五十話 一年の終わり
「あっ、リオさん!……なんの話だったんですか?」
校長室を出ると、マリーが待っていた。
「あー……。ちょっと、な」
「……闇の魔法のことですか?」
マリーに当てられた。
まあ、そりゃそうか。あの場にいたもんな。
「そう、そのこと。別になんも言われなかったけど」
「そ、そうなんですか?」
「うん。……あ、俺ちょっと図書館に用があんだけど」
「あ、わたしも行きます!司書さんにまだ会ってないので」
マリーがそう言ったので、俺たちは一緒に図書館に向かうことになった。
「……お久しぶりです」
図書館に行くと、受付のカウンターで司書さんが座っていた。
ばつが悪そうに、少し俯いている。
「ど、どうも」
「こ、こんにちは」
俺たちの間にしばらく沈黙が流れる。
くそ、何を話せばいいんだ?天気の話でもしろって?
「――私は」
司書さんがぽつぽつとつぶやき始めた。
「私は、まるで理解していませんでした。姉が、私のことをどう思っているか。私を――」
そこで司書さんは言葉を詰まらせた。
「……司書さんの責任じゃないでしょう」
「――ありがとうございます。私は、結局任を果たせませんでした。姉に私の知る全てを話してしまいました。もし、私がグレンヴィルが封印されていたことを知っていたら、それすらも話していたでしょう」
司書さんが自責の念を言葉にした。
俺はただ聞いていることしかできなかった。たぶん、マリーもそうだろう。
「私は、……姉の私に対する思いを聞かされて、私は償いたかったのかもしれません。――どんな拷問よりも、どんな呪いよりも、私が今まで姉を傷つけ続けたということに、私は耐えられなかったのです。……クライヴさん、校長から話は聞いております。こちらが頼まれた本になりますわ」
司書さんが俺に本を手渡してきた。
かなり重い。思ったよりでかい本だな、全部魔法言語で記述されてるのか?解読には時間がかかりそうだ。
「うおっ。……ありがとうございます」
「貴重な本ですから、大事に扱ってくださいね。……そろそろ行かれては?確か次の馬車が今日で最後だったと記憶しておりますわ」
俺たちは司書さんの言葉に従って図書館を出て、並んで歩いていた。
「なんの本を借りたんですか?」
マリーが俺が抱えている本の方を見ながらそう聞いてきた。
「ああ、まあ、個人的な興味で。魔大陸の本なんだけど」
「ま、魔大陸ですか?」
マリーが声を上げた。
結構驚いたような口調だ。やっぱ魔大陸はヤバい認識なのか。
「うん。……アンナ・ティーラーって知ってる?」
「ええ。わたしの名前の由来の、グレース・レオミュールとお友達だった、らしいです」
「その人が魔大陸に行ったことがあるんだけど、そのことが書いてある本なんだって」
「じゃ、じゃあ、すごい人だったんですね」
まあ、行動追ってくと割と超人だからな。冒険の功績もそうだし、“黒い冠団”とも戦ったらしいしな。
「あの、リオさん。――」
「ん?」
「えっと。……」
マリーは言い淀んだ。
なんだろう?口をもごもごさせているが、言葉にはなっていない。自分でも何を言いたいのかがわかってない、とかそんな様子だ。
「……闇の魔法って、悪いものなんでしょうか?」
しばらく考えるそぶりを見せた後そう言った。
悪いものなのか、か。
「……さあ。ぶっちゃけ、そいつの心の問題だし。闇の魔法自体が何か悪いのかと言われると……。というか、俺が使った時もまさかあんなに強力だとは思ってなかったし。自分でもびっくりしたもん、あれ」
「……リオさんは、なんで闇の魔法が……あっ、ごめんなさい。あまり良くないことを――」
「いや別に、そんな、えっぐい悪感情とかじゃないしなあ。なんか、ただのこだわり、というか。そんな感じなんだけど」
