぎの苦手な私はサワガニと戯れながらそれを見つめる。
笑い合う私たちは気づかなかった。
あれだけ五月蝿い蝉の鳴き声が止み、空には黒雲が立ち込めていることを。
肩に触れた雫が雨だと気づいた頃には急激に勢いを増していた。
今でこそ珍しくないものの当時の私たちは知らなかった、ゲリラ豪雨なんて言葉。
渓流の水かさと流れが一気に増していく。
私は健介の名前を何度も叫ぶ。
彼は対岸と私の中腹で必死にもがいていた。
手足を必死にばたつかせ、もう顔の高さまで上がった水に飲み込まれないと必死な表情。
そして残酷な瞬間が訪れる。彼は懸命に私に助けを求めながら激流に飲み込まれて姿を消した。
恐ろしくなった私は焦りと恐怖でぐちゃぐちゃになりながら山を降りて自転車を漕いだ。
家に着いた私を迎えてくれた母はすぐにお風呂に入るようにと促し私は熱いシャワーのなかでガタガタと震えていた。
浴室の窓の外にはもう雨などなくいつもの夏の日が映されている。
大人たちが騒ぎ始めたのはその夜からだ。
健介が帰らない、くじら山の麓に自転車はあるが山のどこにも姿は見えない。
健介の両親は私に何度も尋ねてきた、健介はどこに行ったのかと。
彼を見捨てた罪悪感から私はそれに答えることができず、「健介が途中で忘れ物をして山に戻ったから先に帰った」と嘘をついた。
それから何日も何日も健介は探されたが今も見つかっていない。
高校を卒業してすぐ新幹線で何時間もかかる都会に就職した私は1回も実家に帰っていない。
健介の両親は健介が居なくなったショックで離婚し、母親は精神病院にずっと入院。父親は毎晩飲んだくれて飲酒運転の末に事故で亡くなったと両親から聞いた。
私の元に父の危篤の一報が届いたのは明け方だった。
ガンと闘病中だった父がいよいよその時を迎えるかも知れないと聞き、足はすくんだが朝イチで新幹線に乗り込んだ。
景色がビル群から山や田畑に変わっていく。
地元のローカル線に乗り込み、最寄り駅へ着く。
駅の階段を駆け降り、タクシー乗り場に向かおうとする私の手をびしょ濡れの子どもの手が掴んだ。
ああ、私を待っていてくれたのか。
振り返るとあの頃と変わらない健介がびしょ濡れのまま私の手をしっかりと握って立っている。
「みいつけた。」
健介が生気のない目でにっこりと笑う。
私のスマホにメッセージが届く。母からだ。
『お父さん、今亡くなったよ。肺に水が溜まって最後は溺れてるみたいにつらそうだったわ。』
蝉の鳴き声が止まり、雨が振り出す。
健介はもういない。
ゲリラ豪雨だけがあの時と同じように私の体を濡らしていた。




