第一話:留学という名の「強制お見合いツアー」
豊かな大地、ヴァルデンライヒ王国。大陸一二を争うこの国の頂点に立つのは、カリスマ国王レオポルド・フォン・ヴィッテルスバッハ。
夏の終わり、黄金色の陽光が差し込む執務室で、彼は息子の王太子レオンハルトに向かって、世間話のような軽さで告げた。
「お前、明日からアイーゼの魔法総合学院に留学してこい。あ、手続きは全部終わってるから」
「…………はい?」
あまりに唐突な「ちょっと城下町行ってこい」レベルの口調に、レオンハルトの思考が停止する。
「世間を知るのも王太子の務めだぞ? 決して、お前がいつまでも婚約者を作らないから隣国の女でも漁ってこい、なんて親心は一ミリも混ざっていないからな。……あ、今、毛が抜けた。不吉だ」
「(……嘘つきめ。動機が漏れてる上に、後半はただの加齢の悩みじゃないか)」
シラケきった目で父を見るレオンハルト。彼は悟った。これは「留学」という名の、国家規模の「強制お見合いツアー」だと。
*
「――というわけで、明日からアイーゼに行ってきます」
場所は変わり、騎士団執務室。
叔父にあたる王弟の騎士団長ジャックとその婚約者エレナに報告するレオンハルトの顔は、「終わった」とでも言いたげに死んでいた。
「アイーゼ魔法総合学院! 実力主義の連邦国家にある学園ですよね!?」
エレナが身を乗り出して目を輝かせる。前世の知識が疼く。それって、乙女ゲームの「攻略対象・隣国の王太子枠」そのものではないか!
「レオンハルト様、きっと運命的な出会いが山ほどありますよ! 角を曲がればパンをくわえた美少女がっ、図書室に行けば可憐な特待生がっ!」
「……エレナ嬢。女性はどうしてそう『運命』という言葉が好きなんですか。パンをくわえて走るなど、ただの行儀の悪い不審者でしょう。魔塔にこもって重力魔術の演算をしていた方が、数百倍マシです。……泣いてもいいですか?」
王国最高魔力保持者の弱音に、エレナは苦笑いする。一方、ジャックは「自分も通った道」と言わんばかりの同情の眼差しを甥に向けていた。
「兄上は一度言い出したら聞かんからな。……まあ、程々に頑張れ」
「……ええ。頑張りますよ。父上が二度と『留学』なんて言葉を口にしたくなくなるほど、徹底的に、好き放題にやってきます。フフフ……」
レオンハルトの背後にどす黒いオーラが立ち上る。
「(なんだか不吉なフラグが立ってない!?)」
エレナが思わず身をすくめる横で、ジャックが遠い目をして頷いた。
「本当に……程々にな」もちろん、先程とは違う意味だ。
「ああ、ちょうどいい。一つ追加だ」
ジャックが思い出したように話し出す。
「新人の影を入れた。研修がてらお前の護衛につける。お前に護衛など不要だが、主に諜報活動……というか雑用に使え」
「珍しいですね、僕に研修員とは」
「……女性の影だ。将来、エレナに付ける予定のな」満足げな顔の王弟騎士団長。
その場の全員の思考が一致した。
(((あ、ただの嫉妬だ))))
エレナの周りに男の影を置きたくないという、王弟殿下の粘着質な独占欲。
女性の影はいなかったはず……。その尻拭いをさせられた影の長マックスに、レオンハルトは心の中で深く同情する。
かくして、王太子レオンハルトは、胃痛持ちの側近と新人影を従え、「留学(婚活)のため」アイーゼへと旅立ったのである――。




