chapter 4
「もぉー!!雪乃ちゃんが大丈夫だとかいうからぁ!!」
「アタシのせいじゃないでしょ!!」
日堂達がいた丘の隣の丘。木々の間を入り乱れて走る里田たちがいた。
「うぉー!!やばいやばいやばい!!」
「谷田がんばれ〜」
谷田がバグに追いかけられるのを品原が離れて他人事のように応援している。2人とも元から楽観的な性格であったし、苦戦的な戦況でも仲間がいるからこその余裕さがあった。
「ふざけんなぁ!品原も手伝え!!」
「品原!!そっちにも行ってる!!」
実野と共に後退してきた矢田 朋輝が声を張り上げた。それを聞いて品原も一目散に逃げ出す。
「くそ!!みんなバラバラだ!」
「めんどくさい…っていうか勝手に戦い始められても困るんだよね…」
立ち止まって、それぞれリヴィジョンを構えた矢田と実野の二人。実野の方からはうんざりしたため息が漏れている。
まともに応戦しているのは矢田と実野くらいで他のメンバーは統率を失っていた。応戦といっても、二人とも自分のことで精一杯で他人をサポートする余裕はない。この混戦状態では、戦える者は片っ端から敵を殲滅するしかなく、戦えない者は敵がいなくなるまで必死に逃げ惑うしかなかった。
「あのさー今度からちゃんと言ってくれないかな?これから戦うって。あとやり始めたくせにこっちに任せないでよね」
大人しい実野も流石に痺れを切らした。襲いくるバグを撃ち抜きながら、彼の苛立ちは露わになっていく。
「ごめん〜!!」
それを聞いてもまともに謝る余裕が里田たち女子にはないのだ。すぐ後ろにはバグが迫っていて、少しでも油断すれば餌食になるだろう。
焦り切った里田は振り返って、ハンドガンをがむしゃらに撃ち始める。
「うぉぉぉ!?こっちに撃ってんじゃねーよ!!」
震える手で放たれた銃弾の数々。的外れの流れ弾に当たりそうになった谷田がまた叫んだ。彼の叫び声に、かろうじて捻り出された誰かの指示もかき消されてしまう。こうして掻き乱された戦場にさらなる混乱が生まれていった。
「ごめんなさい〜!!」
でもその指はリヴィジョンのトリガーを引き続けている。中途半端な意識で狙いの定まっていないその弾の一つが、次は品原の腕めがけて飛んでいった。
リヴィジョンは対バグへの武装なわけだが、X組のメンバーが元いた世界の武器と本質は変わらない。仲間に対してもバグと公平にダメージを与えてしまうわけであって、それ故仲間が入り乱れている中で闇雲に使うのは得策ではない。
何せこの世界でバグと相対しているのは、訓練された真っ当な戦闘部隊ではなく、ど素人の学生なのだから。
「いったぁぁッ!!!フレンドリーファイアフレンドリーファイア!!!」
当たって転がり込んだとはいえ、この程度のリアクションで済むのは品原が途轍もなく楽観的だからかもしれない。
「え!ごめん品原!!!大丈…あ…」
地面で悶える品原の元に向かおうとした里田だったが、その行手を遮るように現れるバグが。
「あ…あぁ…」
突然の恐怖で里田の口から言葉が消えていった。声にならない声が迫り上がった息に混じる中、バグが迫ってきても体は固まって言うことをきかない。
「ッ!?まずい!!!」
矢田がそれに気づいて走り出すが、間に合いそうな距離ではない。矢田は銃に切り替えてバグを狙うが目標が定まる前にバグに邪魔されてしまう。
「うわぁッ!!」
なんとか受け身をとってバグと応戦するが、彼がそうしている間にも、一歩また一歩と里田にバグが迫っていく。
「麗香ちゃん!!」
一足先に安全そうな場所に避難した女子たちが口々に彼女の名を呼んだ。
ついにバグが里田の目の前に立ちはだかった、その時だ。
「伏せろ!!!」
後方から発せられた声に従い、里田は咄嗟にしゃがみ込む。それと同時に、四発連射されたリヴィジョンのビーム弾。
どこからか放たれた四発の内一発がヒットし、バグに一瞬の隙ができた。
「オォォ!!」
畳み掛けるようにバグはソードで貫かれる。貫かれた胸元から、バグは塵となって消滅していった。
残っているのはバグを消した誰かの荒い吐息。
「ハァハァハァ…」
「…宗くん?」
しゃがみ込んで目を瞑っていた里田がゆっくりと目を開ける。
ーーー
「ッ…ハァハァ、ギリッギリなんだよ、ったく」
俺は息を整えながら、里田の前に立った。
「宗ー!!!来てくれたんだなぁ!!!」
