悪役、ヒロイン、王子、騎士団長の優雅なお茶会
空になったランチボックスをノエルに返し、私は自分の部屋まで帰る時間頭の中をとりあえず整理することにした。
ここは私が真莉愛の時にプレイした乙女ゲーム、『もし運』の世界。それは間違いない。
今一番困っているのは、普通は各キャラクターを攻略してエンディングを知っているところなのに私がそれを一切知らないことだ。
だって私はこのゲームを一回も、攻略対象誰一人としてクリアしていないんだもの!
きっと主人公リリーの攻略対象として、アルはもちろん、ハロルド、ノエルもいた気がする。
ロイは知らない。そこまで目立った感じなかったし、目立つ前に私がやめたから知らないだけかもしれない。
物語でいう三分の一くらいしかやらずに放置してしまった為に、私の中ではリリーが可愛かった記憶以外あまりない。
マリアとジェナジェマに関してはネタバレサイトを見て主人公をいじめまくるかなりの腹黒キャラだったという知識を得たレベルだ。序盤の方でも結構嫌がらせされたから悪役って印象は元々強かったけど。
男キャラには興味がなさすぎてネタバレすら見なかった。
でもみんなリリーが好きなのと、リリーを好きになるっていうのは間違いないはず……でしょ?
なのにどうしてアルは私をあんな目で見るのよ。理解できない。
アルがマリアに好意を示すシーンなんて、物語の最初から少なくとも私がゲームをやったところまでは一度もなかった……はず。
どちらにせよ物語を理解してない私にとってこの世界はただの新しい人生の始まりで、事前情報を活かし何かを回避したりする術はない。
逆に私のその知識のなさから好き勝手してる行動によって、この世界の本筋であるストーリーを捻じ曲げることになっちゃったりして……
いや、もう深く考えるのはやめよう。頭の中がキャパオーバーだ。
自由に生きるって決めたのに、ごちゃごちゃいらないことを気にし出すとまた私の前に仮面が現れ同じことを繰り返す。
死ぬ時に後悔するような生き方は、もう二度としたくない。
私は邪魔な男共に嫌われながら、時間が許す限りリリーとジェナジェマと楽しいお城ライフを過ごすんだ!
――だからその為にも、あの王子とこれ以上関わるのはやめよう。
そう決めたところで部屋に着くと、扉の前に何故かハロルドが立っていた。
……自分の部屋も出禁ってことだろうか。そんなことある?
きょとん顔の私を見るなり、ハロルドは冷たい一言を放つ。
「荷物をまとめて帰れ」
「――は? どうしてよ。あとずっと前から待機してたの? ストーカー? あ、暇なのね」
「うるさい喋るなその減らず口を今すぐ塞げ。……お前は王子の花嫁にふさわしくないと判断した。よってもうここにいる必要はない」
出禁の次は追放か。タバスコこぼしただけで。
せっかく可愛い女の子と仲良くなれたのに、こんな早くにくだらない理由で追放なんてされてたまるか。
王子を手に入れられないマリアはどうせヘインズ家から追放確定なんだから、せめてこの夢のようなパーティーが続いてる間は絶対に帰りたくない。
――ここは女の武器を使うしかないみたいね。
「……そ、そんな……私っ……わざとやったんじゃないのに……そんな言い方……」
私は両手を顔で覆い、悪女になってから一度はやってみたかった嘘泣きを試みた。
男は女の涙に弱い。真莉愛の時だって泣いとけば全部許されてきたし。
「嘘泣きはやめろマリア・ヘインズ」
「――バレた?」
「バレバレだ。見ていて痛々しいくらいにな」
くそう。こいつ女に慣れてなさそうだし泣いておけば慌てるかと思いきや全く通用しないなんて。
「女の涙には慣れてるってこと? 散々泣かせてきたとか?」
「泣かせたことなどないが、俺の人生で初めて泣かせてもいいと思う女に今出会ったな」
「やだ。ハロルドの初めてをもらえるなんて光栄ね」
「気安く名前を呼ぶな。望み通り今すぐ泣かせてもいいんだぞ」
しばらく無言の睨み合いが続く。
ハロルルド――女の涙にも全く弱くない冷めた男。瞳も心も。
今まで自分を見るとへらへら笑い機嫌を取ってくる男ばかりだったからか、私はこの男の態度がどんなに酷いものでも面白いとしか感じない。
……あ。思い出した。一番無愛想だったから、私ゲームしてた時は一応ハロルドを攻略しようとしてたんだ。
確か少し仲良くなると一気にデレるタイプで、その温度差に耐えかねて攻略を断念したんだった。
でもその時はリリーとしてプレイしてたから、ここまで冷たい態度は取られなかった気がするけど……やっぱりそこも主人公補正か。
