四話 晩餐会
さあやってきたぞ、王立魔法学院!
図書館!情報収集!
まあ、まだだいぶ時間を取られるようだが。四年半待ったってのに、一日が長い!
城門からかなり長い時間を歩かされた俺たちは、馬鹿みたいに広いホールに連れて行かれ、そこで入学式が行われた。
入学式は滞りなく進行した。
校長式辞、来賓祝辞(王国の省庁の一つ、魔法技術省の大臣が来た。流石王立!)、新入生代表挨拶、校歌斉唱など、日本でも定番の式次第が次々と執り行われた。
俺は昔を懐かしむと同時に、もうちょっとファンタジーっぽい何かはないのか、と落胆したが。
結局そのまま“閉式のことば”で入学式は終わり、俺たちはそれぞれの寮に案内された。
学院では寮生活で、四つの寮に分かれていると両親は言っていた。
どこの寮に属するかの組み分けとかやるんだろうか?とワクワクしていたが、よく見ると数日前に家に届いた書類に書いてあって、俺の寮は“若草色のツバメ寮”だった。他の三つの寮は“紅色のイヌワシ寮”、“黄色のオオタカ寮”、“紺色のドラゴン寮”だそうだ。飛行系で固まっている。
それにしても、なんか“若草色のツバメ寮”だけ弱くないか?
だからどうした、という話ではあるが。
寮は島の東西南北それぞれの端にあるようで、“若草色のツバメ寮”は島の南端に位置していた。寮、とはいうもののその規模はもはや一つの城と言っていい。すでに日が暮れて辺りは暗くなっており、窓から漏れる仄かな光と天からの月明かりでぼう、と輪郭が浮かぶ様子は異様な迫力がある。
俺たちを先導する上級生は城の前で足を止めると、俺の身長の倍はある高さの重厚な扉を開けた。
その瞬間、俺たちは割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
扉の向こう、エントランスでは上級生たちが待っていた。
四列の細長いテーブルがあり、その上には所狭しと豪華な食事が並んでいる。
俺たちは手早く席に案内されて着席した。
目の前には日本でも経験したことがないような凄まじい光景が広がっている。
鶏の三倍くらいの大きさの鳥の丸焼きがテーブルの中央部に鎮座し、その周りにもシュラスコの如く大量の肉が並んでいる。
その近くで静かに存在を主張する魚料理の上品な佇まいときたら、あたかも荒々しい肉料理に呆れた視線を送っているかのよう。
ニンジン、パプリカ、カボチャ、ズッキーニなどの野菜のローストが山盛りの、鮮やかな大皿にも目を奪われた。木のカゴに詰め込まれたバゲットも香ばしい。
次に視線が止まった先は、鼻を近づけるまでもなくハーブがたっぷりきいていると分かる魚介のスープ。
そしてこれらの皿の周りには、小さな皿に盛られた遊び心に溢れるとりどりの前菜が、傅くように並べられている。
「――新入生の皆さん!!」
忘我状態に陥っていた俺は、突然エントランスに響いた声によって正気に戻った。
声のした方――エントランスの奥には、細い白髪の爺さんが立っていた。
「ご入学おめでとうございます。私は“若草色のツバメ寮”の寮監、イグネウス・デ・ラズール。“魔法言語学”の教授であり、皆さんとは“初等魔法言語文法”の授業にてお会いすることでしょう。――さて、話したいことはまだまだありますが、もう食事を待ちきれないでしょうから、じじいの長話はサッサと切り上げこの呪文を持って祝いの言葉とさせていただきましょう、≪ティラ スピディタ ヌス ヴォナ≫!……では存分にお楽しみあれ!」
ラズール教授がそう呪文を唱えて杖を振ると、生徒全員の元に赤ワインがなみなみと注がれたグラスが現れた。
うをを、流石は教授。
というか、ワインなんて飲んでいいのか?出されてるんだからいいのか。
「落ち着いているね」
ん?
何から食べようかな、と悩んでいる俺に誰かが声を掛けてきた。
「そう?割とテンション上がってるけど」
「いや、僕はなんだか胸がいっぱいで食欲なくしちゃって――ああ、ごめん。僕はベルハルト。ベルハルト・ライゼル。君は?」
声を掛けてきたのは、俺の隣に座っている金髪の少年だった。いや、俺も少年だが。
金髪のイケメンで、幼いもののどことなく気品がありすごいエリートっぽく見える。
「リオ・クライヴ。よろしく」
「リオか。……君はもう魔法を使えるの?」
「ああ。ちょっとは。親が教えてくれたから」
「僕もそうなんだ。何が得意?僕は“円陣魔法”が好きなんだ」
円陣魔法か。
魔法陣的なものを描いて発動する魔法――個人的には面倒臭くてそれほど好きじゃないな、かっこいいけど。魔法的センスの他に数学で言う幾何学の技能を求められるし。
数学は今も昔も苦手な科目だ。俺は文系だからな。
「複雑なトコいくじゃん。俺は“呪文魔法”の方が得意だな、特に具現系」
まあやっぱり呪文唱えてピロリロリロ、ていうのは気持ちがいい。炎とか閃光とか出せる具現系は特にそうだ。
「おお。僕は具現系はあまり得意じゃなくてね、“想起”が苦手なんだ」
「あんま言葉でイメージしない方がいいぞ、頭の中で翻訳すると上手くいかないと思う。コツは――」
ベルハルトと会話しながら食べているうちに晩餐は終わった。
そういえばデザートがないな、と気になっていたが、始まってからしばらくすると、空になった皿が自動的に消失して代わりにデザートが載った皿が現れた。わお。
デザートも絶品だったが、こうなるとやはり食後のコーヒーがないのが悔やまれる。
晩餐が終わると、俺たちは寝室に案内された。どうやらベルハルトとは一緒の部屋らしい。
寝室は四人で一部屋なようで、円形の部屋に天蓋付きのベッドが同心円上に配置されている。
カーテン諸々のカラーはもちろん若草色。
こんなところにイメージカラーか。
俺はベッドに潜り込むと、殺人的にぬくい羽毛布団の影響か、すぐに意識を手放した。