六話 一歩前進!中世式ネット?サーフィン
何回同じことを思ったかわからんが、この学院、広すぎ!
今日一日、寮から図書館に至るまでのルートを数百回頭の中でイメージし、けっこうなスピードで最短距離を走ってきたというのにかなり時間がかかった。
とはいえ、ようやく図書館に着いた。
薄暗く長い廊下、その最奥の突き当たりに構える大きな扉はさながら迷宮の入り口のようだ。
俺は突進するようにして扉を開け、図書館に飛び込んだ!
「図書館ではお静かに!」
「あ、すいません」
いきなり司書さんに注意されてしまったが、気を取り直して図書館の案内板を眺めた。
とりあえず植物図鑑的なものが見たい。
あとこの世界の地理について把握しておきたい。
俺はそんな感じの本がありそうなところにあたりをつけて書架に向かった。
ええと。
おっ、良さそうなものがあった。『植物大全』!ついでにもう二冊植物関係の本を手に取り、次に地理関係の本を四冊。だいぶ重い。
さて、確か近くに自習スペース的な机があるはず。
――見つけた。だが先客がいるな、女の子だ。
まあ、結構でかい机で反対側は空いてるし、構わず使うとしよう。
なんか見覚えがあるな、と思ったが、この子は多分学院行きの馬車で俺にぶつかってきた女の子だ。あの時も頑なに教科書を手放さなかったが、図書館に来るとはなるほど勉強熱心なようだ。
おっと!こんなことを考えている場合じゃない。
俺は机の上に持ってきた本を積み上げると、早速『植物大全』をペラペラとめくり始めた。
前書きには、世界中の植物を可能な限り書き記した、とかなんとか書いてある。書かれた年を一応確認すると、だいたい十五年前に改訂されたもののようだ。
……。
……うーん、やはりコーヒーノキらしき植物は載っていない。他の二冊も調べたが同様に空振り。
よし、次。
俺は地理関係の本を一冊、手に取った。『世界地理』、という本だ。
これはちょっと恐ろしい。
なにせ、もしこの世界が全て探索され尽くしていたとすれば、俺の野望はそこで潰えてしまう。
だが、読まないことには始まらない。
俺は意を決して『世界地理』を開いた。
ふーむ……。
なるほど。
俺が今いるこの王立魔法学院とか、学院があるライハルト王国なんかは、赤道をまたいで南北に長い“ナディア大陸”だ。植物図鑑にもカカオはナディア大陸の南部が原産地と書かれていた。
ナディア大陸北部の東海岸のすぐ向こうには、多分数億年前とかは繋がってたんだろうな、って感じで“ベルジア大陸”が位置していて、この大陸とは割と盛んに交流してるらしい。全体的に結構高緯度でたぶんコーヒーはないだろう。
ベルジア大陸の遠く南には“ドムルドラ大陸”があり、北に突き出たアルベゴ半島が赤道に掠っている。適地は少ないが、緯度的にはあっておかしくない。でも『植物大全』には載ってなかったしなあ。
ナディア大陸南部とドムルドラ大陸の間には、中央ちょっと右で縦に二分されているオディガ=レムドレーラ大陸がある。この三つの大陸もやはり結びつきがあり、特に真ん中にあるオディガ=レムドレーラ大陸は交易の中継地点として結構儲けてるようだ。
つーか、さらっと読んだ感じだともうグローバルな交易網が発達してる感じなのな。地球とはかなり様子が違うので単純に年代を当てはめることはできないが、見た目だけ中世っぽく見えるだけで実はかなり発展してるのかも。
そしてなんと“アカラキア大陸”は世界で一番南、つまり地球でいえば南極じゃないか!かなり詳細に海岸線が描かれていたので、気になってこの大陸に関係する本を追加で探して読んでみたら、百五十年前くらいに冒険者ウェリウスによって全域の探索がもう終わっていた。異世界民すげえ。というか、冒険者いる!
さて。
残念ながらこれで大陸は全部――ではなかった、幸運なことに。
六つの大陸が囲む中央、赤道の真上にはぽっかりと謎の空白があった。
海洋になっているわけじゃなくて、本当に何も描かれていなかった。
いや、正確にはほんのちょっとだけ、南西部に海岸線が描かれている。
『世界地理』の最後の方に、この空白に関する短い記述があった。
――魔大陸。
周辺海域は異常気象、高波、水棲の巨大モンスターなどの影響で航海は極めて危険。
そして大陸そのものも、急峻な地形と他の大陸とは段違いに危険なモンスター、数々の超常現象などまさしく魔境。
歴史上で訪れた記録はいくつかあるものの、三十年前に派遣された探索隊が命からがら逃げ帰って以来、誰も渡航していない。南西部の海岸線はその時の探索隊が調査したわけじゃなくて、百五十年前の冒険者――って、またウェリウスさんだ。やばいな、この人。
ふーむ……。
なるほど。なるほどなるほど。
これはアレか。探索しろってことか。前人未踏の魔大陸。世界の果てまでイッテQuest!ってことか。そういうことか。なるほど。なるほどなるほど。
俺は顎に手を当てて、首をグルグルと回転させながら、そんなことを考えていた。
反対側に座っている女の子の、何この人、みたいな視線に気づいてやめた。
おっと、この女の子もまだいたのか。もう結構な時間になっている気がするが。
何者だろう?あの馬車には新入生しか乗ってなかったはずだから、この子も一年生だろう。
髪は少しグレーに近いような淡い金髪で、肩にちょっとかかるくらいの長さ、三つ編みがカチューシャみたいになっている。
くりっとした栗色の目と、机に積み上げられた本に埋もれてるように見える小柄な体が合わさって、なんだ、いわゆる小動物系?なんかそんな感じだ。
この女の子は俺が本を持ってきてこの机に来た時には、すでに本に囲まれていた。
今日、一年は全員オリエンテーションなんだから、つまりこの子も解散即ダッシュ勢じゃん!ちょっと親近感。
そうだ。
今何時だ?
俺が時間を確認しようと立ち上がった瞬間、司書さんの「閉館十分前です」という声が聞こえてきた。
てことは今は二十一時二十分か。うわ、だいぶ根詰めたな。
というか飯食ってないし。
あ、そう思ったら腹減ってきた。
俺が本を片付けた頃には、もうあの女の子も消えていた。
そういや会話はしなかったな。
でも、いいか。
目の前にいた所で、女子に話しかける度胸なんてないしな!ははは。はは、は――
……よーし、とりあえず一歩前進だ。
なんだかすごい大変そう、という印象だが、可能性はあるんだから、無いです、となるよりはマシだ。ずっとずっとマシだ。
だからまあ、頑張ろう。
俺は決意を新たにして、寮に戻った。