第6話 獣人族の少女
前話———俺は自分のステータスのひどさに気絶してしまい目覚めたら見知らぬ部屋のベットの上で寝かされていて、俺のことをご主人様と呼ぶ獣人族の少女が目の前にいた・・・
「えーっと、君は誰?」
俺は目の前の少女にそう問いかけた。
「あ、えっと、ハイッ!私の名前はルアと申します。本日よりこの命尽きるまで誠様の従者を務めさせていただきます。わたくしの身も心も誠様のものです。誠様の思うがまま私をお使いください。」
ん?この子、頭大丈夫ですか?
「えっと、あの、俺が君のご主人様っていったいどういうことなのかな?」
俺は今この状況下についていけずとりあえずいくつか質問してみることにした。
「ハイ、ご主人様、私たちメイドはかの異世界より召喚されし勇者様に使えるべく幼き頃より英才教育を受た、いわゆる勇者様専属のメイドでございます。」
「えっと・・・私たちってことは俺以外の勇者つまり俺と一緒に来た仲間たちにも君みたいな専属のメイドがついているってこと?」
「ハイ、その通りでございます。ご主人様」
この勇者専属のメイドルアによると各勇者に必ず一人は専属のメイドが付き従うらしい。
それもただのメイドではない幼き頃より英才教育を受けたメイド、いわゆるエリートメイドさんなのである。しかもこのメイド勇者専属というだけあってご主人様である勇者の命令は絶対逆らえないように各勇者と奴隷契約を結ばされているとのことである。仮に主人を裏切るようなことがあれば体に刻まれた奴隷の刻印が自身の体を蝕み最終的には死に至るとまで言われている。
俺はそれを聞いた瞬間自分の中に底知れぬ不快感を感じた。
しかし後から知ったことなのだが、クラスのみんなはこの奴隷制度を最初こそ可哀想だとかなんだとか言っていたらしいがだんだん慣れてくると命令することに関して何の躊躇も無くなってきて今では夜のご奉仕までさせている奴もいるらしい。
全くうらやま、じゃなかった。最低な奴らだ。俺は彼女が嫌がることは絶対にしないでおこう。と、いうか女の子が本気で嫌がることは普通に考えてやってはいけないことなんだと思う。
そう決意を固めてとりあえず話の続きに戻るとしよう。なんとなく話の流れも見えてきたし。
「あーまずは自己紹介だね。俺の名前は知ってると思うけど黒川誠えーっと、まぁーとりあえずよろしくね。」
俺はそう言って彼女に微笑みかけた。
「えっと、とりあえずそのご主人様ってのやめてくれないかな?なんかむずがゆい」
「それでしたらルアはご主人様のことを何とお呼びすればよろしのですか?」
「えーっと、普通に呼び捨てでいいよそれに敬語もいらないよ。勇者って言っても君たちとさほど年齢は変わらないしさ」
「そ、そんなわけにはまいりませんっ!自身が仕える主に対して呼び捨てなどありえませんっ!」
「どうしても?」
「どうしてもですっ!」
「んーならせめてご主人様ってのだけは勘弁してほしいな?」
「そうですか。ご主人様のご命令とあれば仕方ないですね。」
やったとりあえずご主人様はってのは封じたぞ。これで少しは彼女も安心できるかな?変な気を使わせなくて済むかな?
