話が意外な方向に転がっていく
彼女の父親から「岡崎家の条件」を知らされはしたが、果たしてそれは本当の事なのか興信所を使ってまで春香の事を調べる必要なんて果たしてあったのか、なぜそこまでして彼女を引き留める必要があったのか。
だいたい街角のどこにでもある小さな菓子店なんて存続出来なかったら自然と淘汰されるはずだし、どうしても存続させたいなら少々金を積んで有名どころのパテシエでも何でもヘッドハンティングして取り込めばいいだけなのに何を考えているのか分からない。実際調理に携わる人間ほどその傾向があるし箔も付くから断られることなんてないはずだ。
いくらずっとアルバイトで働いていたからと言っても小娘一人で大した戦力でも無かったはずだし、製菓に携わるより店のマスコットみたいなものだったんじゃないのか。それに、もう数年現場から離れていたからズブの素人と何ら変わらないだろうし。
疑問ばかりが膨らんでいくが、あいにく仕事が忙しくて調べる事が出来ずにいた。と言えば聞こえがいいが、正直本当の事を知るのが怖かった。
あの時、急にフランスに行けと指示を出されて何のためにレストラン巡りをさせられたか。はたまたホームステイ先が修行させられたレストランの女主人だったこともおかしな話だし、そもそもあの家にホームステイが決まっていたのは最初から仕組まれていた事で、ちょっとほかの国に行って見聞を広げてこいって言うのは建前だったのではないかという疑念ばかりが頭にこびりつき、三年という決して短くはない時間を弄ばれただけな気がして家族とも顔を合わせるのも嫌で口も利かずにいる日々が続いていた。
一番の懸案事項で人妻である春香に連絡を取るのも憚られ、だからと言ってこのまま終われるわけでもなく、何よりまだ自分が納得できていない。
踏ん切りがつかないままブライダルの展示会の日が近づいていた事に気が付いた。案内状を彼女の家に送ってもらうことにして自分の分は自宅のリビングに放置した。きっと母が勢いをつけて出かけて行くだろう。兄貴の時は相手が相手だから何一つ手を出せなかった分、彼女には色々やってあげたいと言っていたし。俺的には勘弁して欲しい。女の買い物ほど退屈な事はないし俺など関らなくても問題ない。まったく乗り気じゃない彼女もその方がいいだろう。店の宣伝にもなるし。しかし、自分の母親に見透かされて冷たい笑顔を向けられたのは計算外だった。おまけに春香から相談したいから話を聞いて欲しいと連絡を受けて会う事になったのはその日の夕方だった。
色々と情報を摺合せたいと思ったら面倒でもブライダルに顔を出すのが得策かも知れない。俺が持っている情報と彼女が持ってる情報に齟齬があったのではますます話がややこしくなる。すぐに母がテーブルの上に置いて行ったパンフレットをつかむと会場に向かった。結局のところ彼女は何も知らされているわけでなく、あくまでこじんまりと結婚式を済ませたいと思っているようだった。よほどの自信家でなければ、この業界で店を開きたいと思っているのに自分の売り込みをしないなんて考えられない。放っておいても俺を利用しようなんて微塵も感じさせない彼女の態度に何処かほっとした。少なくとも俺が巻き込まれることはなさそうだ。母の突拍子のない態度を謝って見せても食事に誘っても全く俺に靡く気もない相変わらずな態度にほっとした。まぁ、彼女には辛辣な言葉を浴びせられたが、いちいち気にする事もないかと思い、心が浮き立つのを感じながら春香と待ち合わせのレストランに向かった。
レストランに入るとすぐの所に春香が迎えに出ていて
「ごめんね呼び出したりして。いっちゃんヨーロッパ行って帰って来てから全然連絡くれないし、どうしちゃったのかと思ってた。」
相変わらず可愛い妹のような素振りで、人妻になった感じなど微塵も感じさせずニコニコ笑いながら手を振って見せた。
「仮にも人妻なんだからそう言うわけにもいかないだろ?ましてや・・・。」
「兄妹みたいなものだもん、全然気にしなくて良かったのに。」
ちょっと膨れて見せる春香に苦笑いを見せた。席に向かいながら、
「ねぇ。私の旦那さんになった人と会って欲しいの。ごめんね。こうしないと会ってもらえないと思って。」
予想通りというか、普通はそうだろう。しばらく会ってなかった従兄に紹介したかったのだろうな。
「ああ。」
とだけ答えて席に向かうと見たことのある男がそこに居た。
「初めましてと言うわけでもありませんが、紹介していただけるのは初めてですね。岡崎 樹さん。私は春香の連れ合いの酒井 和則と申します。」
確か親が地主のボンボンで営業に居る奴だな。こいつが俺に何の用だろう。少しだけ身構えて
「ええ。経理の岡崎 樹と申します。従妹が大変お世話になっているようで。」「いえいえ、先ずは堅い話は食事の後でお願いします。」
食事はまあ普通。でも俺なら別のソース使うかも。そんなことを思いながら、会社内のお偉いさんの話とかたわいのない噂話などしながらも、癖になっている味付けや盛り付けを細かくチェックしながら進んでいった。そして、デザートの所で
「こんな所でですがお願いがあります。」
酒井 和則が口火を切った。
「デセールを、うちの親の会社に取り込ませてもらえないでしょうか。」