「……ていうか、勝手に出てけとか言ってるけどそれを決めたのは誰?」
「…………」
「あら。言えないの? まさか王の命令もなく独断での行動? そんな勝手なことをする権利が貴方におあり?」
強気な佇まいから一変。分が悪そうな顔をするハロルドを見逃さずに私は詰め寄る。
「それは……っ」
「ないのよね? ハロちゃんだめじゃない勝手なことしちゃ~」
「! お前、いい加減に――」
からかような言い方が城の天井を軽く突き抜けるくらい高そうなプライドに傷をつけたのか、怒りでわなわなと震えるハロルドが声を上げたその時だった。
「マリア! ここにいたのね!」
「……リ、リリー!?」
「今朝は会えなくて寂しかったわ。ランチにもいないし心配してたの」
リリーが突然やって来て、私を見つけるなり嬉しそうに笑いながら両手を握ってくる。
まさか私を探してくれていたのだろうか。
清楚な白いフリルのブラウスにふわっと広がるチェックのロングスカート――か、可愛い。
私は初めて見るドレス姿ではなく普段着のリリーに思わず見惚れていた。
「わ、私もリリーに会いたかったのよ。でもこの男が――」
「あら! もしかしてハロルドがずっと一緒だったの? 珍しいわ。人見知りのハロルドがもう打ち解けるなんて。さすがねマリア!」
「リリー様。ご冗談を。この女は花嫁候補から外れたので帰るよう忠告しに来ただけです」
敬語!? ハロルドって敬語使えたんだ……
リリーはハロルドとも当たり前に顔なじみってことね。こんな鉄仮面に怯むことなく話しかけてるし。
「マリアを帰す!? どうしてハロルド。まだ王子の花嫁は決まってないじゃない」
「決まってるも同然。リリー様ならおわかりでしょう。それにこの女はたった一日で二度も問題を起こしています」
「ちっともわからないし、マリアは何もしてないわ」
ハロルドからするとリリーを想っての行動なのに、一歩も譲らないリリーの予想外な反応に困惑しているのか黙り込むと――
「ちょっと来い」
「はっ!?」
私の腕を乱暴に引っ張り、少しリリーから離れたところでリリーに聞こえないようヒソヒソ話を始めるハロルド。強く掴まれた腕が痛い。この馬鹿力め。
「……お前、魔術でも使えるのか?」
「急に何言ってんのよ。使えてたらとっくにあんたのスカした面に一発お見舞いしてるわ」
「そうでもないとリリー様がお前みたいな女を庇うなんて考えられない。……何か隠れた力を持ってるんじゃないのか?」
持ってたとしてももう使い終わっている。乙女ゲームの世界に転生するって私ですら知らなかった隠れた力をね。
「あれ? マリアじゃないか! ……リリーと、それにハロルドも。あはは。面白いメンバーだな。何してたの?」
私がハロルドに魔女と疑われ今にも身ぐるみを剥がされそうになっていると、またもや新たな声がその場に響いた。
「――王子! いいところに! ハロルドがマリアをお城から追い出そうとしているの」
「何だって!?」
わかりきっていた声の主はアルで、リリーはすぐさまアルに駆け寄りハロルドを指さして私を勝手に追い出そうとしていたことをアルにバラす。
さすがのハロルドもこの緊急事態に焦ったのか、「……まずいな」と小さく呟きその額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「ハロルド。僕がいつそんな命令をした?」
「……いえ。一度もしておりません」
「その通りだ。勝手なことをされたら僕も、マリアだって困るだろう。それに僕は彼女を帰す気はない」
「! ロイの話をちゃんと聞いていたのか!? 王子までこの女を庇う理由など――」
「帰 さ な い」
一言一句、きっぱりとアルはハロルドへ告げる。私を帰さないと。
こうなれば完全に四面楚歌なハロルドはもう何も言えなくなる。私は表情こそ大きく変わらないが悔しさが滲み出ているハロルドを見てにやにやが止まらなかった。
「そうだ! せっかくだしこれから四人でティータイムでもどうかな? マリアとリリーに美味しいお茶とお菓子をご馳走するよ」
「素敵! マリア、一緒にお茶ですって! 行きましょう」
「……そうね。リリーがそう言うなら」
仕方ない。
アルとは深く関わりたくないけど、ここで誘いを断ってリリーを独り占めされるのは癪だ。
「ハァ……乗り気ではないが、お前が何かしでかすかもしれないから俺も行くとしよう」
「来たくないなら来なくていいのよ。あんたお茶菓子似合わないし」
「黙ってさっさと歩け!」
ハロルドに足元を蹴られたので私も思い切り蹴り返す、が、一つもダメージを食らってないようだ。ぐぬぬ……!
