物語No.38『悪魔は承った』
二十三時五十九分。
僕、愛六、ヒルコ、ミナカ、稲荷、五蝶、八百比丘尼は学園中央の共同区画に集まっていた。
間もなく異世界との接続が行われる時間が来る。
五蝶は力強く夜空を睨みつけている。
二十四時の鐘が鳴る。
咄嗟に稲荷と八百比丘尼が反応し、同時に言う。
「「扉が二つ現れた」のだ」
神妹の言った通り、五蝶のパートナーを拐った異世界への扉も現れたようだ。
「高等部区画に現れた扉に朝花がいるよ」
八百比丘尼はすかさず感知した。
学園中に水をこぼしてあり、八百比丘尼は地面にこぼされた水を泳いで僕らを先導する。
僕とヒルコ、五蝶は八百比丘尼を追う。
愛六とミナカは、稲荷とともにもう一つの扉へ向かう。
「日向、扉の近くに来たら俺は隠れる。まずはお前が一人で行き、モンスターに扉を閉めさせないように動け。奴らは俺が近づくまで扉を閉めようとしないとは思うが」
「分かった」
高等部区画まで来ると、校庭のど真ん中に扉があり、その周囲に既に森林系のモンスターが湧いていた。
しかし数は三体とそれほど多くない。
「お前が扉に入ったら俺も速攻で飛び込む。それまで持ちこたえろよ」
五蝶は扉から身を隠すように、花壇の陰に身を潜める。
「ヒルコ」
「あいよ」
ヒルコは僕の掛け声とともに、僕の拳に火を纏わせる。
燃える拳に火傷はない。
僕はモンスターに向けて前進し、拳を振り下ろす。
「『火拳槌』」
1メートルほどの木の容姿をしたモンスターは燃え、たちまち息絶えた。
相性が良い。
これなら僕の拳で道が開ける。
僕は残り二体も拳で打ち倒し、扉へ駆け込む。すかさず扉の奥からツルが直線上に伸び、僕の頭のわずか横を通過する。速度は雨粒が落ちるくらいで、避けられないほどじゃない。だが威力は、こめかみにかすり傷をつけるほど強力だ。
伸びたツルは一本だけでなく、更に数本僕に向けて放たれる。僕は回避しつつ、扉を見る。
ドアノブにツルが巻きついている。
「まずいっ!?」
ってか僕が近づいても閉められないんじゃなかったのか。
僕はすかさず踏み込み、拳を纏った手を顔の前方に構えながらツルを気にせず突っ込む。
数本のツルが俺の身体に突き刺さるが、せいぜい肉の外側をわずかにえぐるだけ。貫通するほどの威力はない。痛みはあるが、扉が閉められるよりはましだ。
扉がツルによって閉められる直前で、僕の手が扉に届く。ドアノブに巻きついたツルを燃やし、すかさず扉を蹴り開ける。
「今だっ!」
五蝶が槍に乗って扉へ向かう。
宙を舞う槍が僕のいる扉まで直進する。
その間、ツルがドアノブに伸びるが、僕は一本残らず焼き殴る。
わずか数秒の攻防、数多の傷を負いながらも、僕は扉を死守する。
風を纏い、槍に乗った五蝶が扉に突入すると、数多のツルが引っ込んだ。
「ひとまずは第一関門クリアだ」
扉の先は一面緑の世界。
数多の植物、木々が生え、緑豊かな世界が広がっていた。
木々に擬態したモンスターがいた場合、見分けるのは非常に困難だ。
見上げると、燦々と輝く巨大な樹が枝を大きく伸ばし、空を見えなくするほど広く生えていた。終わりが見えず、どこまでも広がっている気がした。空は一面巨大な木に覆われているが、葉の一つ一つが光っているため明るい。
「気になったが、僕の場合でも扉を閉じようとしていた」
「攻撃をしたのが原因かもしれない」
「怒らせたから突き放されたか、それとも臆病……ってことかな」
「どちらもあり得るが、いずれにせよ油断はしない方が良いだろう」
相手の行動パターンはまだ分からない。
僕と五蝶は周囲を見渡してモンスターの気配を感じる。
僕が気を配っている間、五蝶は水の入ったガラス玉を取り出す。
「八百比丘尼、朝花の居場所は?」
