ノエルのシュークリーム
四人でのお茶会がお開きになると、アルは用事があるとどこかへ行き私は自分の部屋へ戻った。
夜のパーティーで着るドレスを鏡前で合わせながら、鏡に映る自分は先ほどのハロルドの慌てようを思い出してか自然とにやついている。
ハロルドのあの顔は傑作だった。この時代にスマホがあれば、間違いなくムービー撮ってSNSに拡散してバズらせることに成功していただろう。
あと、アルのあの笑顔。
――あんな無邪気な子供みたいに笑うんだ、って。ちょっと意外だったかも。
「って、もうこんな時間! 考えるのめんどくさいからこれでいいや」
散らばったドレスの中から適当に一着引っ掴み、ボルドーのドレスを着ると思いの外自分に似合っていて驚く。
真莉愛の時は赤系の服なんてほとんど着なかったし、着てもここまで似合わなかっただろう。
マリアの顔立ちやプロポーションが、この大人な赤を抜群に色っぽく魅せてくれている。
私は満足げに立ち鏡の前で一回転し、前に垂れていた髪の毛をさっと後ろへやると部屋を出て昨日と同じ大広間へと向かった。
昨日はアルと花嫁候補の対面ディナー会。今日の夜からは花嫁が決まるまで連日パーティーが開かれる。
この時間はアルと会えることのできる絶対的な時間。
女達は着飾り自分を売り込み、アルは何人もいる女達と好きなように会話し自分の惹かれる相手を探す……って名目のパーティーで一応合ってるのかな。
でもどうしてアルはリリーと決めていながらこんなめんどくさいことするんだろう。
リリーとの婚約お披露目会って言っちゃうと人が集まらないと踏んだから? 自分の結婚をそんなに大勢に見せつけたいの? 王子の承認欲求どうなってんのよ。
「マリア、待ってましたわ」
廊下の角を曲がるとドレスアップしたジェナジェマが私のことをわざわざ待ち構えていた。さすがマリアの取り巻き二人組だ。
ジェナジェマが私の両側を囲み、三人で並んで歩くとジェマがテンション高めに私に話しかけてくる。
「今日はリリーに何かできたのっ!? それとも今から!?」
「……あー、えっと。そうねぇ……」
何をするか作戦を全く立ててない私が歯切れの悪い返事しかできないでいると、次はジェナが目をキリッとさせ私に向けてこう言った。
「そういえば目撃者がいたようで小耳に挟んだことなのですが――貴女今日リリーとアル王子とハロルド様とお茶をしたんですってね?」
「えっ」
何故それを……! 目撃者がいたなんて聞いてないわよ!
「えぇーっ!? そうだったのマリア! お姉様いつの間にそんな情報を! ジェマ聞いてないよぉーっ!」
「マリアと一緒にジェマの反応も楽しもうと思って内緒にしてたんですのよ」
「意地悪ぅ! マリアもずるいよぉ! ジェマもお姉様も他の子だって、まだ王子とちゃんと話せてもないのに……騎士団長様もいたなんてマリア羨ましすぎるうぅーーっ!」
クールにじっと私を見据えているジェナとぎゃーぎゃーと騒ぎ立てるジェマ。双子なのにシンクロ率は0パーセントだ。
ちなみに騎士団長様がいて羨ましいって感情だけは間違ってるからすぐ捨てた方がいいわよジェマ。
「そうね。確かにお茶は行った。でもそれはリリーと王子を二人でお茶させない為。私が昨日のことでハロルドに怒られてた時の出来事だったから、ハロルドも巻き込んで一緒に二人の邪魔をしたのよ」
――っていう設定で行こう。そうしよう。
「……そういうことでしたのね。それで、お茶会はちゃんと邪魔できたんですの?」
ジェナの視線が柔らかくなった。私が抜け駆けしたとでも思っていたんだろうか。
「もちろんよ。私はその場でなんと……! リリーのシュークリームに今度はタバスコより辛いデスソースを入れてやったのよ」
「ひえぇ! デスソース! 名前から物騒!」
「一体リリーはどうなったんですの!?」
「……申し訳ないけど私の作戦は失敗に終わったの。だってリリーってばそれに気づいて、自分の代わりにハロルドに食べさせたのよ!」
「「ええぇぇ!?」」
あ、今のはシンクロ率100パーセント。
「驚くでしょ? 私も今の二人みたいに驚いてひっくり返るとこだったもの。なかなか手強いわあの女……でも任せて。リリーは確実に辛くて赤いソース恐怖症になってる。辛さに悶えるハロルドを見て青ざめてたから間違いない。パーティー会場の料理でタバスコを見るたびトラウマを呼び起こして気分が下がって王子どころじゃなくなるわよ」
我ながらどんな理由だ、と笑いそうになるが説得力を出す為に自信満々に語ると二人は
「「なるほど」」
とまた完璧なシンクロ力を発揮し納得した。いやしちゃうのね。馬鹿可愛い。
「ところでマリア。貴女ハロルド様を呼び捨てするほどの仲でしたの?」
「……ま、まさかぁーっ!? マリアが王子に興味がないっていうのは最初から騎士団長様が狙いで……」
「は!? 何言ってんのよ二人共! それだけは絶対な――」
「ほう。昼間の一件は最初から俺を狙っていたのかマリア・ヘインズ」
ジェナジェマにハロルドの話を持ち出されると思っていなくて、必死に想像するだけで吐き気がするジェマの仮説を否定しているといつの間にか私達は大広間へ着いていた。
今日は開かれたままの扉の入り口で最初に私達を出迎えたのは、仁王立ちで腕を組み客ではなく敵を見るような目つきでこちらを見下す話題の騎士団長様だった。
「ハロルド……ごきげんよう。気分はいかが?」
「いいと思うか? お前の頭は一度生まれ変わらないと治らないレベルで重症のようだな。アルさえいなければこの扉を抜けることなくたたっ斬ってやったのに」
「実行できなくて残念ね。でも顔色が回復してて安心したわ。ちゃんといつもみたいに血が通ってるかわからないくらい真っ白よ。昼間はあんなに――真っ赤にっ……ふふっ……」
「途中で笑うな! 俺は生まれて初めて死ぬかと思ったんだぞ! さっき俺を狙っているという言葉が耳に入ったが俺がお前に食わされたシュークリームは――」
「あーあーあーあー! リリーってばほんっとに! びっくりよねぇ! 急に自分のシュークリームを! あ、後ろからお嬢様方がお見えになってるから私達三人は退散するわそれじゃ!」
「待てこの魔女めが!」
危ない。ジェナジェマの前で本当の話をされたら私の話と食い違ってることがバレるじゃない馬鹿ハロルド! バカロルド!
