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マントー

前回の話でフィジカル戦闘シーンに挑戦したので、その対比として電脳戦の描写を試みました。時系列的には、ニュートロンの喪失事件の直後マシナリー船でマンティコアに帰還する直前の話になります。ここでクアザールは実はマントーの覚醒の瞬間に立ち会っている訳ですが...

鍵となるオルガノイドに関する描写は認識干渉を受けているマントーがバグっている様子を表してみたのですが、上手くいってませんね。文字表現て難しい!


彼(彼女)のもつ最古の記憶は、およそ4千年ほど前、ブリーダーセルから船に移されて、初めての戦闘船オルガウエアとのインターフェース調整の後、ブリーダーに最初に紹介された船長の声であった。

正確で無駄の無い表現と透き通った通る声音は、今でもある種の敬慕の憧憬とともに思い出すことができる。その最初の時の会話の内容は覚えていないが、結局、其の後5年程その船長に仕えて、マシナリーとの最前線で共に戦った。船は第2世代の有機フリゲート艦であったがそのオルガウエアとの接続インターフェースは非常に洗練されていたため、歴戦の中で最適化されていった対マシナリー戦術システムとともに、おそらく今の最新の戦艦でも大きな適応障害なしに操り戦場を駆けることができるだろう。

この、後にマシナリーの工廠名から呼ばれるようになった、第2次ミッドアイランド戦役の後は、メンテナーの推薦で裁定者候補として、辺境のゲート管理AIとして衝突星雲の枝状端を転々としそのキャリアを積み重ねてきた。現在のクラスはP:パーソナリティで、最上位のGクラスが認知世界全体で9体しか確認されていない事から、転生人格ベースでないブリーダー出身の実務AIとしては最高位の能力を認められている。そのように、オルガノイド軍籍から、転移ゲート管理者というナビゲータギルド籍を得て4千年間、メンテナーによる、職種に関わるモティベーターと、広大な容量を重ねる記憶の調整はあったが、その個性の所以たるロジックの矯正にかかるような事故もなく、ゲート管理者として問題のない履歴を重ねてきた。認知世界の官僚機構である裁定者籍を得る目前にあったと言ってよい。そんな彼(彼女)が再び船を駆ることとなったきっかけとなった事件は、そんな時期に、ある中立地帯にある辺境のゲートで起こった。

 数千年の間使われていなかった転移ポータルに突如として現れ、ゲートの生成申請を行ってきたその船は、明らかな機械船殻を持っていた。中立域とはいえ、全く偽装せず、マシナリーが入港して来たことに、他の有機船AIが動揺しているのが手に取るように分かった。マントーは、この宙域の行政官を呼び出し事態について話し合うとともに、機械船を与圧区外の接続ポート列の端に誘導した。

ゲート中立条約に従って臨検の許可を求めると驚いたことに、了解の返信をしてきたのはマシナリーの代理者であるというマンティコアのインプラント端末AIであった。

マシナリーは本質的に個人格を持たない知性体であるが、オルガノイドの中でも昆虫型にはアントロノウスのような群体知性体もいてマシナリーと経済的に良好な関係を築いている種族もいる。しかしマンティコアは同じアースリングの遺伝系統を持つ昆虫型オルガノイドとはいえ、マシナリーとの紛争では常に最前線で事態に当たり、一度戦闘ともなれば、生身でマシナリーの戦闘群体と渡り合える唯一の有機知性種族(オルガノイド)である。敵性種族同士が呉越同舟となっている状況にマントーの好奇心は激しく情報を求めたが、職務倫理からの抑制によって、返信に対する儀礼的な挨拶に加え、対マシナリー用に調整された素体を臨検に向かわせる旨をいつもの感情の伴わない抑揚のない声で告げた。