「こだわり……?」
「うん。まあ、言ってもわかんないと思うけど。……あ、俺寮に荷物取りに行くからこっちなんだけど、マリーは?」
「あ、わたしもです」
俺たちはそれぞれの寮に通じる道へ別れた。
「――リオさん!」
振り返ると、マリーは足を止めてこっちを向いている。
なんか、初めてマリーと会話したときのことを思い出す光景だ。
「あの、いろいろありがとうございました。わたしの話を聞いてくれたり、禁書庫の戦いの時も、いろいろ――ほんとうに、ありがとうございました!……そ、それじゃあ馬車で!」
マリーは言い終わると、くるっと振り返ってぴゅーっと走っていった。
微妙に慌ててる感じがするな。まあいいや。
俺は寮の部屋に置いてあった荷物を取りに、寮に戻ってきた。
もう夏休みで、いつもは人で賑わっている寮には誰もいない。勝手に掃除をしているホウキやチリトリが動いているだけだ。
部屋に行って荷物を持った。この部屋ともしばらくお別れか。
……はあ。それにしても、一年間いろいろあったな、マジで。なんというか、充実しすぎだろ。流石に命の危険とか学校生活に求めてないんですけど。
まあ来年は今年より平和になるだろう。……なるよな?なんか心配になってきた。
さーて、あまり長居してもしょうがない。
俺は荷物を背負って寮を出た。
「――ほら!来たわよ、さっさと行きなさい!」
「わ、わかったよ、イザベル。わかったから、解いてくれないか。動けないんだけど」
あん?
寮を出ると、なんだこりゃ、ボーヴォラークのご令嬢と――空中でもぞもぞとうごめいている、簀巻きにされたアレン・マクヴァティだ。
「ごきげんよう、クライヴ!この卑劣漢があなたやレオミュールにした行為を知って、いてもたってもいられませんでしたの!このわたくしが負けることを前提にするなんて!……いえ、あなたたちが受けた屈辱に比べれば、わたくしの怒りなど些細なものね。……まったく!メンツがあるからと言って、この男の行為は公には秘匿されているのよ!だからせめて直接頭を下げさせるために連れてきましたの」
お、おう。
ご令嬢はやっぱ曲がったこととか嫌うタイプっぽいな。いや、何もここまでしなくてもいいんだが。
「こっ、この度は、まことに、申し訳、ありませんでした……」
結局、アレンは空中で簀巻きにされたまま俺に謝罪をさせられた。
「フン!口にすれば良いのだから簡単なものですわ!……クライヴ!もしあなたが望むなら、わたくしには派閥の意向を無視してこの男の行為を公に晒す心づもりが――」
ご令嬢がそんなことを言い出した。
「あー、いいよいいよ。マリーがどう思ってるかは知らんけど、俺はもうあんま気にしてないし。――それに、こいつがあのとき俺たちをハメなかったら特別功労賞もなかったからな!……いや、どころかこいつは世界救ってる。ありがとな、英雄!人類を代表して礼を言わせてもらう。……じゃ!」
俺がそう言うと、ご令嬢はポカンとしていたが、アレンは口をワナワナ震わせながら爆発しそうになっていた。
はは、苦しめるつもりだったことで礼を言われるとキツイだろ!
俺はアレンたちと別れ、学院の門へと向かった。
後ろでは「次はレオミュールよ!」と号令をかけるご令嬢の声が聞こえる。はは、お疲れさん。
家に帰ったらとにもかくにも、借りた本の解読だな。ようやく魔大陸関連が進展しそうだ。
あとは、また母さんや父さんに鍛えてもらいたいところだな。実際にこんなことがあったんだ、次がないなんて保証はどこにもない。
おっと、特別課題と普通の宿題もやらなくちゃいけないな。
――ったく、大変な夏休みになりそうだ!
一年生編終わりです。
次回から夏休み編です。ちょっと長引きます。具体的にはプチ冒険の旅。