そのままアルに案内されて、私達は城のテラスでティータイムを過ごすことになった。
香り高い紅茶にレモンを浮かべ角砂糖を一個。更にノエルが焼いたらしいいろんなお菓子が並んでいる。
マドレーヌ、スコーン、タルトタタンにいろんな形をしたクッキー。
「あ、このクッキー! わたしがノエルと一緒に作ったの」
リリーが並べられたクッキーを見て嬉しそうに口元で両手を合わせる。
チョコチップの入ったスコーンに手を伸ばそうとしていた私は予定を変更し、リリー手作りのクッキーを掴み口に運んだ。
……お、美味しい。手作り感のある心がほっとする味。
期待の眼差しを向けるリリーの視線を横から痛いほど感じながら、敢えて私は心を鬼にして言う。
私は人の目があるところでリリーを甘やかすわけにはいかないのだ。
「フン。大したことないわね」
私の言葉にあからさまに落ち込むリリー。
ああ! ほんとはすっごく美味しいのよ! 今まで食べたクッキーで一番美味しい!
心の中ではそう叫びながら、気づけば無意識に次から次へとクッキーを口に運ぶ私を見て斜め前に座るアルがくすりと笑う。
「その割にたくさん食べてるね。マリア、君は不器用なの?」
なっ……! しまった。確かに今のだと彼女が作った料理を素直に美味しいと言えないくせにおかわりを要求するツンデレの彼氏みたいだ。
「王子、騙されないで下さい。そういう狙いなんです」
そういうってどういう狙いだハロルド。寧ろ今のは嫌な女を狙って失敗した例なんですけど。
「ハロルド、こういう場で敬語だと変な感じするからやめてくれないか? 今はこの四人しかいないんだし、もっと肩の荷を下ろしていいんだよ」
「……じゃあ言わせてもらう。この状況で肩の荷が下ろせると思うか? 全くお前はいつも能天気で、何か起きてからじゃ遅いんだぞ」
「何かって何も起きないよ。ここには僕が信頼する人間しかいないからね」
「一人完全に場違いな奴がいるというのに冗談はよせ。アル」
……ハロルドがアルにタメ語だし、王子って呼び方もしてない。
「ハロルドってこの城でどういう立ち位置だったっけ」
思ったことがつい口に出ていた。
「彼はこの城――いや、国を代表する騎士団長であると同時に、幼い頃からの僕の親友だ。このパーティー期間は城への人の出入りが多いから、僕や城全体の護衛を頼んでいるんだ」
「騎士団長っ!? た、確かにそういえばそうだったかも……」
「ほう。心当たりがあって俺にあの態度を取っていたならばお前のことを褒めてやろう」
「そ、そっちこそもっと騎士らしい格好しときなさいよ! 剣も持ってないし、そんなんじゃピンチの時何もできないじゃない」
「怖がらせるから極力花嫁候補がたくさんいる場では剣は持たず近くに隠しておけという命令に従っているだけだ。それに俺は武術全てを心得ている。なめるなよ」
またもや鋭い視線で私を睨みつけるハロルド。今までよく一度も投げ飛ばされなかったなと今なら自分でも思う。
――ついでにアルの親友でもあるなんて美味しい設定までもらっちゃって。騎士団長って肩書だけでも女はほっとかないでしょうに。
あ、でも待って。じゃあハロルドは親友のアルの花嫁(仮)であるリリーを実は好きだったってこと? ゲームの話上だとハロルドも攻略できたんだから、そういうことよね? 少なからずリリーに好意があったわけで……
でも親友の幸せの為に自己犠牲するんだ。うわ、見るからにハロルドってそういうタイプだもん。ちょっと見る目変わってきちゃった。
「……ハロルド。あんたも大変だったのね」
「触るな」
肩をポンッとすると、凄まじい勢いで振り払われてしまった。
私とハロルドがくだらないやり取りをしている内に、横を見ればリリーとアルが向かい合わせで昔話に花を咲かせていた。
