四十九話 その後
「――ああ。ようこそ、クライヴ君。レオミュール君。まあ、楽にしてくれ給え」
学年末試験二日目、隠された書庫でレベッカと戦ってから一週間が経った。
どうも俺は七日間ぶっ倒れてたらしく、医務室で目が覚めたら一週間経っててびっくりした。もう夏休みに突入しており、俺たち以外に生徒はほとんどいない。
あの後、俺たちは先生たちに助けられたらしい。
一緒に昼飯を食べることを約束してたベルが、昼になっても全然来ない俺を待ちくたびれて図書館を訪ねたところ鍵が閉まっていたので、そのことをラズール先生に報告した結果事態が発覚したとのことだ。
命の恩人じゃん。ありがとう、ベル!
そのベルからは超高級そうな菓子折りと一緒に手紙が届いていた。
俺の身を案じる文言と――アレンの行為がバレたことが書いてある、マジかよ!先生方、そしてご令嬢もカンカンだそうだ!
マリーは俺より何日か早く目を覚ましたらしい。俺がかけまくった打ち消し呪文が功を奏したようだ。逆に一発しか受けてなかったとはいえ、ほとんど手付かずで放置してしまった俺は結構やばかったらしいが。
俺とマリーは今、校長室に来ている。
エルドリッチ校長と今回のことを話すためだ。すげえ高級そうな机を挟んで、向かい合って座っている。
「さて、まずは二人の無事を改めて祝福しよう。よくぞ生き残った」
校長先生がそう言った。
エルドリッチ校長は今年で二百三十二歳だそうだが、歳の割には、いや、普通の人間はそもそもとっくに死んでる歳なんだが、若く見える。
白髪や白いひげ、深いしわなど、老人とわかる要素は確かにあるのだが、鋭い目つきとか、何より、なんかオーラが若々しい。ただエネルギッシュ、というんじゃなくて、それだけならラズール先生とかもそうなんだけど、なんつうか瑞々しいんだよなぁ。
「レベッカ・シーリーは大した女だった。ミランダを――そして我々を見事に出し抜いた。君たちがあの時禁書庫に入らなければ、我々は未だ彼女に気づいていなかっただろう」
「レベッカはどうなったんですか?」
「彼女は一命を取り留めたよ。既に飛空監獄船団に護送された。奴の所属する組織についてはまだ詳しいことはわかっていないが、今後あらゆる手段を持って彼女から情報を獲得し、それを元に対処することとなる」
ひ、飛空監獄船団!
雲の上を飛ぶ大艦隊、世界最高の監獄だ!まあ、そりゃそこに送られるか。凶悪犯だもんな。
「あ、あの、司書さんは」
「無事だ。手酷くやられていたが命に別状はない。二日前に目を覚ましたが精神も安定している、数ヶ月もの間レベッカに拷問を受けたというのに、信じがたい忍耐力だ」
そ、そうか!よかった!
「ふむ。レオミュール君には既に話したが、君たちの処遇について確認しておこう」
しょ、処遇?
「まず、君たちには学院より特別功労賞が授与される。――それ。悪いが授賞式は君たちが寝ている間にあった終業式に済ませてしまった」
わお。
校長先生が俺に派手な賞状とメダルみたいなものを手渡してきた。
「そして、君たちに課されていた二週間の勤労奉仕は無しだ。試験の点数はもう終わってしまったのでどうしようもないが、代わりに特別課題の成果を成績に加算することにした」
うおおお、マジか。
「特別功労賞の授与で少しは君たちの名誉が回復するといいのだが。それと、犯人には君たちが本来受けるはずだった罰をこなしてもらうことになった。当然二人分だ。……お偉いさんのご意向でそれほど重い罰ではないがね」
ぶっ、ざまみろ!
まあ、当然奴の親の根回しはあったようだが。
「さて、そうだな。こんなところだろう」
あ、終わりか。
俺は校長先生に礼をしてから、椅子から立ち上がった。
「――ああ、悪いがクライヴ君にはまだ少し話すことがある。レオミュール君は先に退室し給え。それほど時間は取らせん」
マリーは怪訝そうな表情で一瞬こっちを見てから、校長室を出た。
「……まあ、なんの話かは大方察していることと思うが。君がレベッカを倒した手段についての話だ」
う。
闇の魔法のことか。
「君もご両親から聞いているだろうが、闇の魔法というのは――あー、いや。構わん、この話は終わりだ」
え?
