chapter 3
トリガーナイフとホールダー、残るは中央にしまわれたハンドガンにスティックのようなものがついている、武器、だった。
握りしめたそれは三つの中で一番重厚で、教室の暑さをやわらげるには向かない冷たさをもち、プレッシャーをひしひしと感じさせるものだった。
「では、皆さんお待ちかねの武器です。そちらは『リヴィジョン』。そのリヴィジョンでバグと戦っていただきます。見ての通り銃ですので、撃つことが可能です。弾数は無限に精製されますのでマガジンを変える必要はございません。そしてもう一つ。そのハンドガンについているスティック。そちらを慎重に抜いてみてください」
言われた通りクラス全員、ハンドガンのハンマーあたりからまっすぐ取り付けられたスティックを引き抜く。間もなくスティックからビームが放たれたかと思うと光の剣を形作った。
一時的にビームの刃を作り出す技術なんて、まるでどこかの有名SF映画みたいだ。わずかに青みがかった白い刃を見ていると、本当にこの場所は俺たちのいた世界と別の理を持っているのだと実感させられる。
「近接戦闘にはこちらをお使いください。ハンドガン、そしてそのソード共に、バグにダメージを与えて消滅させることができます。ですが、」
「いってっ!」
言いかけたその時、誰かの痛んだ声が聞こえた。また日堂だ。彼が痛めたのはおそらく左手、その感覚を紛らすために舌打ちと一緒に振りたくっている。
「そう、その二つはあなたたちの自身にもダメージを与えることができる」
ただバグを修正すれば良いだけなら、こんな機能は必要ないはずだろう。何故こんな機能が付与されているのか。この進行役は俺たちのバトルロワイヤルでも見たいのだろうか。
トリガーナイフといい、ホールダーといい、便利な道具だが全てに枷のような余計な効果がある。
刺した分だけ身体を強化するトリガーナイフは刺せば刺すほどリバウンドが大きくなってしまう。それなら負担を分散させるために群れなきゃ戦えない。
全員がホールダーをつけるなら、クラス中全ての戦闘状況を把握してしまう。気にしたくなくても、頭に割り込んでくるわけで。
リヴィジョンに至ってはバグだけでなく他人を傷つける仕様だ。
こんな足枷みたいな真似、まるで強制的に仲良く協力しろとでも言われているみたいだ。
次から次へと気が重くなった。俺たちへの嫌がらせだとしか思えない。
「もちろんこちらで同士討ちをして消滅してもやり直しとなりますのでよろしくお願い致します」
そうだろうな。蓄積したダメージに耐えられず消滅する、それがたとえ仲間の刃であったとしても同じだ。リヴィジョンは血の出ない凶器と一緒なんだ。バグという敵に特効性のある必殺の武器じゃない。
「説明は以上です。リヴィジョン、トリガーナイフ用のホルスターは机の中に入っていますのでお役立てください。では、ご武運を」
淡々と捲し立て、長く感じた説明とは裏腹に颯爽と教師は去っていった。
何人かが後を追おうと立ち出したので、それにつられてクラスの大半が教室の外に出ていった。
ま、俺は行かなかったんだけど。
「あれ、宗行かないの?」、と立ち上がりかけた高飛が聞いてきた。
「うん」
俺は答える。だって……
「いない……!!」
一番に教室を出た谷田のわざとらしい声。
やっぱりな。あの教師モドキは消えてるだろうと思ったし、谷田もそういう言い方をすると思った。どうしてこう谷田は微妙な状況の時にふざけてしまうんだろうか。
コイツってやつはまた……あ〜いいや、考えんのよそう。
・・・
「はーい!はーい!皆ちゅーもーく!!」
それから教室で俺たちは話し合いをするような成り行きになった。
周りが騒ぐ中、一旦場を静まらせたのは、俺が常に神経質になっていた彼女だった。
間野 奈々、このアンポンタンは……見てるだけでむかっ腹が立つ。いつもヘラヘラしやがって……。
「とりあえず、みんなで話し合ってみようと思います!司会進行は優香ちゃんで〜す」
間野と入れ替わって角屋が前に出た。
「まず、バグと戦うかどうか、多数決をとってみたくて。バグと戦った方がいいと思う人は手をあげてみて」
チラ、ホラ。
ザッと8人くらいが手を上げた。残る全員はみんな反対…な訳ないよな。反対に手を上げたのは5人程度。
「あれ、上げてない人はー?」
どっちつかず。
わからない、興味ない、めんどくさい。この3つに部類されるだろう。俺もこの多数決に関してはどっちつかずで手を上げなかった。
面倒だとかそういう理由じゃなくて、ただ単に決断ができない。今何を信じればいいのか、わからない。それがどっちつかず勢の大半の理由だろう。まぁ、にしたってうちの高校は優柔不断な雰囲気が強いのだが。
「まぁ、そうだよね、まだわからないか。じゃあ、バグと戦うかについてとりあえず話そう。何か意見がある人?」
それから話し合いをぼんやり流し聞きしていたが、一向に決まりそうにない。無理もないか。この状況で、しかもみんな今はバラバラなんだし。
間野とかは知ってる面子巻き込んで色んな人に聞き込みをしてるけど、何もリーダーシップって訳じゃないしな。
間野。別にあいつが嫌いなわけじゃない。ただ、あいつと話すと、あいつを見ると、自分が馬鹿にされているような気分になる。
だから俺の中には敵対意識が生まれた。そうして身構えていれば、傷つくことも少ないはずだと思ったから。彼女に限った話ではないのかもしれない、X組の大半に対して、俺はそういったポジションの取り方を選んでいる気がする。
