案件15「賢者がやってくる2」
チマッ。
俺の目の前に入る人物を言い表したら、そのオノマトペが出てくる……。
距離が近いと、視線を少し下げなければいけなくなる。
そう、そこにいる六~八歳に見える少年こそが、賢者ことエントラさんである。
チマッ、だ。
ちなみに、決して変な毒薬の副作用ではない。紛うことなく、齢10に満たない子供だ。
「どうして、貴方がここに……?」
「それは僕のセリフですよ、勇者様っ!」
エントラが、目頭に涙を溜めて俺の質問を蹴る。
そして訊いた。
「なんで僕の前から消えたんですか!?」
そんなことは、言葉にすると至極簡単なものだった。けれど、エントラの――目の前の少年を見て口に出せるわけがない。
「……私の勝手な都合よ」
誤魔化す台詞しか出てこなかった。
それでも、そこに全てを内包している。
勝手に勇者をやって、勝手に勇者を止めて、勝手に魔王を倒そうとしている。ただ、それだけ。
勇者などと嘯く、勇者などと格好をつけている愚かな女なのだ!
エントラは食い下がる。
「僕がどれだけ勇者様のために戦いたいと思っているのか、わからないのですかっ? そこに入る間者や盗賊なんかよりも、もっと!」
やめてくれ。
繰り返される「もっと! もっと!」という声に、耳を塞ぎたくなる。
そんなことは、決して俺や勇者ちゃんのためにならないんだよ……!
「賢者のは……ただの優しさの押し売りなのよ! 勇者である私に対して、恩を押しつけてるだけでしょ……」
約束を変に守って、勝手についてくるユウガオやアサガオとは違う。
『思い遣り』という名の束縛だ。
なぜ、そんなに勇者を縛る!?
「押し売り、だなんて……。勇者様が、僕のことを好きだと言ってくれたからですよ!」
エントラが答えた。
何を言っているのか分からない。
「そんなことを言った覚えはないわよ? 賢者の才能に惚れこんだのは間違いないけれど、それは……」
ユウガオやアサガオと顔を見合わせる。
「賢者殿イコール才能の塊、ってことでござるか?」
「それイコール賢者様に惚れた、ということッスね」
「あっ……」
これ話通じない奴だ。
エントラは言わば、ストーカーっぽい性格なのである。
勇者ちゃんという偶像を強く信用してしまった。すなわち、狂信者。
だから、アイドルが勇者を止めたら怒るのだ。賢者は。
「勇者様! どうか、僕の気持ちを分かってくださいっ!」
腰に抱きついてくる少年は、なまじ頭が良いから行動力がある。
そして、なまじ子供だからこそ、拒絶した時にどんな癇癪を起こすか分からないのだ。
さて、どうしたものやら。
「感動の再会に水を差して悪いんだけどさ……」
そんな折、誰かが話しかけてきた。軽戦士っぽい奴だ。
「この人達は誰よ、賢者?」
「ここへ来るまでの繋ぎに雇った探索者ですよ」
なるほど。
賢者は完全に魔法後衛職だから、前衛に彼らを利用したのだろう。
ただ、彼らの顔になんとなく見覚えがあるんだが。
「つかぬことを聞くけれど、どこかで会ったことあるかしら?」
そこまで頭が見えているのに思い出せないのが気持ち悪くて、尋ねた。
答えてくれたのは、魔法使いらしき人。
「初心者ダンジョンでこっぴどくやられた探索者だよ!」
「あぁっ! 思い出した!」
あの時の四人組だ。行く先々で、なぜか俺やダンジョンマスターに倒されてたな。
痺れを切らしたって感じで、ちょっと蔑んだ風に口を挟んできたのは重戦士の男。
「おいおい、勇者様って。もしかして、あんたが噂の没落勇者か?」
「だーれが、小児愛者の没落勇者ですってぇ!」
「そこまで言ってねぇよ!」
誤解を招きそうなので、そろそろエントラには離れてもらいたいものである。
さて、ここでまた蚊帳の外に追いやられていたヘルが口を開く。
「そろそろ話しは終わっただろうか? こちらは、食事を邪魔されて腹に据えかねているのだが」
「あら、ごめんなさい。そういうことなんで、お話はこれまでね」
探索者の四人には悪いが、後はヘルに引き継ごうと思う。
探索者達は、悪の中の悪たるダンジョンマスターの気に当てられてたじろいだ。
「……」
背中を見せないだけ、できた探索者だな。
エントラの支援があったとは言え、ここまでやってくるんだから腕は確かなのだろう。しかし、相手が悪かった。
リリシアを例に取った通り、ダンジョンマスターを怒らせて無事で済むわけがない。
「ヘル、大丈夫?」
「大丈夫だ、問題ない」
たぶん、俺の言いたいことは伝わっていないな。
ダンジョン内だから体の傷は残らないとは言え、心の傷は残るんだぞ?
「大丈夫?」
大事なことなので二回確認しました。
「大丈夫だ……たぶん」
ホントかなぁ?
気がおかしくなった探索者が街で人に迷惑を掛けるなんて事件、そうそう起こして欲しくないぞ。
『た、助けて――』
ヘルに連れ去られていく四人の探索者達。
俺は心の中で「成仏しろよ」と手を合わせておいてやった。
こうして、しばらくその探索者達の姿を見た者はいないという。