校長先生はいきなり話をやめてしまった。
「君が闇の魔法を使ったことに深く負い目を感じているなら、気にするな、と言うつもりだったが――まるで悪戯がばれたかような表情だ、杞憂であった」
えええ、どういうことだ。
「……俺が言うのもなんですけど、普通深く負い目を感じないといけないんじゃないでしょうか」
「いや!そんなことはない!寧ろそれは闇の魔法に対する態度として最も悪いものの一つと言って良い。人間、どんなに幸せに生きようとも、生きていればそれだけで鬱憤が溜まっていくものだ。即ち、それは人間に普遍的に備わるものでしかないのだ。恥じ入って目を逸らすのではなく、受け入れなくてはならない」
闇の魔法は普通にあるもの。そして、自分の心の闇には真正面から向き合わなくちゃいけない。母さんもそう言っていたな。
「人目につかず使える機会があるなら遠慮なく使ってしまえ。君がその歳で何を溜め込んでいるかは私の与り知らぬところだが、それを見つめる良い機会となる」
おいおい、なんかすごいこと言ってるぞ。
まあ、俺の闇の魔法の燃料って、コーヒー飲みたい、だからなあ。憎しみとか、全然そういうんじゃないし。つか、よくこんなんで闇の魔法発動したな、マジで。ガバガバすぎるだろ!
……あ!
そういえば、今ならアンナ・ローさんの――ウェリウス・ローと結婚する前、学生時代はアンナ・ティーラーさんだったそうだが――の話を聞けるんじゃないか?
「あのー。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど。いいでしょうか?」
「ん?何かね」
「百六十年くらい前にここの学生だったアンナ・ティーラーさんのことを知りませんか?」
俺がそういうと、校長先生は眉を吊り上げて言った。
「ほう。その名が出てくるとは驚きだ。――レオミュール君から聞いたのかね?」
は?
マリー?なんで?
「おや、違うのか。君はグレース・レオミュールを知っているかね?」
グレース・レオミュール。
レオミュール家の先祖で、すごい魔法使いだったらしい人だ。
「えっと、まあ。ご先祖様で、すごい魔法使いだったと」
「ふむ。そんなものか。……アンナ・ティーラーとグレース・レオミュールといえば、“黒い冠団”との戦いで最も活躍した生徒と言っていい。ちょうど今回君とレオミュール君がやったようなことを何度も成し遂げた」
え。なにそれ。マジで?
「まあ、彼女たちは私の次くらいに目の敵にされていただろうよ。幾度となく刺客が迫ったが――その全てを退けた」
す、すげえ。
そういや、レベッカがマリーはもともとターゲットだった、とか言ってたな。なるほど、闇の魔法使いにとってはレオミュール家、特にグレース・レオミュールは不倶戴天の敵だったのか。
「となると、後は冒険王ウェリウス・ローの関係か」
「はい。その、魔大陸にちょっと興味があって……」
つ、ついに言ってしまった。
「なんと、魔大陸!成る程確かに、アンナは歴史上で最も魔大陸のことを良く知る人物だろう。――しかし、魔大陸か。ちょうど彼女が書き記した、魔大陸についての本ならあるが――」
おお!
「か、貸していただけませんか!?」
「うむ。まあ、別にそれは問題ない。魔法言語で書かれているから解読するのに骨が折れるだろうが、君なら読めるだろう。……だが、読んでみれば分かるが、おそらく肩透かしを食らう」
魔法言語で書かれているのか。
いや、それより、肩透かしを食らう、ってどういうことだ?
「ミランダに用意させよう、あの本は禁書庫にある。もちろん、危険なものではないがね」
そう言って校長は笑った。わ、笑えないんですが。
「こんなところか。では、君も行って良し!良い夏休みを!――図書室に行くといい、ミランダには連絡しておく」
「ありがとうございました」
俺はまた校長先生に礼をしてから、校長室を出た。




