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婚約破棄鑑定士は、恋を値切らない  作者: くるみ
第1章 白い結婚には、家事代が含まれますか

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15/19

第15話 妻でなければ、いくらですか

老婦人の部屋は薬草の匂いが濃かった。

窓際には季節ごとの薬瓶が並び、6年という時間が、日付の書かれた小さな札になって残っていた。

その日の調査は、夕方まで続いた。


家令の帳簿。

台所帳。

使用人の雇用記録。

屋敷の修繕記録。

招待客の名簿。


クラリッサの字は、至るところに残っていた。

領地から届いた苦情へ返答案を書き、病気になった使用人の代わりを手配し、屋根の雨漏りを直し、価格の上がった薪を別の商会から仕入れている。

公式な署名は、ほとんど伯爵の名だった。


「こちらの返書も、クラリッサ様が?」


エルネスタが1通の書状を示すと、家令がうなずいた。


「下書きは奥様です。旦那様に確認いただき、清書しておりました」

「内容は?」

「領地内の水路を巡る争いです」

「解決したのですか?」

「ええ。奥様が双方の代表を屋敷へ招き、使用日を分ける案を」

「私は署名をした」


伯爵が言った。


「はい」


家令はうなずいた。


「最終的にお決めになったのは、旦那様です」

「なら、私の仕事だろう」


家令は少し迷った。


「奥様が3週間、双方の話を聞いておられました」

「それは、あれが勝手に」


伯爵はそこまで言って、口を閉じた。

同じ言葉を繰り返していることに、ようやく気づいたらしい。

エルネスタは帳簿を閉じた。


「本日は、ここまでにしましょう」

「もう帰るのか」


伯爵の声には、わずかな安堵があった。


「証拠を整理したうえで、改めてお話を伺います」

「まだ何を聞く?」

「クラリッサ様との結婚についてです」

「白い結婚だと話したはずだ」

「なぜ、白い結婚になったのですか?」


伯爵の目が細くなる。


「鑑定に必要か?」

「必要かどうかを判断するために伺います」

「答えたくない」

「承知しました」


エルネスタがすぐに引くと、伯爵は意外そうな顔をした。


「聞かないのか」

「無理に話させる権限はありません」

「なら、最初から尋ねるな」

「話したくないことがあると分かりました」

「それを記録するのか?」

「答えなかったこと自体を、不利な証拠にはしません」


エルネスタは手帳を閉じた。


「ただ、クラリッサ様にも同じ質問をします」


伯爵は何も言わなかった。



屋敷を出たころには、外はすっかり暗くなっていた。

貸し馬車の中で、エルネスタは膝の上へ帳簿の写しを積み上げた。

クルミは書類の上で丸くなり、尻尾だけを動かしている。


「踏まないでくださいね」

「書類の上にリスを置かないでください」


向かいに座ったレオンが言う。


「置いたのではありません。乗りました」

「下ろせばよいでしょう」


エルネスタが手を伸ばすと、クルミは書類の一番下へ潜り込んだ。


「嫌だそうです」

「鳴いてもいませんが」

「顔に出ています」

「リスの顔が分かるのですか?」

「法務官殿よりは」

「先日も聞きました」


レオンは書類の端を持ち上げ、クルミを慎重に引き出した。

クルミは抗議するように鳴き、彼の袖を駆け上がった。


「キュッ」

「また私ですか」

「好かれているのでは?」

「踏み台にされています」


レオンはクルミをエルネスタへ返した。


「今日の証言を、どう扱うつもりです?」

「薬の管理は、介助労働として。屋敷の運営は、家政管理者の給金を基準に算定します」

「すべてを給金換算するのですか?」

「問題がありますか?」

「クラリッサ夫人は、雇用契約を結んでいない」

「妻だからです」

「そうです」

「では、無料になりますか?」

「そうは言っていません」

「先ほどから、そう聞こえます」


レオンは眼鏡を外し、眉間を指で押さえた。


「あなたは、こちらが最後まで話す前に怒る癖がありますね」

「怒っていません」

「そうですか」

「少ししか」

「やはり怒っている」


エルネスタは窓の外を見た。


「妻でなければ、家政管理者を雇わなければなりませんでした」

「ええ」

「介護人も。秘書も。場合によっては、領地管理の補佐も」

「すべて1人へ任せる雇用主はいないでしょうね」

「なら、その合計を」

「そのまま6年分請求することはできません」


エルネスタはレオンを見た。


「なぜです?」

「家で暮らし、食事を取り、使用人を使った利益を、クラリッサ夫人自身も受けているからです」

「それは妻として当然の待遇でしょう」

「当然という言葉を理由に、計算から外してはいけないと、あなたが言ったのでは?」


言い返せなかった。

クラリッサは労働を提供していた。

同時に、伯爵家で暮らす利益も受けている。

何もかもを被害として数えれば、今度は事実から離れてしまう。


「では、どうすれば」

「分けます」


レオンは指を1本立てた。

「夫婦として互いに負担する範囲」


2本目。

「伯爵家の運営のために行った業務」


3本目。

「クラリッサ夫人の私有財産から支出した金額」


4本目を立てようとして、少し迷った。

「それから」

「何ですか?」

「本人が、何を望んでいるか」

「それは金額とは別です」

「別だから、先に確かめるべきでしょう」


エルネスタは、クルミの背を撫でた。


「もし、戻りたいと言ったら?」

「鑑定結果を変えますか?」

「変えません」

「なら、聞けばよい」

「簡単におっしゃいますね」

「あなたも今日、伯爵へ同じようなことを聞いたでしょう」

「依頼人と相手方は違います」

「そうですね」


レオンは窓の外へ目を向けた。


「依頼人のほうが、難しい」

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