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悪役令嬢、お手をどうぞ



 リリーと一緒にリリーに勧められたマカロンを食べていると、大広間にワルツが流れ始めた。

 その瞬間、令嬢達はみんな手に取っていた料理やワイングラスを置き急にそわそわとしている。


「どうやら始まるみたいね。今日のメインイベントのダンスパーティー」

「え、ダンス!? 今日!? 今から!?」

「マリア、貴女またちゃんと話を聞いていなかったのね? さっきからずっと使用人がそうアナウンスしてたじゃない」


 リリーから聞いたのが初耳だ。

 広間に着いてからはハロルドに絡まれ次はノエルに絡まれ、今はリリーと楽しく過ごしていたものだから全然聞いていなかった。

 

 相変わらず何も把握していない私を他所に、心地よく響き渡る音色をBGMに扉が開きアルが登場する。

 上下黒で統一され、シックでありながら危うさを持ち合わせる昨日と全く異なる雰囲気を醸し出す王子に会場中が釘付けだ。

 大勢の視線を浴びながら、私には胡散臭くしか見えない笑顔でアルは話し出す。


「今日は心を通わせて踊ることで距離を縮めたいと思っている。みんなもどうか、僕以外とのダンスの時間も全て楽しんで欲しい」


 僕以外って……ダンスすることは強制なの!?

 これって映画とかでよく見る舞踏会みたいなアレ? 代わり替わり男女ペアになって踊るみたいな?


 冗談じゃない。聞いていない。

 隅っこでどうにか存在を消してダンスを回避するしかないわね。


 マカロンを食べながら上手く隠れる方法を探していると、他の令嬢達は我先にとアルの元へ駆け寄り、あっという間にアルの周りは王子と踊りたくて仕方ない女達でいっぱいになった。

 アルの一番近くにジェナの姿が見える。

 いけいけ~と心の中でジェナを応援するがいつも横にいるジェマの姿が確認できない。


 どこにいるんだ? と周辺を見渡すと、アルではなくハロルドの近くを一人でうろうろとしているジェマを発見し危うく食べているクランベリーのマカロンを口から噴きかけた。

 ジェマはアルよりハロルドと踊りたいのか……趣味を疑う。ていうかハロルドも踊るの? 想像しただけで笑いが……


 一人で下を向いて肩を震わせていると、突然広間内にどよめきが起きる。


 アルが遂に踊り出すのかと思い顔を上げると、そこには囲まれていた令嬢達の輪から外れこちらに歩いて来るアルの姿が。


「…………!」


 隣にいるリリーの緊張が私にまで伝わって来た。

 アルは最初から、リリーと踊ることが目的だったんだろう。

 周りもそれを勘付いたのか、向けられるリリーへの視線は冷たい。


 その時、偶然こちらを見ているジェナと目が合った。


 ――あれはどうにか邪魔をしろと訴えかける目だ。ど、どうしよう。


 ここには私の無敵アイテムであるタバスコもないし、私が代わりにダンスを申し出るという手もあるけど正直踊りたくないのでそれは避けたい。増してやそんなことをしたら抜け駆けと思われ私が他の令嬢達から反感を買うことになる。

 それにアルは私を気に入っている。ここで私が無駄な積極性を見せてこいつを調子に乗らせたくもない……ああ、一体どうすれば……!


「……僕と、どうか最初に踊っていただけますか?」


 何も手が打てない内にアルがリリーの元へたどり着いてしまった。

 しょうがない。これはどうしようもない状態だったしジェナには謝って許してもらおう。


「マリア」

「……ん?」

「マリア、僕と踊ってくれる?」

「……はっ!? わ、私!?」


 当然リリーの目の前に立っていると思われていたアルは、まさかの私の目の前に立ち私に手を差し出している。

 これには令嬢だけでなく使用人もみんな驚いていて、言葉も出ないのか広間は一瞬にして静まり返り、聞こえるのはお構いなしに流れ続けるワルツだけ。


 私が横にいるリリーを気にしていると、リリーも少し驚いた顔をしていたがすぐ笑顔に戻り


「じゃあ、わたしはロイと踊ろうかしら」


 そう言って、近くにいたロイの腕を引き、空気を読んだのか私とアルから離れて行った。


 さすがにもう逃げられないことを悟った私は、嫌々アルの手に自分の手を重ねる。

 アルは嬉しそうに笑い、私を広間の中央までエスコートしてくれた。

 その様子を他の令嬢達は奇異の目で見ている。


「どうして私なのよ。嫌がらせ?」

「悪さをするのはマリアの特権だろ? 僕は純粋に君と踊りたいだけだよ。それに、この会場で一番僕の黒い衣装に合いそうな素敵な色のドレスを着てくれていたしね」

「……だとしたら私はドレス選びを間違えたようね」


 小さな声で話しながら歩いていると、ピタリと足が止まりゆっくりとホールドの姿勢に入る。

 

「ちょっと待って、私ダンスとかよくわからないんだけど……」

「大丈夫。僕がついてる。僕に任せて、マリア」


 アルの指示通りに腕を回していくと一気に近づきすぎる二人の距離。

 ぴったりと密着するお腹に抵抗を見せ離れようとすると、逆にぐっとくっつくように押さえられる。


「近すぎ! 離れなさいよ!」

「こうしなきゃ踊れないんだから仕方ないだろ? ほら、始まるよ」


 曲が最初から流れ出したタイミングで、周りも一斉にステップを踏み始めた。

 小さい頃一度だけ社交ダンスを習わされた時の記憶を引っ張り出し何とか形になるよう踊っていると、アルが驚いた顔をして私を見る。


「意外だな……おてんばな子だと思ってたけど、綺麗なステップを踏むんだね」

「うるさい今集中してるから話しかけないで」

「あ、また少し離れようとした。踊りづらいよ」

「あんたが近づきすぎなのよ! あと私のこと見ないで。顔の向きはこっちじゃないでしょ」

「あはは。そこまで徹底しなくていいよ。今はこの距離で君の顔を見ていたいんだ」


 アルの顔が更に近づいてくる。どうしてか私も負けじとアルの方へ少し顔を向けると、間違いが起きればキスしてしまうほどの距離に自分の顔が熱くなっていくのがわかった。

 