まずいと感じた私はハロルドの話を大きな声を出して遮ると、ジェナジェマの背中を無理やり前に押しながら早歩きをし強制的にハロルドの前から退散した。
「ちょっとマリア! 突然何ですの!?」
「うわぁーん! ジェマ初めて騎士団長様と話せると思ったのにぃーっ!」
「わ、悪かったわ。でもこれでわかったでしょ? 私がハロルドを狙っても仲良くもなく寧ろ嫌われてるってことに」
「「確かに」」
双子のシンクロスリーコンボが決まったところで、私はこれ以上さっきの会話の内容を追求されないよう飲み物を取って来ると言い二人から離れ単独行動をすることにした。
リリーに嫌がらせする(フリ)にしてもあの二人がいるとやりづらい。
今日の食事はバイキング式のようで、高級ホテルのバイキング並みにいろんな料理が好きなだけ食べられるようにたくさん並んでいる。
全種類食べたいのは山々だけど残念ながらそれが入るだけの胃袋は持ち合わせていないので、本当に食べたいものを吟味していると出来立ての料理を並べに来たノエルと遭遇した。
「あ、ノエル」
「――タバスコ女! お前のせいでタバスコ置くの禁止になったんだぞ! もちろんデスソースもな! 昼間はよくもハロルド様にあんなことを……」
「えータバスコないの? 今日もこのパーティーをタバスコで真っ赤に染めようと企んでたのに」
「いい加減にしろ! 姑息な真似をして王子の気を引こうとしても王子は振り向かないぞ」
「大丈夫。振り向かせたいなんて思ってないから」
「……は? んじゃあ何でこのパーティーに参加してんだよ?」
「うーん。こうやって美味しい料理を堪能する為? あ、ねぇ! あのシュークリーム、私が一つ台無しにしちゃったけどすっごく美味しかった! この会場にはないの?」
ノエルの顔を見ると、無性にあのシュークリームの味を思い出し恋しくなってきた。
「いや、一応あそこにあるけど」
ノエルが指さす方向にはお茶会で見た種類の倍以上の手作りスイーツが並んでいて、その中にノエルが作ったシュークリームを見つける。
他のスイーツよりも用意されている数が少ないようだったので、私はなくなる前にシュークリームをお皿の上に取ってからまたノエルの元に戻った。
「――俺みたいな見習いより、もっと一流のシェフが作ったスイーツがあんだからそっち食えばいいのによ」
「いや。私はこれが気に入ったの」
即答する私にノエルは少し驚いた顔を見せ、料理を並べる手を止め私の方へと向き直す。
「変わってるなお前。頭も馬鹿なら舌も馬鹿なのか?」
「それは私じゃなくて自分の料理人としての腕をけなしてるのかしら。『お前、俺の料理を褒めるなんて味覚だけは合格だな』くらい言ってのけなさいよ。自信がない料理人の方が王子に振り向いてもらえないわよ?」
「――何だと。何も知らねーくせに、お前マジでむかつく奴だな。余計なこと言わなきゃ気が済まねーのか?」
「ええ。そうよ。今まで言いたくても言えなかったことたくさんあったの。だから今は余計なことまで全部言いたくなっちゃうの悪い?」
そこからは無言での睨み合い。
ハロルドの睨みに比べたらノエルなんてへっちゃらだ。全然怖くない。
「マリア! 見つけた!」
――リリーは私が一触即発の時に現れる救いの女神なんだろうか。
いつもいいタイミングで私を見つけてくれるリリーが今も見計らったかのように現れ、睨み合いなんて場にそぐわない可愛らしい声は張り詰めた空気を一瞬で元に戻す。
「リリー様! 昼間は申し訳ございませんでした……! リリー様にまでお手間をかけさせてしまって……」
「あらノエルも! 全然気にしないで。ハロルドが元気になってて安心したわ。……マリアってばまたシュークリーム食べようとしてるの?」
軽くノエルと話した後、リリーは私の持っているお皿の上にあるシュークリームを見て笑いながら言う。
「あっちにもっと美味しいデザートがあったの! マリアにも食べさせたいわ」
「そうなの? それは是非食べてみたいわ。ある場所に案内してくれる?」
「もちろんよ! 行きましょ」
楽しそうに軽い足取りで歩き出すリリー。振り返るとそこには少し悲しそうな顔をしているノエルが立っていた。
「悔しいなら花嫁最大候補のリリー様に一番美味しいって言わせてみなさい」
私はノエルを励ますわけもなく、言い終わった後あっかんべーをし小さなリリーの背中を追いかける。
「――やってやるよ。やってやるからな!」
私のリリーより少し大きな背中越しに、ノエルの奮起の声が響いた。




