四十八話 闇の魔法
レベッカさん――いや、レベッカは杖をこちらに向けてケタケタと笑っている。
「さあ、始めましょうか――≪ウフェンデ オブスカーレー≫!」
「≪エルケ≫!」
レベッカの杖から黒い攻撃呪文が放たれる。
俺が何とか防御の呪文で逸らすと同時に、マリーが≪ウフェンデ≫の呪文を唱えた。
が、杖の一振りで逸らされた!あれは、≪エルケ≫の想起発動!
「……おや。防御の呪文の扱いはなかなかお上手ですね、どこまで凌げるか試してみましょうか。――≪ウフェンディーテ オブスカーレー≫!」
その一つの呪文で、先ほどの黒い攻撃呪文が一気に何発も飛んでくる。
くそ、≪エルケ≫、≪エルケ≫、≪エルケ≫――これじゃまるでオークスの想起発動、いや、それ以上だ!
しかも威力が強すぎて一発逸らしただけで呪文の力場が消失してしまう!
やばい、オークスの攻撃呪文は一回の≪エルケ≫で三、四発受け流せるのに!ダメだ、受けきれない!
「――≪エルケ フルティティル≫!」
だが、マリーのアシストが入った。
あぶねえ、何とか大丈夫だった!
「助かった!」
「いえ!……今のは!?」
「“複呪文”だ!一度の詠唱で何発も同時に撃てる!」
「こ、これが!」
「フフ、博学なことです!――さあ、まだまだ抗ってみせなさい!」
レベッカは容赦無く闇の攻撃呪文を複呪文で連発してくる。
俺とマリーの二人掛かりでようやく防御ができる攻撃力だ。救いは、想起発動とは違って呪文を唱えなくちゃいけないから攻撃に切れ目があることだが――
「……このような児戯が私に届くとでも?≪ウフェンディーテ オブスカーレー≫!!」
何とかこちらから攻撃をしてみても、想起発動の防御呪文で軽くあしらわれてしまう。
くそ、防御も鉄壁すぎる!
「――リ、リオさんは使えないんですか!?」
マリーが叫んだ。
複呪文か。あれは想起発動ほどじゃ無いが、何回、どのように発動するかを“想起”で補う必要があり、かなり難度が高い。正直俺も上手く使えん!が――
「……≪エルケ フルティウス≫は使えるか?」
マリーは俺の言葉に素早く頷いた。
「ならそれで時間を稼いでくれ、試してみる」
回数だけなら一言呪文を加えるだけで指定できる。それなら使えるかもしれない。
レベッカが攻撃を再開した。黒い攻撃呪文の束が飛んでくる。頼むぞ、マリー!
「――≪エルケ フルティウス≫!」
よし、マリーの≪エルケ フルティウス≫でレベッカの攻撃呪文が止まった!
「あ、あまり長くは……!」
「ああ!――上手くいけよ、≪エルキーテ クアテル≫!!」
マリーの防御呪文が破られる前に俺の複呪文がしっかりと発動した。
一度に四つ放たれた防御の呪文が、それぞれ黒い攻撃呪文を受け流す。
「――やった!」
「よし!……俺が盾になる、あいつの呪文に合わせて攻撃してくれ!」
「はい!」
レベッカの杖がこちらを向き、放たれた黒い攻撃呪文の弾幕が迫ってくる。
だが、複呪文の防御なら俺一人でも手数が足りる!
そしてレベッカが呪文を放つと同時に唱えたマリーの攻撃呪文が――くそ、また防御された!次は想起発動の防御の呪文をどうにかしないと!
「……なるほど」
急にレベッカが攻撃をやめた。
なんだ?
「あなたたちは私を攻略しようとしている。脅威に対処し、突破し、私を打ち負かそうとしている。ですが履き違えてもらっては困りますね、これは戦いなどではありません。――私の憂さ晴らしの為にあなたたちは為す術なくもがき苦しまなくてはならない!可能な限り長い間!抵抗とはそう言う意味です!」
おいおいおい!
ま、まさか怒らせたっつうのか!?冗談じゃないぞ!
「――≪イステ エイゲル フルティウス≫!」
その瞬間。
俺の体を襲う、強烈な熱感、全身の痛み、倦怠感。朦朧とする意識。
これ、は、疫病の呪い!
力が、まるで入らない。俺はその場に崩れ落ちた。
だが、まだなんとか、杖は握っている。
なら、なんとかできる。呪いを解除するには、≪ディレー≫の呪文を、使えばいい。
俺は、息も絶え絶えに、≪ディレー フルティウス≫と、唱えた。
だけど、呪いが解除できない。
なんでだ?呪文は、ちゃんと発動したのに。
「無駄ですよ、無駄。力の差です。単純に私の呪いの方が強力、ただそれだけのことです。……まあ、解除の試みを止めはしません!どうぞご自由に!あるいは、和らげる程度なら可能かもしれませんよ?」
く、そ!
