物語No.39『敗北』
異世界との接続が行われてから三十分。
愛六は次々とモンスターを倒し、扉へと近づいていた。
「『水槽の君』」
モンスターの顔に水玉を被せ、そのまま溺死させる。
だが知性の高いモンスターは愛六の攻撃の意図を察知し、水玉から回避行動をとる。
その場合にも、愛六は対応する術を身につけた。
自分を起点に半径六メートル以内、
「『斑』」
ビー玉サイズの小さな水玉を出現させることができる。当然それで溺死させることはできない。
だが愛六の攻撃は終わらない。
水玉を膨れ上がらせ、
「『水槽の君』」
一気に相手の顔を包み込む。
不意の攻撃にモンスターは混乱し、水玉から逃れられず絶命する。
この術を身につけたことで、今まで倒せなかったモンスターともある程度渡り合えるようにはなった。
それでも勝てないモンスターはいる。
まだ愛六は発展段階。
当然それは穂琉三も五蝶も同じ。
「八百比丘尼、二人は大丈夫そう?」
愛六は水玉に向けて問いかける。
「今〈森の悪魔〉に遭遇したところ。間もなく交戦するよ」
「分かった。扉を閉じたらすぐにそっちに向かう」
愛六は鍵を扉に差し込み、
「──接続オフ。」
鍵を回すと、扉は渦を巻いて消失する。それと同時にその扉から出てきたモンスターが光の柱に貫かれる。
「よし。稲荷、もう一つの扉の場所に案内して」
「分かったのだ」
稲荷に導かれ、愛六はもう一つの扉を目指す。
道中、愛六の周囲を浮遊する水玉から声がする。
「大変だ。このままじゃ二人が死ぬ」
八百比丘尼が慌てて叫ぶ。
愛六は一瞬動揺するも、一呼吸おき、冷静さを保つ。
「八百比丘尼、私はあと一分ほどで扉につく。そっちは今すぐに助けが必要な感じ?」
「あ……駄目だ」
冷静に問いかけた愛六だったが、八百比丘尼の諦めたような声を聞き、戦慄が走る。
「まさか……、もう……」
愛六は扉まで着いたが、扉から異世界に入ったとしてもそこから十五分ほど距離がある。
稲荷は扉の外で待機し、愛六は倒れているモンスターを辿って必死に走る。
「間に合ってくれ」
愛六は八百比丘尼からの連絡が途絶え、最悪の想定をする。
既に穂琉三は──
最悪の想定をかき消すように頭を振って、今はただ二人のもとへ急ぐ。
「……えっ!?」
水玉から声がする。
八百比丘尼の声。
愛六は冷静さもなく、叫ぶ。
「穂琉三は? まだ生きているのか?」
心を乱した愛六は、襲いかかってくるモンスターと交戦することもなく一心不乱に走っていた。
八百比丘尼からの返答を待つこと数秒。
「何この火力……!?」
八百比丘尼が驚いたように呟く。
火、という言葉を聞き、愛六は希望を持つ。
まだ穂琉三は生きている。
だが窮地であることは確かだろう。
とにかく全力疾走し、十二分で穂琉三のいる場所に到着した。
疾走する愛六が見たのは、周囲の木々を燃やすほどの火炎を全身に纏った穂琉三だった。
「ミナカ、これは……」
「はい。月一限定、魔力制限の解除をヒルコが行ったようです……」
かつてミナカも、愛六が窮地の際に神妹にかけられた制限を解除したことがある。
一ヶ月に一度限りだが、自身の魔力を最大限行使できる一発逆転の手。
「でもあんな火力……穂琉三は無事なの?」
穂琉三は立っているのがやっとなのか、棒立ちで一切動くことない。
だが全身が燃えているため、周囲には燃えた木々が落ちている。
「穂琉三、もう近くにモンスターはいない。これ以上はあなたの身が危険」
愛六の呼び掛けに穂琉三は一切答えない。
答えないのではなく、答えられない。いや、愛六の声すらも穂琉三には届いていない。
やがて炎は消える。
側にいたヒルコが消したようだ。
愛六は直ぐ様穂琉三に駆け寄る。
「穂琉三!」
倒れかける穂琉三を支えるために抱きつく。
「穂琉三……」
抱きついて初めて気づいた。
穂琉三はとっくに意識を失っていた。
全身を燃やし、身体のところどころに火傷を負ったようだ。ヒルコは対火属性魔法により、火への耐性も増加させていたが、それ以上に火力が必要だった。
木々によって死を迫られた間際、穂琉三はヒルコに言っていた。
月一限定の魔力制限を解除し、穂琉三自身を灼熱の炎で包んでくれと。
結果、木々は寄りつかなくなり、森の悪魔も姿を消した。朝花とともに。
「愛六様、これ以上ここにいるのは危険です。二人を抱えて今すぐ学園に戻り、この扉を閉めましょう」
「そうだね」
周囲を見渡し、モンスターが近づいていたことを察知する。
愛六は穂琉三と五蝶二人をなんとか抱え、扉へ走る。時折襲いかかってくる虫型のモンスターを水玉で倒しつつ、扉までたどり着いた。
すぐに扉を閉じ、ミナカは瞬時に鍵に変化する。
鍵をかけようとしたところで、扉は突然消失する。
「え……っ!?」
愛六は驚き、ミナカを精霊の姿に戻した。
「鍵もかけず扉が消えたが……どういうことだ!?」
「扉には意思がある。扉が閉じてさえいれば、その意思によって扉を消すことができる」
当たり前のようにいる神妹境娘が愛六の疑問に答えた。
「朝花は……もう、救えないのか……?」
地面に横たわる五蝶。
彼は神妹へ手を伸ばし、土を掴む。
「鍵をかけたら二度と扉が現れることはないが、鍵は掛かていない」
「じゃあまだ……」
「ただ、この学園に現れることはないだろう。五蝶嵐の学園に現れなくなったのは五蝶嵐を恐れたから。そしてこの学園にも五蝶嵐が来る可能性ができてしまった。もうどこに現れるか、分からないな」
神妹は淡々と言葉にする。
掴みかけた唯一の希望を掴みきれなかった。
五蝶は顔を土で汚しながら、声を上げて泣いた。
自分の弱さを憎みながら。