「このまま直進した先に朝花がいるよ」
水の中から声だけが聞こえる。
八百比丘尼は水面から顔を出さずとも、水があれば声を出すことも音を聞くことも、周囲を見ることも感じることもできる。
「行くぞ」
五蝶は槍を力強く握り締め、一直線に駆ける。俺も五蝶の後を追う。
木や虫の見た目をしたモンスターが次々と襲ってくるが、すぐさま五蝶が槍で一掃する。
「見つけた」
十五分ほど直進した先、木が一本だけ生えており、周囲の木は距離をとるように離れていた。
広い空間。
目の前には異様な木。
まるで複数の木が絡み合ったような見た目で、太さは五メートル、高さは二十メートルはあるだろうか。
その木の中央、木に練り込むように少女が眠っている。
「森の悪魔っ!」
五蝶は敵意を込めてそのモンスターの名を呼ぶ。
槍には風が纏わりつく。
そのまま足を進め、敵に向けて走る。
当然モンスターも反撃する。
無数のツルを伸ばし、五蝶を絡めとる。だが五蝶はツル全てを槍で薙ぎ払う。
ツルでは難しいと判断したのか、地面が隆起し、そこから太い根が五蝶を突き飛ばそうとする。五蝶は飛んで根を回避する。
風を纏った彼は空を蝶のように舞い、敵のすぐ側まで接近する。
「朝花、今助ける」
槍に願いを込めて。
風が槍に纏わりつく。
槍を振り下ろそうとした五蝶。
だが五蝶の背後、離れた木々がゴムのように伸縮し、五蝶を力強く突き飛ばした。
不意の一撃に苦しみながら地面を転がる。
そこへ容赦なく木々が追撃を仕掛けようとしていた。
「まずい……っ」
咄嗟に五蝶の側へ駆け、炎を纏った拳で棍棒のように動く木々を受け止めようとする。だが木の威力に負け、幾つもの木々からの衝撃によって宙を舞う。
地に落ちた時には動ける気力はもうなかった。
追撃が来れば死ぬ。
そう直感できるほどの重傷を受けた。
立ち上がることのできない深傷を負った。
──はずだった。
僕はその光景に目を疑う。
頭から血を流し、腕や足には激痛が走っているはず。
それでも尚立ち上がる男がいた。
彼──五蝶嵐は槍を握り締め、まだ戦う意思を秘めた目で敵を見る。
「朝花ぁぁあああ」
彼女の名を呼ぶ。
目の前には救うべき人がいる。
だからこそ今は、命を懸けて立ち向かう。
彼は槍を投擲の姿勢で構える。
全身をのけ反らせ、槍をグッと握る。
そこへ周囲の木々がまた棍棒のように動く。
僕は痛みと戦いながら、懸命に走る。
足が痛い。肋が痛い。指が、胸が、全身が痛い。
だが彼の願いのために、僕は走る。
「ヒルコ!」
僕の拳に再度点火。
燃える拳を振るえ。
五蝶に迫る木に向けて、ありったけの力を込めて拳を振るった。
木は燃えて倒れ、僕は衝撃に流され地面を転がる。
倒せ。
五蝶。
五蝶が動く。
握り締めた槍は暴風を纏う。
「守りたい君のために。
『嵐槍』」
五蝶が槍を投げる。
周囲の木が盾のように槍の進路を塞ぐが、全てが紙切れのように千切れ、霧散する。
風を纏いし一撃は、森の悪魔を撃ち抜いた。
眠る少女の頭上、巨大な風穴が空いた木の上部はそのまま倒れた。
敵は倒した……かに見えた。
木の上部が倒れたことによって、その中身が見える。
内部には木が詰まっている、わけではなかった。内部は空洞。空洞の中に何かがいる。
それはこちらを見た。
背中から邪悪な翼を生やした黒い悪魔。頭は鳥、胴体は牛、手足も生え、僕らより一回り大きく威圧的だ。
「あれが……森の悪魔の本体か」
おそらく力を使い果たしたであろう五蝶は動けず、僕ももう立ち上がることさえできない。
この状況では、ただ死を待つだけ。
悪魔は五蝶を見た。
その目を見て、僕は困惑する。
悪魔の目には──
間もなく、周囲の木が棍棒のようにうねり、僕と五蝶を無慈悲に──