これが、目的か!
隣を見ると、マリーも、俺と同じように倒れ込んでいる。俺たちが、呪いに苦しんで、足掻く様を、楽しむため、か!
「フフ、悪くない眺めです。――」
……!
レベッカは、呻くマリーの元に近づくと、マリーを踏みつけ始めた!
こ、こいつ……!
「……レオミュール。あなたは元々ターゲットでしたが。私にとっても不愉快な存在です!ミランダを彷彿とさせる!」
「……う、くぅっ……!!」
レベッカはマリーを足蹴にし続けている。
も、元々ターゲットだった、だと?
くそ、それより、どうにか、出来ないのか!こんな、見てるだけしか、出来ないのか!
「フフフフフフ……、怖いですか?それとも憎いですか?今あなたの中に渦巻いている感情はなんですか?何れにせよ、良い感情ではないでしょう。――フフ、使ってみては如何ですか?闇の魔法を!あなたの感情を呪文に乗せるだけですよ!さあ、≪イス エイゲル フルティウス≫!!」
レベッカが、さらに疫病の呪いを重ねた!
ふざけ、やがって!闇の魔法以前に、まともに呪文が唱えられないだろ!
「――≪イス エイゲル フルティウス≫……!」
マリーが、疫病の呪文を唱えた。
が。
「≪ディレー≫。――フフフフフフフフ!まさか本当に使う人がありますか!通じるわけがないでしょう、そのような即席の絶望や憎悪から放たれる闇の魔法が!……闇の魔法を強力たらしめる感情は一朝一夕に芽生えるものではない!何年も、何年も、何年も、何年も……!葡萄酒のように熟成された感情が必要なのです!」
レベッカが、闇の魔法についての、講釈を垂れている。
そうか。何年も熟成された感情か。
――なら、俺にもある。俺の底で煮えたぎる渇望。どんな時だって忘れたことはない。
俺は、マリーをいじめるのに夢中らしいレベッカに、杖を向けた。
さて。どう吐き出してくれようか。この俺の、コーヒーへの渇望を。
疫病?違うな。俺の頭の中で想起されたのは、コーヒーが持つ熱のイメージ。全てを呑み込むような闇の炎――
「――≪オグニ エルデ オブスカーレー≫」
俺の杖から噴出した黒い炎がレベッカを包んだ。
「――ッ、ああああああアァァァッ!!」
俺が放った、闇の炎に包まれたレベッカが、悲鳴を上げながら、もんどりうって倒れた。
ま、まじで、発動しちゃったよ。それも、結構強力なやつが。
「……エ、≪エクア フルエ≫!、ぐぅ、あああっ――!!」
レベッカは、魔法で生成した水を浴びた。
が、炎は、消えない。無駄だ。分かっているはずだ。闇の炎は炎にあらず、俺の渇望の発現。熱く、炎のようにゆらめいている。そう見える、ただそれだけ。だから水じゃ、消すことはできない!
「この、≪モレ――」
「――≪オテラー≫」
再び、俺の杖から闇の魔法が噴出し、レベッカは魔法を放つ前に、俺が放った炎に呑み込まれた。
「――――――!!」
もはや、声になっていない悲鳴をあげて、レベッカは地面を転がった。杖を放り出して、なりふり構わずもがいている。
どう、だ。油断するから、こうなる。
……そうだ、マリー、は。
俺は、すぐ近くで倒れているマリーの元に、重い体に鞭打って、這っていった。
「……はぁ、はぁ。――リオ、さん」
マリーの体には、ところどころ黒い斑点が、現れている。
呼吸も荒く、目の焦点も、合っていない。当然、だろう。俺も、一発食らっただけで、この有様だ。それを二発も。
「――≪ディレー フルティウス≫」
俺は、マリーに、打ち消し呪文を唱えた。
さっきやった時は、効果がなかった。でも、何回もやれば、和らぐかもしれない。
「……」
マリーが、こっちに手を伸ばしてくる。
俺は左手で、その手を握りながら、打ち消し呪文を唱え続けた。
だんだんと、意識が遠のいてくる。でも、マリーの体の黒い斑点は、少し消えている。
もう少し。もう少し、呪文を――
――いたぞ!四人倒れている!
――クライヴ君!それに、レオミュール!
――ちょっと、これ疫病の呪いじゃないの?
――待て、奥に倒れているのはシーリーではないのか?そして彼処にいるのは……。
声が聞こえる。
誰の声だ?聞き覚えがある。
いや。それよりも、打ち消し呪文を唱えないと。……くそ、“想起”がうまくいかない。
というか、今俺、杖ちゃんと持ってんのか?わかんねえ。――




