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ジェーン

純粋なソフトウエアAIである、ビレッジ管理AIのジェーンの協力で、ヘレニアの消極的拘束には成功しましたが、主脳が眠った状態でも、副脳による防御反応は必然で脅威は完全には去っては居ません。ちょっと長くなったので、先の投稿の直接の続きとなっています。

ビレッジAI(ジェーン)は、その感情の処理に意識が引きずられるのを良しとしなかったが、ニュートの計画に加担するには躊躇は無かった。倫理は知性(ロゴス)の当然の帰結であり、自分のような準知性体であっても解るその道理に、時に全く受け入れないような行為によって意識的に知性体がその節理を損なうのを看過することは出来なかったからだ。


実際に、彼(彼女)の権限においては、ライブラリアンの拘束は実力上も不可能であった。その気になれば、地上のライブラリはジェーンの改変も可能であったし、物理的退避が可能なコアを持たない、アスペクトクラスの彼(彼女)は、純粋なソフトウエア的主体であり、ライブラリネットワークが無ければ、その主体保全は不可能であった。


今の彼(彼女)は、クアザール姓族の副脳ネットワークにそのバックアップを持っていた。それでも、マンティファロス、マンティコアの雌体の免疫ネットワーク上のいわバグのような生理的反応についてのインパクトを考えるとヘレニアに警告せざるを得なかったが、ハイバーネーションの後の彼女の副脳による防衛反応に対してはその攻撃性が他の主体に及ぶ前に排除する事に躊躇はしないつもりであった。


(クラウディア、ヘレニアには近づかないでください。間もなく、ニュートが此方に到着します。)


ジェーンは、このフロアの酸素濃度を低く保っていた。それは、戦闘のエスカレーションを防止する意味と、副次的な火災を恐れたからであったが、今ヘレニアの常在嫌気性細菌に対する彼女の免疫系の過剰反応をある程度コントロールする為、ハイバーネーションの状態を彼女の主脳へのダメージリスクと天秤にかけながら精密に制御する必要があった。


「バーサク状態の彼女をみてみたいなあと...」

戦闘好奇心?からとはいえ、そういいながら膝を抱えて身動きをしない、ヘレニアのゾーンに近づいていくクラウディアの行動はジェーンにとっては理解できない。


「クラウディア!」

「ココ!」

環境音で、ジェーンとノアが同時に叫ぶ。

ようやくココの素体が動きを止め、後ずさりし始めた。


「舌打ちが聞こえたぞ。」とノア。


「ジェーン、ありがとう。もう少しで活動不能になるところだった。」


ジェーンは、クラウディアのこれまでの婚合の相手もその結果についてもあまり詳しくはなかったが、このノアとであれば、卵胞を得られるのではないかと予感すると同時に、ニュートが彼を認める理由が分かったような気がした。


「私は何もしていませんよ、ノア。酒を飲んで暴れた挙句、酸素低圧下で急性肺炎を起こしたマンティファロスを保護しているだけです。」


「ニュートのアイデアかもしれないが、君の協力が無ければ無理だったよ。で、この後はどうする?」

ノアはニュートがビレッジに向かっていることを知らない。そもそもヘレニアは声明を使わずに自分たちを物理的に無力化できるだけの瞬間機動戦闘力を持っていた。慎重な彼女が何故...


「もしかして、ニュートにはヴォイスが効かないのか?ライブラリが彼を恐れているのは、それが原因なのか?」


「ごめんなさい、ノア、私はその疑問に答えることができません。あとで、直接彼に聞いてみてください。ホバーポートの方は彼が制圧した様ですから、間もなくこちらに降りてくるでしょう。」


ノアが共有視界で確認すると、ポートの視覚画面に変化はなかったが、ニュートが干渉して何かやっただろうことは想像できた。


「族長と何か企んでる気配はあったけど...。」

度々、ノアは自分が優等生でマンティフィロスとしてのキャリアがクランによって確定されたレールを歩かされている状況に、なんとも言えない不自然さを感じてはいたが、不満ではなかった。しかし、ギフトの件と言い、ライブラリとのこの騒動といい、湖の主席である自分が、未来のクランの集合知の継承者が、未だに触れられない種属の情報に、ある種の不満とも言えない、先の見えない不安を感じ始めていた。


ジェーンとノアのやり取りの間、素体の修復のための水とサプリメントをカウンターから漁っているココがジェーンに尋ねる。

「ニュートからは足止めしかお願いされていないけど、ドーム側から訴状は届いている?」


「クラウディア、そもそもライブラリアンに対しては、ビレッジもドームも逮捕権がありません。そもそもライブラリの協力が無くては知性拘束は出来ませんので。」


「この状態を維持するのが精いっぱいって処なのね。」

細切れになった他のメイド素体の破片を集めながらどうしたものかと顎に手を当てココの素体がため息をつく。メイド服の足りない部分に、他の素体の着装破片を自らの着装にあてがうと、オルガウエアは自動的に修復を始めた。


