物語No.22『助っ人の存在』
五月九日。
日向穂琉三が15ポイント。瀧戸愛六が23ポイント。
二十三時。
私はいつもより早く学園に向かった。
既に穂琉三は共同区画の時計塔の上で待機しており、神妹境娘も一緒だった。
私が着くなり、神妹境娘は私に視線を向け、口を開く。
「瀧戸愛六。あなたに話があるの」
「何?」
不気味だと感じながらも、私は顔だけ神妹に向ける。
「この先、異世界から来る敵の強さは今のあなたたちでは対処しきれないほど強大になる」
確かにそうだ。
今の私は未だ手と足に包帯を巻き、激しい運動をすれば身体に痛みが走る。
「分かっている。だがそれはお前がミナカにかけた制限を解けば一瞬で解決するだろ」
「制限は私自身で解除できない。あなたたち精霊の主が強くなることで、徐々に能力を解放できるようになる」
「面倒な制限ね」
結局私の問題ってことか。
少しばかり不本意な回答だが、私が強くなればいいだけの話。
我慢してのみ込もう。
「今後の戦いで窮地に陥った時のために、あなたたちに助っ人が来ている」
神妹境娘の背後から、茶褐色の髪の少女が顔を出す。
最初からチラチラと見えていたが、助っ人か。
私は彼女の容姿を見て、違和感を覚えた。
「狐の耳……? ……に、狐の尻尾……? ……でいいんだよな。ってことは異世界の住人か」
「まあそのようなところです。彼女は稲荷。主にモンスターの情報、つまり弱点や能力を解析してくれます」
なるほど。
これまでモンスターの情報は一切なかったから、彼女の存在はかなり必要となってくる。
「ちなみに戦えるのか?」
「いえ、彼女は情報を与えるだけです。決して戦いません」
戦闘系でないのは残念だが、今まで得られなかった情報を得られるだけでも十分価値はある。
「よろしくね、稲荷。私は愛六。気軽に愛六って呼んでね」
「こちらこそよろしくなのだ。愛六」
私が手を差し出すと、彼女も手を差し出して握手を交わした。
友好的な様子。ため口でも問題はなさそうだ。
「では活かしてくださいね。彼女の持つ情報を」
異世界と接続が行われるまでの待ち時間、私は稲荷に質問をしてみる。
「ねえ、異世界ってどんなところなの?」
「面白い場所なのだ。魔法の技術が様々な発展を見せ、あらゆる場所に魔法が使われ、飽きないのだ」
「へえ、具体的にどんなのがあるの?」
「瞬間移動装置とか面白いのだ。あれは特定の場所と場所を繋げることで、離れた場所でも一瞬で移動できるのだ。そのおかげで移動も楽なのだ」
聞いているだけで興味が湧いてくる。
本当ならこの学園でモンスターと戦うこともなく、異世界で優雅な生活を送っていたのに。
「それだけじゃなく、他にも異世界には異世界ネットワークというものがあり、膨大な情報を隔離空間に保存することができるのだ。異世界でも最大のネットワークにアクセスすれば、あらゆる情報を得ることができるのだ」
「魔法というものがある分、異世界は楽しそうだね。この世界にも魔法があったら良かったのに」
「まあこの世界にはあまり魔力はないから仕方ないのだ。昔はあったはずなのだけど……」
「……っ!?」
私は少しだけ気になった。
「ねえ稲荷、それってどういう──」
「──そこまでですよ。稲荷さん、異世界の情報をあまり喋らないようにお願いします」
私の質問を神妹境娘は遮った。
「まだどちらが異世界に行く権利を得るのか分かりません。情報を与えすぎて、異世界の情報がこの世界に広まっては色々危険ですから」
神妹の忠告を聞き、稲荷は口を膨らませ、両手で口もとを覆った。
今の神妹の行動は少しだけ気になった。
私が稲荷から聞き出そうとしたのは異世界の情報ではなく、なぜ現実世界から魔力が消えた、もしくは減ったのかという話。
神妹の抑制を押しきって質問しても良いかもしれないが、神妹は他人の記憶を消去できる。
私は泣く泣く口をつぐむ。
しばらく私は無言で周囲を観察していた。
穂琉三もじっとそうしている。
「早く時間にならないかな」
退屈だった。
突如、稲荷の尻尾がピンと逆立つ。稲荷は後ろを向き、指差した。
「あっち。あっちにモンスターのにおいがするのだ」
まだ時刻は二十三時五十分。接続が行われるまではまだ時間がある。
半信半疑だが、信じることに価値はある。
「穂琉三、行くよ」
「ああ。そうだね」
私たちは階段を下り、稲荷が指差した幼稚園区画に向かって走る。
いつもは扉が出現し、ある程度モンスターが暴れなければ確認できなかった。
