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シレンティウム

引き続きマンティコア帰還後の話になります。幼生期のクアザール、これは実は姓属名で、名はシレンティウムというお淑やかな響きの名を持ったコミュ障だった様子が彼女の義理の姉から語られます。

破った禁忌とは同姓婚にあった訳ですが、遺伝的にははとこくらいでしょうか。そもそも母星追放で子を成せないのでお姉さんには余り嫌悪がない様子ですね。セクトはここではマンティコアの地方行政単位くらいに思っておいてください。

「あら、医療ポッドから出たてにしては意外に元気そうじゃない?」


声の主の方も見ずに不機嫌そうに答える。

「わざわざ、地方警視様自らダウンタウンに降りてきて取り調べなんてご苦労様。」


そして付け加えるように言った。

「実の弟の葬儀にも来れなかった程だったのに、義姉さん。」


皮肉を無視し、其の来客は少し声のトーンを落とすと、おそらく伴侶の忠告があったのだろう、慇懃に言った。

「ニュートロンの事は残念だったわ。」


其の横顔に苦悩をみとめると不安がちに再び呼びかける。

「シレンティウム?」


そう名前で呼ばれても、しばらく梁椅で外を眺めていたままだったが、やがて夕日が落ち街灯が灯ると観念したのか、

ようやくこちらを向いてため息をついた。


そして、来客用のポール椅が出ると、少し逡巡するも其処に立座した。

(歓迎まではいかなくても、受け入れてくれたのね。)


ようやく、彼女はボソリと呟いた。

「ニュートがいたら負けなかった。」


(え?そっち?)

少々呆れながらも、義理の姉であるクラウディアは切り出した。

「其の事なんだけれども、市街戦闘許可なしに大立回りは不味かったわね。」


「ふん。」


「経緯は、あなたのAIからレポートを受け取っているけど、特に其のライブラリリンクを失ってからの事は

全くトレースできていないの。客観的に見れば、あなたが錯乱して地面に激突して昏倒するまで、素体2体と戦闘した挙句、通路と外壁を300平米程破壊した事になるわね。」


其の見立ては予想していたのか、特になんの動揺も見せずに逆に義姉に問いかける。

「クライアントの依頼で振り込まれた前金のクレジット履歴は?」


「なんの変哲もない通商アカウントだった。けど、ここ、ナビケータギルドのフロント企業の履歴がついてるわね。」

クラウディアは義妹の口元にわずかな笑みを確認すると、ノワールからの伝言を伝えた。


「預かり物はアイソポッドの店に預けてあるそうよ? アルマディによろしくって。」


それで少し機嫌が治ったのか、義理姉の欲しかったであろう情報をポツリと独り言のように言う。

「あいつ、おそらく狙いは私ではなかったと思う。」


「ふむ、面白いわね。」

心配顔がクラウディアから消え、頭節を捻り擦過音をたてると、職業ペルソナがそれに変わっていった。


クラウディアは共有視界に開いた資料について、一部部外秘密シールがあるのを確認したが

伴侶である同体のノワールの司法権限を得て即時解除すると、義妹であるシレンティウム・クアザールへ

其の資料への共有視界を開いた。


そして立座から離れ直立すると宣言する。

「ここでのスカウト職能権限の停止は今より1時間後から14日間とします。地方警視クラウス・クアザールが執行を確認しました。」


共有視界に資格停止までのカウントダウンが現れる。資料にアクセスできる鍵の寿命ということだ。


そしてまた、優しい口調に戻り声をかける。

「シレンティウム、私に他に何かできる事はある?」


すると、即座に彼女の共有視界に未決済のインヴォイスのリンクが現れた。

「シルったら、公務員にたかろうっての?…あ、ちょっとあなた!」

ノワールの決裁済印章を確認すると苦笑しつつ言った。


「じゃあ、またね、シレンティウム・クアザール」

そのまま踵を返し、病室を後にする。


「あ、クアザール姓のマンティコアに喧嘩を売るバカにはお仕置きが必要よね?」


廊下から聞こえた立ち去り際の義妹の言葉に、それは私がやると頭節の擦過音で答えると

義姉の背中に向けて礼を言った。


「ありがとう、ノワール。」


(私には礼はないのかい!)

