第一話 負け犬たち
「森の奥にある湖が見えてきました。あそこで一晩休んで、明日の朝出ましょう。朝に湖を出れば、夕方には街に着きますんで」
「ああ、分かった」
俺は今、行商人の荷馬車に乗せて貰っている。俺の乗っている荷馬車の後ろに、もう一台の荷馬車が追従している。二台の荷馬車と二人の行商人を護衛して、街を目指している道中だ。
行商人が二頭の馬を操りつつ、荷車にいる俺に今日の宿泊場所を伝えてきた。俺は立ち上がり、荷車から行商人の肩越しに湖を見た。日が夕日に変わる手前、森の木々に見え隠れして、遠くに湖が見える。
一時間もすれば森を抜け湖に着きそうだな。俺は先程まで座ってた場所に座り直した。そして、俺の向かいに座り寝てるのかどうか分からないやつの足を蹴った。
「おい、起きろベニー。今日の宿泊場所に着くぞ」
「私は起きてますよ。会話も聞こえてました」
俺の向かいに座って、寝てるのかどうか分からないやつは、起きていて会話も聞いていたようだ、また無駄な報告をしてしまったな。
ベニーは自らの両目を魔法で潰したイカれた聖職者さまだ。両目を覆い隠すようにアイマスクをしているので、寝てるのかどうか分からない。だからいつも確認しているのだ。
俺の斜め向かい、ベニーの隣に座って確実に寝てるやつに視線を移した。起こしたくはないが次はそいつの足を蹴った。
「おい、ジモン。起きろ。もう直ぐ到着だ」
ジモンと声をかけられたボロのローブを纏った子供がゆっくりと目を開けた。荷馬車から見える景色を確認してから俺を睨みつけ、文句を垂れ始める。
「まだ森の手前、草原の一本道じゃないか!到着してから起こしてくれよ!俺は成長期だから寝て大きくなるんだ!」
「お前は睡眠よりも飯を食え。俺ほどの身長になれなくてもベニーくらいには伸びるんじゃないのか?」
ジモンは子供だからだろうか、身長に過敏だ。ジモンの身長は同年齢と比べたらやや低いだろうか?俺は自分が十五だった時の身長を思い出す。
俺は小さい頃からがたいがよく、身長も大きかった。思い出しても参考にならないな。ジモンがやや小さいということもあるが、ベニーと俺が大きいのも要因だろうか?
二十五になるベニーは周りの男性よりも頭一つ分大きい。聖職者さまだからか体が細く、余計に高く見えるのだ。がたいがよく筋肉質な俺はベニーよりもやや大きいのだが、並ぶとあまり差を感じない。
こんな平均よりも大きい身長の、男二人に囲まれてたら気にもなるだろう。最初はそう考えていた。だが問題はジモン自身にあると、俺は思ってる。
ジモンは「半分こだ!」と言いながらみんなの飯を分けるが、どう見てもジモンの分が少ない。こいつの半分は半分じゃないのだ。優しさからきてるのか、ジモンがバカなのか俺には分からん。
俺はポケットから小さな麻袋を取り出し、未だにぶつぶつと文句を言ってるジモンに投げつけた。
「木の実だ。それでも食って機嫌を直せ」
ぱあっと明るくなった顔をし、ジモンが「半分こだ!」と言ってるが俺は無視した。向かいに座るベニーの足を蹴り、半分この相手を押し付けた。
「ジモン、私と半分こしてくれますか?」
「いいぜベニー!ほらよ!」
明らかに半分じゃない量の木の実が、ベニーの広げた両手に乗っていた。口元しか見えないベニーだが、苦笑いの表情をしているのは何となく分かる。俺はため息を吐きジモンの半分こ病を諦めた。
俺は向かいに座る二人から視線を外した。俺の左側には馬を操る行商人、向かいにはイかれた聖職者と子供。そのどれでもない、俺の右側で眠っている女に視線を向けた。
胸元まで伸びる、目の覚めるよう赤毛をした女だ。華奢だが女性らしい魅力的な体型をしている。元娼館の人気者なのだから当然だろう。わがまま過ぎて俺はお断りだが、また街に着けば聴衆の目を集めるに違いない。見た目はいいからな。
「アリーナ、起きろ。もう直ぐ湖に着くぞ。」
「……んっ、んー。よく寝たけど疲れが取れないわね。それに首痛めちゃった。グラムズ、あんた少しは筋肉減らして肉肉しくなってよ?柔らかい枕が欲しいわ」
「はぁー、俺はグラムだ。勝手にズを付けるな。おばあちゃんみたいだろ」
「実際、子守をする口うるさいおばあちゃんみたいなんだからいいでしょ?グラムズ?」