満面の笑みで谷田が両手を振っている。
「お前のでかい声ですぐにわかった。」
あれだけ叫び倒していれば、探しやすいというもの。同じクラスだった時は授業中もよくうるさかった。普段は忙しなくて鬱陶しい時もあるが、今回は彼の持ち前のハイテンションが役に立った。
谷田の他にも品原や実野達が俺の名を呼ぶ。
「お前どこ行ってたんだよ〜」
「色々だ。来るぞ!!」
谷田の質問に簡潔に曖昧に答えて応戦を促した。
向かってくるバグ一体を斬り裂き、
「酒井たちがいる方に行ってろ、ここは俺たちでなんとかする。」
と、それだけ告げて、返事を待たずに俺は斜面を降りて矢田達の方に向かってしまった。コイツにも、俺はあまり良い感情を抱いていないからだ。
「谷田!!こっちに来い!!」
走り回る谷田をとりあえずは合流させる。チーム戦なんて初めてだが、仲間がいるだけ良い。
「どうするよ!宗!!」
「とりあえずみんなを集める!動ける俺たちが合流するぞ!」
「お、おぉ!わかった!」
今この周辺は、俺が増援として割り込んだからまだ敵の密度が低い。それぞれが身動きとれずに孤立しているこの状況下で、手の塞がってない俺と周りをぐるぐる走り回っている谷田で乱戦を縫って仲間を増やすのが良いと考えた。これだけ入り乱れていれば不意をつくのも容易いかもしれない。
覚悟を決めた俺はスタートダッシュを切って、谷田を先導する。
「ついて来いよ!俺より速い陸上部!」
谷田と共に銃撃と斬撃で進路上のバグを牽制、消滅させて、まずは品原をピックアップした。
「品原!一緒に行くぞ!!」
「宗〜、わかたー!」
次にまた斜面を駆け上がって、矢田と合流。
「矢田!合流しにきた!ついて来てくれ!」
「わかった!!」
最後に実野と合流する予定だったが、実野が自分からこちらに合流しに来てくれた。
「よし、とりあえず戦ってるメンバーは揃ったな…」
また息が上がってきている。だが幸いなことにバグたちはこちらに集まってくれているようだ。
唾を飲み込んで、気合いを入れる。いよいよ真っ向勝負だ。
「全員固まって引きつけて、確実に削ってくぞ!!」
「了解!!」
「任せてくれ!!」
俺たちは一箇所に固まりながら一体一体を確実に仕留めていった。
「次俺行く〜!」
「頼んだ!!」
みんなで協力し合い、入れ替わり立ち替わりを繰り返して前衛後衛を切り替えながら戦線を維持した。
こうやってみんなで協力する…
なんだか久しぶりの感覚で、それが嬉しくて、
…でも結局は悲しかった。
「オラッ、ラストッ!!」
俺は斜面から飛びかかって最後の一体を縦に斬り伏せた。
バグの体は、泡が消え散っていくようになくなっていく。
その散り様が、何故か名残惜しいように感じた。
俺は斬り伏せて消えた後の、何があるわけでもない遠くの景色をぼーっと見ていた。
「宗やったなぁぁ!!」
「お疲れ〜」
立ち尽くしていた俺に谷田たちが声をかけて寄ってきたことで、ぼやけていた焦点が元に戻る。
はっきりした視界で彼らの方を向いた時には、俺の肩に有り余った勢いでかけられる谷田の腕。その腕が首の変な場所に当たって、一瞬息が詰まりながら彼らに言葉を返していく。
「ッ…あ、あぁ。突然来て指示してしまってすまない。みんな、協力してくれてありがとう。」
咳き込みそうになりながら、それぞれの顔を見た。
「いや、こっちも混乱してたから助かったよ」
「サンキュー!」
そう言ってくれる谷田と品原。
純粋な感謝の言葉を受けて、居心地の悪かった気分が少しは楽になった。この面子なら、俺は裏表なくコミュニケーションをとれる。
「…んじゃ、俺は行くわ」
でも、谷田の腕を解きながら、俺はみんなにそう告げた。
「え、一緒に帰らないのかよ?」
谷田からの寂しそうな声に、品原も「そうそう、帰ろー」と便乗する。
だが、俺はそれに乗ることはできない。
できなかった。
「ごめん、今は一緒にいることはできない。」
「えーなんでだよー」
こちらの内情をまだあまり汲み取れていないのか、未だ明るいトーンで跳ねながら、谷田は聞く。
「ごめん…色々あってな」
刹那、俺の中で今まであったことが思い返されてしまう。
俺は間野が差し出した手を、
「仲間じゃない!!」
そう言って払い除けてしまった。
クラス全員がいる前で。