クラウディアは、相変わらずの義妹の不調法に苦笑しながら病院を出ると4体の警察素体と合流した。


ふと見上げると、病窓で見送る姿を見て微笑む。

(シル、あなたは昔から不器用だけど優しい子だったわね。)


クラウディアがシレンティウムに初めて会ったのは、無事に軍役を終えてマンティコアへ戻り、セクトの軍技教官として、3令の初頭訓練の任で受け持ったクラスであった。

其の体躯は4令と比較しても大きく、ようやく揃った4羽に幼さが残るものの、パワーはもとより、格闘戦技においては其のセンスはずば抜けていた。

対して学課については常にボーダーギリギリであったようで、後に弟のニュートから忘却の天才などと言われる始末であったが。


同じクアザール姓族であったため、法事やさまざまな行事を共にすることが多くなったが、目立つ体躯にも関わらず社交は苦手なようで、気がつくと弟のニュートロンと同令等の集まりから離れた隅で一緒にいる彼女等を見かけるようになっていた。

彼女と弟に何らかの秘密の共有があることを察してはいたものの、特にそこには立ち入らないまま行動を共にしていた。やがてクラウディアがセクトから離れ地方警察にキャリアを求めるようになってからは、戦場での彼女の戦歴を噂に聞く度に、無事な帰還を願いつつ、軍歴終えた後の警察学校入学を進めるメッセージを送ったものだった。

彼女が軍歴を無事終えた知らせと共に、程なくして其の彼女と弟が駆け落ちし、マンティコアから追放されたと聞いた時には、驚きはしたものの、他の姓族等の弾劾からは距離をおいていた。何となくそうなる予感があったのかもしれない。

そもそもニュートもシルとは別の意味でセクトでは孤立した存在だった。オッドアイの黒赤目をしたアルビノで体も弱く、同じ姓族の中でさえ虐めにあったのかもしれないが、少しも彼の口から生まれについての怨みを聞いたことがない。知能が高いマンティフィロスの中でも情報操作に長けていて、ライブラリのフィルターをそれが存在しないかのように禁足空間に侵入してはインプラントを焼かれずに戻ってくるのだ。

マンティコアの首都にあるライブラリ分館からしまいには物理的拘束を警告される始末で、シルも巻き込んで世界ライブラリと一悶着起こしている。

ある意味そんな問題児2人が半年前のメカ共のマンティコア星系への直接侵攻を防ぎ我々の母星を消滅の危機から救った訳だが、その代わりにシルは自分の半身を永遠に失ってしまう事になった。

ニュートのメンタルバックアップのホログラフィックメモリも不活性化されているため、彼の身に何が起こったのか実際のところ解らないが、恐らくライブラリは経緯を知っている。それどころか当事者である可能性をもクラウディアは疑っていた。それに加えて今度はナビゲータギルドの影まで出張ってくるとは。


(警察官僚とし、私のできる事は限られている。けども…)


クラウディアは、やがて目を伏せ踵を返すと、取り巻きの内の2体と警察用ホバーに乗り込み、緊急灯を消したまま夜の街に消えていった。


シルは、義姉が残した監視役素体に気づき、げんなりした表情を見せたが、

手早く退院手続きをAIに任せ、身支度を整えた。

そして残された資料の情報空間に没頭するため、環境視界の監視とコンパートメントへの帰宅行動は補助脳に預ける。


そして一通りクライアント周辺を洗って、其の手詰まりを確認すると、ソニーは帰宅と同時にクライアントからの着信を告げた。






前エピソードでクアザールは影に背中の死角をつかれて負けているのですが。終令の変体で雄体を背中の中盾板に格納する際に、雄は前方視野を失い、雌の後方視野を受け持つようになります。大脳が直接リンクを互いに張るためです。産卵の準備の際には、少しずつ記憶と自我が融合し完了すると約目を終えた雄体は中盾板と共に剥がれ落ち雌体はそれを食べて産卵する訳です。ちなみにクラウディアの今の伴侶のノワールは彼女にとって3番目の夫になります。彼女の中盾板には其のため過去の2つの年輪が刻まれています。

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