起きたと思ったらこれだ。首を痛めないために枕になれ、肉をつけて柔らかくしろ、子守をするおばあちゃん。わがままに付き合いきれない、だからアリーナを最後に起こしたのに、開口一番にこれだ。
何度も俺はグラムだ、と訂正してもグラムズと呼ぶ。今ではベニーも、ジモンだって、俺のことをグラムズと呼ぶ。それもこれもアリーナのせいだ。
俺はもう訂正を諦めつつあった。起きたアリーナは既に、ベニーの広げた両手から木の実を摘んで舌鼓を打っている。言いたいことだけ言って、もう俺の方を向いてない。
アリーナが枕にしていた、俺の麻の背負い袋に視線を落とす。可哀想な姿になった麻袋を手元に手繰り寄せ、アリーナの髪の毛を払い落とし、俺の左側へ避難させた。
俺は片膝を立て、荷車の縁に肘を置き、荷馬車の進む方角を見た。パーティーメンバーの三人を起こすだけでかなり時間を使ったみたいだ。行商人に告げられた時よりも湖は大きく見えた。
俺は大きくため息を吐き捨て、パーティーメンバーに視線を戻す。
俺がジモンに渡し、ベニーと半分こされ、アリーナには食い荒らされた木の実は、もう数個程しか残っていない。
俺はジモンに半分こしてくれと頼み、いくつかの木の実を口に投げ込んだ。半分こに喜び、笑顔になったジモンへ軽く笑いかけた俺は、また湖を見つめた。
俺は勇者になる夢を抱いていた。だが、夢を目指してる途中、何度も失敗した。理想と現実の乖離に悩まされた。己の未熟さを痛感する経験をし、そして、挫折した。
自他共に認める負け犬が、俺だ。
だが俺は夢を諦めきれなかった。周りが何と言おうと、どれだけ未熟者でも、俺の信念は変わらなかった。憧れた勇者のようになりたい。
夢を追い続けるのは簡単じゃない。惨めな気分になるし、本当にこれでいいのかと悩むこともある。
それでも、俺だけは最後まで自分を信じていたい。
他の三人もなんらかの挫折や後悔を抱き、醜くも足掻いてるやつらだ。
そんな負け犬四人は今、冒険者として旅をしている。勇者のように、世界を周る旅だ。
森の中の一本道を抜け、少し開けた湖のほとり。森の出入り口付近に四頭の馬が繋がれ、その横には二台の荷車が置かれた。
んんー!ようやく湖に着いたか、夜になる前には着いたがすっかり夕方だ。
俺は荷馬車から降りて湖の側まで歩いていた。両手を組み、その腕を真っ直ぐ頭上に伸ばして体の凝りをほぐす。体をほぐしていると、俺たちの荷馬車を操っていた男が馬を繋ぎ終え、俺の元へ歩いてきた。
「いやー助かったよ。道中でアンタらを拾って護衛してもらえたお陰だ。明日には街に着けそうだ」
「俺たちもこの距離を歩かなくて済んだんだ。お互い様だ。今日も荷馬車の監視はそっちでやるのか?」
「ああ、アンタらは野営場所の見張り番だけ頼むよ。私たち二人の大事な商品だからね。自分たちで管理しないと落ち着かないのは商人の性だよ」
俺は了承の意味を込め頷いた。行商人と軽く握手を交わしてから荷車の方へ戻る。
俺と同じく三人とも各々体を伸ばしていた。
「三人とも聞いてくれ、今日も馬と荷車の監視は要らないようだ。あっちでやるそうだから近付かないでくれ。くれぐれも面倒を起こすなよ?」
俺は最後の忠告を、もっとも聞いて欲しいジモンへと視線を向けた。
ジモンは唇を尖らせ、俺をじっと見返す。
「…俺じゃなくてアリーナに言ってよ。どこでも面倒起こすのはアリーっ!!いっって!!!」
「余計なこと言わないの。分かった?」
「はぁー、アリーナ、ジモンを叩くんじゃない」
「はーーいおばあちゃーーーん」
ジモンが言おうとしていたことは正しい。アリーナはトラブルメーカーだ。だが面倒を呼び寄せるのがアリーナだとしたら、面倒を起こすのがジモンだ。これまでの経験則で俺は十分理解してた。
俺はアリーナに近づき、彼女を見下ろす。そして彼女の額を指で弾いた。問題発言をしたジモンはアリーナに叩かれた。子供を叩いたアリーナには俺からの罰だ。喧嘩は両成敗しなければな。
頭を抑えるジモンと額を抑えるアリーナを放置して俺は報告を続けた。
「荷馬車の監視は要らないが野営場所の番は今夜も頼まれた。今はまだ夕方で明るいが直ぐに夜になる。ベニー、頼めるか?」
「分かりました。引き受けましょう」
