物語No.24『満たされない』
一時間目は体育。
だが担当の教師が風邪で寝込んでおり、教室で自習。
右手で文章問題を解きながら、左手で数式を解く。
全問正解。
当然だ。
既に解いたことのある問題集。
どういう理屈で正解か、何度も頭に叩き込んだ。
間違えるはずがない。
次は何の勉強をしようか。
考えているだけで退屈だ。
新しいことに挑戦したい。
例えば魔法のような……
私は教室から外の景色を眺めていた。遠くの方に森が見える。
目を凝らすと、人影が動いていた。
米粒よりも小さく見える影を、視力6ある私の目ははっきりと捉える。
狐耳に狐の尻尾。
私は席を立ち、先生に「トイレに行ってきます」と言って森へ向かった。
森に着くまでに十分以上はかかるだろうが、自習はもうどうでもよかった。
森にはやはり彼女がいた。
「稲荷、こんなところで何をしてるの? 先生とか他の生徒に見つかったら大変でしょ」
「大丈夫なのだ。私の姿は接続者にしか見えないのだ」
「そういうことね」
杞憂だった。
そういえば稲荷は異世界を知っていた。
魔法のことも詳しく知っているかもしれない。
「稲荷は魔法とかって詳しいの?」
「もちろんなのだ」
やっぱり。
「私に魔法を教えて」
稲荷は私をじっと見る。
「愛六は強くなりたいのか?」
「私は常に優秀でありたい」
「今から魔法使いとして優秀と呼ばれるまでに至るには、死ぬほどの思いをしなければいけないのだ」
「覚悟の上だ。それでも私は優れていたい」
少し考え込むような仕草をし、吟味するように私を見ている。
いつもは朗らかな印象だが、それとは裏腹に殺気を感じる。
強いのではないか。
彼女も神妹に能力を制限されているのではないか。
そんな気がする。
「分かったのだ。放課後、またこの森へ来るのだ」
「ありがとう」
稲荷との話も終え、教室に戻った頃には授業は終わっていた。
私は放課後が楽しみで仕方がなかった。
昼休み。
食堂で、いつもの友人と他愛もない話をしていた。
「今日ヤバかったんだ。生物の宿題終わったの二時だよ。そっから寝たから少ししか寝れてないんだよ」
「宿題するなんて珍しい。どうりで誇らしげにしてたわけか」
木霊が目を擦りながら言うと、恵が合点がいったように頷く。
「ってか一昨日めっちゃ暇って言ってなかった?」
「あの日は庭の木に猿が現れたから遊んでた。そしたらもう夜なんだよ」
「猿と遊んだの……!」
「面白いよ。猿って私の真似ばっかして最初はムカついたけど、段々細かい所作とかも真似てきて笑っちゃったんだから」
よほど面白いエピソードだったのか、笑いながら話した。
「今日は眠いし部活サボろうかな」
「もう何度目よ」
「えへへ。でも行く時は頑張るよ」
「まあ無気力でいるよりはマシかもね」
「愛六がそんなこと言うの珍しいね。てっきりサボるな派かと思ってたのに」
「極力サボらない方が良いと思うよ。でもさ、この世界は制限が多すぎるんだよ。校則とか受験とか、会社とか……死とかね。だったら全部に律儀にしたがうのって、なんか嫌だよね」
「…………」
「…………」
二人はじーっと私を見る。
そういえば二人にも話したことはなかったな。
自分の心の内を。
「いっそのこと異世界にでも行きたいよね。思うがままに自由に自分を解放して……。そうやって生きていけたら……、なんてね」
話しすぎたと思い、途中で話を終わらせた。
話を聞いた二人は黙って私を見る。
沈黙が続く。
「まあでも、二人といる毎日も楽しいよ」
時計に視線を送る。
「もうすぐ授業も始まるし、教室に戻ろうか」
真っ先に席を立ち、二人を促す。
私は思った。
私だけがこの世界に満足していない。
何が足りない。
♤
ようやく放課後を迎える。
体調不良で部活を休み、稲荷と約束した森で再会する。
「おはよう愛六。じゃあ私についてきて」
稲荷は森の奥へと進んでいく。
追いかけるように足を動かす。
そういえば昼休みにした話で、私は一つ疑問を持った。
私は毎晩モンスターと戦い、夜遅くに眠り、鍛えるために朝早くに起きている。
だが今の私に眠気はない。意識ははっきりとしている。
「稲荷って眠くなることあるの?」
「うーん、内緒なのだ」
稲荷はひらめいたように顔を上げる。
「そういえば愛六は接続者になって一ヶ月。睡眠不足なのに眠気がないことに驚いている時期なのだな」
「あっ、そうなんだよ」
「接続者という存在は現実世界と異世界の両方に存在できるのだ。その影響で君の肉体が異世界に適するように変化しつつあるのだ」
「身体能力とかも強化されたりしてるの?」
「そうなのだ。それに魔力量とかも時間が経てば上がるのだ。たとえ何もしなくても、勝手に強くなるのだ」
何もしなくても強くなる。
怠惰が聞いたら大喜びだ。
「それでも、愛六はついてくるのだな」
「ああ。私はできる限りの努力をしなきゃ気が済まないんだ」
稲荷の瞳が見透すように向けられる。
「後悔の記憶。それが今の愛六を形成しているのだな」
「本当に見透してるんだね」
稲荷はふっと笑い、答えなかった。
しばらく進んでいくと、森に隠された神社が見える。
「もう一度聞くよ。本当に死ぬほどの思いをすることになる」
「それでも行くよ」
「そう……」
鳥居の前で稲荷がボソッと何かを呟く。
稲荷が鳥居をくぐった後で、鳥居をくぐる。
「……えっ!?」
目の前の景色を見て、騒然とした。
そこは水の中だった。