 今までどんなイケメンに好意を持たれても無感情だったのに。

 初めてこんなに近くで見るこの人の瞳は、吸い込まれてしまいそうなくらい綺麗――


「マリア、君の瞳は情熱的で、その奥に揺るぎない強さが見える――それであって、すごく、綺麗だ」


 一瞬、時間が止まったかと思った。

 

 どんどん近づくアルの瞳にはっとして、私はアルから顔を背ける。

 何してるんだ私は。でも本当に、一瞬周りの音も何もかも聞こえなかった。息をすることすら忘れていた。


 このまま普通に踊り続けるなんて、私はそんなことの為にこのパーティーに参加してるんじゃない。


 悪役令嬢マリア・ヘインズとしての意識を取り戻した私は、熱い顔とどうかしていた頭を冷まさせる為にとりあえずヒールで軽くアルの足を踏んづけた。


「いっ!?」


 一応王子だしだいぶ軽く踏んだつもりが、声が出るくらいには痛かったらしい。


 そしてそのままステップが中断しわけがわからなくなった私とアルは体制を崩し――二人してその場で派手に転倒した。


「王子!」


 盛大に広間の中心でこけた私達を見て、すぐにハロルドや他の使用人が駆け寄って来る。

 アルに覆いかぶさるようになっていた私をハロルドが乱暴に押しのけ、アルに怪我がないかを確認する。

 アルは「全然平気だ」と笑って立ち上がると、いい空気が壊れる前に早くダンスを再開するよう使用人に言った。


「では次に一緒に踊る女性を指名して下さい。王子」

「え――いや、僕は」

「王子、指名して下さい」


 ハロルドが私の前にでかい図体で立ちはだかり、アルの視界に私が入らないようにしながらアルに何かを言っている。

 少し困った顔をしながら歩き出したアルは、近くでロイと一緒に踊っていたリリーに声をかけていた。


 ――やっぱり私はリリーの前座に過ぎなかったようだ。


 リリーの元へ行ったアルを見届けたハロルドが鬼のような形相で私の方へと振り返る。


「次の私のお相手は貴方なのねハロルド」

「ほざけ」


 冗談も通じないまま、私は今日もハロルドによって大広間からつまみ出されてしまった。




****




 あのまま閉まった扉の前にいても時間の無駄だと思い、私はラナおばさんのところへ顔を出すことにした。


「おばさん。こんばんは!」

「マリア? あんたまた来たのかい。今はパーティー中だろ?」

「ええ。でもダンスで王子の足を踏んだら怖い騎士団長につまみ出されちゃったのよ」

「何だって? 王子の足を? あっはっは!」


 ラナおばさんはひとしきり笑った後、私をお花畑のすぐそばにある自分の部屋へと案内してくれた。


「はぁ……この城でここが一番落ち着くわ」


 おばさんに出してもらった温かいハーブティーを飲みながら、私はホッと一息吐く。


「それは嬉しいね。マリアが城にいる間はいつでも来ていいよ」

「本当? 毎日来ちゃうけど大丈夫?」

「大歓迎さ。あ……でも明日は花畑の開放日だから騒がしくなるかもねぇ……」

「開放日って、昨日言ってた街の子供達が来るっていう――大変! おばさんの思い出の花が荒らされちゃうじゃない!」


 思わずガタンッと音を立て勢いよく立ち上がると、カップの中のハーブティーが大きく揺れる。


「言ったろう? しょうがないんだ、って。街の人もこの花を眺めること、子供は広い野原を駆け回って遊ぶことを楽しみにしてるんだ。誰も悪くないんだよ」

「そうだけど……あ、ねえおばさん! 私が王子に言えば何かしら対応してもらえたり……」

「そんなこと絶対やめておくれ。誰もこんな老人の思い出話に興味なんてないんだ。それにこの話はマリアにしか言ってない。部外者のマリアだからあたしもつい話しちまったんだよ」

「…………」

「マリアの気持ちは嬉しいよ。ありがとうね」


 黙り込む私をおばさんは宥め、飲み終わった自分の分のカップをキッチンで洗い始めた。


 ラナおばさんの丸まった背中を見ながら、おばさんが何かを犠牲にしてまで花を守ることを望んでいないとわかりながらどこが腑に落ちない私がいて――


「ラナおばさん。明日、私ここに来るから。変なことは……しないって約束はできないけど、おばさんが嫌がることはしないって約束する」

「……マリア」

「私がここにいる間だけでもさ、私におばさんの思い出を守らせてよ」


 おばさんはカップを洗う手を止めて私の方を見ると、言っても聞かないと察したのか呆れた顔をして笑い、小さく頷いてまた前を向いた。


 どうして私が、おばさんの花をここまで守りたいと思ったかは自分でもよくわからない。

 ただ、どんなに時が経って、いなくなっても一人の人を愛し想い続けるおばさんが。


 人をまだ一度も愛したことない私には、どうしようもなく眩しく見えたのだ。



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