物語No.37『死闘の前の作戦会議』
五月十三日。
目覚めてすぐ、五蝶の心は悲しみに包まれていた。
目からは涙がこぼれている。
大切な人を失ったような、儚い気持ち。
胸を押さえ、切なさに浸る。
「朝花……」
まだ彼女は生きている。
そう彼らのサポーターが言った。
だが安否は自分の目では確認していない。
生きていたとしても、どんな状態かは分からない。
大切な人と離れ離れになった今、五蝶が願うのはただ一つ。
会いたい。
だからどうか、早く夜が来てほしいと五蝶は思う。
今まで夜が嫌いだったのに、今は夜を望んでいる。
大切な彼女の手を離さないように、今度は握り締める。
そう誓って、五蝶は起き上がる。
外はまだ薄暗く、時刻は午前五時。
青い空の下に咲く青い花を見下ろしながら、五蝶は呟く。
「命を懸けて、お前を救ってみせる」
そして彼は、夜へ歩き出す。
♤
放課後。
僕は愛六と稲荷、ヒルコとミナカとともに高等部第三校舎の一室に集まっていた。
この場所は人気もないため、聞かれたくない話をするには最適だ。
「いよいよ今日、扉の先へ行く。だが情報は欲しい。稲荷、ヒルコ、ミナカは皆異世界を知っている。だからどんな世界があるのか教えてほしい」
愛六の誘導でこの場に神妹以外の皆が集まった。
神妹を誘わなかったのは、話によっては神妹の口封じを受けるかもしれないと危惧したからだろう。
とはいえ、神妹はきっと全てを知っている。
ここで話し合いが行われているのも知っていて静観をするだろう。
「じゃあまずは私からするのだ。私の知る限り最も恐ろしい異世界はダンジョン領域と呼ばれる場所。そこはめちゃくちゃモンスターがいて、それにダンジョンごとのギミックもやばくて、これまで多くの死者を出している場所なのだ」
「確かにこちらの世界と向こうの世界が同じ環境でない以上、扉をくぐるのはリスクでしかない。常に毒霧が発生している場所や足場が帯電している場所などもある」
「そのどれも対策のしようはないな」
稲荷とミナカの話を聞いたが、愛六はため息をこぼす。
今の僕らでは対策を打てるような場所ではない、ということだろう。
「結局は運ゲーだな。こちらに都合のいい異世界でなければ開幕速攻で終わりだ」
「だったら五蝶に協力しなきゃいいだけなんじゃねえの?」
「いや、それはない。神妹はわざわざ私たち二人では倒せない敵が来ると言った。彼女が忠告するってことはよっぽどってこと。だから、どんな条件であれ受け入れなければ、どのみち私たちは死ぬの」
ヒルコの問いに愛六が冷静に答える。
わざわざ神妹が忠告するということは、それほど危険だということ。
「まあでも気負う必要はないと思う。彼の話では助けたい人はまだ生きている。ってことは僕らでも生き残れる可能性が高い異世界なんじゃないかな」
「確かにね。あとはどんなモンスターがいるのかだけど……」
愛六は気配を感じたのか、視線を背後に向ける。
部屋の入り口、そこに百花学園の制服を着た五蝶が立っていた。
「場所はまだ教えていないはずだが?」
愛六は端末を一見し、すぐに胸ポケットにしまう。
「それに待ち合わせの時間も一時間早い」
「作戦会議をしていたんだろ。だったら俺の情報は必須だ」
五蝶は部屋の隅に置かれた椅子に座り、机に手をおいて僕らを見る。
「どうやってここへ来た? 誰にも止められなかったのか?」
「一応俺のサポーターも紹介しておこうと思ってな」
そう言い、五蝶は水筒を取り出す。
何を思ったのか、脈略もなく水筒を逆さまにした。
当然中に入っていた水がこぼれ、机がびしょ濡れになる。
「何をしている?」
「来い、八百比丘尼」
五蝶は机にこぼれた水に向けて喋る。
変な人だな。
と思っていると、こぼれた水から金髪が見え、次第に裸の肩が見える。
僕は思わず視線を逸らしたが、恐る恐る横目に見る。
机にこぼれた水から金髪の少女が肩まで出してこちらを見ていた。
「やっほー。私は八百比丘尼。よろー」
彼女は笑顔で手を振る。
しばらく稲荷と目を合わせ続けていたが、やがて視線を逸らす。
「八百比丘尼、まだ朝花は生きているんだな」
「生きてるね。確実に」
おそらく彼女が五蝶の言っていたサポーターなのだろう。
「扉をくぐった後の誘導は八百比丘尼に任せる。八百比丘尼なら朝花の居場所が大体分かる」
「つまり彼女も扉の先に同行してもらうってこと?」
「そういうことだ」
それなら異世界に滞在する時間を極力減らすことができる。
モンスターとの戦闘も最小限に抑えられるだろう。
「さすがに質問するけど、机の上に上半身だけ現れたのはどういう能力?」
「私は人魚だからね。水があればどこへだって行くことができる」
