物語No.23『魔法の壁』
五月十日。
日向穂琉三が16ポイント。瀧戸愛六が23ポイント。
六時。
私は目を覚ました。
目覚めてすぐ、私の胸に雫が落ちる。
天井から水滴がこぼれ落ちた。
下半身は水に浸かっている。
そうか。
私は風呂で眠っていたみたいだ。
もう冷めた浴槽から出て、見上げれば冬空のような冷たさが全身を覆った。
「寒いな……」
制服に着替え、等身大の鏡と向かい合う。
鏡に映る私の表情は、満たされない、と訴えているようだった。
六時半。
ミナカが現れる。
「特訓ですか」
「ああ。一人でも魔法を使えるようにならないとな」
「そうですか……」
ミナカは思っているのだろう。
どれだけ魔法の訓練をしたって、幼い頃から魔法に触れてきていない私では魔法を自由に扱うことはできないと。
私もその壁は実感している。
ある程度魔法に干渉できるようになってきた。
だが一定の領域を超えてからは魔法に干渉できなくなっていた。
成長限界。
「水玉の操作には慣れてきた。だけどまだ水玉を自力で創造することはできない」
洗面所でミナカが蛇口から出た水を球状にし、その制御を私に委ねる。
制御はできるが、肝心の水玉の創造だけは感覚が掴めない。
「愛六様は水が好きですか」
「好きな飲み物ランキング一位。夏に浸かりたい液体ランキング一位、失くなってほしくないものランキング一位、他にもあと五十七の項目で水は一位を獲ってるよ」
「さすがですね。では本当は嫌いな属性ランキング一位は何ですか」
「嫌な質問するね。私の過去を知ってる上でなんだから尚更だよ」
ミナカは初めて私に意地悪をした。
「愛六様、我は永遠にあなたに仕えるというわけではありません」
いつまでも魔法に執着するな。この世界に生まれた時点で魔法の習得は無理だ。
そうミナカは言いたいのだろう。
これまで何度もそう言われてきた。
だけど私は魔法を知りたい。
魔法に触れたい。
「申し訳ございませんが、今日は夜まで自由行動させていただきます」
「そう……。構わないわ」
私の承諾を得ると、タンポポの綿毛のように飛んでいった。
「私一人でも魔法を使えるようになってみせる」
私はミナカから教わった魔法の説明を思い出す。
理論的に覚えるか、感覚的に覚えるか。
理論的に覚えるのなら、最も有効なのは頭の中で魔法陣を思い浮かべること。その中に図形や数字などを足すことで、魔法の性質に変化をもたらすことが可能。
これを使う場合、どのような魔法陣がどのような魔法を発動させるのか暗記する必要がある。頭の中で魔法陣を思い浮かべる集中力と想像力も必要。
精霊は感覚的に魔法を使う。
精霊は自然と繋がっている。自然の力を自由に引き出せる。
それは精霊が自然と結びついているからである。
私は精霊のように魔法は使えない。
理論的に魔法を覚えることに意識を投影している。
だがミナカが創造した水玉限定で操作できるのは感覚的に使えているだけであり、理論的に説明はできない。
その説明ができれば、魔法を使いこなすこともできるはず。
感覚的と理論的の壁。
精霊は人に潜在する魔力を介さずとも魔法を行使できる。
それが月一限定で行える禁術。神妹境娘によって制限をかけられているため、禁術とミナカは呼んでいるのだろう。
それは精霊が自然に干渉でき、魔力も自然の一つだからだと考えれば辻褄が合う。
では精霊はなぜ自然に干渉できる。
そういう種族だから、と言われればそこまでだが、だとしても理由があるはず。身体の構造なのか、心の在り方なのか、はたまた見えない繋がりがあるのか。
もし精霊が魔法を使える理由が私にも可能な範囲であれば、まだ私にも魔法は使える。
ミナカは夜までいない。
話を聞くなら、ヒルコだ。
あのヒルコが私の話に答えてくれるかどうかは分からないが、行ってみる価値はある。
ホームルームが始まるまでの間、穂琉三とともに屋上に集まる。
「ヒルコ、幾つか質問したいんだけど良い?」
「分かっていると思うが、お前は私らのライバルだぜ。敵に塩を送るような真似はしねえ」
「私からも幾つか情報を提供する」
「情報?」
「魔法に関する情報。ヒルコから聞き出すのも大半が魔法に関すること。それらを交換しようってこと」
最悪穂琉三が魔法を自力で使用できるようになるかもしれない。
ヒルコは少し考える。
「お前は水玉の操作ができたよな。その秘密を教えろ。であればこちらも質問に答えよう」
「詳しいことは分からないかな。私がやったのはミナカが出した水玉に触れること。何度か試したら操れるようになった」
「なるほど。分かった」
ヒルコは納得する。
「じゃあ次は私ね。昨晩穂琉三がツチノコ強化種に当てたあの技、どうやって習得したの」
昨晩穂琉三が放った『火拳螺』についての質問。
「穂琉三の魔力総量が上がったからより複雑なこともできるようになったこと。あと、穂琉三も感覚で魔法を使えるようになったこと。だから纏う火炎を回転させるあの技も習得できた」
「穂琉三も……魔法を……!?」
呆然とした。
「お前と同じで私が纏わせた火炎の操作ができるだけだがな。お前が水玉を操作できた理由から察するに、魔法を長く触れたことで感覚を掴めるようになったんだろうな」
「穂琉三も……」
そうか。
私は異世界において優秀じゃない。
平凡な魔法使いだ。
「他に質問は?」
「いや、それだけでいいや」
背を向ける。
「何かあったらまた聞きにくるわ」
なるべく笑顔を絶やさず。
私はお前が魔法を使えるようになっていようと、なんとも思わない。
そう伝えるように自然体で。
扉を開け、階段を駆け下りる。
逃げるように走り出した。




