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一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章2『瀧戸愛六の葛藤』編
27/110

物語No.24『満たされない』

 一時間目は体育。

 だが担当の教師が風邪で寝込んでおり、教室で自習。

 右手で文章問題を解きながら、左手で数式を解く。


 全問正解。

 当然だ。

 既に解いたことのある問題集。

 どういう理屈で正解か、何度も頭に叩き込んだ。

 間違えるはずがない。


 次は何の勉強をしようか。

 考えているだけで退屈だ。


 新しいことに挑戦したい。

 例えば魔法のような……


 私は教室から外の景色を眺めていた。遠くの方に森が見える。

 目を凝らすと、人影が動いていた。

 米粒よりも小さく見える影を、視力6ある私の目ははっきりと捉える。

 狐耳に狐の尻尾。


 私は席を立ち、先生に「トイレに行ってきます」と言って森へ向かった。

 森に着くまでに十分以上はかかるだろうが、自習はもうどうでもよかった。


 森にはやはり彼女がいた。


「稲荷、こんなところで何をしてるの? 先生とか他の生徒に見つかったら大変でしょ」


「大丈夫なのだ。私の姿は接続者にしか見えないのだ」


「そういうことね」


 杞憂だった。


 そういえば稲荷は異世界を知っていた。

 魔法のことも詳しく知っているかもしれない。


「稲荷は魔法とかって詳しいの?」


「もちろんなのだ」


 やっぱり。


「私に魔法を教えて」


 稲荷は私をじっと見る。


「愛六は強くなりたいのか?」


「私は常に優秀でありたい」


「今から魔法使いとして優秀と呼ばれるまでに至るには、死ぬほどの思いをしなければいけないのだ」


「覚悟の上だ。それでも私は優れていたい」


 少し考え込むような仕草をし、吟味するように私を見ている。

 いつもは朗らかな印象だが、それとは裏腹に殺気を感じる。


 強いのではないか。

 彼女も神妹に能力を制限されているのではないか。

 そんな気がする。


「分かったのだ。放課後、またこの森へ来るのだ」


「ありがとう」


 稲荷との話も終え、教室に戻った頃には授業は終わっていた。


 私は放課後が楽しみで仕方がなかった。





 昼休み。

 食堂で、いつもの友人と他愛もない話をしていた。


「今日ヤバかったんだ。生物の宿題終わったの二時だよ。そっから寝たから少ししか寝れてないんだよ」


「宿題するなんて珍しい。どうりで誇らしげにしてたわけか」


 木霊(こだま)が目を擦りながら言うと、(めぐみ)が合点がいったように頷く。


「ってか一昨日めっちゃ暇って言ってなかった?」


「あの日は庭の木に猿が現れたから遊んでた。そしたらもう夜なんだよ」


「猿と遊んだの……!」


「面白いよ。猿って私の真似ばっかして最初はムカついたけど、段々細かい所作とかも真似てきて笑っちゃったんだから」


 よほど面白いエピソードだったのか、笑いながら話した。


「今日は眠いし部活サボろうかな」


「もう何度目よ」


「えへへ。でも行く時は頑張るよ」


「まあ無気力でいるよりはマシかもね」


「愛六がそんなこと言うの珍しいね。てっきりサボるな派かと思ってたのに」


「極力サボらない方が良いと思うよ。でもさ、この世界は制限が多すぎるんだよ。校則とか受験とか、会社とか……死とかね。だったら全部に律儀にしたがうのって、なんか嫌だよね」


「…………」

「…………」


 二人はじーっと私を見る。


 そういえば二人にも話したことはなかったな。

 自分の心の内を。


「いっそのこと異世界にでも行きたいよね。思うがままに自由に自分を解放して……。そうやって生きていけたら……、なんてね」


 話しすぎたと思い、途中で話を終わらせた。

 話を聞いた二人は黙って私を見る。


 沈黙が続く。


「まあでも、二人といる毎日も楽しいよ」


 時計に視線を送る。


「もうすぐ授業も始まるし、教室に戻ろうか」


 真っ先に席を立ち、二人を促す。


 私は思った。

 私だけがこの世界に満足していない。


 何が足りない。



 ♤



 ようやく放課後を迎える。

 体調不良で部活を休み、稲荷と約束した森で再会する。


「おはよう愛六。じゃあ私についてきて」


 稲荷は森の奥へと進んでいく。

 追いかけるように足を動かす。


 そういえば昼休みにした話で、私は一つ疑問を持った。

 私は毎晩モンスターと戦い、夜遅くに眠り、鍛えるために朝早くに起きている。

 だが今の私に眠気はない。意識ははっきりとしている。


「稲荷って眠くなることあるの?」


「うーん、内緒なのだ」


 稲荷はひらめいたように顔を上げる。


「そういえば愛六は接続者になって一ヶ月。睡眠不足なのに眠気がないことに驚いている時期なのだな」


「あっ、そうなんだよ」


「接続者という存在は現実世界と異世界の両方に存在できるのだ。その影響で君の肉体が異世界に適するように変化しつつあるのだ」


「身体能力とかも強化されたりしてるの?」


「そうなのだ。それに魔力量とかも時間が経てば上がるのだ。たとえ何もしなくても、勝手に強くなるのだ」


 何もしなくても強くなる。

 怠惰が聞いたら大喜びだ。


「それでも、愛六はついてくるのだな」


「ああ。私はできる限りの努力をしなきゃ気が済まないんだ」


 稲荷の瞳が見透すように向けられる。


「後悔の記憶。それが今の愛六を形成しているのだな」


「本当に見透してるんだね」


 稲荷はふっと笑い、答えなかった。

 しばらく進んでいくと、森に隠された神社が見える。


「もう一度聞くよ。本当に死ぬほどの思いをすることになる」


「それでも行くよ」


「そう……」


 鳥居の前で稲荷がボソッと何かを呟く。

 稲荷が鳥居をくぐった後で、鳥居をくぐる。


「……えっ!?」


 目の前の景色を見て、騒然とした。


 そこは水の中だった。

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