先程、日堂に声をかけられて、アイツを直視することが出来なかったこと。そして間野たちと鉢合わせてしまったこと。
逃げるようにその場を後にした。
それだけじゃない。
ここに来る前だって…
谷田はようやく俺の顔色を察したのか、テンションはあまり変わらなかったが今度は優しく肩を叩いてくれた。
これがコイツなりの優しさなんだろうと、俺はわかっている。
「みんなごめんな。お互い大変だけど、またこうやって頑張ろう。」
「うん。今回はありがとねー。またゆっくり話そー」
「それじゃ」
手をふって見送ってくれるみんなに手を振り返して、俺はその場を後にした。
その場を離れたら一気に気分がだるくなった。今日は色々ありすぎた。笑うことさえ疲れる、そんな感覚だ。
「あの!宗くん!」
この後に及んでお前に声をかけられると苛立ちを孕んだもどかしさが湧いてきてしまう。
俺は里田 麗香の方を力の入っていない眼差しでうっすらと顔を向けた。コイツにはこのくらいの表情で丁度良い。
「あの…」
俺の瞳や顔色を伺ってか、最初は笑いながら話しかけて来た里田が口籠もる。
コイツにも色々思うところはあった。だが、俺は苛立ちやらを抑えこんで、こちらから声をかけてみる。
「どうした?」
ここへくる前はもう少し愛想のある話し方ができたんだが、疲れきった精神ではこれが精一杯だ。
彼女はこちらを伺いながら捻り出すように言う。
「いや…あの…ありがとう」
流石に俺のこの反応はいつもより違うと思ったのか、今のコイツには多少の怯えがあるように思えた。
「別に。」
礼を言われたのが不満なわけじゃないが、どうにも腑に落ちず、そう流した。
「…怪我ないか?」
一応そういうふうに尋ねてみると、こくりと頷く里田。
「そうか…んじゃな」
それだけボソっと告げて、今度も返事を待たずに俺は去った。
去り際、背後から他の女子達とまた笑いあう里田の声が聞こえた。
(お前はまだ明るいんだよ…、そんだけすぐに笑えるんだからな)
結局は何も知らないアイツの笑い声が邪険に思えて仕方なかった。
「能天気が…」
俺は小さく吐き捨てた。
・・・
ガチャリとドアを開けて、荒く頭をかいてため息をつく。Tシャツを脱ぎ捨ててベッドの上にうつ伏せに倒れ込んだ。
脳内を、今日あった出来事、ここへ来た時のこと、ここへ来る前のこと、それぞれが交錯しながら駆け巡る。
思い返したくもないことが、今日起こったことでまた更に鮮明になってしまった。
日に日に、この世界に居続ける度にその輪郭が色濃くはっきりとなぞられていくようだ。
「えー、でもさ、やっぱり宗じゃなぁ。」
間野は言った。四人で歩いた、あの日のあの帰り道で。
目を瞑り、どれだけ耳をふさいだところで、その事実も今の状況も変わってはくれない。進み方すらわからない。のしかかるプレッシャーに押し潰されそうだ。
「んだよもう…!」
「あぁ?お前こそなんだよ…」
うんざりして苛立った俺。それを受けて反発する日堂。
歩いても歩いても、光も、掴むものすらも、ありはしない。ただ、自分の影だけが長く長く伸びていき、足跡なんて路頭に迷いすぎて見えたものじゃない。
「まぁ、宗には無理だろうけどね。」
桐田は言った。変わってしまった俺を蔑みながら。
亀裂は進む度に増えていき、進む意欲さえ削ぎ落としていった。
里田と、その隣を歩く誰か。
俺は絶句し、しかし心中は計り知れないほど煮え滾っていた。
だから俺は、関係を絶っていた。
もう他人の目に映る、変わり果てていった惨めな自分を見たくなかったから。
ケラケラと笑い合うアイツら。何事もなかったかのように。
そんなに楽しいのか、毎日。
俺は横目で一瞥してすぐに教室を出て下校した。
こんなはずじゃなかった、と。俺の中で何かが知らず知らずのうちに呟いた。
そんな復讐を失敗に終えてしまった犯人のような台詞は、絶対に当てはめたくなかった。
でも、肯定せざるをえなかった。
「えーっと、ごめんなさい…」
そう言ってすこしの笑顔を作った、前原。
嘲笑う声が聞こえる。
その声は段々増えていって、今ではX組の奴らほとんどが俺を嘲笑っているように思えた。
ベッドが底なしの泥沼のように重く感じた。
見えない足枷がついた足は使わず、手で這いつくばって頭を枕の位置に移動する。
今日はもう寝てしまえ。
そう思った。
泥沼だろうが足枷だろうが関係ない。
ここが俺の不可侵領域だ。