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案件9「恋は女の子がハピハピするのに必要な魔法なの」

 ディナーの後、事情を説明した。


「大概は理解出来た。俺に聞きてぇって内容については、解決方法ならある」


「!?」


 さすがは“マテリアル”に精通したダンジョンマスター。


「もったいぶらずに教えてちょうだいよ」


「貸し一つだぜ?」


「菓子でもオカズでも何でも上げるから! 早く!」


 ちょいとばかし慌て過ぎている気もしなくもないが、探し求めていたものの答えがあるのだからいたしかたない。


 魔法の申し子とまで呼ばれたブロスだ。魔法と武器の併用で戦うリーサとは違う。


「簡単な話、『オート・ヒール』と同じように一定の変化に対して発動するようにすれば良いんじゃねぇか」


「あっ……」


 言われて見て、とてつもなく簡単な理屈だと気づく。


 『オート・ヒール』という魔法は、肉体が損壊することで自動的に治癒が働くものだ。水の“マテリアル”を疑似的に対象へ刻み、効果発動まで保持する性質もある。


 生物や物体に刻まれている“マテリアル”は、電子回路のようなものだ。


 動作を反転や遅延を可能とする部分があってもおかしくはない。


「さすがに元から生物や物体に刻まれている“マテリアル”を読み取ることはできないけれど、“スクロール”を手に入れれば解読はできる?」


「できるだろう。だが……かなり入手困難だろうな」


 そう、問題は『オート・ヒール』の“マテリアル”を刻んだ“スクロール”が手に入るか否か、だ。


 存在する場所はわかりながらも、二の足を踏むところにある。


「『オート・ヒール』ほどの“スクロール”は、30レベル越えのダンジョンでもなければ難しいわね」


「リリシアのダンジョンでさえ25レベル前後だったはずだぜ」


 残るは一か所、遥か北、水の“マテリアル”ダンジョンである。


 一番、立ち寄りたくない場所でもある。


「……まぁ、やるしかないわ。ここまで来て引き下がったんじゃ、魔王討伐なんて夢のまた夢よ」


 ヤケクソ気味の笑顔で自分を奮い起こす。


「そうか。今夜は天国への階段を用意してやろう」


「はいはい、夢心地になれるようなベッドを貸してくれるのね」


 ブロスの好意を受け、その日俺はゆっくりと眠りに就く。


 つもりだったのだが、不意に断末魔の声で意識を引き上げられてしまう。


「……なに、よ?」


 茅葺の竪穴式住居にベッドを置いただけの簡素な寝床で、俺は外の様子に目を向ける。


 窓代わりの穴から、燃え上がる人の姿が見えた。


 似たような死に際の悲鳴だったので、それがダンのところで追い返した探索者だと思い出す。


 だからどうする訳でもなかった。外に別の気配があることに気づいて、寝たフリをすることになったからだ。


「スゥ、スゥ」


 探索者どもは四人組だったので、何人かが侵入してきてもおかしくはない。


 一人分の気配しかないため、さっさと始末して、別のところで寝ているアサガオとユウガオに合流するつもりだ。


 ベッドへと近づいてきたところで、腰辺りに足を巻きつけて捕まえる。生憎と“爆蹴ズⅢ”は脱いでいるため、不意打ちに頭突きを鼻面へと叩きむ。


「女の子の寝室に忍び込むなんて、礼儀がなってないわね!」


 つもりだった。


「まっ、てっ!」


「っ!」


 頭同士をぶつけ合う直前に、何とか静止させることができた。ヒヤリと嫌な汗が出てきやがった。


 見つめ合う。


 無意識な吐息さえ感じあえる距離。


「抽選から漏れた探索者のクレーム処理をしてたんだよ。他に残党がいないかの確認だ」


「相変わらず、こんな時間まで御苦労さま」


 囁くだけで通じあう。


「全くだぜ。挙句には背骨が疲労骨折されそうになってやがる」


 総毛立った足を(たしな)めるように、優しくタップしてくる。


 誰にも邪魔されないと思って、ポンチョとチュニック以外は脱ぎ棄ててしまっていた。


 慌てて足を解いてやる。


「ご、ごめんなさい……」


 しかし、ヒロインに骨折られるなら本望ではないだろうか。


「共同でダンジョンマスターをするって話。別に、無条件で受けてやっても良いんだぞ」


 願ったり叶ったりなお誘いだが、首を横に振った。


「どうして?」


 訪いかけられる。


 答えは至って単純だ。


「……から……」


「?」


 この距離でさえ伝わらないか細い声を絞り出す。


「甘え、ちゃう……からっ」


 何に? 簡単だ。


「ブロスに! お風呂も毎日入れて、美味しいご飯も出てきて……そんなの魔王討伐なんてせず、ずっと甘えていたくなるのっ!」


 勇者だって人間だ。


 楽な方へと流されたくなることだってある。元から、嫌な現実から逃げてきたんだから。


「フフッ……ハハハッ! 勇者も所詮は、天より堕ちて俗物となることを憧憬し、保持欲求を渇望するか!」


「わかりやすく言うとどうなるッスか?」


 アサガオお前、起きてきたのか!?


「勇者や救世の人なんかじゃなくて、名利があればそれに食い付き、自己愛を優先するくだらない人間になり下がることを強く望んでしまうんだな」


 そういう言われ方はちょっと……。


「なるほど。ちなみに、そんな勇者様のことをどう想っていらっしゃいますッス?」


「勇者を止めても良い人であり続けようと拘り。気持ち勝気に見えるようで、本当は幼い少女のような甘えたがりなところも嫌いじゃない」


「難しく言うと? ッス」


「勇者という立場に縋りつく吸虫の如き愚者。気丈にして男勝り。怠惰で堕落したこいつを叩き直したくなるぜ」


 なぜわざわざ言いなおさせた。


「難しくというより、ただゲスな表現にしただけじゃない……」


 たぶん、容易く乗せられる程度に、俺やブロスの動揺が手に取るように分かるということなのだろう。


 ブロスだって、顔が元から赤い所為で分かりづらかったが、僅かに紅潮させている。


 アサガオ自身、ついさっきまで何があったのかを分かっていないはずだが。


「ブロス、今回寝首をかかないのは取引故の温情よ! 次はないと思いなさい!」


「……死ぬ覚悟ができたのならいつでも来るが良いさ。その時は更なる恐怖を味あわせてやるぜ!」


 とりあえず、これまでと同じ調子で誤魔化しておこう。引き分けだよ。


「勇者様」


「何?」


「『恋は女の子がハピハピするのに必要な魔法なの』ッス」


「はっ?」


 仲間の一人が、いきなり意味不明なフレーズを口にしたのだ。


 ついに脳味噌が腐りきってしまったのかと、疑いの目を向けたところで許されるはず。


「それじゃ、兄者を躾ける作業に戻るッス」


 何のフォローもなく立ち去られても困る……。


 俺は翌朝に北へと発った。寝不足の目を擦って。


 謎のフレーズを一晩ほど呟き続けた結果だ。

 感想とかは作者がハピハピするのに必要な魔法なの☆

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