五十五話 不注意
町が悲鳴に包まれる。
どうやらドラゴンが来たらしい!ワイバーンより遥かに強い怪物との噂だ。こっちに飛んでくるなよ!
とはいえ、いずれ出し抜かなきゃならない相手だ。姿だけでも拝んでおくか。
俺は超視覚の呪文を唱え、ドラゴンのものらしき咆哮がかすかに聞こえる方を見てみた。
すると、いたいた。空を飛び回る影。
四本足になっがい首、尻尾、大きな翼。うん、俺が想像したまんまのドラゴンの見た目だ。
が、でかい!多分ワイバーンの三倍か四倍はあるぞ、あれ。
そして動きが機敏すぎる。ものすごい大きいはずなのに、蚊みたいな動きで飛び回っている。
下に視線を移すと、城壁の上で武装した兵士たちが弓を構えている。超視覚の呪文による圧倒的な視力は、その兵士たちの手の震えまで捉えている。
いや、あれ弓でどうにかなる相手じゃ無い気がするけどな。
というか魔法使いでもどうにもならない気が――ってアレ?
ドラゴンは明らかに気が立っていた様子だったが、こっちに来ることはなく、モンス・エルブスの方へ飛び去っていってしまった。
な、なんだ?何もしてこなかったな。
ま、まあ、何事もないならそれに越したことはないけど、一体なんだったんだろう?
俺はまた、超聴覚の呪文を使った情報収集に戻っていた。
町は今のドラゴンのことでもちきりだ。今のところドラゴンを初めてみた、という人しかいないな。モンス・エルブスはドラゴンにとっちゃあ近所だろうに、滅多に人前に現れないというのは本当らしい。
――すごく大きなものが空を飛んでいるのをみたわ。
――こっ、怖かった!あんなのがこっちに来たらどうしようかと……。
――恐ろしいわ。宿はキャンセルね。
……。
あー、そうだなあ。
確かに、今はなんか時期が悪い気がする。こう、なんとなく厄介ごとの気配がする。
俺もとっとと帰ったほうがいいのかもしれない。
「――きゃっ!」
誰かと正面からぶつかってしまった。
やべ、聞くのに専念しすぎて自分の周りを注意してなかったか。
ぶつかったのは、ほとんど白に近い水色の髪の、若い女の人、っつうか少女だ。
俺よりは年上だろうが、つっても十五、六歳くらいに見える。御者さんよりは下だろう。
「ご、ごめんなさい。ぶつかってしまったわ」
「あ、いえ、こっちも不注意でした」
俺と女の人は互いに謝ると、そのまますれ違い――ん!?
ちょっと待て。
なんか変な感じのぶつかり方だったような。こう、ちょっとわざとらしいというか。
俺はもしや、と思って探してみると、無い!俺の財布が消えている。
くそ、どこ行った!?
急いで振り返ると、いた!水色の髪だ。かなりの早足でどんどん遠ざかっていく!
俺は遠ざかっていく水色の髪の女を追いかけながら消音の呪文をかけた。
小走りで追いかけるが向こうも早く、なかなか距離が縮まらない。くそ、路地裏とかに入られると詰まないか?これ。
なんて言ってたら早速曲がり角に消えた。
ちくしょう!俺は走って追いかけた。
水色の髪の女が消えた曲がり角に俺も急いで入るが、案の定道が複雑に分岐している。これじゃどこ行ったかわからん!
だがまだ諦めるのは早い、目で見失っても耳はまだ届く。俺の耳は早いテンポを刻む足音をしっかりと捉えている。
俺は耳に従って追跡を続行した。
入り組んだ路地裏をぐんぐん進んでいく。昼前くらいで太陽が高く昇っているにもかかわらず、辺りはかなり薄暗い。
足音が一瞬止まった。
が、すぐにまた早足で移動し始めた。なんだ?
そのまま足音を追っていくと――行き止まりだ!
くそ、道を間違えたか?
……いや、おそらく隠し通路か何かだ。さっき立ち止まってから、足音が反響して聞こえる。たぶん屋内、それか地下通路にでも入ったのだろう。
そして微かに、空気が漏れているような怪しい音が聞こえる。
音がする方に行ってみると、ナゾの木箱が積み上げられていた。それをどかすと、ビンゴ!地下に通じる階段がある。
俺は階段を降りて、暗い地下通路を進んでいった。
足音は間違いなく俺の先から聞こえてきているようだった。
ここはあの女の隠れ家か何かか?もしかしたら仲間がいるかもしれない、ちょっと慎重に進むか。
そう思って俺が追う速度を落とした時、再び足音が止まり、話し声が聞こえてきた。
俺はゆっくりと近づきながら会話を聞いた。
「――盗んできたわよ。あのユニコーン馬車に乗ってたガキの財布よ、結構入ってるんじゃない?」
「――どれどれ?……おおおっ!こ、こいつはすげえや!兄貴!」
「――へえ。確かにかなりの額だな。馬車に乗ってる時は御者がいたから手が出せなかったが、一人になりゃあこっちのもんだ」
なんだと?
おいおい、そんな前から狙われてたのか!
「――こんだけあれば、もっとましなドラゴン対策ができる。さっきは失敗したが、次はいけそうだな」
えええ。
さっきのドラゴンの襲来、こいつらの仕業だったのか!
「――へへ。この女は竜の巣まで案内してくれりゃ上等っしたが、案外役に立つもんですね!」
仄かに光る四角形が見える。多分ドアの隙間から漏れる光だろう。
俺は杖を抜いて、いつでも突撃できる準備をした。
「――ああ、だがこいつは一つヘマをした。……おい、出てこい!財布のガキか!?ここまで追ってくるたあ鼻が効くじゃねえか!」
な、バレてる!?消音の呪文はかけてるのに!
くそ、しょうがない!突撃するぞ!
「――≪ウフェンデ≫!」
俺は攻撃呪文でドアをふっ飛ばして、部屋の中に突撃した。




