零度真央 #8〜開戦〜
校内に入った俺は妙な気配を察知した。
「人の気配ではあるが、敵意も殺意も感じられない」
「違うとは思うけれどあえて聞くわ。まだ帰宅していない生徒か教師、もしかしたら真央のお姉さんではないの?」
「どちらでもないな。それに、優の気配なら三階あたりから馬鹿みたいに垂れ流れている。それと一緒に人間のものではない気配も垂れ流れている所を考えると優は天風楓と名乗っている天使と一緒にいるらしい」
それよりもこの妙な気配だ。魔法を主に扱うサキュバスならば分析魔法を用いて誰が発するどのような気配なのかが瞬時に分かるらしいが生憎、俺にはその能力が無い。と言ってもこの気配の正体が分からない訳ではない。俺の今までの経験から妙と感じただけだ。
「この校内にいるほとんどが天風楓の操り人形という訳か」
天使の力を用いて生徒職員を支配下に置き、駒として扱うつもりなのだろう。俺たちの世界の人間で試し、成功したからと言って同じ手を使うとは。
「天風楓も優に負けず劣らずバカみたいだな」
俺の言った悪口が本人の耳に届いたのか、はたまた俺が声を張り上げ過ぎたのか、バカな天使の支配下に置かれた哀れな人間たちの気配が迫って来た。
「ちょっと、何か近づいてきているようだけれど」
「俺たちは戦えないぞ」
「心配するな、人間ごときに負けるようでは魔王など勤まらない。着いて来い」
玄関から教室棟の廊下まで二人を引き連れた俺は、二人を壁際に寄せて背に隠した。
「さぁ、開戦だ」
廊下の左右から二百を超える人間たちが俺たちに襲い掛かって来た。
「真央、この人数を一人で相手できるの?」
「心配される必要などない」
そう言い、俺は身体に宿る力を体外へ解放した。空気が震え、凍てつく様な力は迫りよる二百の人間を軽々と弾き飛ばした。
しかし相手は悪魔のような天使テンの支配下にあり、命が尽きるまで倒れることは許されていなかった。
「奴は人間を消耗品としか思っていないみたいだな」
そう感じた瞬間、俺は人間ではないのに心の底から腹が立った。
「このまま戦い続ける訳には行かないな。あまり手荒な真似はしたくなかったのだが、仕方ない。無から生まれよ、ゴーレム」
俺がそう唱えると、何も存在していなかった空間に岩石が生まれた。それは次第に巨大化し、人型にまとまった。
「この世界では力が不安定になるようだ」
俺は二メートルほどのゴーレムを作ったつもりだったのだが、出来上がったゴーレムは五メートルほどの体長になってしまっていた。
「あまり大暴れするなよ」
生まれただけで一階の天井を崩壊させているゴーレムに俺はそう告げ、人間への攻撃命令を出した。
「ここはゴーレムに任せて俺たちは先に急ぐぞ」
「任せても大丈夫なのか?」
大暴れしないように気を付けながらも、徐々に校舎を崩していくゴーレムを見上げながら博はそう聞いてきた。
「保証は出来ない。でも、今は俺を信頼してくれ」
博は何も言わなかったが、小さく首を縦に振った。
「ゴーレム、少し身体を借りるぞ」
人間たちの相手をしていたゴーレムは俺の声に応えて身を低くした。俺はそのゴーレムの身体に飛び乗り、ゴーレムが生まれたことで崩壊した部分から二階へ上がった。
「ゴーレム、冷利と博を連れて来てくれ」
ゴーレムは大きく頷くと大きな右手に冷利と博を乗せて二人を二階へ導いた。
「時間が無くなって来ている。早く行くぞ」
二階に来ると人の気配は完全に消えていた。しかし、それがまた妙に気持ちが悪く、居心地が悪かった。
「魔王は一階を抜けたようだ」
御影高等学校三階にある生徒会室で最も目立つ場所に設置された玉座に座る魔王に悪魔と呼ばれた天使はトモに生徒会室で魔王を待つ勇者にそう告げた。
「楓さん、二階には何が?」
「僕の忠実な駒たちが待っている。もしかしたら、魔王は僕らの前に現れる前に倒されるかもしれないな」
天風楓は気持ちよく笑い、空で煌々と光を浴びる満月を眺めた。
午後一〇時二九分、満月は薄く黒い雲に隠された。
今までの平和?な日常から一変して今回からは真央率いる魔王側と天風楓と優の天使側との戦いが始まりました。
今回の話では真央が魔王としての力を発揮する話ですが、次回は冷利に注目していただければと思います。博は相変わらずの扱いです。
それではまた次回。
東堂燈