「それではこれからは誠様とお呼びしますね!」
んーこいつは手強い。てっきり「さん」とか「君」とかを期待していたのに。まさかの「様」とは予想の斜め上を行った。
「えーと、つまり呼び捨てでもいいよってことなんだけど」
「さっきも申し上げたとおり呼び捨てはできません。もちろん敬語もです。」
完全に八方塞がりだ。これはあきらめるしかない。
「はぁ~わかったよもうそれでいいよ。」
「はい!誠様!」
俺の承諾に彼女はとてもうれしそうに答えた。
「で、ルア今みんなはどこにいるの?てか、今何時?」
俺は自分がどれくらいの時間気絶していたのかもわからないし、クラスのみんなが今どこにいるのかもわからないのでそこら辺を聞いてみた。
「はい、今は午後3時です。他の勇者様方はダスト騎士団長とともに王国四師団の方々と第一訓練場にて訓練を行っております。」
「ちなみに誠様が気絶してから3日が経っております。」
「なっ!3日も!?」
俺は自分が気絶してからそんなにも時間が経っているとは思わなかったので少し驚いた。"少し"というのは自分がそれくらい寝ているだろうという自覚があった。
それというのも夢を見ていた。何の夢かはハッキリと覚えていない。しかし俺は夢の中で何かと、誰かと、話をしていたような気がする。内容は思い出そうとすればひどい頭痛が襲ってくる。まるで思い出すこと自体がいけないというかのように。
っと、それより俺も訓練に行かないと。そう思った俺はさっそく訓練場に向かうべくルアに案内を頼んだところ、ルアは少々気まずげな顔をしながら俺の名前呼んだ。
「えっと、その、誠様。」
「ん?どうかしたのルア?」
俺はルアの気まずげな表情を見て不思議に思い先を促した。
「えっと、その、第一王女のララ様が・・・」
「ララ王女がどうかしたの?俺が訓練場に行くと何か問題でもあるの?」
俺は何故ここでララ王女の名前が出てくるのかを不思議に思いルアに問い返した。
するとルアは今にも泣きそうな顔と声で俺にこう告げた。
「ララ王女様が、誠様は屑で無能だから訓練など必要ないと。なので訓練場にくる必要がないと申しておりました。」
ルアはそう言い終わった後、俯いてしまった。よく見るとルアの頬から涙が零れ落ちていた。
いくら王女様といえど自分の愛する主を馬鹿にされたのだ。今ルアの心の中は怒りや悲しみで埋め尽くされていた。
勿論ルアだって最初は黒川誠という男を信用していたわけじゃない。
勇者がメイドを選ぶ時の目は今でも忘れられない。実際可哀想だと言っていたのは最初だけで30分もたたないうちに完全に主従関係ができてしまっていた。中にはひどい命令もする人もいた。
だから怖かったのだ、今度は自分の番だと、自分が勇者様の奴隷になればひどいことをされるのは目に見えている。そう、最初からわかっていた、自分は虐げられる側で弱者でしかないということが・・・
一生を奴隷という籠の中の鳥だということも。だから最初から諦めていた。せめて殴られないように、酷いことをされないように笑っていよう気丈に振舞おうと・・・
そう決めていたはずなのに・・・あの時の誠様の私に向けてくれた笑顔が忘れられない。
私は物心ついた時から人の心が、考えていることが読めてしまうという固有能力”読心術”というスキルを保持していた。
勿論このことは私の死んでしまったお母さま以外誰も知らない。もしこのことがほかの人に、それも王国に知られでもしたら私は今頃無事ではないだろう。
それに今でこそこの能力を使いこなせることができるが、昔はそこまでうまく使いこなせなかった。ふとした瞬間に相手の感情や思考が自分の中に流れ込んでくるのだ。うまく制御できるようになったのも最近になってからだ。
なので実は誠が目覚めてからはずっとこの読心術を発動していた。自分の主が何を求めているのか、その求めに対し早急に答えれるように。
しかし結果は意味がなかったというべきだろうか。
我が主は何も望んではいなかったいや、何も望んではいなかったというのは間違いだろうか、ただただ誠様は、私のことばかりを心配なさってくれていた。
目覚めてからずっとだ。だからこそ誠様の口からご主人様と呼ばなくてもいいよという言葉を聞いた時耳を疑った。だって誠様は心の底からそう思っていたのだから。