荷馬車で移動中、ジモンの半分こを押し付けた時もそうだ。ベニーは人に何かをお願いされたりして、誰かに頼られた時、ニヤける癖がある。アイマスク姿も合わさりかなり不気味な笑顔だ。本人が満足そうなので特に何も言ってない。
ニヤけながらもベニーは魔法を使った。目が見えないベニーはフクロウの姿をした神様と契約している。
フクロウが暗闇の中、聴覚によって獲物を取るように、ベニーもまた耳がいい。魔法を使ってない日常生活では、耳で周囲の大雑把な情報を読み取ってるらしい。
一定間隔で魔力を周囲に飛ばし、跳ね返りを耳と体で感じ取ると言っていた。俺にはできないことなのでらしいとしか言えないが。
ベニーが森を含めた湖一帯を調べるため、森の中へ歩いて行く。俺は歩き去るベニーからジモンへと視線を移した。
「ジモン、お前は野営地周辺の森の中に罠を仕掛けてこい。それと、木の実を拾ってくるように」
俺は空になって帰ってきていた小さな麻袋をジモンへ放った。何かアリーナへ言いたいことがあるのだろう、ジモンはアリーナを睨んでる。だがアリーナは明後日の方向を見てジモンを見ようとしていない。
諦めたのか小さな声で「りょうかーい」と言ってジモンは森の中へ消えていった。俺は最後にアリーナを見た。俺が口を開くより前、アリーナが宣言をする。
「わたし湖のあっちに行ってくるね!一週間ぶりに水浴びできて嬉しいわ!ついでにみんなの衣類洗ってきてあげる!じゃーねー」
アリーナはみんなの荷物から衣類を取り出し、野営場所からは森の木々で見えない、遠くの水場まで消えて行った。
アリーナに関しては俺は諦めていたので止めはしなかった。彼女にはベニーとジモンが戻ってくるのをここで待機してもらい、待ってる間に全員の荷物のチェックをしてもらいたかった。明日街に着いたとき、買うものを把握するためだ。
俺には向かない、細やかな仕事だ。自分の荷物のチェックは当然こなせるが、他人の荷物となれば勝手が違う。ましてや女性の荷物を漁る趣味は持ち合わせていない。
一週間水浴びを我慢させてしまった上に、洗濯も名乗りでてくれたのだ、文句は言うまい。女性物の衣類も洗うのだから俺にはできなかったし、ちょうどよかったのかもしれないな。
女性の荷物を漁れない俺は、パーティーメンバーの荷物を一箇所に集めた。湖のほとり、開けた場所の一角にある倒木の元へ。
そして倒木から数歩離れたところへ小石を組みあげた。森の側で落ちている木々を拾い、組み上がった小石の横へ無造作に置いた。
あとはそうだな、三人共まだ戻らないだろうし食料を集めるか。森に入った二人は何かしら拾って来るだろうから魚を取ろう。
行商人の荷が食料だったなら買い付けれたのだが、こればかりは仕方ない。道中で拾ってもらえただけ運がよかったのだ。
俺はアリーナが水浴びに向かった方向と逆へ歩き始めた。湖の縁を歩き、遠くに見える大きな岩がいくつもあるところを目指した。
目的の岩場に着いた。湖の水面から少し頭を出している大きな岩に乗り、水面を覗き込んだ。やや日も沈み薄暗くなってきている。水中をはっきりと見ることはできなかった。
だが、俺には魚を取る自信がある。当然釣竿なんて物はない、俺は背中に担いでる大剣を抜いた。成人女性のアリーナと同じくらいある大きさの大剣だ。
がたいがよく、平均男性よりも頭一つ分大きいベニーよりも、少し背の高い俺だから扱える大剣。
俺は両手で大剣を握り込み、力を込めて振り上げた。そして勢いよく足元の岩へ叩きつける。大剣の刃ではない平たい部分を叩きつけられた岩は微かに揺れ、その振動が足に伝わる。
俺は大剣を背中に戻し、水面を睨んだ。水底から何かが、ゆっくりと浮かび上がって来る。次第にそれは姿を表し、水面まで上がってくるとぷかぷかと浮かびだした。
岩を伝う振動が水中にまで届き、二匹の魚が気絶して浮かんでいる。
魚を手に取り、俺は視線をあげた。野営場所がぼんやりと明るくなっている。二匹の魚のエラに指を差し込み、俺は野営場所を目指して歩き出した。
俺が荷物を一箇所にまとめ、焚き火の準備をしていた場所に近づくと、三人は既に戻ってきていた。今は口論が聞こえる。内容は分からないが俺はため息を吐きつつ戻った。
「だーかーらー!悪気があったわけじゃないって言ってるでしょ!一週間ぶりの水浴びでちょっと浮かれててそこまで頭が回らなかったのよ!」