自分を守るためにトゲまみれの殻に閉じこもってしばらく経つ。疎遠になった今、関わり方が更にわからなかった。
窓際、角、人の後ろ。無性に沸いてくるイラつきを抱えながら段々と俺は目立たないような場所に陣を構えた。つもりだった、が…
なんだ?桐田が、こっちを見て、笑ってる。
からかいか、哀れみか。心の隅で警戒していた。でも今回はそうじゃなかったみたいだ。
「なんだよ桐田?」
「いや、宗いるなぁって思って。」
「いちゃ悪いか?」
「うん」
「は?」
「嘘だよ、泣くなって」
「泣いてねーから」
お互い笑いのある会話、少しはこの場にいるのが楽になった。桐田の隣にいる日堂が何を思っているのか怖くはあるものの、直接的な争いがなければまだいい。
桐田 新介。知り合った当初から続く、冗談もだる絡みも悪意さえなければ呑み込めたものだ。
だがあれだけは、どうにも納得がいかなかった。
あの時桐田から言われた言葉が耳にこびりついている。だから俺は、コイツを警戒している。敵対意識はここにも潜んでいた。
なんであの時、あんなことを俺に。
それが疑問だった。一緒に話してる時は楽しいはずなのに。
いつも桐田と会った時は、表面上は平和な会話だ。
「え、シューウ泣いてるのぉー?」
このねっとりした声は、品原 拓か。
「だか泣いてねーって」
桐田とは中学からの友人である品原、1年の頃はよく二人でくっついてふざけあってたイメージがある。最近はクラスが違うからべったり一緒ではないみたいだが、今でも仲は良いだろう。
俺とも仲が悪いわけではないが時々でしか言葉を交わさない。
「泣いて良いんだよー?」
「いや泣かねーよ」
この二人に日堂、あと矢田がいて。
日堂含めた三人がふざけてゲラゲラ笑っている。
あそこにほんとは俺もいたんだけどな……。
周りの皆、笑ってるあいつら。
これだけ見ると1年の始めと何も変わっていない、ただの、あの日の日常みたいだった。
でも、少なくとも、……俺はもういないんだ……。
「宗っ!」
焦点の合ってない瞳が無理矢理合わさったのは、間野が視界に入ってきたからだった。
「……んだよ……」
乱暴に、ボソっと呟く。
うまく会話ができない。
「怖っ!何〜もう〜」
「こっちの台詞だよ、なんだよ?」
まただ。
「なんでそんなイラついてんの?」
「イラついてねーよ」
違う、こうじゃない。
「まいいや。宗はどう思う?」
「は?何が?」
前みたいに話したい。
「何がって、聞いてた?話し合い」
「あー、まぁ、ちょいちょい」
じゃあなんでなんだ。
「ちょいちょいって、頑張れよ〜」
「何を?」
いつから俺は
「話し合いを聞くこと」
「あーはいはい」
こいつに心を許せなくなった?
「テキトーだなぁ、もう」
「うるせー」
「バグと戦うかどうかってこと」
「あぁそれか」
「それだよ」
少し考えて、俺は口を開く。彼女はこっちの気も知らずお気楽に俺を見つめたままで、それが癪で一切目を合わせなかった。
「戦いたくはないけど、戦わなくちゃいけないらしいし、でもそのバグがどんなものかも知らないし。まだわからないってのが俺の思ってることかな」
「じゃあ、日堂たちとか連れて敵の偵察に行ってみれば?」
意見は言ったし、これで用件は済んだだろうに、彼女は話を広げてきた。張り詰めたままの俺の気は休まりそうにない。
「できない」
即答だ。
「え、なんで?」
なんでも何もないだろうと知らぬ存ぜぬの振りをし続けるこいつに言及したくなる。こいつだって知っているはずの俺の内情を赤裸々に掘り返さないとわかっちゃくれないのか?……ほんとイラつく。
「あいつらが一緒に行ってはくれないだろ?」
なんとか喉元で煮え返る想いを留めていたが。
「そんなことないよー。それに私たち仲間でし…」
彼女がそう言いかけて手を肩に置こうとした時、
「仲間じゃない!」
俺はその手を、勢いよく払いのけてしまった。
ようやく見れた彼女の顔はショックに茫然と目を見開いていた。
なんでそんな顔すんだよ……。常日頃ひけらかすように上機嫌を気取る彼女が、俺なんかのこんな一瞬の行動で、どうして簡単に悲しそうな顔ができる。
どうせなら同じ勢いで喰いついてこいよ……。今までさんざん俺を笑っといて、そりゃないだろう……。
自分勝手にも、彼女が内面を見せることが俺には許せなかった。そんな表情ができるのなら、どうしてわかってくれなかったんだ……。
言いたいことは山ほどあった。でも、彼女の潤む瞳を見てしまったら何も喋れない。
俺も彼女も黙り込んでしまった。
「ッ…ごめん…」
「いや…ごめん」
わからない。
俺にはわからない。
俺が悪かったのか、あいつらが悪かったのか。
どうやって関われば良いのか。
どうやって分かり合えばいいのか。
わからない。
俺にはわからない。
「俺は、仲間だと思……」
だめだ。
その先の言葉が出てこない。
なんで
なんで
あんなにも簡単だと思っていた言葉が
今はもう
出てこない。
「第一、あいつらが仲間だとは思ってくれてないだろうし……お前だってそうだろ?」
焦って紡いだ弁解の言葉、彼女は何も答えられない。
ため息で打ちつけたくなる頭をリセットする。
一歩目を踏み出しながら、すれ違い様、
「ごめん、用事思い出した。」
ずるい一言だよな、これ。