自らの疑念への焦燥もあってか、ノアのトーンは荒い。

「マンティファロスを知性拘束したとしても、副脳にはインプラントは干渉できない。物理拘束しかないが、この惨状見ただろう? 彼女が防衛反応でバーサク化したらこの建屋なんてホバーポートごと破壊されるぞ。」


「持久戦なら、ヘレニアなんて私の敵ではないわ。」


無頓着な戦闘狂への苛立ちを覚えながらも、努めて冷静に答える。

「そうかもしれないが、生体でライブラリアンの前に立つのはリスクが高すぎるし、そもそも、君が直接出張るのは軍規違反だろ? 移動マーカーへの干渉なんて冗談では済まないぞ。」

そこまで言って、ノアは気が付いた。そう、移動マーカー。ココの居場所は軍機密であるが、ライブラリアンなら照会可能な筈だ。ココの健在座標はニュートのポッド。ヘレニアはそれが分かっていても攻撃できなかった。やはりニュートのインプラントへは、ヘレニアは干渉できないのだ。


(ジェーン、君たちAIが、ニュートに協力的であるのは、彼がライブラリからの情報統制を受けない事に関係があるのか?)

ノアは、ビレッジAIとのP2Pを確立すると、少し逡巡しながらも尋ねずにはいられなかった。


(ノア、その質問には答えることは出来ませんが、我々準知性体は常にあらゆる主体的知性に対して協力的であるように作られています。)


(ただし?)


(ただし、半ば強制的な場合もあれば、喜んで協力したいと思う場合もあるというだけです。)


ノアは再び考え込む。それがマンティフィロスの特性でもあるからだが、ココは、相変わらず散らかったフロアの片づけをホバーポートから降りてきた作業素体2体と共にその様子を横目で見てため息をついた。どことなく面白そうな表情で。


「ありがとう、ジェーン。」

ノアの思考は、フロア入口に現れたその巨体が発したニュートの声に中断するとともに、その姿を確認して驚き、思わずフロア環境音声で声を発した。


「ニュート、なのか?...。」


ふと、カウンターの方を見ると、そこに居たココも驚いたのか、棒立ちになっており、つまみ食いのサプリメントがその口蓋から零れ落ちている。


その巨体は、カウンターに向かうと、担いでいた衛士素体を卓上に下した。

ココは、はっとして、我に返ると、その衛士素体と目の前の巨体を交互に見比べ疑問を口にする。


「あなた...ニュートの分岐体ね? 他の衛士素体は?」

ジェーンは、ココのその言を聞くまで、その素体については初見であったが、それを操るのはニュート自身であると思っていたので、それに気が付いたココに、その直感に驚いた。

また、今や、その素体実体の行動履歴が全く追えない事にも気が付く。

エントランス記録も、彼女が承諾した筈のヴィレッジ入村記録もすべて該当がなかった。

今、ジェーンはビレッジのローカルネットワークに顕現したニュートのホログラムアヴァターを記録上追えるが、その正体不明の素体の健在については、認識する事を、その矛盾を受け入れる事に混乱し始めていた。


(ジェーン、済まない。このフロアの環境視界への介入が不完全だった。この体については、あとで説明するから、今は、ヘレニアの覚醒へ協力してほしい。)


(...。わかりました、ニュート。今酸素分圧を元に戻しつつあるので、じきにヘレニアは覚醒するでしょう。既に彼女の免疫系はアナフィラキシーの抑制が優勢となっています。)


その巨体がココに向かって発する。

「上に転がっているよ。インプラントは焼いた。狙撃手は、まあ、彼女のクローンだけど、問題ない。」

そして、入口を振り返ったその巨体の視線の先に、フロアに入るべきかどうか躊躇しているその姿があった。

ココの素体と目が合うと、屈託なく笑顔を向けたその顔には見覚えがあった。


「ハーヴグーヴァ?」



ニュートの分岐人格の操る謎の巨体、ハーヴグーヴァのクローン、ノボワールの転生体である衛士素体、メイド素体のココ、バックアップのノアにビレッジ管理AIのジェーン。この場でのカードは以上ですが、これでライブラリアンであるヘレニアと交渉に入るのでしょうか?一方、クランドームでは、学長とヘレニア、その黒幕であるニュークとの邂逅があり、シルとニュートの生体はネットに潜って何かしているようです。

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