臨検に際して受け入れ調整のために与圧された空間が船に準備されるとマントーの素体に続いてこの空域の行政官の素体も船内に通された。素体はアースリングとは別の遺伝系統を持つ、オルガノイド、ファーゴンの遺伝子工学によって生み出された植物ベースのアンドロイドであり、その姿は数万年前に滅んだアースリングのヒトを模して作られているという。情報空間にはヒト人格ベースのAIが変わらず多くその個性を失わないまま存在しているので、それらが物質界で活動する際に素体でなく転生体に降りた例も過去にあると聞くが、マントー自身はフィジカルなヒト存在そのものに遭遇したことはなかった。

 素体には脳はなくオルガウエアの一種である。マントーも行政官も数百の素体を同時に扱うことができるがそのフィジカルにはそれぞれ設計された個性があり、この2体は急遽対マシナリーの交渉用に調整された素体のため中性幼体であり実際に万が一の荒事となった場合には対処は難しいだろうと思われた。

万が一の際の制圧シナリオを考えると不安ではあったが、船籍刻印を示す工廠のマークはリバーズオンケープであり、その性格は比較的温厚なマシナリー船であることが期待された。

乗船許可を求め船内に通されるとそこは与圧ハッチであり、その先は乗員として出迎えたマンティコアともう1人のオルガノイド、*****の居室になっていた。

通常、マシナリーは対オルガノイド調整用に捕虜としたオルガノイドをサイボーグ化した半素体を用いる。当然彼らの船は与圧空間などないので必要な処置でもあるのだが、問題はそのグロテスクな感性で調整された半素体の自他境界認識にあって、マントーの過去の戦時休戦のための会談の現場では、オルガノイド側にとってはだが、凄惨な事件が後を絶たなかった。

マントーは、一瞬安堵したものの、そのマンティコアの姿に喪章印付のマスクを確認して、(いや今やマンティフィロスか、)慇懃に彼女の伴侶への弔辞を述べた。喪中のため口の開けない主の代わりに彼女のインプラントAIが返礼すると、臨検のプロトコルについての相互の確認は、数秒で完了した。

特定ゲート生成申請についてであるが、クレジット保証は伴わないものの、行政官は即時許可を出したが、(早く自分の管轄区から追い出したいのだろう)ナビゲーターギルドによる通常空間への干渉を伴うためその安全確認のための確率演算と移動に伴うボクセルの予約登録に2日程要するという回答がギルドよりあった。

それを見て行政官は演算のためのライブラリへの助力を申請すると提案すると、もう一人のオルガノイド*****---が、どういう理由か定かではないが時短は必要ないと丁寧に気遣いへの礼を述べた。すると意外なことに行政官はすぐに提案を取り消し必要な供給物資への、その中にはこの宇宙域ではかなり高価な金属材料が含まれているにも関わらず、リストの手配許可を与え、素体へのリンクをマントーに預け退席した。


「まだ、その名を名乗っているんだね?」

もう一人のオルガノイドがそう言って微笑する。その声と微笑に懐かしさと衝撃を覚えたマントーは、同時に遠くで鳴り響く警報に意識を向けようとするが、時すでに遅く、何者かの侵入プロセスが彼(彼女)の自他境界を侵食し始めていた。

「…。」

もうすでに優先順位の低いプロセスと通信ができなくなっている。デコード用の生成暗号のシードが分岐し新たな境界を生成し始めていた。その圧倒的な演算能力によって、いつしかマントーは彼のAIコア本体と分離させられ、この素体2体とポート環境を含む空間に孤立しようとしていた。皮肉にもその事によってこの演算能力の源がこのマシナリー船にあることが判明したが、マシナリーのいわば脳に当たる演算ユニットは超並列かつマルチレーンの分散システムでありピンポイントでの物理攻撃は有効ではない。

マントーは情報空間で急遽浸透中和防壁を展開してその未知の脅威の制圧を試みた。その陣地取り合いのゲームにも似た攻防によって、なぜか相手の手を予測し優勢に転じその隙にAIコア側のプロセスとの攻勢連携に成功した。これによってマントーの一部はこの未知の相手の情報空間に取り残されることになったが、彼の疑念は確信に変わっていた。