「リリーが小さい頃このテラスに来た時は、紅茶も飲めなくてずっとホットミルクを飲んでいたな。それも砂糖たっぷりの」
「恥ずかしいわアル。それに今でもミルクティーしか飲めないの……アルは昔から苦いコーヒーも飲んでたわよね。大人だなって尊敬してたわ」
リリーもいつの間にかアルのことを王子と呼ばず、素の自分を見せていた。
これが本来のアルの前でのリリーの姿なんだろう。
入る隙もない二人の会話。完全に私は蚊帳の外だ。
「お似合いだろう。アルに見合う女性はリリー様しかいない」
真っ黒なブラックコーヒーを飲みながらマドレーヌをつまみ、苦味と甘味をいい具合で味わいながらハロルドは二人に聞こえない声量で私に言う。
「ふふっ。アルもあんたも、リリーしか女を知らないだけじゃ?」
「何だと?」
「世の中にはいろんな種類の女がいるのよ。あんた達が知らないだけでね」
「知っている。お前のような悪女もいるということを。今回はそんな奴からアルを守るのも俺の役目だからな」
「人聞き悪いわね。魔性の女って言いなさいよ」
「……本当に魔女じゃないのか? 二人を洗脳しているように俺には見える。しかしいくら頑張ったところでお前に入る隙などない」
アルに興味はないけど、確かにアルとリリーは私から見てもお似合いで絵になる。きっと誰が見てもそう見えるんだろう。
それにしたって、嫌味なハロルドといつまでもリリーを独り占めするアルが気に入らないわね。何か嫌がらせしてやりたいところだけど――あ。
「ちょっとトイレ」
「フッ。仲睦まじい二人を見るのに耐えかねて逃げるんだな」
はいはい。ハロルドも見てて辛いのに強がっているのね――そう思って沸々とこみ上げる怒りを和らげながら、私はとある場所へと向かった。
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「ノーエルッ! 何作ってるの?」
「うわあぁ!? どど、どっから現れたんだお前!」
私がトイレへ行くふりをして向かったのはノエルがいるであろうキッチン。
狙い通りノエルはお菓子を作っている真っ最中のようで、ノエルの手には絶賛仕上げ中のシュークリームに入れるクリームの絞り袋が握られていた。
私はノエルの目を盗みキッチンにとある仕掛けを施すと、既に完成したシュークリームにキッチンに入ってすぐ手に入れておいたブツを取り出し勢いよく中に振りかける。
そのブツとは、タバスコの何倍も辛いデスソースだ。
「おおおおおい! 何してやがる!」
シュー生地で蓋をしてしまえばバレないよう、強烈なパンチを効かせる隠し味としてデスソースを勝手に入れる私に気づき慌てふためいたノエルは私を止めにかかる。
が、当然止められるのは計算済み。ここで私の仕掛けの出番だ。
「いいの? あそこの料理焦げちゃうわよ」
「あああ! お前、いつの間に強火にしやがったんだ!」
別でコンロにかけていた料理鍋から焦げた匂い。
急いでノエルが私から離れ火を止めている間に、私はデスソース入りと普通のもの、合計四つのシュークリームを持ってテラスへと走った。
「ねえ! ここに戻って来る途中ノエルに会って出来立てのシュークリームを人数分もらったの! みんなで食べましょう!」
テラスに着いた私は早速シュークリームを四人に手渡す。
この中でデスソース入りは一つだけ。
アルかハロルドどちらかに当たるよう計算して手渡し、何も知らないアホ二人は疑うことなくシュークリームを口に運んだ。
私もどっちに当たるかを楽しみにしながら普通のシュークリームをぱくりと一口。
う~ん! クリームが甘すぎなくて美味しい! やっぱりノエルの腕は確かなようね。
「……んぐッ! ゲホッ!」
