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ヘレニア

ヘレニアは完全体ではありませんが、短期決戦型の戦闘スタイルを持っており、クランのインプラントの授与者でもある為、インプラントを介してクランのマンティコアに対して強制力を持っています。その発動には条件があり、ある特定の周波数での生体聴覚への干渉によって発動するようです。ココとノアの二人はポッドに入っており、その物理座標が分かれば、何らかの音声装置を遠隔操作する事でバックドアを開けることができるようです。2人にとって、通常の手ではとても敵わない相手ですがさて。

マンティコアの司書は、この3億周期以上レクトル姓族から出ている。この認知世界のライブラリは、単なる記録庫ではなくそれ自身が情報統制機関でもある。マンティコアのような若い知性体に対してはおそらく多くの情報フィルタが設定されており、活動できる情報層(レイヤ)も浅く、過去の記録へのアクセスはほぼ、マンティコア属の属齢の範囲の情報に限られていた。司書となったからにはその忠誠はライブラリに注がれるが、それが一方でレクトル姓族のマンティコアへの政治的立場の弱体につながっていた。ヘレニアとしては、新興のクアザール姓族とほぼ同一の姓族票しか持たないことに不満があったとは言え、学長と司書がレクトル姓族の独占となっている現状によって姓族の、最古のマンティコアとしての尊厳が保たれていた。そんな中、カヴィア・マリスがクアザールを選ぶなどということは、あってはならないことであった。


(ニュートロン、彼が託宣を得ることだけは避けたかったのだけど、あの少女、シレンティウムがなぜ。)

ビレッジで待機しながら、このライブラリからアイソレートされた現状を鑑みれば、ニュートの捕獲に失敗した事は明らかであった。

ヘレニアは、司書の役目とはいえ、シルの双子の弟とその母を彼女から奪った過去を思い出し、その一瞬の逡巡によりニュートを取り逃した事を認めて決断した。


(ハーヴィ、貴方達がホヴァーに戻り次第、此処から撤退するわ)

バックアップの応答を待ったが返信はなかった。


目の前の発泡酒をしばらく睨んでいたが、おもむろに杯を掴むと一気に飲み干した。杯の表面に映るメイドの動きに不自然さを感じたが、屋上のホバーとの回線には異常は無い。喧騒のなか目を瞑り聴覚に集中する。


「リフィルは結構。」


杯に注ごうとするメイドの腕をつかむと、左後方の別のメイドが一瞬身構えた。ホールの中にメイドは5体。ヘレニアは、ライブラリリンクが断たれているのを確認すると、司書権能で生体磁気通信による別レイヤへのアクセスを確立する。上階のホバーの視界へのアクセス帯域の狭さから大幅に視界スペクトルが制限されていた。


(ニュートではないわね、彼なら完全に分断出来るはず。とすると、おそらくこのレイヤまで侵入できるのはあの子だけね。)


ヘレニアは、掴んだ右手をひねり落とし、右肘に展開した高周波ブレードで卓に無防備を晒したメイドの首を落とそうとした。その刹那、後方のメイドが死角から頸部を抱き込むように後ろを取った。

ヘレニアは中脚を展開しそのメイドを後方に跳ね飛ばすと、右前腕の負荷が急になくなり、複眼を抉ろうとするその手刀を直前で躱し卓を間に前転した。

ひとまず、メイド達と距離を取る。右手にはメイドの切落とされた前腕とピッチャー。それを一瞥する。


(頸部を狙った。という事は、声明(ヴォイス)を警戒している?)

ライブラリアンは、非戦闘員ではあるものの、マンティコア種属にとっては、知識の門番でもあり、自らの情報世界への扉の設定者でもあった。インプラントの施術を受けた同属であれば抵抗できる相手ではない事を認識している筈である。

事ここに至っては、ニュートはおそらくライブラリアンの様々な情報権能について対抗策を備えているだろう。


いつの間にか、他の客は遠巻きに距離を取っていた。ホールから出ていく彼らの姿を見て舌打ちをする。


(ビレッジAIが協力しているようね。ちょっと面倒だわ。)


「ん-、お客様、壊死が進む前に腕とピッチャーをお返し願いたいのですけど?」


「…。クラウディアね? とするとサポートは、ノアかしら?」


(ココ、まずい、我々の健在座標を知られたら、その時点でアウトだ。)

やはり、メイドの正体バレバレであった。


ヘレニアは残りの4体はビレッジAIであろうと見積もると。ため息をつき、さっきまで自分が座っていた席の卓上に仁王立ちしているメイドに向かって、腕をほおり投げた。ピッチャーはつかんだままである。メイドは難なく左手でそれを受け取ると欠損部位を合わせ再生融合した。メイドは再生した腕の調子を見ながら、視線を外したまま尋ねる。


