『好き嫌い』と『食べられない』
ゲロ、虫注意。
シスが倒れた。
食事を終えてから顔色が悪くなっていたのは気づいていたが、シスは大丈夫と言っていたのでそのままにしていたがやはり大丈夫じゃなかったらしい。
部屋に戻ると同時にシスはその場にうずくまり、顔色は更に悪く呼吸も荒い。
「シス、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……放っておけば治る……」
「おいトクメ! こんな時に寛ぐな! シスはどうしたんだ!」
「シスが放っておけと言っているからそうしているだけだが?」
「言葉通りに受け取るな! どう見ても大丈夫じゃないだろ!?」
ソファでコーヒーを飲んでいたトクメは渋々といった感じで嫌そうにゆっくり立ち上がる。
「桶、いやタライの方がいいな。それと大量の水だ」
「?」
「聞こえなかったか? 私はこいつを助ける気なんぞ微塵もないから治したいならお前がやれ」
「あ、ああ分かった。すぐ用意する!」
急いでタライと水を用意してくるとトクメは何も言わずシスの腹を思い切り蹴り上げ、相当な強さだったのかシスの体が一瞬浮いた。
「何やってんだお前!?」
抵抗なく蹴られたシスはそのままタライに顔を突っ込み先程食べた物全てを吐き出しえづいている。
「ただの治療行為だが? 毒物を摂取して時間がそれ程経っていないなら吐かせた方が早い」
「毒? いつの間に……」
「考えている場合か? ひたすら吐かせて水を飲ませておけ。私は出る」
「薬を買いに行くのか?」
「まさか。治療だけで終わるのは腹立たしいから少し話をつけてくるだけだ」
誰と、何をと思ったがシスがまた吐き出したのでウィルフは介抱を優先させた。
******
「カミラ・ウィスターンだな」
名前を呼ばれ顔を上げると空いていた前の席に男性が座った。
銀髪に片目を包帯で覆ったその男性は、先程話しかけた団体の中でも一際目立っていたのでよく覚えている。
「こんばんは、わざわざ私に会いに来たという事はベジタウダーの購入?」
「いいや、お前がシスのステーキにベジタウダーを振りかけた手腕を褒めに来た。ベジタウダー自体もシスの鼻ですら気づかないとは相当だ。なので私もお礼をしようと思ってな、気に入ってくれたら良いのだが」
そう言って男性が差し出しのは小さなカゴで、その中には赤く細長い指のようなキノコと白くて細長い二種類のキノコが一本ずつ入っていた。
「コレって……」
出されたキノコと優しい笑顔で差し出す男性の恐ろしさに声が上擦る。
「カエンタケとドクツルタケだ。中々刺激的な味なのでそのベジタウダーと相性はいいと思う、試してみては?」
綺麗な顔につい頷きそうになったがすぐ我に返って顔を振った。
どちらも猛毒で有名な毒キノコをいくら美形に微笑まれながら勧められたとしても受け入れるワケにはいかない。
「食べないのか? 好き嫌いは良くないと言っていたのに?」
「さ、流石に毒は……」
「毒?」
おもむろに男性はカエンタケを手に取った。
カエンタケは触れるだけで危険だというのに男性は何ともないように素手で取り、一口齧るとまるで安全であると言いたげにこちらに視線をやった。
「私には毒でも何でもないただのキノコだ。食べないのか?」
「あ、貴方にとってはそうでも私には毒なので食べる事は出来ません。コレは好き嫌いと関係ありません」
「そうか。だがお前はシスに全く同じ事をし、好き嫌いをするなと言ったではないか」
「え?」
『シス』という名はおそらく頑なに野菜を食べようとしなかった黒髪の男性の事だろうが、私は毒を食べさせようなんてしていない。
「玉ねぎは私達にとってただの野菜だが、シスには猛毒だ。おかげで中毒症状を起こして私が対処するはめになった、どうせならもっと大量に振りかけておけば対処の甲斐なく絶命していたのに実に腹立たしい」
優雅に再びカエンタケを口にすると男性はおそらく人差し指についたであろう汁を舐めとった。
なんて事ない動作だが、毒キノコを食べているという現実離れした状況に酷く妖艶な姿に見えて頭がクラクラする。
毒キノコの粉を吸って幻覚症状でも起きたのだろうか。
「まあ、毒になるのなら仕方ない。別の物も用意してあるから、そちらなら何の問題もないだろう」
次に差し出されたのは毒キノコが入っていたカゴより一回り程大きめで、上から布がかけられ中が見えないようになっていた。
「今度はちゃんとした食材だ。食用として育てられたので毒もなく、他の国でも食べられている」
「…………」
目で開けるように促され、震える手でそのまま素直に従う。
「ひぃっ……!」
カゴの中には大量のムカデとゴキブリが蠢きあっていた。
カゴに何か細工がされているのか外に出ようとしてもすぐに落ちてまたゴソゴソと動き回っている。
すぐに目をそらして布をかぶせた。
動機が凄まじく、汗も出てきた。
なのに目の前の男性は涼しい顔をして今度はドクツルタケを齧っている。
「心配しなくとも毒はない。言っただろう、食用だと。だから毒は勿論、危険な病原菌は一切持っていない、安心して食べるといい」
「む、無理、違う……コレ食べ物なんかじゃない……」
「失礼な、数は少ないがれっきとした食材として扱っている国があるというのに。どうしても食べられないというのならそのベジタウダーを使えば良い。私も手伝おう」
男性が席から立ち上がった。
私は咄嗟に逃げ出そうとしたけれど、何故か足が動かない。
恐怖で動かないわけじゃなく、何かに押さえつけられたかのようにピクリとも動かない。
「嫌よ、嫌……無理、食べたくない……食べたくない……!」
「ーー好き嫌いは、良くない」
男性は私のすぐ側まで来ると耳元でそう囁き何処かへ行ってしまった。
助かったのかと思ったけれど、足はまだ動かない。
「え……嘘、何で? 手が、手が勝手に……!」
代わりに手が勝手に動き出した。
私の手は私の意思に反してカゴの布を取り中に手を突っ込む。
大量の虫が手を走り回る感触にすぐさま抜いて逃げ出したいのに相変わらず足は動かず手は虫を掴もうと探り続けている。
「止めて……誰か、誰か助けて……!!」
そう必死で叫んでもはたからは自分でやっているようにしか見えないので誰も助けてくれない。
それどころか見世物のように人が集まり、笑ったりしている。
とうとう、手が虫を捕まえた。
カゴから出されたのはゴキブリ。
当然生きている。
「嫌……やめて……」
手がどんどん私の口へとゴキブリを近づけてくる。
「ごめんなさい……謝るから、お願い、戻ってきて、助けて……! ーー!!」
とうとう、ゴキブリが、口の中へと押し込まれた。
カゴの中にはまだ沢山のゴキブリやムカデ達がいる。