もし稲荷が扉が出現するよりも早くその存在を認知できるのであれば、現場にも早く到着することができ、交戦するモンスターの数も減る。
幼稚園区画に到着した直後、学園は二十四時に突入する。
肌を刺激するこの空気感。何度味わっても慣れない。
直後、稲荷の宣言通り、幼稚園区画の校舎の窓が割れ、モンスターが現れる。
「本当に出てきたよ」
稲荷、この先彼女の存在は鍵となる。
「ミナカ」
「ヒルコ」
ミナカは私の周囲の水玉を出現させる。
ヒルコは穂琉三の拳に火を纏わせる。
「穂琉三、魔法は全部精霊に任せてるの?」
「僕はまだ魔法の理論がいまいち理解できないんだ」
「いつか覚えなさいよ」
穂琉三と雑談している間にも、モンスターは私たちに気付き、襲いかかる。
地面を這う蛇の姿をしたモンスター。体長1メートル、胴体部分は食べ過ぎたように膨らんでいる。
「モンスター名〈ツチノコ〉。高い跳躍力を持ち、地面に潜るのだ」
「潜るってだいぶ厄介ね。その前に仕留めなきゃ」
私は直ぐ様水玉を放つ。だがツチノコは水玉がぶつかる前に地中に潜り、回避した。
「まずい。地面に逃げられた」
「穂琉三、足下なのだ」
穂琉三は直ぐ様足下に向けて拳を振り下ろす。
時を同じくして、地面から飛び出したツチノコに燃え盛る拳が激突する。
ツチノコの悲鳴が聞こえ、ツチノコは地面に倒れた。
「扉に急ごう」
扉は校舎の二階にある。
私は校舎に向かって走る。
だが、突如地面が揺れる。
「何……っ!?」
激しい揺れとともに大地が砕け、校舎と私の間に先ほどのツチノコの十倍以上の巨体を持つツチノコが出現した。
「〈ツチノコ〉の強化種。通常のツチノコより強いのだ。でもどれくらい強くなっているかは未知数なのだ」
「へえ、面白そうじゃん」
校舎に入りたいが、巨大ツチノコが道を塞いでいる。遠回りをして行こうにも、追いかけてこられれば厄介だ。
「穂琉三、こいつは私が引き受ける。あんたは遠回りして扉を塞ぎに行って」
「で、でも……」
「早くしないと、私がこのツチノコを倒して扉を塞ぐからね」
「分かった。ここは任せる」
穂琉三は校舎の裏側に回り込む。
その間、私はツチノコの注意を引き付けるべく、水玉をツチノコの顔の前に浮かべる。
水玉の大きさは五十センチ程度。ツチノコの顔を覆うには全く足りていない。
「愛六様、どうしますか」
「とりあえず引き付けて、今回は穂琉三に譲るしかないね」
穂琉三にこのモンスターは引き付けられない。
遠距離を持つ私が適任。
ツチノコは私の水玉を大口で食らった。
「ミナカっ!」
再度、ミナカが水玉を創造する。
「一口かよ。だったらその胃袋がパンパンになるまで水を食わせてやろうか」
「愛六様、残りの魔力で出せる水玉の数はせいぜい十個ほど。できる限り壊されないようすべきです」
「マジかよ……っ」
これって私の魔力量が少ないってことか。
ツチノコが私に向かって尻尾を振るう。距離をとることでかわす。
稲荷は私から更に離れた位置で戦いを傍観している。
「稲荷、あいつの弱点って何か分かる?」
「目の口の中だけです。他は鱗に覆われ、あまり攻撃は届きません」
「ですよね」
せめて水が弱点とかなら話は早かったが。
だとしたら水を飲み込むことなんてしないか。
「やっぱ穂琉三に任せるしかないかな」
私はツチノコの攻撃をかわしつつ、水玉で意識を削ぎながら逃げるを繰り返していた。
しばらくして穂琉三が扉の場所までたどり着いた。
だがツチノコが私に一切関心を示さず穂琉三に向けて突進する。
「まずい……っ!」
私は動揺する。
ツチノコは頭から校舎に突撃した。
破壊した校舎の外壁。砂煙が立つ中に、ボッと火が灯る。
拳に火を纏った穂琉三が瓦礫の上を走り、ツチノコの顔目掛けて放つ。
「……っ!?」
いつもと違う。
穂琉三の拳に纏われた火炎は旋回している。
「『火拳螺』」
拳がぶつかった瞬間、ツチノコはドリルで掘られたようにぶるぶると震え、後ろに大きく体勢を崩した。
隙を見逃さず、扉に走る。鍵を差し込み、扉は消失した。
同時にモンスターは光の柱に貫かれた。
「終わりましたね」
何でだろう。少しだけ嫌な気分だ。
普段はどんな困難でも簡単に乗り越えてきた。
勉強も、スポーツも、努力を積み上げてあっという間に乗り越えた。
だが今回の戦いで私は穂琉三に任せた。自分で解決しようとせず、他力本願で挑んだ。
モンスターとの戦いにおいて、魔法は必須の技術。
だがそれを極めるには多くの時間が必要になる。
ここに来て私は、魔法の難しさに苛立ち始めていた。