シュークリームを味わっていたハロルドが急に大きく咳き込み始める。
どうやらマリア特製デスシュークリームを引いた幸運の持ち主は――ハロルドだったようだ。
「ひゃーはっはっは! ハロルドってば顔真っ赤! 氷みたいに冷たい騎士団長様もそんな真っ赤になるのね!」
「き、貴様ァ……ッ! 何を仕込んだ……!」
「安心しなさいよ。ただの激辛ソース。毒じゃないだけマシでしょ。ただの可愛い遊び心よ?」
「マリア、ハロルドは辛いものが大の苦手なんだ」
まさか自分もデスシュークリームの餌食になっていたかもしれないことなんて知らずに、苦しそうに悶えるハロルドを見ながら状況を理解したアルが私にむしゃむしゃとシュークリームを食べながら言う。
「ハロルド、大丈夫!? 早くお水を飲んで! マリア、少し悪ふざけが過ぎるわよ」
リリーはハロルドに駆け寄りすぐさま水を手渡し、ハロルドは受け取った水を一気に飲み干すと力尽きたかのように倒れる。
……リ、リリーに怒られてしまった。ちょっとショック……
「ご無事ですかあぁーーっ!? あ、ああ、ハロルド様!」
そこへ私を追いかけて来たノエルがやっとテラスに到着するものの、時すでに遅し。
ぐったりとするハロルドの腕を肩に回し、私に向かって
「覚えてろよ!」
とだけ言い残し、心配して一緒に着いて行ったリリー共々テラスから去って行った――
「あーーっ! 面白かった」
ひとしきり笑った後、私はテーブルに置かれたハロルドの食べかけのデスシュークリームを食べる。
「マリアは辛いの平気なの?」
「うん。余裕。美味しくはないけど残すのは気が引ける」
ハロルドが悶え苦しんだシュークリームを涼しい顔であっという間に平らげる私を見て何故か小さく拍手するアル。
「ねえ見た? ハロルドのあの顔! はーすっきりした! 私を追い出そうとした罰よ」
「全く二人共、仲良くしないとだめだろう?」
「無理無理! 貴女の嫁になるとハロルドももれなくついてくると思ったら寒気がするっ!」
本物の姑よりネチネチうるさい姑になるに違いないわ。
「……不思議だ。僕との結婚に興味がないのにここへ来るなんて」
「実際来てみたら興味が失せた。それだけよ」
「ははっ。ツレないなぁ」
「今のシュークリームだって、アルに当たってたらもーっと周りは焦って楽しかったかもしれないのに。ざーんねーん!」
アルの顔の前で人差し指をくるくると回しながら茶化すように言う――が、アルは余裕の笑みを浮かべたまま。
「僕と一緒にいれば、僕に悪さするチャンスもいっぱい増えるよ」
「……はい? 何言ってんの?」
「マリア、君といると面白いんだ。僕の時間が許す限り、君のことをもっともっと知りたい」
アルは自分の顔の前にあった私の手を取り、下から上へするりとなめらかな動きで撫でるとそのまま指を絡めてくる。
触れられている手が熱くなっていくことに気づかないふりをして、私も負けじと余裕な笑みのまま握られた手を振りほどいた。
「一緒にいて悪さされたいなんて――この国の王子はとんだドМ野郎だったってことね」
「――そうかもしれないな。確かに君のその僕を見る冷ややかな目にゾクゾクしてるよ」
アルは屈んで私と目線の高さを一緒にしてから、顔を近づけじっと私の目を見つめながら言った。
……やはり手強い。それにアルがドМだったなんて裏設定は聞いてないわよ!
「にしても……くくっ……」
「……?」
見つめ合っていたアルが突然下を向き肩を震わせる。
「さっきのハロルドの顔は傑作だったな! ずっと一緒にいてあんなに取り乱すハロルドの姿は初めて見たよ! あははっ!」
真っ赤になったハロルドを思い出して大笑いしだすアル。
悪戯っぽいアルの笑顔を見て、私は思った。
――こいつ、絶対МじゃなくてSだわ。