「ヘレニア、シティを離れてこんなビレッジで何をしているのかしら?」


「休暇なので、故郷の傍で一息入れていたところだったのだけど?」


「…。」


司書となった場合、秘跡の儀式以外で同属の居住ドームに滞在することは許されていなかった。世界ライブラリは公式な立場上、すべての知的種属に対して中立であるからである。また、ヘレニアは独身である。マンティコアの完全体は雌雄同体であり、権能重複が一定期間あるため、同様にその中立性から、雌体、マンティファロスでない限りライブラリアンには成れない。


(ニュートは、ここまで噛んでいないところを見ると、最悪の事態は回避出来たようね。)


素体は既にポートに辿り着いていた。ハーヴィはニュートの、ギフトを得た後の、彼のフレーバー(丹生)を受け取った筈だ。ヘレニアの口角が僅かにあがる。


「ノア?インプラントさえ守れれば、私を押さられると思った?」

その言葉が終わらないうちに、ノアのサポート空間でのヴィレッジの環境視界からヘレニアが消えた。

それと同時に、残像でしかとらえられないその姿は6本の高周波ブレードを黄金色に輝かしながら、ビレッジAIの4体の素体を活動不能なレベルにまで細切れにしていた。

一瞬背を丸めると、6足体の付け根から大量の熱蒸気が排出される。伸びと共に全身を一瞬振るい、破壊した素体の細片を全身から落とすと、ヘレニアの突然の戦闘態勢を確認し、テーブルを蹴っていち早く距離を取っていたココのメイド素体に、一瞬の残像を、その複眼の燃えるような赤色光を残し、一瞬の間に迫った。


(…!?)

ノアは何をされたのか、わからないまま、急ぎ、聴覚視界(ソナーホログラム)に切り替える。空気中では水中より遅い音速の為、普段の反応に対して僅かに遅れる。

とりあえず、ココの活動サポートに集中し、ヘレニアの高周波ブレードの周波数をココのメイド素体の表皮振動で中和しながら、切創の完全分断を凌ぐのがやっとであった。


「ファーゴンのメイド素体相手じゃ、たいした運動にもならないわね。」


切り傷だらけのメイドがようやく確保した間合いの向こうで、再び排熱しながら余裕の笑顔を向け、ヘレニアが独白する。ココは、その言葉に返す余裕も無いようであった。


ヘレニアは慎重な性格であり、目の前の物理的脅威がココの操る素体だけになると、狭まれた帯域ながら、ノアの健在座標を割り出す事に成功したという副脳の報告と、自らの活動熱容量を逆算し、声明(ヴォイス)を唱え始めた。ノアのポッドの環境音の操作確保した帯域であれば、ノアのインプラントのバックドアを起動する事が出来る。発声器官による声明の1節が終わると6つの排熱口弁が同音節に合わせた荘厳な共鳴音を復唱し奏で始めた。ココのメイド素体はその隙にヘレニアの頸部を再び狙い手刀を放つ、が、ヘレニアは余裕で躱し、次の第二声明節を唱え始めた。


「ヘレニア・レクトル、直ぐに声明を中止し、クラウディア・クアザールとの停戦に合意する事を推奨します。」


突然、ヴィレッジAIの冷静だが、どこか威圧的な声が無指向性環境音としてフロアに響き渡った。ヘレニアは、他のメイド素体を細切れにした直後から、AIからの警告メッセージが届いていたが無視していた。少なくともこのヴィレッジには、ライブラリアンである自分を強制するだけの力は無い筈だからだ。クラウディアは、自分の足止め、若しくは何らかの情報を得たいようだが、それも不可能だ。


クラウディアの攻撃は続いているが、声明を中止するまでもなく対処出来ていた。第5節の口頭斉唱が終わり、排気口からの共鳴音が付近の食器類を振動させている。

(次の6節が終われば、ノアは無効化される。細切れになったクラウディアの素体を後に、此処を去るだけだわ。)

執拗なクラウディアの攻撃に嫌気がさしながらも一旦距離を取り、最後の詠唱を始める。


「ヘレニア、これが最後の警告です。直ちに声明を中止し停戦する事を強く推奨します。」


(AIに何ができる?クラン外のマンティコアでも動員すれば別だが、私を止めることは...?!)


6節の復唱が始まった瞬間、ヘレニアの視界が歪み、その場に崩れ落ちた。

薄れゆく意識の中、ヘレニアは副脳からのメディカルアラートを受け取った。循環器系が悲鳴を上げ、すべての脳圧が急上昇していた。主脳の熱害損傷のリスクを下げるため、脳幹のアーヴィトラージにより、主脳がハイバーネーションに入る。


「AI、貴様、何を…した...」


ビレッジAIは何も答えず、代わりにヘレニアを睥睨しどや顔のメイドが発する。


「彼女は何もしてないわよ?そう、何もしなかっただけ。」


ヘレニアには、ココの言葉は届かず、意識を失った。






ヘレニアのミスは、AIが敵側に協力していると気づいても、大した脅威と考えていなかった点にあります。また、クラウディアのリフィルを避けたものの、その前に杯を一気に開け、大量の熱の発生を伴う高速機動戦闘で一気に相手を無力化しようとしたことにあります。

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