「だから水をこぼしたのね」
意味の分からない行動だと思ったが、彼女をこの場に呼び出すためだったのか。
彼女が人魚となると、見えていない部分、下半身は魚のようになっているのだろうか。
確かめたかったが、自分から切り出すのは恥ずかしい。
下半身を見たいなんて言えば、誤解されるだろうか。
「水があればっていうけど、その程度の水でも呼び出せるの?」
「身体が通らないほどの水溜まりなら覗くだけ、大きければ通ることもできる。机にばらまいた水の幅なら通ることもできるが、あまり人魚の姿を見られるわけにもいかない」
愛六の問いに、五蝶は淡々と答える。
五蝶からすればここがどれほど人の行き来があるかは分からないから当然だ。
「そろそろだが、朝花が連れ去られた異世界の扉、そこから現れるモンスターについて説明しておく」
重要な情報に、全員が耳を傾ける。
「基本的にその扉から来るのは森林系のモンスターだ。木に擬態するモンスターや花のようなモンスター、それだけでなくカメレオンや蝶など虫型のモンスターもいる」
「僕は火を使えるから役に立てると思う」
「私が使えるのは水属性の魔法だけ。多分私は虫系のモンスターしか相手にできないかも」
「森林系のモンスターは水を吸収するかもしれないか。まあ虫型と戦えるのなら全然問題はない」
僕らは円滑に話を進めていき、出現するモンスターの傾向のその弱点、他にも幾つかの情報を入手した。
「そして最も覚えておいてほしいのは、朝花を拐ったモンスターについてだ」
五蝶の顔が強張る。
「モンスターの名は〈森の悪魔〉。複数の大木が絡まり合ったような見た目をしており、扉の向こうからツルや根を伸ばして攻撃してきた。数は多く、百以上のツルや根が攻撃してくる。相手に近づくことは至難だ」
「結構厄介だね。穂琉三が万全の状態なら相性的にも戦えそうだけど……」
僕はまだ左腕を骨折しており、万全な状態で戦いには望めない。それだけでなく、身体の節々にもまだ痛みが残っている。
愛六も同様の怪我具合だ。
「大丈夫だ。基本的には俺一人でも戦える。問題は扉を逃がさないことだけ」
「私たちは扉に入り、閉まるのを防げば良いのね」
「そうだ。だがその間にも、伸びたツルが扉を閉じようとしてくる。俺が近づけば確実に閉じるだろう」
「なんとかしてみせるよ。そうなると、やはり問題はもう一つある」
「もう一つの扉か」
毎晩この学園に出現する扉。
それをどうにかしなければいけない。
全戦力が朝花の拐われた扉に集まれば、必然的にもう一方の扉が疎かになる。
そうなれば学園中にモンスターが溢れてしまう。
「仕方ない。扉の先には俺と火のお前で行く。水のお前はそっちの対処をしろ」
「分かった。すぐにそっちの扉を閉じ、援護に向かう」
僕は少し気になることがあった。
「この学園が異世界と通じている間、時間が歪む。もし片方だけを閉じても、その歪みって続くのかな? それに扉を閉めた際、全てのモンスターを倒すように光の──」
「日向穂琉三、その件に関しての心配は必要ありませんよ」
話を遮るように、既に教室の真ん中の椅子に座っていた神妹が話す。
まるで最初からそこにいたように、誰も登場の過程を見抜けない。
「時間の歪みは異世界との接続によるもの。扉が出現した場所で必ず起こり得ます。つまり二つの扉が出現し、片方を閉じた場合でも時間は歪み続け、三十時までこの学園は隔離される。当然学園外からの侵入はできません。二十四時を過ぎてこの学園に来ても、その時は既に零時一分を超えている。ですので、助けは来ないし、六時間の内に二つの扉を閉めなければこの学園は異世界によって侵略される」
「タイムリミットは六時間……」
「その間でしたら学園の外にモンスターが出ることはありませんのでご安心を。しかし六時間は長いようで短いかもしれませんね」
二十四時から三十時の間、この学園は隔離される。
だが三十時を過ぎれば零時になり、モンスターが外に出てしまう。
それだけは避けなくてはいけない。
「作戦をまとめる。俺と火の男、八百比丘尼で朝花の救出に向かう。水のお前は狐耳のサポーターとともにこの学園に恒常的に出現する扉を塞ぎ、その後こちらの扉へ合流」
「分かった」
「うん」
作戦会議は一通り済んだ。
「それと、一応今後のために言っておかないとね」
五蝶はなんだと愛六を見る。
「私は瀧戸愛六。これからは水のお前じゃなく、名字か名前で呼んで」
「分かった」
愛六は僕にも視線を向ける。
五蝶の視線も僕に集まる。
「ぼ、僕は日向穂琉三。よろしく」
これから戦いが始まる。
お互いを名前で呼び、いざ今夜の戦いに備えて気を整える。
やがて迎える夜に、五蝶は祈る。
朝花の生存を願って。