「頭が回らない?アリーナはいつものことでしょ?こんな時間に洗濯したって、明日の朝までに乾くわけないだろ!焚き火で乾かしたって煙臭くて着れたもんじゃないよ!」
「うるさいわねー!ジモンこそ何よあれ!拾ってきた木の実をなんで一列に並べんのよ!邪魔でしょうが!何でもかんでも物を並べて広げる癖、直しなさいよ!悪気がない分ジモンこそ酷いでしょうが!」
俺はアリーナとジモンの口論を聞きながら、二人の足元を見る。様々な木の実が焚き火を囲うように大きく渦を巻き、一列に並べられていた。焚き火を中心に木の実の魔法陣ができていたのだ。
魔法陣の木の実を踏まないように立っている二人。その後ろ、倒木の上には濡れたままの衣類が積まれていた。
洗濯に関しては俺も頭が回っていなかった。アリーナと一緒に謝ろう。
そう思って二人に声をかけようとした時、ベニーが大声を上げた。
「ああああああ!!!痛い!また指を切ってしまいました!」
「ベニー!目が見えないのに料理しようとするのやめてよ!何回指を切れば諦めてくれるの?バカなんでしょ?王都で四年間バカのなり方習ってたんでしょ?ジモンといい勝負よ」
「アリーナ!ベニーとのバカ勝負は君の方がいい勝負してるよ?ちょっとの差でアリーナの方がバカだと思うけどね。びしょびしょの布で手当してあげたら?」
「ああああああ!!!痛い!どれくらい血が出てますか!?私、助かりますか?」
俺は今日一番のため息を吐きだした。
俺はジモンとアリーナの仲裁をし、洗濯に関しては俺も気がつかなかったと謝罪をした。謝罪は俺一人だった。
洗濯物は諦め倒木の上に放置し、泣き叫ぶベニーに手当をした。目が見えないのに料理をしたがる、止めても無駄なのだ。見えてない分思い切りがよく、深く切っている。それなのに何故か辞めてくれない。
手当をした後はジモンと一緒にしゃがんで木の実を拾い集めた。並べた物を片付けようとすると何故かしぶられる。だが「半分こだ」お互い半分づつ片付けよう、と提案すると、直ぐに笑顔になって片付けてくれる。最近発見した裏技だ。
本当におばあちゃんになって、三人の面倒を見ている気分になる。ため息が尽きない。だが、俺はこの関係性が気に入ってるみたいだ。以前よりも自然と笑えてる気がする。
俺たちのパーティーは全員バラバラだ。出身が違う、性格が違う、大切にしてるものが違う、それでも俺たち四人は自然と集まった。誰かが言い出したわけでもなく、気づいたらパーティーになっていた。
俺たちはみんな、違う経験をし、違う過去をもってここにいる。それでも、全員がお互いを心地いいと思っているのだ。
俺と同じ気持ちを三人も抱いてくれてるのだろう。口論していても、どこかニヤけている、そんな風に俺には見えた。
ベニーのニヤけだけは少し不気味だ。なまじ顔の造形がいいからだろう。
彼が自ら目を潰したのは知っている。だが理由を聞いたことはない。ジモンも、アリーナもだ。そして三人が何故、故郷を離れたのかを俺は知らない。俺の理由も、誰も知らない。
全員で食事の準備を終え、ジモンに「半分こだ!」と押し付けられ、まったく半分ではない魚を食べている。俺はお腹が一杯だと伝え、ジモンに魚を多く食べさせた。そんな食事の時間が、今の俺たちの日常だ。
「大きな森に湖、豊かな環境ですが森に魔物の気配がしなかったのは何故でしょうね?」
「ベニー、あんたちゃんと見てきたの?」
「見てないですよ?目がないので。けど私の調べた範囲ではいなかったですね」
「…あっそ」
質問への回答が気に入らなかったのか、アリーナは組んだ足の上で頬杖をつき、適当な返事をしていた。
食事を済ませた俺たちは見張りの順番を決め、アリーナを残し、各々の眠りについた。
眠っていた俺は、誰かに揺さぶられ目を覚ました。ベニーが俺を起こし、小声で伝えてきた。
「魔物ではなく、人が来ました。囲まれ始めてます」
フクロウの姿をした神様を顕現させ、森に飛ばしていたベニーが教えてくれた。
そのとき、森の入り口に繋いでいた馬が雄叫びをあげ立ち上がった。寝ていた二人も飛び起き、辺りを確認する。次の瞬間、荷馬車の近くで火柱が立ち昇り辺りを明るく照らした。




