ウィゼンベルク村とわたし#9
「なに、カッツェ達がきているだと?」ミアたちの座ってるベンチは扉を背にするように置かれている。だから扉が開いていても声しか聞こえてこない。
「そうか、ようやく山番の仕事に音をあげたか。何、今後の事は心配いらない二人が別れてもちゃんと生活できるように面倒はみてやる」
そんな言葉と共に部屋へ入ってきたのはパパよりがっしりとした初老の男性。
パパの髪と同じ茶色に白髪混じりの髪。そして、ぐるっと口の回りに立派な髭が生えている。どかりと一人用の椅子に座るとこちらを見た。
「違うよ父さん、そうじゃない。僕達は別れないよ」
いつもの優しい声のパパじゃない。
「では、何をしに来たんだ」
なんと、二人が別れる前提で話しかけてきたのはパパのパパ!おじいちゃんだった!
いや、そんな事を言う人はクソジジィだ!
クソジジィは不機嫌極まりないといった顔でママをじろりと見た。
ママは身の置き所が無いようできゅっと手を握りしめて縮こまっていた。顔色も悪い。
「今日は僕達の娘の“ご挨拶”に寄ったんだ。村長としても、この子を村の名簿に正式に記載してほしい」
パパがクソジジィに頼んでる。
ママ大丈夫よ、ミアがついてる。ママの脇腹にぎゅっと抱きついて顔を埋めた。
「娘だと?マリッサの子供はだめになったのではなかったのか……?」
「あれから山番のうちに旅のエルフが立ち寄って、あの子を預けていったんだってよ。よく懐いてて本当の子供のようさね、かわいい子だよ」
ゲーテおばさんが間に入ってくれる。
そうしてようやく、ミアが視界に入ったようで顔をパパからこちらへ向けた。
ママを苛める人は誰であれ、許さないんだから!
ママから離れてキッと睨み付ける。
ママを苛めるなって言ってやらなきゃ!ベンチから下りてティーテーブルを回り込んでクソジジィの正面へ向かう。えーとクソジジィって言ったら「どんな教育をしてるんだっ!」ってママが怒られちゃうかもしれないからダメ。でも、おじぃちゃんとは呼びたくないし、えーと、えーと考えてる間にジジィの前についちゃった。
「ジっ、じぃじ!まぁまいぢめちゃダメっ!!」
パパと話している時も怖い顔だったけど、ミアが話しかけたら眉間の皺がもっと深くなった。視線をピタリとミアにロックオンして外さない。控えめに言ってものすごく怖い。
「み、ミア、ママのことはいいから……」ママの声も震えてる。
気まずい空気が流れ、誰も音を立てない。
すくっとジジィが立ち上がり、ひょいっとミアを片腕に乗せて抱っこをした。
そのまま部屋を出てしまう。あまりの早業に振り返って見た皆はぽかんとしている。
「と、父さん、どこへ!?ミアを離して下さい!」
パパが慌てて追いかけてくるけど、ジジィは構わずどんどん進む。玄関を出て、さっきの広場へ向かう道だ。
広場へ着く前に村人と出会った。農作業帰りのおじさんだ。
「こりゃ村長、いい天気ですな。ところで……」
おじさんはちらりとミアを見て続きを口にしようとしたけれど、それより速く
「儂の孫娘だ」とジジィが遮った。
「今は急いでいるのでな、また後日」
ジジィはそういうとまたスタスタと歩きだす。広場まで来ると、会う人会う人に自分から「儂の孫娘だ」と紹介し始めた。
「え?え?父さん???」
パパも狼狽えるだけでなにもできない。あっという間にミアとジジィは村人に取り囲まれた。
「へーっ村長のところにこんなかわいい孫娘がいたなんて知らなかったねぇ!」
「儂の孫娘だ」
「なんでまたエルフが孫に」
「儂の孫娘だ」
「お、おぉ」
「いくつになったんだい?」
「儂の孫娘だ」
それは答えになってないし、それはミアがちゃんと答えるやつだよ!
「じぃじ?」じっと見つめるとピタリと黙った。
ちゃんと練習したんだもん、ご披露させてよ。
「みあしゃんしゃいです。きょうは“ごあいしゃつ”にきまちた。よろちくおねがいしましゅ」
「そうかい3才の“ご挨拶”にきたのかい」
「ちゃんと挨拶できてえらいねぇ」
「教会にはもう行ったのかい?」
追い付いて成り行きを見守っていたママとゲーテおばさんもほっとした様子で、話の輪の中に加わっていく。
パパはじぃじを捕まえてミアを奪い返すとひょいとママに渡した。
「いきなり出ていったらミアだってビックリするでしょうが!」と、怒ってる。
「む、すまん」
「と、とにかく、ここまできたのだから役場でミアの名簿を作りますよっ」と、村役場へと連れて行くようだ。
「ばいばーい」と手を振ったけれど、無言で見つめられるだけだった。
「ビックリしたろ?悪気はないんだよ、許してやっておくれね」抱っこされたミアの頭を優しく撫でながらゲーテおばさんがじぃじをかばう。
「そうだねぇ村長は昔からあんな風だしねぇ」
「カッツェとマリッサとのことも親心っちゃあ親心だしねぇ」
わいわいとおばちゃんやおばあさん達が集まってきて緊急井戸端会議が開催される模様だ。