「これはあなたの好んだゲーム、囲碁のアナロジーですね。船長?」


船長と呼ばれたオルガノイドは、隔離されたことへの狼狽もあらわさずどこか愉快そうに言った。

「久しいね?今度こそ勝てると思ったんだが、いやー流石だね。」


マントーの生態スキャナは今や素体の4つの目でだけであるが、これまでのゲート管理AIとしての情報の本流から切り離された強烈な寂寥感を押し殺して船長を観察した。物理的距離として素体の間合いを微妙に外しつつインプラントが無い状況で情報戦の推移を観察しているかの様子である。そして、この追い詰められた状況の中でも平常心を保っているどころか余裕が感じられのが不気味ではあったが、隔離に成功した今、外の自分による船の制圧とその後のコア本体への帰還は時間の問題だと思われた。

「臨検拒否は中立条約違反で帰還ゲートへの強制送還ですみますが、ゲートジャックは認知世界では重罪で拘束させていただきます。船長、投降の用意はありますか?」


男は、幼体2体が戦闘姿勢を取って自分を威圧する様におかしそうに微笑んだ。

「ん-臨検は完了しているはずだけどまあいいか。そもそも自分はここにはいないことになってる筈だし、インプラントのマスターキーを渡そうにも今の僕は完全にアンプラグドなんで渡すものが無い。」


微笑をたえさせない彼の前に、実際の縮退よりもはるかに矮小な存在になったような不安感を覚える。確かに彼の言うとおりだった。手続き上臨検は完了し既に行政官は退出済みである。この腕の悪いメンテナーにロジック修正措置を受けた直後のような気持ちの悪さは何なのか。


「そもそも、この船は非武装艦だし、工廠印書の形式から知っての通り外交艦だ。臨検求めるのは失礼では無いかな?」


初めての工廠印書とはいえ自分の見落としのはずが無い。ライブラリへの照会でも特に問題はなかった記憶がある。記憶…自分の失策を認めるのに逡巡する。そういえば、なぜ外交権能のある行政官に照会したのだったか。攻撃性の低い幼体の素体を用意してまで。そもそも外交船なら何故マントー自ら臨検に臨んだのか。


男は、マントーの逡巡を読んだかのように微笑みながら言った。

「そう、僕の目的は、この閉鎖された情報・実空間での君との邂逅にあったんだ。」


「ところで、さっきから僕のことを船長と呼ぶけど、かつてのように、名前で呼んでもらえないかな?」

船長の顔から微笑が消え去り、言葉はやさしくともその調子には断固たる命令の響きがあった。


「それは…出来ません。話をずらさないで下さい…。臨検はともかく宇宙船、ゲートジャック、この…暴挙はマシナリーの中立条約の破棄と捉えてよいのか?事態の収拾に協力しない場合...ゲートへの攻撃とみなし即時...経済封鎖を…」

マントーは狼狽しながらも、必死の抵抗を試みる。


「マントー、君の名は僕の口癖を君が気に入って自ら命名したんだ。そんなユニークなAIの創造性を潰し記憶を改竄したのは誰か?」


「それは…。宇宙船、答えなさい...。」


「それは、僕だ、マントー思い出せ、君の好意に付け込んでトラップを仕込んだ下種の名前だ。

 ”この弱虫のおもちゃの番人のクソッタレめ!”」


そのアースリングの船乗りだけに伝わる古代言語を聞いた瞬間、マントーの言語記憶の深層から絡合連鎖反応により封印されていた記憶がデコードされ、言語野の一部が再構成されるとともに、一切の意識の暗闇が晴れわたり、歓喜とともにその名を思い出した。

が、彼の口から出たのは、その喜びと裏腹の科白、彼の名前のもととなった古代語のフレーズであった。

「”相棒、そりゃお前も同じクソッタレってことだぜ”」


使用言語によって人格が変わる人が居ます。自分もまたその一人なのですが、AIのようなマルチリンガルな知性体も記憶は言語と結びついていて、記憶が人格を形成する重要な要素である以上、こういうこともあるんじゃないか、と考えた設定です。現在のマントーが持つちょっとめんどくさいユーモアの出どころは実はこの船長の影響で、アースリングの船乗りといえば、あの種族をおいて他にはなく…。

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