案件73「この兄妹は・・・4」
とりあえず、蜃気楼が発生するのと同じ原理でなんとかしたわけだ。
「鏡映しの蜃気楼だな、これは」
流そうとしているというのに、リーサは話を続けようとした。
「えっ、まだやるつもり?」
「解説担当だからな」
短い返事だった。ご尤もですし、また向こうの三人は膠着状態なので、構わないんですけど。
はてさて、鏡映しの蜃気楼とは一体なんでしょう?
「蜃気楼が光の屈折によって生まれるのは知っているだろ?」
「温かい空気と冷たい空気の間で起こる現象ね。空気の密度が高まることで、光が温かい方へ屈折させられるのが原因だっけ?」
「言葉で表してしまうと、概ねそんな説明になるな。砂漠や海洋で見られることが多い」
うん、確か学校で習った範囲の説明であってた。習ったんじゃなくて、雑談程度に話してたのを覚えてただけだっけ?
「鏡映しっていうのは、本当に鏡を作るわけではないんだが。まぁ、湖とかに景色が映り込むのを見たと思う。平たく言うと空気を水面のようにしたわけだ」
ポツポツと、言葉を確かめるように説明してくれた。
水に映るのは全反射が起こるからだな。水は少なからず光を反射するけど、角度によってはほとんどの光線を透過しないこともある。
「並の室温ならそんなことできないんだけど、幸いにも誰かさん達が焼き窯を作ってくれてたお陰だ」
犯人は大体目星がついているのだろう、呆れるようにリーサが口元を歪めた。
はははっ、よくやってくれたブロスとガラムさん……。
「そうなると……まさか、『クラッシング・アイス』や『ウィンド・バースト』を無駄打ちしてたのって?」
「そっ、片一方を冷やすためだろう。そして、何度も片方に意識を向けられれば、正面を見ているようで別のところに注意が行ってしまっているはず」
「でも、パキラほどの探索者が、もう一方に動いたユウガオを見逃す? 目で追えないほど視野の外じゃなかったはずよ?」
「それこそが私達に見えない分身の正体。盗賊娘の『ミスト・ヴェール』が、最後の幻を作り出したのさ」
パキラから直進していくはずの光は、温かい空気に捻じ曲げられて冷たい空気のある一面を湖に変えた。
なんの意趣返しか、竜巻を相殺することまで読んで氷の冷気を一箇所に集めたのである。
多少右側を見ていたからと言って、顔は正面を向いていたのだから左端にユウガオの黒装束を捉えられていたはずだ。果たして、それすらも出来なかった理由とは?
「確か、人間などに似た生物は左右で視野が違うと聞いたことがある」
「あっ……」
リーサの言葉で、その原因に思い至った。
利き目だ。学校の教習とかでも、視野が広い目があることを教えてもらうはずだ。
「なるほど、パキラは右目が利き目なのね。当てずっぽうが正解だったから良かったものの、良くこんなことできるわ……」
大半の人間の利き目が右とは言っても、ためらいもなくやってのけたことに感心した。それに乗っかったアサガオも。
「なるほど、そういうことかい……。色々と腑に落ちた。視野まで見抜かれているなんて思わなかったよ」
睨み合いを続けていたパキラが、俺達の解説を聞いて納得したようだった。
彼女にしてみれば、幻覚を見せられていたくらいの出来事だったろうからな。
「拙者は間者でござるから」
パキラの呆れたような、感心したような顔を見て、ユウガオは自慢気になってみせる。
「うわぁ、ドヤ顔ウザいッス。一体、どこまで調べてるんッスか?」
水を差したのはアサガオ。
「それを訊くでござるか? 言っちゃっても良いでござるかぁ?」
「ウワァ……」「こいつ……」
からかうくらいのつもりだったのだろうが、その言い方は二人共マジで引いてるぞユウガオ。
これにはこの兄も、少しダメージを受けたようである。
「さすがにその反応は傷つくでござる! 良くて、ここ一~二年の身辺状況ぐらいのものでござるよ」
裏を返せば、それだけの間はパキラのことを付け回していたってことだ。
合間、合間に調べていたとしても、一緒にいる時間の方が長かったと思うんですけど? そりゃ、本人に限らず関係者から話を聞くって手段もあるけどさぁ。
第一、そこまでして彼女のことを追う理由なんてなかったはずだ。
「どうして私の周囲を嗅ぎ回っていた?」
「それは、『やられ方が格好良いパキラ』という異名が気になったからでござる」
「異名が?」
「腕が立つということは聞いていたでござる。なぜそれほどのガーデンロード兵が兵役を辞し、探索者に身をやつしたのか調べたくなったんでござるよ」
「お前っ!」
淡々としたパキラの問いに、これまたユウガオも抑揚なく返事をしていった。
そして、過去に関することに触れられて反応が変わった。純粋な怒りが浮かび上がっているのが、俺にだってわかる。
「男社会に身を置くのも楽じゃないでござるよ」
「……っ」
続く言葉に女は屈辱を滲み出させた。
それだけで、なんとなく何があったのか想像できてしまう。自分を蔑んだ世界から抜け出した後も、同じ轍を踏まないために噛ませ犬を演じ続けた苦しみも。
「だから考えたのでご」「黙れ!」
パキラは言葉を遮った。
「黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! ――!」
これ以上は聞きたくないのもわかるが、続くセリフがわかったからこそ悲しかった。




