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五十六話 喪失

「なっ!?」


「……なるほど、魔法使いか」


 俺は攻撃呪文でドアをふっ飛ばして突撃した。


 狭くて、薄暗い部屋だ。

 床、壁、天井が土でできている。地下を掘って造られた部屋だ。いくつかのランプの灯りに照らされている。


 部屋の中には三人いた。

 一人は俺が追っていた水色の髪の女、一人は太ったおっさん、そしてもう一人は――


「おい、お前たちで足止めしろ!……」


 もう一人、リーダー格っぽい浅黒い肌の細マッチョ男が逃げ出した!


「あ、兄貴!俺とこいつじゃ――」


「ちょっと、いくら子供だからって魔法――」


 リーダー格っぽい男は、俺が入ってきた方とは反対側にあったドアを蹴破り部屋から消えた。

 逃すか!


「――≪ヴォンキーテ(結べ結べ結べ) ボス(二度)≫!」


 俺は束縛の呪文を複呪文で発動し、足止めに残された二人を無力化。

 そして自分に身体強化の魔法をかけながら急いで後を追う。


 くそ、めちゃくちゃ足早いぞあいつ!

 こっちも身体強化の魔法をかけてダッシュしてるのに、ほとんど差が縮まらない!


 地下通路を猛スピードで走る、リーダー格っぽい男と俺。

 そうこうしているうちにまた地上へと出た。


 またしても複雑な路地裏を耳を頼りに縫っていく。

 リーダー格っぽい男のスピードが鈍った。ときどき足を止めている様子だ。どこへ逃げるのか迷っている感じか。


 だが、追う俺に迷いはない。

 俺はどんどん逃げる男に近づいていき、ついにその背中を捉えた。


「――≪ヴォンキ(結べ)≫!」


 おっと!

 俺の放った束縛の呪文は避けられた。心構えする余裕なんてなかったはずだが、やるな!


「この、もう来たのかよ!――≪ウフェンデ(叩きつけよ)≫!」


 なんだと!?

 男は素早く振り返ると、いつの間にかもっていた杖をこちらに向けて攻撃呪文を唱えた。

 こいつも魔法使いだったのか!


 だけど、こんな苦し紛れの攻撃に当たる俺ではない。

 俺はちょっと横に動いて躱しながら再び束縛の呪文を放った。


「なっ――ぐあっ!」


 男は今度こそ拘束されて、その場に転がった。


「ぐ、くそ!ガキの強さじゃねえ、何もんだ」


「俺の財布を返してもらう。……」


 俺は男の懐を探った。……が、ない!あれ?


 俺が必死に探していると、男は笑いながら言った。


「く、くく……。悪いな、お前の財布はあいつらに預けてあるんだ」


 なにぃ。

 つ、つまりこいつは陽動!

 あの一瞬でよくそこまで頭が回るな!?


 くそ、呪文の拘束は永遠じゃない。

 早く戻らないと解けてしまう!


 俺は全力で元来た道を戻った。

 だが時すでに遅し、さっきの部屋はすでにもぬけの殻だ。

 耳をすますが、何も聞こえない。


――完全に逃した。


 あの財布は魔法の財布で、小さいながらもお金がたくさん入る。なので、俺は財布に母さんがくれたお金を全て入れていた。


 つまり、全財産ロスト!一文無し!


 ……おいおいおいおいおい!

 こっ、これはさすがにやばいのでは?

 まず馬車に乗れない、だから帰れない!ユニコーン馬車で三日かかる距離を歩きとかフツーに不可能だし、絶対遭難するし!


 というかそもそも生きていくことができるのか?

 残念ながらこの世界は、少なくとも俺が今いるヘルムトの町は、貨幣経済が浸透している程度には文明が発展している。

 ということはお金がないとご飯も食べられない。つか、寝るところもない。


 母さんに大金もらって金持ち気分から、明日をも知れぬ無一文になった気分はどうだ?最悪だよ!!


 いや、一旦落ち着こう。

 状況は真に最悪ではない。俺にはまだ魔法がある。魔法の活用によって、少なくとも生命を維持する程度のお金を稼ぐことはできる、と思う。

 つまり、路上でなんらかの労働、たとえば靴磨きをするなどして小銭を得る、ということを魔法でやれば良い。普通靴磨きを手作業でやったらどれくらいかかるのかは知らないが、魔法ならそんなもん杖の一振りで終わる。

 どころか、服のクリーニング、シワ取り、ネクタイ結び、髪のセット、ヒゲ剃り、日焼け止め、歯磨きなんかは全て杖の一振りで済ますことができる。

――時間の価値が分かるあなたへ。忙しい朝を、ワンコイン・ワンスイングでゆとりある朝に。“一秒執事クライヴ”のサービスはいかがでしょうか。ってか。悪くないんじゃない?


 話を戻すか。

 俺の最終目的は、無事自宅に帰ることだ。

 まあ、馬車に乗っていくことになる。これは、安くは済まない。

 ユニコーン馬車は高いからもっと普通の馬車にするにしても、普通の馬は普通の馬で、ユニコーンほど速くもないしスタミナもないので、もっと何日もかけて乗り継いでいく必要があって、その分のお金がかかるから結局まあまあお金がかかってしまう。


 どうにかして母さんや父さんに連絡を取る、ということも考えられる。

 これまた残念ながら、この世界にはスマホがないので、SMSでメッセージを送る、みたいなことはできない。手紙を送るしかない。

 ただ、これも普通の郵便で手紙を送っても、届く頃には夏休みが終わっている。となると魔法技術を利用した高速郵便だが、今度は値段が高くなる。

 というか、今母さんと父さんは出張中だ。どこに送れば良いんだろ。闇の魔法対策委員会?


 どちらにしてもお金は結構稼がないといけない。


 そしてもう一つ重要な点――俺には二つのタイムリミットがある。

 一つは、俺がブルジョワ気分で借りた例の高級宿に泊まれる期間、今日入れて後三泊だ。食事もついてくるので、その間は飯と寝床には困らない。

 二つ目は、夏休みの期間だ。俺は学生なので、夏休みが終わったら学院に行かなくてはならない。学院の始業式に間に合うように帰ってこないといけない。これが後一ヶ月ちょっと。


 つまり、今日入れて三日間でとりあえずの生活基盤を整え、一ヶ月ちょっと、いや移動時間を引いて一ヶ月以内に家に帰る旅費を賄うか、母さんや父さんに移動手段を手配してもらわないといけない。

 ……きつくね?一秒執事で稼げるか?

 

 だがまあ、頭の中は整理された。ちょっと心が落ち着いた俺は顔を上げた。


 もう夕方だ。

 そういえば感覚強化系の魔法をかけっぱなしにしてたな。慣れてそのままにしてたが。


 通りには結構人がいる。

 主婦っぽい人、職人っぽい人、お金持ってそうな人、旅をしてる風の格好をしている人。そして――ん?


 俺の目が奇妙なグループを捉えた。

 革の鎧を身につけ、腰に剣をぶら下げている人が二人、動きやすそうな革のジャケットとズボンの格好の女の子。

 鎧を身につけている方はどっちも男で、一人は多分三十路くらいだが、もう一人は俺と同じくらいに見える少年だ。女の子の方もそれくらいで、ナイフとでっかい杖みたいなものを持っている。


 俺は意識をそのグループに集中させて、会話を聞いてみた。


「――今日もこれから冒険者協会で飯だ!何食いたいか今から考えておけよ!」


 ほーん、冒険者協会。


 俺はその三人組の後を追ってみることにした。

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