他の勇者様達は口ではそう言っていても心の中はどす黒い感情や思考でいっぱいだった。読心術を使える私にはそれが嫌というほど伝わってきた。
私は今まで虐げられるのが当たり前だった。出会う人すべてに侮蔑と差別の目を向けられ続けてきた。だからこそほかの人にとっては当たり前でも私にとっては、先程のご主人様の笑いかけてくれた顔が、優しく声をかけてくれたことが何よりも代えがたい幸せとなった。そのとき私は思ったこの人の力になりたい、支えになりたい、身も心も捧げ一生をこの人のために生きていきたいと・・・
いつの日かお母様は私にこう言っていた。
いつかあなたを思ってくれる人が現れると、笑顔を親しみをそして愛情を向けてくれるそんな人が現れると。そしてそんな人が現れたら迷わずこう言いなさいとお母様は私に言った。
その人が今目の前に現れたのだ。なら私はもう迷う必要はない。言うべきことを、伝えるべきことを自身の生涯を捧げる主に誓おう。
そう決意しルアは自分の気持ちを言葉にしていく。
「誠様聞いてください。」
「え、ちょ、どうしたのルア。どこか具合でも悪いの?」
俺は突然涙を流したルアに超絶パニックになっていた。はっきり言ってララ王女が俺のことを悪く言っていたのはどうでもいい。それより今は目の前で女の子が俺のために泣いてくれているんだ。何とかしないと。
そう思っていた矢先ルアから聞いてほしいことがあるとお願いしてきた。なので俺は深呼吸してルアに真剣な眼差しで向き直った。なぜかわからないがこの時ルアが、この目の前で泣いている少女がとても大切なことを伝えようとしているように感じられたからだ。
そして・・・
「誠様、私には固有能力があります。スキル名は読心術。相手の感情や思考を任意で読み取ることができます。」
俺は彼女が口にした内容に心底驚かされた。だってこの異世界には固有能力を持った人は存在しないと聞かされていた。それこそ召喚された勇者の中でも数人にしか発動しない貴重なものだと、その証拠に今回の勇者召喚では小鳥先生しか固有能力を持っていない。だから異世界人であるルアが固有能力を持っているなんて普通はありえないのだ。それにこんなこと国にでも知られたらルアはどうなるか目に見えている。
何故そんな重要なことを自分の命にかかわるようなことを俺なんかに話したのか。
「ルア、君の固有能力については分かった。しかし何故そんな自分の命にかかわるようなことを俺なんかに話したんだ?」
俺はそう問い返した。
俺の問にルアは心底うれしそうに答えた。
「誠様が真剣に私と向き合おうとしてくれているからでございます。なので私も誠様に対して真剣に向き合おうと、そう思いました。今まで私は出会う人すべての人に侮蔑や差別の目を向けられてきました。理由はこれです。」
そう言うとルアは自身の尻尾と耳をつまんで見せた。俺には最初ルアが何を言いたいのかが理解できなかった、しかしすぐにルアの言いたいことが理解できた。
人族にとって獣人族とは魔族と同じく差別すべき対象なのである。
だからルアは今までずっと人間によって虐げられてきたのである。だからそんな自分に対して初めて真剣に向き合ってくれた人間が俺だったということになる。
その時俺は思った。たとえ誰が何と言おうと全世界が敵に回ろうと俺だけは彼女の味方であり続けようと・・・
そして彼女は紡ぐ自身の思いを・・・
「誠様、私をあなたの奴隷にしてください。」
この時、彼女の今までを思えば断るべきなのだろう。ちゃんと自分と対等に扱うべきなのだろう。しかしそれをしてしまうと彼女自身を否定することになってしまう。彼女は今まで虐げられてきた。本当は奴隷なんかになりたくないのではないか俺はそう思った。しかし彼女は言った俺に対し真剣に向き合うとその結果彼女から奴隷になりたいと言ってきた。ならそれは彼女の偽らざる本心なのだろう。だから俺も彼女に真剣に向き合うことにする。今の俺の思いを彼女に伝えるんだ。
「ルア」
俺はできる限り優しく彼女の名前を呼んだ。
俺が名前を呼ぶと彼女はびっくっと震えた。たぶん怖いのだろう拒絶されることが、彼女は今読心術を使っていない、それはすぐに分かった。
そして彼女は恐る恐る顔を上げた。その顔は今にも泣きだしそうである。
「ルア、俺の奴隷になってください。」
そう一言俺は彼女に伝えた・・・